かわいいクリオネだって生きるために必死なの

ここもはと

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第3章

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 13歳の春。波乱だった。

 ごうごう! ごうごう!
 外で、嵐という名の魔人が荒れ狂っていた。

 4月。黄海にあった低気圧が急速に発展しながら日本海に進み、中心気圧が964ヘクトパスカルの台風並みの爆弾低気圧となり街を飲みこんだ。
 記録的な暴風。一時的に、雷雨、竜巻まで発生。
 各地でトラックの横転。住宅の破損。停電。土砂崩れ。交通機関の麻痺。

 様々な被害が連鎖的に起きた。
 テレビをかければ、どこの局もL字型の画面。

 大河が住む、山あいの街だって例外じゃない。
 まだ海に面さないからマシだった。
 比較的、台風被害も少ない地域でもあった。
 海沿いの地域に比べると被害は少なかった。
 それでも。

 ごうごう! ごうごう!
 嵐は激しかった。
 古びた平屋に住む大河は、家が潰れないかと思い不安だった。
 さいわい不安は的中しなくて、停電だけ済み、家は無事だった。

 春の嵐は、4月9日。始業式の翌日に起きた。
 そのせいで、新しい学期のスタートだというのに休校だ。


 翌日。
 嵐はスッと消え去っていた。予定どおり登校する。

 はぁ、いったいなんだったんだよ、昨日は。
 
 げんなりとした浮かないテンションの大河は、「はぁ」とため息を吐き、家を出る。
 すぐに見えるものは、小川沿いの満開に咲いていた桜。
 
 え……マジ……。

 見事に散っていた。
 満開から4日ほど経っていたせい? いや、違う。
 
 花びらが、ちらちらと落ち始めて。ピンクが緑に変わる。
 情緒ある葉桜が見れるはずだった。でも、見ることがなかった。

 ああ。桜は嵐で散ったのだ。
 大河はあっけない桜の終わりを見て、ポカンと口を半分開いて、虚しさを感じていた。
 そのとき。
 
「大河くんおはよ。暴風やんだね」

 ふわっふわっした声。やわらかい。落ちつく、すごく……。
 
「……おはよう。桜は散ったみたいだな」
「うん……きれいだったのに」
「落ち込むなよ。また、おれと同じクラスだし、学校は楽しいさ」
「うん。でも、ずっと……あたしが彼女……ってことでいいの?」
「うん。香葉来はおれの彼女だよ」
 
 大河は、すっかりおっさんになった低い声で返す。
 目の前にいる香葉来。眉をハの字にしてる。頼りなく、笑ってる。

 そうだよ。香葉来は、おれの彼女なんだよ。

 大河の肩には、香葉来の頭。香葉来の上目遣い。香葉来の吐息も感じられる。
 大河は、この位置に彼女がいることが、何よりもホッと安心でき、安堵できる。

 この距離なら、おれがいつでも守ってやれる。
 それにこの距離は、心地いい。気持ちもいい。

 香葉来の黒目がちな瞳と奥二重。まっしろな肌。
 ぷくっとした唇……6歳児のときから変わらない。
 肩くらいまで伸びたつやつやの黒髮も同様に。
 身長は153センチで、成長してる。

 面と向かって言えないけど、かわいい。

 で、あんまり見ちゃいけないところ……。
 香葉来のコンプレックス――大きな胸。
 小学5年生からも、そこは特に、すくすく育った。
 
 セーラー服も、1年も経たずに買い替えたみたい。
 胸を小さく見せるようとするから、香葉来は猫背がちになり姿勢が悪い。
 猫背になったって、ボンと張っちゃってるけど。

 胸が大きいことは、女子たちにうらやましがられることが多いらしい。
 でも、香葉来的にはこれっぽっちもうれしくはない。
 過去のトラウマのせいだ。それに、中学校でも男子たちからじろじろ見られるから。

 また、香葉来の障害のことも関係している。
 大河たちが通う第二中学校(二中)には通級指導教室がない。
 香葉来は数学の授業だけ、バスを使い離れた設置校に通っている。
 そこへ行き来をする生徒はクラスでは香葉来だけ。よく目立った。 
 それも、彼女が好奇な目に晒されることに拍車をかけた。


(汐見、何カップあんだろう?)
(Fは余裕っしょ!)
(学年一だよな。いや、学校一? デカ過ぎ!)

 1年のとき、掃除の時間、香葉来はたまたま下賎な男子の立ち話を耳にした。
 男子たちは香葉来が近くにいたことに気づいていなかったのか、胸の話をしてぎゃあぎゃあ盛り上がっていた。
 
 もっとひどいセクハラにだってあった。

 香葉来は、「何食ってそんなにでかくなったの?」と男子に、直接的に、胸のことをからかわれたのだ。
 どうやら男子は、罰ゲームか何かで、香葉来にセクハラ発言させられたみたいだった。

 香葉来はショックを受けて、しゅんと萎れていた。
 大河は、すぐに気づいた。

『一番の友達を守れないと、情けないもん』

 5年生のとき、水族館で誓ったことは忘れていない。
 香葉来のことが放って置けなかった。胸が痛かった。苦しかった。
 浮かない顔をする香葉来を見ていることが、本当に……。

 だから大河は。こちこちと、余裕なんてどこにもなくて。
 とにかく、とにかく、香葉来を守らなきゃ。それだけを思って。

 ある、対抗手段を考えついた。
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