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14 おいしいうえに、強くなる ③

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 グラスの赤い紅茶の中で溶ける氷が、カランと笑うように鳴っていた。困った性分だと笑いながら、それぞれ自分の道を決めた。
「ん?」
 色素薄めの黒目が、隣で反応する。「ドロップアウトって、ドロップが落ちてるみたいで可愛いよね」と呑気に返された時と同じ顔だ。脳天気な表情は、ずっと変わらない。
 私が出来る方法で、出来ることをやるだけ。
 一人きりの家で机に向かっていた時も、進路に迷った時も、私達はお菓子を食べて乗り切っていた。その時編み出した勉強方法を、苦手な科目で躓く友達や、病院で偶然目が合った小児患者さんに教えてきた。
 乗り越えるためのエネルギーに、クッキーやビスケットを齧りながら。
 ……ん? それって・ 
「――漣。付き合って!」
「……かれこれ二年、もう付き合っているつもりだったんだけど?」
「違う。買い出しに、つきあって!」

    🌸

 連休明け。
 給湯室にチョコレートの箱を置いた所で、松野さんのご機嫌な声が教務フロアに響いた。
「おはよう。お土産あるわよー」
「温泉どうでした?」
 すぐに話題に合った声がかかる。鬼頭さんだ。
「最高だったわよ。体調はどう?」
「その説はご迷惑おかけしました。すみません」
「元気になったならいいのよ、気にしなくて。こちらこそ、連休しっかり楽しませて頂いたし。鬼頭さんも振替、ちゃんと休んでね」
 連休明けの校舎に陽射しが差し込むように、明るい空気が教務フロアに広がる。
 
 日曜日には全国模擬試験が控えて、X塾渋谷校の中はザワザワしている。現役生とは違い、一年前にも受けているはずなのに昨年とは意味が違うのだろう。
 教務カウンターに立ち、登校する生徒に挨拶する。
「おはよう」
「井上チューター、おはようございまぁす」
 相変わらず元気な井上くんと、懐いている井上くんの子達に負けてしまうけれど、私も続ける。
「「おっはよう、ございまーす」」
 エントランスから背格好が瓜二つ、今日はクリームイエローとベージュの色違いのプルオーバーで、下は同じトーン暗めの赤いミニスカートで現れた。
「鈴木さん、高橋さん。おはよう」
「あれ。間違えなかった」
 ……やっぱり、わざとだったのか。
 二人は名前を間違えた担任の私を試していた。けれど、正直もう気にならない。
 それより、青い表紙の冊子を二人して持ち歩いていることに目が行った。ページを縦半分に折りこんだ英単語帳は、アコーディオンの蛇腹のように膨れ上がっている。アルファベットの英単語部分だけ表面に出ていて、日本語の部分を隠している。暗記が大嫌いだと、面談でブーブー文句を言っていた鈴木さんはポニーテールの髪を振りながら、カウンターの天板に上半身を乗り出した。
「花田さんが言ってたこと、ホントでした!」
「鈴木に言われて、私も気付きました!」
 隣で、相槌を打つ高橋さんはベージュの方。
disディスる、って相手を否定する『dis』の意味なんですね! 『disrespect』って『dis』取ったら、『リスペクト(respect)』じゃないですか! ってことは、その否定ってことですよね?! この覚え方すごいです、マジリスペクトです!」
 実際は「dis」は〈否定〉の意味だけではなく、〈離れて〉の意味から〈強意〉の意味もあるのだけれど。それに〈否定〉だったら、「discover」は「カバーを嫌う」になってしまうけど、黙っておく。分かるのは、二人が自主的に英単語を覚えようとしているってことだ。
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