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ボルトリア国王、伝達す
しおりを挟む王様の声が、やけに重く胸にのしかかってきた。
「……このことは、本来なら国王のみに伝えられる“国の理”だ」
その言葉に、部屋の空気が一気に張り詰める。
王様はゆっくりと俺たちを見渡してから、深く息を吐いた。
「わしもまた、先々代──祖父からこの記録を託されたとき、血が凍る思いをした。だが……いつかは必ず、次の代へと伝えねばならぬ。民を導く者にとって、それは宿命なのだ」
その視線はやがて、隣に座るエネッタに向いた。
「エネッタ……お前にも、いつか必ず伝えねばならぬと考えていた。だが、もはや隠し通すことはできぬ。民を守るために、この理を知るのだ。そして轟電次郎、主もこのことからは逃れることは出来ぬ……聞けばその理由が分かるであろう」
「……わたくしも……」
エネッタが小さく息を呑む。目の前で父親にそう言われて、肩を強ばらせているのが分かった。
そして、なぜか俺も……いや、ずっと気になっていたから、ありがたいんだけど……。
「ミカは──ただの大魔導士ではない」
王様の声がさらに低く、重く響いた。
「幼くして母を失い、父を奪われ、そして自らもまた自由を失った……彼女は、この国そのものなのだ。結界が続く限りボルトリアは存続する。だが裏を返せば……ミカが倒れれば、この国も終わる」
その言葉に、俺の喉がひりついた。
……自由を失った? 国そのもの? なんだそれ。人間を道具みたいに言いやがって……。
「この国の先々代──わしの祖父が残した古き記録だ。そこには、ミカがなぜボルトリアを出られぬか、その理由が克明に記されておる」
王様は傍らの机から、一冊の革表紙の書を取り出した。焼け焦げた痕のあるその書は、まるで忌まわしき記憶そのものを閉じ込めているかのようだった。
「……」
王様が深く息を吐き、低く読み上げ始めた。
♦-/-/-//-/-記録より/--/-/-/--/♦
ミカの父であるガルヴァーニは、王国の誇りであった。
彼は宮廷魔導士の長にして、万人から敬われる魔法研究の第一人者だ。
人々の暮らしをより良きものとするため、彼は昼夜を問わず研究に励み、病を癒やす魔法を洗練し、農作に適した気候を整える術を編み、数多の者を飢えと病から救った。
民は皆、彼を「光の導き手」と呼んだ。
しかし、その光は一人の女を喪ったことで翳った。
ガルヴァーニの妻──ミカの母が、病により急逝したのだ。
それは彼の魂を半ば引き裂いた。彼はそれ以降、魔法の研究を生活の向上から離れ、死者を蘇らせる術へと傾けていった。
彼は知っていた。死んだ動物の体内に、なお僅かなマナが留まることを。
もしそれを掬い上げ、膨大なマナを注ぎ込めば、死した肉体を再び動かせるのではないか──。
ある実験で、彼は死んだ鳥にマナを流し込み、その翼がぴくりと動いた瞬間を見たという。
だが、それは生命の回帰ではなかった。ただ、マナという力が筋肉を震わせただけのこと……だが、ガルヴァーニはそのわずかな現象に縋りついた。
「必ずや、妻を蘇らせることができる」
彼はそう信じ、狂ったようにマナを求め始めた。
「もっとマナが必要だ。生命を維持している生粋のマナが……」
やがて、彼は国中に魔法陣を秘かに刻んだ。
王宮の床下に、街の地下水路に、村の広場に、果ては農地にまで。
その魔法陣は、人々の持つマナを僅かずつ吸い上げ、やがて一点に集める仕組みだった。
膨大なマナを妻の亡骸へ注ぎ込み、蘇らせるために。
それを知る者は誰もいなかった。……たった一人を除いて。
彼の親友であり、同僚であった宮廷魔導士モルセウスである。
モルセウスは、友の絶望を理解していた。止めねばならぬと知りながら、決して強くは諫められなかった。
「妻を蘇らせたい」その一言に、彼もまた心を揺さぶられていたのだ。
──そして、その日が来た。
王国中からマナが一斉に吸い上げられた。
民は突如として力を奪われ、半数が床に伏し、瀕死の状態に陥った。
街は呻き声で満たされ、子が母の名を呼び、兵士ですら剣を支えることができぬほど衰弱していった。
惨劇の原因を突き止めたのは、モルセウスだった。
国中に張り巡らされた魔法陣を解析し、それがガルヴァーニの手によるものであると看破したのだ。
だが彼は最後まで「ガルヴァーニにそんなはずはない」と言い続け、声を震わせながら「誤解かもしれぬ」と庇い立てした。
しかし、王は即断した。
「国を半ば滅ぼした男を、生かしておけるはずがない」
ガルヴァーニは捕らえられ、ただちに処刑が執行された。
さらに王は宣言した。
「その血脈もすべて絶やす」と。
国民を死に追いやった報いとして当然だ、と。
処刑台に引き立てられる幼子が一人いた。
ガルヴァーニの娘、幼きミカである。
そのとき、モルセウスが血涙を流すように王に跪き、必死に嘆願した。
「どうか、この子だけはお助けください! 父譲りの強大な魔力と知恵は、必ずや王国に繁栄をもたらしましょう! もし再び裏切ることがあるならば、その命もろとも結界に封じればよいのです!」
王は迷った末、モルセウスの言葉を受け入れた。
処刑は中止され、代わりに命じられたのは──モルセウスが言い放った楔の原理だった。
ガルヴァーニが張り巡らせた魔法陣を反転させ、国を護る結界へと変じ、幼きミカの命を楔とすること。
結界は強力にして絶対。だが、それはミカの命と繋がり、彼女が生き続ける限り永劫に維持される。
老いることも、死ぬこともなく、ただ国を守るためだけに。
かくして幼子は、この国の守護と引き換えに自由を失った。
ミカは、結界の楔とされたのだ。
♦-/-/-//-/-記録ここまで/--/-/-/--/♦
王様が本を閉じ、重苦しい沈黙が落ちた。
「……これが、ミカがボルトリアを離れられぬ理由だ」
ミカちゃんは、みんなを守ることは当然のことだと笑っていたけれど……百年以上も一人で罪を背負って……。
__________________
※【電気刺激に対する筋肉の反応】ルイージ・ガルヴァーニのカエルの脚の実験より
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