116 / 130
厄災伝承す
しおりを挟む
「……おじさまっ!」
家電で、みんなの顔が和らぎ、少し安心した矢先──その元気な声が響くと同時に、勢いよく柔らかな衝撃が胸に飛び込んできた。
エネッタだ。王族としての威厳も忘れ、子供のように俺へしがみついている。
「エネッタ……!」
思わず抱き留めた俺の胸元で、彼女は少し震えていた。
けれど、すぐに我に返ったのか、ぱっと身を離し、顔を赤らめて服装を整える。
「ご、ごほん……無事で何よりですわ」
気取った声に戻そうとしても、耳まで真っ赤なのは隠しようがない。
「お、おう……」
俺もつられて照れ笑いを浮かべる。なんだこの気恥ずかしい空気は。
そんな俺たちを見て、控えていたシービーが冷ややかな視線を寄越す。
「……やっぱおっさん、ロリコンじゃねぇか」
「ちげぇよ!」
反射的に叫ぶ俺に、周囲から小さな笑いが漏れ、張り詰めていた空気が少しだけ和らいだ。
「久しいのぉ、電のじ」
低い、けれどどこか懐かしい声音が響く。振り返れば、そこにはミカちゃんが立っていた。
「相変わらずお主のカデンとやらは凄まじい。絶望しておった民に、こうも笑顔が戻るとは……」
「ミカちゃん!」
俺は駆け寄り、その小さな体をひょいと抱え上げる。
「久しぶりだなぁ。全然変わんねぇじゃねぇか」
そして、つい調子に乗って、高い高い。
「や、やめぇい!」
必死に暴れるミカ。俺の腕の中でばたつく姿はまるで子供そのものだ。
……うん、やっぱ可愛い。
「……やっぱりロリコンじゃねぇか」
追い打ちをかけるようなシービーの呟きに、俺は頭を抱えた。
「ロリコンって、なんですの?」
エネッタが、不思議そうな顔で無邪気に尋ねる。
俺は、すぐさま話題を変え、ミカちゃんに気になっていた疑問をぶつけた。
「なぁ、ミカちゃん。俺が家電出してどうにかしてるけどさ……本来なら魔法で水出したり、食い物用意したりできるんじゃねぇのか?」
その問いに、ミカは短く息を吐き、険しい表情へと変わった。
「魔法を使う……いや、マナを活性化させることが、何を意味するか分かっておるまい」
「……?」
「外を見よ」
ミカが顎で示す。窓の向こう、結界の外には蠢く異形の影。無数の腕を持ち、黒い鱗を覆った怪物たちが結界を這い回っていた。口という口を結界に押し当て、まるで吸い取るように結界の光を揺らめかせている。
「奴らはマナを食らう。こちらが魔法を使えば使うほど、勢いを増して結界を侵食していく。ゆえに、魔法で応じることは自滅に等しい」
その言葉に、背筋が冷たくなる。もし魔法で対応していたら、この結界すらもう存在していなかったのかもしれないってことか……。
「……じゃあ、あの異形どもは一体なんなんだ?」
問いかけに、ミカの目が一瞬だけ揺らぎ、やがて遠い記憶をたぐるように口を開いた。
「伝承にある。厄災の獣……マナブレイク……あるいは原初のマナとも呼ばれる存在じゃろう」
「厄災の?」
その場の空気が、一気に張り詰めた。人々のざわめきが遠のき、ただミカの声だけが響く。
「数万年ごとに訪れる災厄。マナを使い、欲望を肥大化させ、争いを繰り返す世界を……強制的に清算するために現れる存在だとも言われておる」
「……清算……」
俺の喉が勝手に音を漏らす。
「世界を巡るマナそのものが“意思”を持ち、飽和し、暴走する。人の営みを石と化し、欲望を凍りつかせ、やがて全てを虚無へと還すと伝えられておるが……」
結界の外から、異形の呻き声が響いた。ぞわりと肌を撫でる不気味な振動に、全員が思わず黙り込む。
「どうすんだよ、そんなの……ってか、伝承にあるなら、対処法もあるんだろ?」
そうじゃなきゃ、この世界はとっくの昔に滅んでるってことじゃないのか?
「伝えられておるのは、元凶である厄災の獣を討つ、あるいはマナを満足するまで吸い取って去るのを待つ……それだけじゃ」
「満足するまでって、あとどんだけの人たちが石なりゃ気が済むってんだ」
「分からん……」
ミカちゃんの声が小さくなった。
不安なのはミカちゃんも同じだろう。
大魔導士とまで呼ばれているのに、手も足もでないどころか、魔法を使ったら逆効果っていうんだから。
「討伐だな」
俺はそう言って、サンダルやクレアの顔を見た。
二人とも黙って頷いてくれた。
「それしかないじゃろうな」
「で、その元凶って奴は今どこに?」
「分からん……マナを巡らせても、ハッキリと見えてこぬ……それどころか、至る所で混乱が起こっておるようじゃ……もしかすると、ここと同じような状況がすでに世界各地で……」
ミカちゃんの不安な顔で、事の重大さが伝わってくる。
世界各地でって、まさか学園も……。
「心当たりがあります」
いつの間にか人の姿に戻っていたジェダくんが手を挙げた。
「たぶん、マナの枯渇は俺の故郷が最初です。世界を飛び回って確認してきたので間違いありません」
ジェダくん、ずっと前からこの危機を感じていたのか……だから俺のドローンにも映っていたんだ。
「ドラゴンの里か……人の出入りを許さぬ禁足地。厄災の獣が眠っていたとしても不思議ではないか」
「よし、行くぞ、今すぐにだ」
家電で、みんなの顔が和らぎ、少し安心した矢先──その元気な声が響くと同時に、勢いよく柔らかな衝撃が胸に飛び込んできた。
エネッタだ。王族としての威厳も忘れ、子供のように俺へしがみついている。
「エネッタ……!」
思わず抱き留めた俺の胸元で、彼女は少し震えていた。
けれど、すぐに我に返ったのか、ぱっと身を離し、顔を赤らめて服装を整える。
「ご、ごほん……無事で何よりですわ」
気取った声に戻そうとしても、耳まで真っ赤なのは隠しようがない。
「お、おう……」
俺もつられて照れ笑いを浮かべる。なんだこの気恥ずかしい空気は。
そんな俺たちを見て、控えていたシービーが冷ややかな視線を寄越す。
「……やっぱおっさん、ロリコンじゃねぇか」
「ちげぇよ!」
反射的に叫ぶ俺に、周囲から小さな笑いが漏れ、張り詰めていた空気が少しだけ和らいだ。
「久しいのぉ、電のじ」
低い、けれどどこか懐かしい声音が響く。振り返れば、そこにはミカちゃんが立っていた。
「相変わらずお主のカデンとやらは凄まじい。絶望しておった民に、こうも笑顔が戻るとは……」
「ミカちゃん!」
俺は駆け寄り、その小さな体をひょいと抱え上げる。
「久しぶりだなぁ。全然変わんねぇじゃねぇか」
そして、つい調子に乗って、高い高い。
「や、やめぇい!」
必死に暴れるミカ。俺の腕の中でばたつく姿はまるで子供そのものだ。
……うん、やっぱ可愛い。
「……やっぱりロリコンじゃねぇか」
追い打ちをかけるようなシービーの呟きに、俺は頭を抱えた。
「ロリコンって、なんですの?」
エネッタが、不思議そうな顔で無邪気に尋ねる。
俺は、すぐさま話題を変え、ミカちゃんに気になっていた疑問をぶつけた。
「なぁ、ミカちゃん。俺が家電出してどうにかしてるけどさ……本来なら魔法で水出したり、食い物用意したりできるんじゃねぇのか?」
その問いに、ミカは短く息を吐き、険しい表情へと変わった。
「魔法を使う……いや、マナを活性化させることが、何を意味するか分かっておるまい」
「……?」
「外を見よ」
ミカが顎で示す。窓の向こう、結界の外には蠢く異形の影。無数の腕を持ち、黒い鱗を覆った怪物たちが結界を這い回っていた。口という口を結界に押し当て、まるで吸い取るように結界の光を揺らめかせている。
「奴らはマナを食らう。こちらが魔法を使えば使うほど、勢いを増して結界を侵食していく。ゆえに、魔法で応じることは自滅に等しい」
その言葉に、背筋が冷たくなる。もし魔法で対応していたら、この結界すらもう存在していなかったのかもしれないってことか……。
「……じゃあ、あの異形どもは一体なんなんだ?」
問いかけに、ミカの目が一瞬だけ揺らぎ、やがて遠い記憶をたぐるように口を開いた。
「伝承にある。厄災の獣……マナブレイク……あるいは原初のマナとも呼ばれる存在じゃろう」
「厄災の?」
その場の空気が、一気に張り詰めた。人々のざわめきが遠のき、ただミカの声だけが響く。
「数万年ごとに訪れる災厄。マナを使い、欲望を肥大化させ、争いを繰り返す世界を……強制的に清算するために現れる存在だとも言われておる」
「……清算……」
俺の喉が勝手に音を漏らす。
「世界を巡るマナそのものが“意思”を持ち、飽和し、暴走する。人の営みを石と化し、欲望を凍りつかせ、やがて全てを虚無へと還すと伝えられておるが……」
結界の外から、異形の呻き声が響いた。ぞわりと肌を撫でる不気味な振動に、全員が思わず黙り込む。
「どうすんだよ、そんなの……ってか、伝承にあるなら、対処法もあるんだろ?」
そうじゃなきゃ、この世界はとっくの昔に滅んでるってことじゃないのか?
「伝えられておるのは、元凶である厄災の獣を討つ、あるいはマナを満足するまで吸い取って去るのを待つ……それだけじゃ」
「満足するまでって、あとどんだけの人たちが石なりゃ気が済むってんだ」
「分からん……」
ミカちゃんの声が小さくなった。
不安なのはミカちゃんも同じだろう。
大魔導士とまで呼ばれているのに、手も足もでないどころか、魔法を使ったら逆効果っていうんだから。
「討伐だな」
俺はそう言って、サンダルやクレアの顔を見た。
二人とも黙って頷いてくれた。
「それしかないじゃろうな」
「で、その元凶って奴は今どこに?」
「分からん……マナを巡らせても、ハッキリと見えてこぬ……それどころか、至る所で混乱が起こっておるようじゃ……もしかすると、ここと同じような状況がすでに世界各地で……」
ミカちゃんの不安な顔で、事の重大さが伝わってくる。
世界各地でって、まさか学園も……。
「心当たりがあります」
いつの間にか人の姿に戻っていたジェダくんが手を挙げた。
「たぶん、マナの枯渇は俺の故郷が最初です。世界を飛び回って確認してきたので間違いありません」
ジェダくん、ずっと前からこの危機を感じていたのか……だから俺のドローンにも映っていたんだ。
「ドラゴンの里か……人の出入りを許さぬ禁足地。厄災の獣が眠っていたとしても不思議ではないか」
「よし、行くぞ、今すぐにだ」
8
あなたにおすすめの小説
神様転生~うどんを食べてスローライフをしつつ、領地を豊かにしようとする話、の筈だったのですけれど~
於田縫紀
ファンタジー
大西彩花(香川県出身、享年29歳、独身)は転生直後、維持神を名乗る存在から、いきなり土地神を命じられた。目の前は砂浜と海。反対側は枯れたような色の草原と、所々にぽつんと高い山、そしてずっと向こうにも山。神の権能『全知』によると、この地を豊かにして人や動物を呼び込まなければ、私という土地神は消えてしまうらしい。
現状は乾燥の為、樹木も生えない状態で、あるのは草原と小動物位。私の土地神としての挑戦が、今始まる!
の前に、まずは衣食住を何とかしないと。衣はどうにでもなるらしいから、まずは食、次に住を。食べ物と言うと、やっぱり元うどん県人としては……
(カクヨムと小説家になろうにも、投稿しています)
(イラストにあるピンクの化物? が何かは、お話が進めば、そのうち……)
異世界に転生したので幸せに暮らします、多分
かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。
前世の分も幸せに暮らします!
平成30年3月26日完結しました。
番外編、書くかもです。
5月9日、番外編追加しました。
小説家になろう様でも公開してます。
エブリスタ様でも公開してます。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者
哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。
何も成し遂げることなく35年……
ついに前世の年齢を超えた。
※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。
※この小説は他サイトにも投稿しています。
異世界ほのぼの牧場生活〜女神の加護でスローライフ始めました〜』
チャチャ
ファンタジー
ブラック企業で心も体もすり減らしていた青年・悠翔(はると)。
日々の疲れを癒してくれていたのは、幼い頃から大好きだったゲーム『ほのぼの牧場ライフ』だけだった。
両親を早くに亡くし、年の離れた妹・ひなのを守りながら、限界寸前の生活を続けていたある日――
「目を覚ますと、そこは……ゲームの中そっくりの世界だった!?」
女神様いわく、「疲れ果てたあなたに、癒しの世界を贈ります」とのこと。
目の前には、自分がかつて何百時間も遊んだ“あの牧場”が広がっていた。
作物を育て、動物たちと暮らし、時には村人の悩みを解決しながら、のんびりと過ごす毎日。
けれどもこの世界には、ゲームにはなかった“出会い”があった。
――獣人の少女、恥ずかしがり屋の魔法使い、村の頼れるお姉さん。
誰かと心を通わせるたびに、はるとの日常は少しずつ色づいていく。
そして、残された妹・ひなのにも、ある“転機”が訪れようとしていた……。
ほっこり、のんびり、時々ドキドキ。
癒しと恋と成長の、異世界牧場スローライフ、始まります!
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる