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22.理解者たちの苦悩
しおりを挟む執務室でもくもくと書類を片付けていたらノックも無しに慌てて入ってきた兄に何事かと目を向ける、珍しく顔色を変えている姿はここ何年も見ていない。それほどに重要な何かがあったのか。
「あれ?ニュアを摘みに行ったんだよね?けっきょくやめたの?」
やっとくっついたか、と思ってしまうぐらい長い年月をかけてサナンと結ばれた兄はそれはもう上機嫌だった。感情を隠すことは慣れているからあまり分からないだろうが親しい人物にはモロバレすぎる。
今日も聖女の事でこれからどうするか話すためにエメロード邸に帰ってきていたのだが、休憩にしていた時に突然庭のニュアが満開だから摘んでくると言って飛び出して行ったのが数分前。
サナンにプレゼントするつもりだな、とニヤニヤして待っていたのだが戻ってきたら顔を真っ青にしてソファに座ったまま動かない。
「兄さん?どうしたんだ??」
「おかしい...」
「は?」
「聖女のコアを見たか?」
「いや、王宮からの報告ぐらいだ。ピンクダイヤのコアなのだろう?」
「さっきニュアの庭園で聖女に会った、彼女がコアを見せてきたかと思ったら...まるで、自分が自分で無くなるような...」
「何を言って...彼女に何かされたのか!?」
「分からないんだ!まるで、彼女に何かしてあげたくなる様な、そんな気持ちになって...持っていたニュアを彼女に差し出していた」
こんなのはおかしいと思っているのに勝手に体が、意識が、そうしろと、それが当たり前なのだと動いていた。バルトの待つ執務室へ戻る間、徐々に自分の奇妙な行いが鮮明になってくる。
まるで、自分以外の意識が入り込んできたような
「彼女には常に猫目で陰ながら監視させている、後で報告させよう」
「頼む...」
疲れた様子でソファの背もたれにぐったり身を預ける姿は普段のディアルデを知っている者からしたらあり得ない事だ。それほどまでに彼は強く消耗している、さっそく問題を起こしやがったと心の中で毒づいて極力静かに書類の片付けを始める。
***
ディアルデが自分の屋敷に帰った後はメイドを二人、呼び出して報告を意見を聞いていた。
いわく、接触はしておらず立ち去ろうとしていたディアルデに手の甲にあるコアをかざした瞬間しばらくしたら自分からニュアを捧げ始めたと。
聖女は名前を呼んだぐらいで命令したとか、脅したとかそういう言葉は一切発さなかったらしい。
「では怪しいのはコアか」
「はい、私どもからはコアが光った事しか判別できず...まさかディアルデ様があのような行動にでるとは...お止めできず申し訳ありません」
報告が終わればそのままメイド二人は静かに礼をして立ち去っていった
聖女がどの様に行動しても手を出さず、事の成り行きを見届けよと命じたのは自分だ。
子供のような性格の聖女はいつか自分からボロを出すと考えていたが、少し想像とは違う方面だったので驚いた。他人の意識を改ざん出来るのか、従うことを強要するのか?
兄の様子では少しの時間で効果が切れているという事が判明しているので、そこは幸運だと言わざるをえない。なんとも恐ろしい力。
どうしたものか、と頭を抱えていたら共に報告を聞いていた執事がお茶を持ってきて何も言わずに横にそっと置く。
「聖女様は特にお変わりないようですよ」
「そうか...まったく、聖女とは名ばかりの女だ。魔法の研究が終わったら元の世界にさっさと戻って頂きたい」
「聖女様の魔法を調べればサナン様もお喜びになられますね。本日もそのためにいらしてたのですか?」
「?いや、今日はアルデ一人で来ていたぞ?サナンとは会っていない」
「おや?変ですね...エメロード邸から出て行くお姿を見かけたのでお会いになられたとばかり...」
サナンがここに来ていて何も言わずに出ていった?
そんな事するはずのない人だ、必ず主である俺に挨拶するし訪問前には必ず約束をしてから来る。
なのに、約束もなく俺に何も言わずに出ていった?
「まさか、ニュアの庭園に行ったのか!?」
まずい!!!
「今すぐ兄へ使いを出せ!!!」
驚いた様子を一瞬見せたが執事は「かしこまりました」と告げた後すみやかに退出していった、おそらく同じ結論にいたったのだろう。そして最悪の結果を招かないよう迅速に対処したいのだと。
頼むから何事もなく終わってくれ、と本日2本目の折った万年筆を眺めながら願った。
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