かわいいクリオネだって生きるために必死なの

ここもはと

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第2章

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 秋晴れの空も、大河には暗色だ。
 
 朝。香葉来と束の間のふたりの時間。
 香葉来は背を丸めて、ずっと足元を見ていた。
 体育がイヤなんだ。もしかして、何かされる。
 予感してるのかもしれない。

 大河は、昨日と一昨日、香葉来とはあいさつしかかわしていない。
 今日も、かける言葉も、話題もなかった。
 お笑いのネタで笑わせるなんて空気は一ミリもない。
 大河は香葉来に少しでも安心を与えたかった。

 だから。
 ぎゅーっと。香葉来の左手をにぎった。

「え……?」

 香葉来の黒目がちな目、ぱっちり大きくなり、足元から大河へ移る。
 大河は少し、ぽっとさせながらも。
 はっきり、しっかり、力強く。

「あのね、香葉来。香葉来には、ぼくと真鈴がついてるから。どんなことがあっても、ぼくと真鈴は友達だから。ずっと友達だから」
「……うん」

 香葉来は、またうつむいた。背はまんまるとさせて。
 でも。
 手をぎゅっと、ぎゅっと。ぎゅっと、にぎり返してくれた。
 大河は、それ以上は言えなかったけど、言葉には続きがあった。
 
『ぼくは、絶対、香葉来を守る』

 妹みたいな存在だと思ってる香葉来なのに、なぜか大河は……
 はずかしくて、喉がつかえてしまった。

 ……ま、いいや。
 言葉よりも、行動することが大切だ。
 大河は香葉来のもっちり熱い左手をにぎりしめ、決意した。

 香葉来は人形じゃないし、おもちゃでもない。
 矢崎たちの好きにさせちゃダメだ!


 教室につくと真鈴がいた。
 目があった。しっかりとしたまなざし。
 真鈴は、小さくうなずいてきた。大河は返す。
 ただそれだけで、コミュニケーションは取らなかった。
 大河は真鈴の目を見るだけで、強い決意を感じた。

「まっちゃん大丈夫?」
 
 席につくなり、優吾と陸が声をかけてきてくれた。
 ふたりとも眉をハの字にして心配そう。

「うん。平気」

 ぼくは本当にいいクラスにいるな。友達に恵まれているな。
 大河は改めて実感していた。

 時計はチクタクチクタク、時を刻む。針の回転速度は速く感じた。
 朝の会が始まり、あっというまに終わり、もう図工の教室への移動。

 すいすいずんずんと、いつのまにか写生の授業が始まる。
 先生が「他のクラスの授業の邪魔にならないように静かにね」と号令をすると、クラスメートは声を控え気味にわさわさと動きだす。

「屋上いこうぜ」

 すぐに優吾と陸がやってきた。
 大河ははしゃぎ気味のふたりに誘われた。
 先生監視のもと、屋上が特別に立ち入ることができるから行きたがる子は多い。
 
 えっと……断らなきゃ。
 と思っていたら、
 
「末岡くん」

 真鈴からの声かけ。
 真鈴は、優吾と陸に目を移した。

「ごめん。私、末岡くんと一緒に描くって約束してたの」
「え? そうなん? ああ……別にいいけど。じゃあなまっちゃん」
「あっ……うん」

 とんとんとんと調子よく進んでく。
 優吾と陸からのぎょろりとした視線を感じながら、大河は真鈴に扇動され、図画板と絵描き道具を持って外に出た。
 
 大河は真鈴と、ふたりきり。

「ごめんね。約束あったのに」
「ううん。平気」
「そう。でも、たぶん私たち、またカップルって噂されてるよ」
「え?」
「私もね、友達に誘われたけど、『末岡くんと約束してるんだ』ってはっきり断ったの。ごめんね。私と噂になるのイヤだよね」
「……えっと、いいよ」
「ふふっ」

 真鈴は目を細める。声は鼻歌を歌うように、楽しげだ。
 続けて。

「あのね、こんな問題が起きてるから、周りの子が私たちのことをどう思っても、どっちでもいいって考えるようになったの。とてもちっぽけな問題よ。もうみんなの前で大河って呼んでもいい?」
「……うん。大丈夫だよ。えっと、ぼくも、気にしない」
「ふふっ。うれし」
「え? そんなことでどうして?」
「そんなことでも私にとってはうれしいの! さて、香葉来の笑顔奪還大作戦よっ!」

 場違いに明るい口ぶりではりきる真鈴。
 大河的に「どうして?」と思えるようなことで、真鈴はにっこにっこの笑顔を満開にさせる。
 でもそのおかけで、少しだけ怖さが軽減した。

 真鈴は迷いなく、ずんずん歩いた。
 あっというまに昇降口。そしてグラウンド。
 からりとした空の真ん中から、目をつぶりたくなる太陽の光。まぶしい。
 大河は図画板を頭に乗せて日傘にした。
 真鈴は女の子なのに、まぶしさなんてへっちゃらみたい。
 真鈴、気合が入ってる。矢崎を懲らしめようと力んでる。
 

 グラウンドでは、2組の児童たちがハードルの授業を受けていた。
 低いハードルだけど、躊躇する児童も多いみたい。
 ちょうど、一也が走り出す。
 一也は恐れ知らずで、ぽんぽんハードルを跳んで走る。
 大河は、ぼおっと2組の様子を見ていた。
 
「大河? いくよ」
「あ、うん」

 ぼく、何ぼおっとしているんだ。
 大河はなんともない授業風景に安心を求めていた。

 止まらない真鈴の足。大河はただただ彼女についていった。
 2組の児童や先生になるべく気づかれないようにと。
 こそっと、そーっと。ちょっと忍び足気味で。
 グラウンドのすみっこ、すくすく伸びる木々の隙間を歩いてく。
 葉が影を作り、隙間からは点と線のような木漏れ日たち。
 がやがやと2組児童の声が聞こえる中、ようやく真鈴は足を止めた。
 そこは、グラウンドの隅にある体育倉庫の裏だ。

「ここでスタンバイ」

 真鈴は小ぶりなレジャーシートを地面に広げて、体育座りをする。

「ここで?」
「そうよ。『明日の体育の時間、片付けのとき』と言ってたんでしょ?」
「うん……」
「1組は体育係はハードルの片付けをしなきゃいけないの。ハードルは、ここに戻さなきゃダメよ。矢崎十夢たちはそのとき、100%いじめをすると思う」
「うんっ……」
「だからね、私、2組の授業が終わって誰もいなくなるとき、中に隠れようと思う」
「えっ!?」
「しー。声大きいよ。ちょうどかくれんぼできそうな掃除用具があるから、そこにね。監視して、証拠を押さえて、いじめを止める」
 
 大河は口を両手で塞ぎ、声をおさえる。
 真鈴、ゆるぎのない強い口調。そして、具体的に作戦を告げてきた。

 なんで、こんなにギリギリになって言うの? 
 ダメだよ、危険だよ。
 だけど、強い決意で、ずばりと言った真鈴を。大河は止められない。
 強引に止めたとしても……それじゃ香葉来を助けられない。
 真鈴の計画が、証拠をつかむ唯一無二の方法だから。
 少なくとも今の大河には、それ以上の策は考えられなかった。
 大河はせめてもの妥協策として、

「……それじゃ、ぼくが代わりに隠れる。香葉来を助けたいけど、真鈴を危険な目には遭わせたくない」

 真鈴は目をきょとんとさせ、立ったままの大河を上目遣いで見る。

「うれしいな」

 うれしい?

「えっ?」
「ううん。でもね、大丈夫よ。最悪の最悪は、起きないわ。その前に、私はあんなヤツらに負けない。証拠をつかめば、怖くなって抵抗できないはず。私の方がスマホの操作だって慣れてるし、確実よ。大河は、もしも、本当に最悪の最悪が重なったときね、速い足で走って、先生を呼びにいってほしいの」
「……」
「大丈夫。私のこと、もっと信頼してよ。私も大河を信頼してるから。ね? お願い」
「わかったよ……」

 あきらめた。
 大河は、真鈴が空けてくれたシート半分に、お尻をつけた。
 真鈴は何度も「大丈夫大丈夫」とほほえみかけてくれた。

 落ち着かない気持ちを紛らわす、時間つぶしのように。
 ふたりで体育倉庫裏から見える景色を写生した。
 
 ピー、シィーを繰り返すヒヨドリのかん高いさえずり。
 過ごしやすい秋。鳥たちはのほほんとしてる。

 時は経った。
 真鈴はそれなりの絵を描きあげていた。
 大河はいまいち。

 そこで、キーンコーン、カーンコーンのメロディー。

 2組の児童と先生の声が、遠くに離れていく。
 真鈴は立ち上がり、図画板と絵描き道具を置いたまま、そっと表の様子を見にいく。
 
 そして。

「誰もいないから隠れてくる」
 
 と淡々と言い残して、あっというまに姿を消した。
 続々と1組の児童たちがやってきた。声がした。
 大河は息を潜めた。

 やっぱり、ぼくが真鈴と変わるべきだった。
 ぼくは、香葉来と真鈴で。3人で笑って過ごしたいだけなのに。
 なんでこんなことになったんだろう。
 
 ヒヨドリの能天気なさえずりは、いつしか消えていた。
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