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家電躍動す
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「討伐だな」
俺は力強く言い切った。結界の外で蠢く異形どもを思えば、悠長にしていられる気分じゃなかった。クレアもサンダルも、そしてジェダも頷いてくれている。なら迷うことはない。すぐにでも出発して、厄災の獣とかいう元凶を叩き潰すしかねぇだろ。
だが──。
「落ち着け、電のじ」
ミカちゃんの声が低く響き、俺の胸に冷水を浴びせるように広がった。
「どこにおるかも分からん敵を闇雲に探すのは、あまりに危険じゃ。それに……」
そこで言葉を切ったミカは、ゆっくりと周囲を見渡した。怯えた子供たちが身を寄せ合い、貴族らしき男たちがすすけた衣をまといながら固い寝台に腰を下ろしている。結界に守られているとはいえ、希望を失った瞳はあまりにも沈んでいた。
「今の疲弊しきったボルトリアの民らは、お主のカデンの力がなければ持たぬじゃろう。わしの結界も、余計な魔力を使わぬ限り、まだしばらくは持ちこたえられる。……だからまずは情勢を把握することじゃ。偵察を行い、人々の心を落ち着けてから旅立つのが良かろう」
「……っ」
言い返そうとして、俺は口を閉ざした。
確かにその通りだ。焦りで頭が熱くなっていたが、いま無理に飛び出せば、何も成果を得られずにただ疲弊するだけかもしれない。しかも、残された人々は──。
「……分かった」
深く息を吐き、俺は頷いた。
そして、俺はすぐさま次々と家電を呼び出した。
まずは電気ヒーター。
ゴウンと音を立てて起動すると、温風がふわりと広間に広がる。肩を寄せ合って震えていた人々が「……あったかい」と、ほっとした表情を浮かべた。
「さあさ、遠慮しねぇで近くに寄ってくれ」
次に子供たちにはゲームを。色鮮やかな台にゴム製のモグラが飛び出すモグラたたきゲームを置くと、子供たちの瞳が一気に輝いた。
「なにこれ!? 動いた!」
「おじちゃん、いっしょに叩こう!」
さらに釣り堀ゲームも追加だ。水槽のような台に並ぶ魚のおもちゃが、パクパクと口を開けては閉じる。子供たちは真剣な顔で竿を構え、釣り上げるたびに歓声が上がった。
「やった! 釣れたー!」
「わたし三匹!」
その声に、周囲の大人たちまで顔をほころばせていく。
「大人も忘れちゃいけねぇな」
俺は重厚なマッサージチェアを数台並べた。硬い床に腰を下ろしていた兵士や貴族たちが、おそるおそる座ってスイッチを入れる。途端に背もたれが唸りを上げ、肩から腰を揉みほぐし始める。
「な、なんだこれは……!」
「うぉぉ……と、とろけそうだ……」
張り詰めていた空気が、少しずつ緩んでいくのが分かった。
冷え切った体と心に、ほんの少しでも余裕を取り戻してほしい。
そうだ、これが俺のやるべきことなんだ。
「ドローンでも飛ばして偵察するか?」
家電パーティがひと段落し、居てもたってもいられなくなった俺は、そう意気込み、ミカちゃんの様子を伺った。
だが、ジェダが一歩前に出る。
「俺が行きます」
「え……?」
「竜の目は人よりも遠くを見渡せます。それに、厄災の気配なら感じ取れるかもしれません。ここは俺に任せてください」
その言葉に、サンダルが大きく腕を組んだ。
「ならば俺も行こう」
「えっ、サンダルフォンさんまで?」
「お前一人では危険すぎるだろう。二人なら互いに助け合える。……それに」
サンダルは俺の方を見て、真剣な眼差しを向けた。
「電次郎。ミカ様を頼んだぞ」
俺は息を呑んだ。
こいつ、俺に託してくれるのか。
「……あぁ、分かった」
短く返すと、サンダルは満足そうに頷き、ジェダと共に結界の上空へと舞い上がった。
残された俺たちは、再び重苦しい空気に包まれた。
どうにか打開策を……と考えているうちに、俺はある疑問を口にしていた。
「やっぱりさ、ミカちゃんの力も必要だと思うんだ。結界だって、学園にいた師匠とかでも代用できるだろ? やる気のない先生だったけど腕は確かそうだったし。だったら……いっそのこと、ミカちゃんも一緒に厄災の獣討伐に参加するってのはどうだ?」
提案に、場の空気が揺れた。
エネッタが目を見開き、クレアも考えるように顎に手を当てる。
だが、ミカの表情は──。
「言ったろう?」
静かに、しかしはっきりとした声で返された。
「わしはこのボルトリアから出られぬ身……結界が続く限りな」
その言葉には、重く深い影が差していた。冗談や方便なんかじゃない。心底からの断言だ。
「ミカちゃん……?」
思わず声を漏らした俺に、彼女は目を合わせず、神妙な面持ちで席を後にした。
──何か隠している。
その背中を見送るだけで、そう確信せざるを得なかった。
ジェダくんの帰りをソワソワしながら待ち、そして夜が来て、城の客間に割り当てられた部屋で、俺はエネッタと向かい合っていた。
「姫様よぉ、今まであんま余裕がなかったから、ずっと聞きそびれてきたんだけど……ミカちゃんって、なんの呪いでこの城を守ってんだ?」
「……おじさま」
灯りに照らされたエネッタの顔は、どこか思いつめたように見える。
「わたくしも、詳しくは知らないのです……ただ、結界が無くなったら……ミカ様も……」
姫様は、それ以上言えずにいた。
俺もその続きを聞くのが急に怖くなる……過去に何があったんだろうか……。
沈黙を破ったのは──低く、重い声だった。
「それは……わしが語らねばなるまい」
背後から響いた声に、振り向く。
そこに立っていたのは、この国の王──エネッタの父であり、ミカを長年見守ってきた人物だった。
「国王陛下……」
「ミカがこのボルトリアを出られぬ理由……それは、かつてこの国で起きた大いなる過ちに関わっておる」
重々しい声が、夜の静けさに吸い込まれる。
俺たちは言葉を失い、ただ王の口から語られるであろう過去に耳を澄ませた──。
俺は力強く言い切った。結界の外で蠢く異形どもを思えば、悠長にしていられる気分じゃなかった。クレアもサンダルも、そしてジェダも頷いてくれている。なら迷うことはない。すぐにでも出発して、厄災の獣とかいう元凶を叩き潰すしかねぇだろ。
だが──。
「落ち着け、電のじ」
ミカちゃんの声が低く響き、俺の胸に冷水を浴びせるように広がった。
「どこにおるかも分からん敵を闇雲に探すのは、あまりに危険じゃ。それに……」
そこで言葉を切ったミカは、ゆっくりと周囲を見渡した。怯えた子供たちが身を寄せ合い、貴族らしき男たちがすすけた衣をまといながら固い寝台に腰を下ろしている。結界に守られているとはいえ、希望を失った瞳はあまりにも沈んでいた。
「今の疲弊しきったボルトリアの民らは、お主のカデンの力がなければ持たぬじゃろう。わしの結界も、余計な魔力を使わぬ限り、まだしばらくは持ちこたえられる。……だからまずは情勢を把握することじゃ。偵察を行い、人々の心を落ち着けてから旅立つのが良かろう」
「……っ」
言い返そうとして、俺は口を閉ざした。
確かにその通りだ。焦りで頭が熱くなっていたが、いま無理に飛び出せば、何も成果を得られずにただ疲弊するだけかもしれない。しかも、残された人々は──。
「……分かった」
深く息を吐き、俺は頷いた。
そして、俺はすぐさま次々と家電を呼び出した。
まずは電気ヒーター。
ゴウンと音を立てて起動すると、温風がふわりと広間に広がる。肩を寄せ合って震えていた人々が「……あったかい」と、ほっとした表情を浮かべた。
「さあさ、遠慮しねぇで近くに寄ってくれ」
次に子供たちにはゲームを。色鮮やかな台にゴム製のモグラが飛び出すモグラたたきゲームを置くと、子供たちの瞳が一気に輝いた。
「なにこれ!? 動いた!」
「おじちゃん、いっしょに叩こう!」
さらに釣り堀ゲームも追加だ。水槽のような台に並ぶ魚のおもちゃが、パクパクと口を開けては閉じる。子供たちは真剣な顔で竿を構え、釣り上げるたびに歓声が上がった。
「やった! 釣れたー!」
「わたし三匹!」
その声に、周囲の大人たちまで顔をほころばせていく。
「大人も忘れちゃいけねぇな」
俺は重厚なマッサージチェアを数台並べた。硬い床に腰を下ろしていた兵士や貴族たちが、おそるおそる座ってスイッチを入れる。途端に背もたれが唸りを上げ、肩から腰を揉みほぐし始める。
「な、なんだこれは……!」
「うぉぉ……と、とろけそうだ……」
張り詰めていた空気が、少しずつ緩んでいくのが分かった。
冷え切った体と心に、ほんの少しでも余裕を取り戻してほしい。
そうだ、これが俺のやるべきことなんだ。
「ドローンでも飛ばして偵察するか?」
家電パーティがひと段落し、居てもたってもいられなくなった俺は、そう意気込み、ミカちゃんの様子を伺った。
だが、ジェダが一歩前に出る。
「俺が行きます」
「え……?」
「竜の目は人よりも遠くを見渡せます。それに、厄災の気配なら感じ取れるかもしれません。ここは俺に任せてください」
その言葉に、サンダルが大きく腕を組んだ。
「ならば俺も行こう」
「えっ、サンダルフォンさんまで?」
「お前一人では危険すぎるだろう。二人なら互いに助け合える。……それに」
サンダルは俺の方を見て、真剣な眼差しを向けた。
「電次郎。ミカ様を頼んだぞ」
俺は息を呑んだ。
こいつ、俺に託してくれるのか。
「……あぁ、分かった」
短く返すと、サンダルは満足そうに頷き、ジェダと共に結界の上空へと舞い上がった。
残された俺たちは、再び重苦しい空気に包まれた。
どうにか打開策を……と考えているうちに、俺はある疑問を口にしていた。
「やっぱりさ、ミカちゃんの力も必要だと思うんだ。結界だって、学園にいた師匠とかでも代用できるだろ? やる気のない先生だったけど腕は確かそうだったし。だったら……いっそのこと、ミカちゃんも一緒に厄災の獣討伐に参加するってのはどうだ?」
提案に、場の空気が揺れた。
エネッタが目を見開き、クレアも考えるように顎に手を当てる。
だが、ミカの表情は──。
「言ったろう?」
静かに、しかしはっきりとした声で返された。
「わしはこのボルトリアから出られぬ身……結界が続く限りな」
その言葉には、重く深い影が差していた。冗談や方便なんかじゃない。心底からの断言だ。
「ミカちゃん……?」
思わず声を漏らした俺に、彼女は目を合わせず、神妙な面持ちで席を後にした。
──何か隠している。
その背中を見送るだけで、そう確信せざるを得なかった。
ジェダくんの帰りをソワソワしながら待ち、そして夜が来て、城の客間に割り当てられた部屋で、俺はエネッタと向かい合っていた。
「姫様よぉ、今まであんま余裕がなかったから、ずっと聞きそびれてきたんだけど……ミカちゃんって、なんの呪いでこの城を守ってんだ?」
「……おじさま」
灯りに照らされたエネッタの顔は、どこか思いつめたように見える。
「わたくしも、詳しくは知らないのです……ただ、結界が無くなったら……ミカ様も……」
姫様は、それ以上言えずにいた。
俺もその続きを聞くのが急に怖くなる……過去に何があったんだろうか……。
沈黙を破ったのは──低く、重い声だった。
「それは……わしが語らねばなるまい」
背後から響いた声に、振り向く。
そこに立っていたのは、この国の王──エネッタの父であり、ミカを長年見守ってきた人物だった。
「国王陛下……」
「ミカがこのボルトリアを出られぬ理由……それは、かつてこの国で起きた大いなる過ちに関わっておる」
重々しい声が、夜の静けさに吸い込まれる。
俺たちは言葉を失い、ただ王の口から語られるであろう過去に耳を澄ませた──。
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