宿命のマリア

泉 沙羅

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第1章 狂気のキス

第4話

「宏美、婚約したんだってさ、莉茉ちゃん」
夕飯の支度の手伝いをしている最中、母が言った。宏美の胸はズキリと痛んだ。いつかは受けなければならないと覚悟していたはずの痛み。だが、母の手前、平静を装う。
「へぇ、誰と? 」
「新渡戸家の長男の方よ。俊輔しゅんすけ様。玉の輿だわね。もう番になったみたいよ。さっき莉茉ちゃんに会ったら首輪の色、黒になってたわ。」
俊輔は康太の異母兄だ。ゆくゆくはこの町の支配者になる男でもある。だが、20歳にして特定の番も作らず、ベータ女やオメガを沢山侍らせて遊んでいるような奴だ。しかも異母弟の康太を顎で使うような性悪なので、宏美は莉茉が心配になってきた。
「……なんで今になってあの人、婚約なんてしたの? ずっと遊んでばかりだったじゃん。それに何で莉茉を? 」
「……そうねぇ、やっぱりお父様からいい加減番作れって言われたんじゃないの。跡継ぎだし。この町で番がいない年頃のオメガは莉茉ちゃんと宏美しかいないじゃない。街から連れてきてもいいだろうけど、やっぱり地元の子の方がいいんだろうね。都会のオメガはちょっと生意気だから。それに血筋も大事だからベータ腹の宏美は選べないでしょ? まあ、器量なら宏美の方がずっといいけどね。やっぱりアルファの方達は血筋を優先したいのよ」
「消去法ってわけ? サイテー」
「こらこら、めったなことを言うんじゃないの。あんた、その口の悪さ直さないとお嫁にいけないわよ」
「いけなくてもいいよ、別に。嫁になんていったって出産マシーン兼無料家政婦兼性奴隷になるだけじゃん」
「もう! いい加減になさい!! 間違ってもお父さんの前でそんなこと言うんじゃないわよ」
「…………」
勿論、宏美は父親の前でそんなことを言うつもりはない。言ったところでかんしゃく玉を破裂させるだけだし、「お前の教育が悪いせいだ」などと母まで責められる。
「……いい? オメガは番を作って子どもを産む他に生きていく道はないのよ? アルファを立てて、アルファに尽くして、アルファを掌で転がせるような賢いオメガになりなさい。オメガは遅くても17までにはお嫁にいかなくちゃ、行かず後家まっしぐらよ。そんなことになってごらんなさい、末代までの大恥よ」
「…………僕らの代が末代になればいい話でしょ」
「宏美!! 」
「はいはい、すみません」
「全く、なんであんたも由紀もそんなにひねくれてるの……」
母は頭を抱えて嘆いた。
(……母さんも本気でわかってないのかな? 家の中に暴言吐きが2人もいて、性器呼びまでされて素直ないい子に育つわけないのに)
母も、宏美や由紀には少々厳しいが、父には逆らえず、兄にも甘く、「ババア」などと言われても文句を言うことはなかった。しかも兄はもう高校2年なのに、母は兄の名前をちゃん付けで呼んでいる。宏美や由紀には自分のことは自分でやるようにしつけ、家の手伝いもさせる。しかし、兄には手伝いは一切させず、洗濯物を畳んでやったり、食事の補助もする。
母が納豆をかき回してから兄に出したり、魚の骨を取ってやってから兄に差し出したときには、さすがに宏美も「キモイ。一卵性親子ですか? 」と声に出して言ってしまった。兄に「てめーに言われたくねーよ、カマ野郎、死ね」と返されてしまったが。母にも「宏美、お兄ちゃんに喧嘩売るんじゃないの」と言われた。宏美はもう突っ込むのも馬鹿らしくなってしまった。


「宏美くん! 私、番が出来たの! 中学卒業したら正式に籍入れるの!」
莉茉は嬉しそうに宏美に報告してきた。
「……あぁ、聞いたよ。俊輔さんとでしょ。おめでとう」
宏美は平静を装ったが、腹の底でドロドロしたものがとぐろを巻いているのを感じていた。しかし、見て見ないふりをした。
「ありがとう!! 」
「宏美くんはまだ番になれそうな人は見つけてないの……? 」
「いないよ」
「……えー、宏美くんは綺麗だから、絶対見初めてくれるアルファがいると思うけどなー。宏美くん、全然浮いた話ないけど、好きな人いるの? 」
「…………」
宏美は意味深な眼差しを莉茉に向けた。
「宏美くん………? 」
「………」
「……何なの? そんな目で私を見ないで」
莉茉は明らかに動揺していた。宏美のただならぬ視線に何かを感じとったらしい。宏美も彼女の心理を読み取った。
「…………中学卒業したら、もう君に会うことはないよ。そしたらもう、気持ち悪い思いもさせないよ」
莉茉の顔からサーっと血が引き、がたがたと体を震わせる。
「宏美くん……あなた……まさか………」
宏美は覚悟を決めた。
「そのまさかだよ」
莉茉はその場でがっくりと腰を落とした。そしてハーフアップにまとめた頭を両手で抑えると、化け物でも見たかのような悲鳴を上げ始めた。
「ひぃぃいいいいいぃいいいい!! 」
「……………」
莉茉の悲鳴を聞きつけて大人たちが駆け寄ってくる。
「どうしたの? 莉茉ちゃん。そんなに怯えて」
冷めた顔で莉茉を見つめている宏美にも、大人たちは問い詰めてきた。
「宏美くん、何かあったの? 」
「…………」
拒否されるまでは宏美の想定内だった。
しかし、次に莉茉の口から出てきた言葉は宏美の想定を越えていた。
「気持ち悪いのよ!! 変態!! おぞましい!! お願いだからとっとと死んで!! この世から消えて!! 」
宏美は目の前が真っ暗になった。今まで心の大部分を占めていた部分が根こそぎもってかれ、がらんどうになってしまった。
……「気持ち悪い」はともかく、「死ね」だの「消えろ」だの……今までの仲は一体なんだったのだ。
宏美は莉茉に気を許していたし、莉茉も宏美には気を許していたように見えた。同じオメガとして痛みや苦しみを共有できる仲だった。それすらも否定するのか? 


「……馬鹿は由紀1人で充分だと言ったが、お前は由紀よりはるかに悪質だ。もはや人殺しよりおぞましい」
莉茉とのことは即町中に広まり、言うまでもなく宏美の両親にも伝わった。
茶の間で由紀を除く家族全員で集まり、家族会議となった。父は想定外の出来事に怒鳴ることもできず、鬼のような形相で震えていた。母は泣くばかり。兄はもはやこの状況を楽しんでいるかのように思えた。宏美を嘲笑できる理由が増えたから。
「お前のことはもうこの家の者とは認めん。勘当だ。いずれにしろ、お前をこの家から追い出さなければ、私たちが村八分になってしまうからな。腐穴野郎はこの家にはいらないんだ」
宏美にとって勘当はショックでもなんでもなかった。
どっちにしろ中学を卒業したら出ていこうと思っていたのだから。
「……あんたの葬式で線香あげるのも嫌だったから、縁切られて嬉しいよ」
思わず漏れた本心。もうこの際だから言いたいことを言ってしまおうと思ったのだ。
「こいつ!! 」
父は顔を真っ赤にして勢いよく立ち上がり、宏美の襟を掴むと外へ投げ飛ばした。
襖も雨戸も開けたままだったので、体重の軽い宏美は縁側から転げ落ちてしまった。
そんな宏美に兄がニヤニヤといやらしく笑いながらにじり寄る。
「オメガ同士でどうやってやるつもりだったんだ? お前、一応ついてるけど到底使いもんなるとは思えないじゃん? キュウリでも使うつもりだったのか? ひゃははっ。昔っからお前って変態だったよな。女みてえだしよ。あのブスとべったりだったしな。もしかしてヤってたのか? え? このカマレズ野郎が」
「あのブス」とは由紀のことだ。兄のえげつない言葉の羅列に宏美は呆れて、鼻で笑った。
「あんたの口を1回石鹸で洗ってみたいよ。あんたみたいな腐れちんこ、性病でももらって苦しめばいいんだ」
「んだあっ!! ケツマンのくせに一人前の口きいてんじゃねーよ!!」
宏美の態度に激昴した兄は宏美をボコボコに殴りつけた。


宏美のことはほぼ家出状態の由紀の耳にも届くことになる。
「由紀、アンタの2番目の兄貴さあ、明日公開処刑場でまわされた後、売られるらしいよ」
レディースの仲間が、由紀に言う。
「えっ!? 」
「なんか、莉茉っていうオメガの女の子に告白した腐穴野郎だから根性叩き直すんだって。この町の大人のやるこたわかんねーよ」
この町では、根性が腐っていて更生の余地がないと見なされたオメガは専用の広場で集団レイプされた後、性奴隷として売られることになっている。「腐った根性を叩き直すため」という名目にはなっているが、本当は町民の鬱憤を晴らすために過ぎない。
「………」
似合わない、派手な化粧を施した幼い顔を引き攣らせる由紀。
「……なんなん? やっぱり身内がそんなことされるのはショック? あんた2番目の兄貴のことオカマみたいでキモイ言うてたじゃん」
「…………」
「ま、外れ者のあたし達にゃどうでもいいけどさ。……町のお利口ぶった連中はあたし達みたいなのを危険人物みたいに言うけど、ああいう善人面してる奴らこそやることがえげつないよな。あたしらは悪いことはするけど、自分の手は一切汚さないで人をサンドバッグにして憂さ晴らししようとは思わないね。莉茉って子も大人しそうな顔して中々ヤバいよ。あんたの兄貴告発して『準ベータ』になったんだってさ」
「………」
『準ベータ』とは、ベータと同じ権利を持つオメガのことだ。『準ベータ』になれば、通常オメガには認められない高等教育や、就労が認められる。
『準ベータ』の称号はオメガの仲間の失態を告発したり、オメガ差別の推進に協力することで与えられる。
「…………」
由紀は顔を引き攣らせたまま何も言わず、ただ震えていた。





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