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4 カリスマ講師からの〈難問〉出題 ⑤

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 いつも以上に感嘆符が多い井上くん、憧れのアイドルを前にしたファンのようだ。明らかに怪しいオジサンなんだけど、この人が坂下先生。
「こんな朝早くに呼ぶとか、ほんっと、神谷は人使い荒ぇよなぁ」
 本当に時差ボケみたいな声で、サングラス下の髭がモゴモゴ動いた。校長を呼び捨てにする声は、深夜の飲み屋街で聞くみたいに地面を這っている。
 き、機嫌悪そう。
 感激する井上くんを明らかに無視しながら、高級ブランドのモノグラムが敷き詰められたボストンバックを、ドサッとカウンターに乗せる。その勢いで中からクリップ留めした紙束が出てくる。
「ほい、原稿。今日のテキスト差し替えして」
「え……、差し替え……?」
「あんなもん使えるわけねぇだろ。お前、本当に予備校の人間か? あとさぁ、俺、人の顔覚えられないんだよね。前に会ったことあった?」
 酒やけしていそうな声にぴしゃりと水を掛けられる。
 井上くんは事前にデータで坂下先生から頂いた原稿を元に、一八〇名分のプリントを井上くんは用意していた。
「た、大変申し訳ありませんでした!! 本日より配属になりました、井上夏遣です。坂下先生に習っておりました!!」
「だから、人の顔覚えられねぇっての」
 ぐさり、と井上くん胸にナイフが刺さる音が聞こえそうなのも無視して、ばさり、と紙束を付き付けるアロハ姿がもはやカタギじゃない。
「お、お預かりします」
 意識飛びそうな井上くんに代わり、慌てて原稿を受け取ろうとする。ところが、
「何だ、女子もいたのか。ちゃんと冊子印刷しろよ、右綴じな。そんで、授業前までに全員配布」
 分厚い。現代文ゆえ、問題文が長いのは致し方無いとは言え、授業チャイムが鳴るまであと五分強しかない。一八〇名分のプリント印刷間に合うの、と心配すると「お任せ下さい!!」と意識を取り戻した井上くんが複合機にダッシュして行ってしまった。

「朝イチとか勘弁してほしいわ~。こっちは夜行性だからさぁ」
 教務カウンター横の〈講師室〉に入るなり、坂下先生はイスにどっしりと凭れかかった。講師室は教務フロアと仕切り越しで見渡せるようになっており、四人がけのテーブルが並ぶスペースだ。授業前後に生徒は対面で個別質問ができる。
 X塾では「授業の質問は講師、進路などの相談は職員や大学生アルバイトのチューター」としっかり棲み分けられている。とは言え、授業がなければ授業が成り立たないのが、予備校の事実。
 カリスマ講師はこちらの心配もどこ吹く風、悠々自適に来てリクライニングチェアで寛いでいる。まるで少し派手な日曜日のお父さんだ。すると突然、
「えーっと、君、君。ごめーん、名前忘れちゃったわ。君、そこの君。ほっぺたが大福みたいな君!」
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