かわいいクリオネだって生きるために必死なの

ここもはと

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第2章

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 大河は、ゆっくり音を立てずに、扉をそろそろとスライドさせた。
 蛍光灯がチカチカとしてるが、隙間からも中の様子ははっきりと見えた。

 矢崎と手下のふたりのうしろ姿。
 真っ向から堂々と怯まない態度で立つ真鈴。
 真鈴の背中に顔を埋める香葉来。

 きんきんと張り詰めた空気。
 吹雪となり、大河を襲う。
 体育倉庫の床には白い粉が積もっていた。
 雪……。
 じゃない。ライン引きが倒れて、白い粉が一面に散りばめられているんだ。

 ハードルやコーンもぐちゃぐちゃに倒れている。相当荒れてる。
 真鈴は激昂した怖い顔で矢崎を睨みつけ、声を突き刺す。

「何様だっていいでしょ。それより私の言うことを聞きなさい。スマホで撮ってるから。これでもう香葉来にひどいことはできない。意味わかるでしょ。早く香葉来に謝りなさい!」

 真鈴はスマホを右手で突き出した。

 鋭い眼力。威嚇。
 外敵へ牙を剥く、子ライオンを守る母ライオンみたいだ。
 矢崎は呆然とし、言葉を失っている。
 香葉来は真鈴のお腹に手を回し、ぎゅっとして、

(真鈴ちゃん、怖いことはやめて……)

 そう懇願しているようにも、見えてしまう。
 だけど、真鈴は引かないし、やめない。

「この証拠は、先生、保護者、教育委員会、警察……どこにでも突きつけ、あなたたちに厳しい罪を負わせることができるの。だから早く謝りなさい。謝ってもあなたたちの罪は消えないけど、謝らないとずっと不利になっていく一方だわ。あなたたちは、それだけ酷いことをした。女の子に一生残る傷をつけようとした。考えられないくらい恐ろしく怖い思いをさせた。大変なことをしたんだよ」
「……るせぇよ。ふざけんな。別に、こいつに何もしちゃいねえ……そんなのふざけあってるだけだ。なんでお前にごちゃごちゃ言われなきゃならねーんだよ……」

 矢崎は、真鈴に圧倒されている。

「ふざけあってる? どう解釈すればそうなるの? この子は乱暴されそうになったんだよ。悲鳴をあげてはっきり拒否もした。ありえない。自分勝手に同意の上でなんて。犯罪者の考えよ」
 
 ダメだよ真鈴……。
 大河は、口論で圧倒的優位に立っている真鈴の態度を見て。完璧だけど「マズイ」と感じた。

「……十夢……もうやめようよ。謝ろう」
「そうだ。関わらないほうがいい」

 手下のふたりは弱気になる。
 さらには、「ごめんなさい……」と真鈴に頭を下げた。

「あなたたちふたりは主犯格じゃない。矢崎くん、香葉来に早く謝りなさい。いつまでも終わらないよ。小学生だから罪に問われないと思ってるの? 甘いよ」

 真鈴が矢崎に繰り返す、香葉来への謝罪要求。
 香葉来は、ブルブルと体を震わせてる。
 
 真鈴と矢崎。ふたりは平行線だったが……

「……さっきからさ……マジふざけんなって……。さっきから俺の話を無視しやがって……! ただふざけあってただけって言ってんだろぉ!」

 矢崎が吠えた! 激昂した!
 顔を真っ赤に染めあげて。
 猛獣に豹変したのだ。

「静かにして! 逆ギレしたって解決しないわ!」
 
 それでもなお真鈴、口撃を緩めない。
 そして。

「ごちゃごちゃうっせーよ! もうどうだっていいわ! 汐見もどうでもいい! 代わりにお前、痛い目にあわせてやる!」
「……真鈴ちゃん!? だめ、だめぇー!」

 香葉来が大声をあげた。
 ――瞬間。
 矢崎は動き出した。
 彼は制御が効かない壊れたロボットだ。
 大きく拳を掲げる。
 真鈴に向かい特攻する!

 バンッ!
 真鈴はサッカーボールを投げつけた。

 ボンッ! 
 矢崎は蹴り返す!

 キャー!!
 香葉来の悲鳴。

 最悪の最悪だ!
 先生に言わなきゃ! 先生に言わなきゃ!
 でも! 時間がない!

 ぼ……ぼくが……ぼくが!

 ――ぼくが、香葉来と真鈴を守るんだ!


 ガラガララララァ! 

 大きくドアをスライドさせた。
 体育倉庫内、かっかっと陽の光が差しかかる。
 それは、時が止まったみたい……だった。

 矢崎は、大河の方に振り向いたまま、足の動きを殺した。
 真鈴、大きな目をぱっちりと見開いてる。
 香葉来は真鈴のお腹をぎゅっと押さえてフリーズ。
 矢崎の手下も石化してる。

 でも、大河だけは動いていた。
 ずんずん、どんどんと、勢いを増して。
 ラインパウダーとほこりが舞う中。
 息苦しさを感じる暇もない。
 
 猛突進だ!

「やめろおおおおーーー!!」

 ドカアーン! グオオーン! 
 ウオオーーン!!

 激しい衝突音、叫び声が混ざり、反響する。
 さらに。

 ドタン!
 大河はドミノになって矢崎にぶつかり倒れた。
 
 矢崎は何が起きたのかわからずに呆然とした様子だ。
 しかし。
 すぐに、のしかかった大河の体を振り切るように起き上がった。
 逆に大河に馬乗り姿勢になる。
 そして、こぶしを向けた。

「てめぇ! いきなり出てきやがって! ふざけんな!」
「やめて! 大河は関係ない! お願い! ねぇ! 私が気に入らないのでしょう!? 殴らないでよっ! やめてえええええ!」

 真鈴らしくない、冷静さにかける混乱した悲鳴に似た叫び声。

 ドカンッ!
 大河の左の頬と鼻に、激しい衝撃。
 矢崎の長いアーチからの右ストレートが直撃した。
 沸騰する熱湯を浴びたような強い熱さと、包丁で切り裂かれたような痛み。
 頬と鼻を中心に、顔全体に伝わった。
 痛い! 痛い!
 
 ドカンッ!

 第二波。同じ場所に直撃する。
 矢崎は鬼の形相だった。
 もう彼は糸が切れたように止まらない。制御ができない。

「うっうう、あぁっ!」
「泣いても許さねえ! このやろぉー!」

 うめく大河にも、矢崎は止めない。
 ガンッ!

「やめてよっ! 血が出てる! ひどい! やめて! ねぇお願い! 大河ぁ!」
「イヤああ!」

 真鈴は大河に馬乗りになる矢崎を制止しようと、うしろからしがみつく。
 が、矢崎のでかい体にはピクリとも動かない。
 矢崎に軽々と払われ、体を倒した。
 真鈴は、立ち上がると外へと走り出した。

 香葉来は地獄の中でわあわあ泣きわめくことしかできなかった。

「このやろぉー! このやろぉー!」

 矢崎は加減なく呪われたように大河に暴力を繰り返す。
 大河は左頬、脇腹を数回殴られる。
 鼻からはドバドバッ。おびただしい量の鼻血は止まらない。

 そして。

 ズドドーンッ!

 矢崎の一撃は、頭にまで。
 それ以降、大河の痛みは次第に麻痺していった。
 
 ぼくは殺されちゃうんじゃないか。

 ぐるぐる目が回ったみたい。
 もやもやぼんやり。ふわふわふわり。ゆらゆらゆらり……。
 大河の意識は、もうろうとしていた。
 
(……ふざけんな、このやろぉー!……) 

 おぼろげな意識の中で、矢崎の怒声がずっと響いていた。
 香葉来がわあわあ泣き、わめく声も同じように。

(……十夢、もうやめようよ! 流石にやばいよ……)
(……マジで……)

 手下が制御した?
 それとも……。

 大河は、白になった。
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