宿命のマリア

泉 沙羅

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第2章 壊れたもの同士

第8話

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「おいおい、お前、何やってんだよ!! 体に傷つけたら高く売れなくなるだろ!! おい、こいつに刃物もたせたの誰だよ!! 」
性奴隷館の管理人が宏美を窘める。
宏美はあれから、気がつくと手首や足首を自分で切ってしまうようになっていた。
「………」
宏美はナイフを片手に自分の手首の傷から流れる血をぼんやりと眺めていた。
他の性奴隷たちもそんな宏美を気に留める様子はなかった。売られた絶望感と日々の仕事の辛さで他人のことなど視野に入ってないのだろう。
「別に傷あってもいいんじゃね? むしろそういう頭可笑しい奴を好むような変態アルファもいるしな。つうか、いつもこいつを指名する客、そういうアルファばっかじゃん」
別の管理人が言う。


「どうだ? 一本鞭はバラ鞭とは痛みの度合いが桁違いだろう? 」
鞭を持った中年のアルファ男がニタニタと笑いながら宏美に言う。
宏美は全裸で三角木馬に跨らされ、後ろ手に手錠をかけられていた。骨の浮き出た、その白い背中は痛々しい鞭傷だらけだ。
そんな状態にも拘らず、宏美は強気な態度をとる。
「全っ然。ダニにでも食われたのかと思った。あんたまともに鞭も打てないわけ? セックスもお粗末だしな。僕は作りものの喘ぎ声で機嫌とるような可愛いオメガとは違うんだよ。あんまり下手なセックスすると、選手交代するよ? 僕があんたを掘るからな?」
あまりの毒舌に男は笑いだした。
「はははははは!! こいつぁ最高だ!! おもしれぇ!! 生首にキスするようなキチガイで、オメガのくせにオメガに惚れるような変態で、この毒舌ときた。ここまで奇天烈なオメガはさすがの俺も見たことない」
宏美は鼻で笑った。
「僕にこんなことして喜んでるような奴に『変態』だの『奇天烈』だの言われたくないよ」
男は嫌らしい笑みを崩すことなく、宏美の口に節のたった指をガッと三本突っ込んだ。
「ゔぇっ……」
嗚咽する宏美。
「本当に悪い口だ。形は綺麗なのに皮肉だな」
男はさらに指を奥まで押し込む。
「ゔぉえぇっ」
えづいた宏美がとうとう吐いてしまった。
「ははは。こんなに吐いちまって」
男が嘲笑いながら、宏美の吐いたものを手で掬い、宏美の頬に擦り付けた。
「……あんたが吐かせたんだろ」
苦しさに息を荒らげながら宏美が男を睨む。
「……そんなこと言って、お前はこういうことされるのが好きなんだろ? 生意気言うのも相手が怒って酷くしてくれるのを期待してるんだろ? ………これは自分で切ったのか? 」
男は宏美の手首の新しい傷をなぞりながら言った。
「………」
宏美はそっぽを向いて応えない。そんな宏美の顎を掴んで自分の方を向かせた。
「自分でこんなことしなくても、俺がたっぷり痛めつけてやるのに」
男の目が金色に光り、気味の悪い笑みを浮かべる。
宏美は嫌悪の表情を浮かべると、男の顔にブッと唾を吐いた。
「余計な世話だよ、クソアルファ」
すると、男はバシッと音を立てて宏美の頬を平手打ちした。
「そこまで痛めつけてほしいのか。なら生意気な性奴隷に相応しい扱いをしてやるよ」


その様子をマジックミラー越しに見る者たちがいた。
「どうですか? 泉宮いずみや様。こんな痛めつけがいがあるオメガ、中々いませんよ」
性奴隷館のオーナーが手をこねこねしながら、立派な見なりをした美熟女にヘコヘコする。彼女は全国屈指の巨大財閥、泉宮財閥の経営者、泉宮 菫子すみれこだ。
「いや、買い取るのは私だけどね、やっぱり私は歳だから素直な奴隷の方が好きなの。こんな同じ空気吸ってるだけで胸焼けしそうなオメガなんてごめんだわ。今回は末娘のために性奴隷を買い取りにきたのよ」
「ああ、可憐かれんお嬢様ですか? 」
「そうよ。あの子、啓一朗けいいちろう薫子かおること比べると全然アルファらしくないし、発育も悪いのよ。オメガでも抱かせれば少しはアルファらしくなると思って」
「はあ」
そこに高価そうな服に身を包んだ美青年が口を挟む。
「いやいや、父さん。可憐に性奴隷なんて買い与えたところで、持て余すに決まってますよ。だってあいつ、14になるのにまだ『生えてない』んですからね? しかもアルファなのに、性欲とは無縁そうだし。今日だって『もう性奴隷館なんて行きたくない、あんなところ窓から建物が目についただけでぞっとする』って言ってましたよ? あいつにこんな面白い性奴隷は勿体ないですよ」
「そんな子だからこそ、普通のオメガじゃダメなのよ。ここまで挑発的で奇天烈な奴ならきっとさすがの可憐もアルファの本能むき出しになって犯しちゃうわよ」
「そうですかねえ」
「まあ、可憐が持て余してるようだったら、啓一朗、あんたがアレを犯しちゃっていいわ。ただ壊しちゃだめよ。高いんだから」
「やった!! 」
啓一朗の傍らで成り行きを見守っていた巻き髪の美女も口を開く。
「高いっていってもたった1000万円でしょう? お父様、そんなはした金でこの泉宮財閥が揺らぐわけないじゃございませんこと? 」
「まあ、そうだけど。やっぱり私も古い人間だから、物を粗末にするのは感心しないのよ。薫子、あんたも可憐が上手くあいつを活用してないと思ったら遊んでいいのよ」
父の言葉に薫子は馬鹿にしたような笑いを見せた。
「私は遠慮しますわ。見ている分には楽しいかもしれませんけど。こんな暴走機関車、まともに相手にしたらこちらが憔悴してしまいそうですわ。それに性奴隷を家族で共有するのは何といいますの……生理的に受け入れ難いというか……」
「ええっ僕は平気だけど? トイレと一緒じゃん」
啓一朗はあっさりと言い放った。
すると薫子は呆れてため息をついた。
「お兄様の感覚、私にはさっぱり理解できませんわ」
「まあまあ、とにかく早く買い取らないと他の奴にとられるわ。オーナー、こいつ、いただくわ。1000万円で」
菫子はマジックミラー越しに宏美を指さして言った。



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