宿命のマリア

泉 沙羅

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第2章 壊れたもの同士

第15話

「この面汚しが!! よくも僕に恥をかかせてくれたな!! こいつめ!!こいつめ!! 」
啓一朗はそう叫んで、可憐の頬を拳で何発も殴りつけ、壁に叩きつけられた妹をガンガン蹴りつけた。
「………っ!! 」
宏美から受けた暴力とは桁違いの凄まじさにうめき声すらあげられない可憐。殴られた衝撃で口の中が切れ、血の味が広がる。
「……本当に申し訳ございません……」
啓一朗は、上流階級のアルファたちが出場する社交ダンスコンテストにエントリーしたのだ。そして「兄妹なら息も合うはず」とパートナーに可憐を選んだ。可憐は「お姉様の方がいいんじゃありませんか? 」と言って断ろうとしたが、それは啓一朗も薫子も嫌がった。啓一朗と薫子は同じくらい優秀で、何かとぶつかりがちなのでとても息が合うとは思えなかった。結局可憐が啓一朗と共に出場することになったのだが、結果は2位だった。啓一朗は1番になれなかったのを可憐がとろいせいだと言い出した。難癖のように思えるが、可憐は啓一朗や薫子より身体機能が劣るので事実と言えば事実である。
「……だから、この子を選んだのが間違いだったのよ。完全なる人選ミスよ」
父の菫子が呆れたように言う。
「そうですわ。兄妹だから息が合うなんて、ちょっとこの子を買いかぶりすぎなんじゃございませんこと? この子、私たちと血が繋がってるとは思えないくらい鈍臭いし、頭もおかしいんですのよ? お兄様のダンスパートナーだったら、浜ノ宮家の聖子さまや倉橋家の櫻子さまとか優秀なアルファ女性がいくらでもいらっしゃったでしょうに」
薫子も同じ調子だ。
ここで可憐も痛みに呻きながら口を開く。
「……お兄様、私がとろくてご迷惑をかけたことは申し訳なく思いますわ。でも、お兄様はお勉強でもスポーツでも1番でしょう? その若さでもうお父様の右腕なのでしょう? 誰から見てもお兄様は申し分ない優秀なアルファではありませんこと? 何もダンスまで1番にならなくてもいいじゃありませんか」
可憐の言葉に啓一朗の顔がますます怒りで真っ赤になる。そして妹にもう1発蹴りを入れた。
「っ!!!」
「僕をお前みたいなアルファとしての役目を何一つ果たさない、誇りのないクズアルファと一緒にするんじゃない。お前、まだ生えてないらしいじゃないか。思った通り、宏美を全く活用できてないみたいだな。お前の宏美に対する態度を見てるとどっちが主人なのか、全くわからない。本当に情けない。兄としてとても恥ずかしい。泉宮家の令嬢たるものがあんな家畜以下の性奴隷に舐められるとは」
「…お兄様、私のことはともかく、宏美のことをそんな風には言うのはやめて」
「だからそんな風だから、宏美に舐められるし、いつまで経ってもアルファらしくなれないんだ!! これ以上失望させるな!! 」
ここで菫子も口をはさむ。
「全くだわ。性奴隷を上手く活用できないだけならまだしも、舐められるとはね!! ここまで出来損ないとは思わなかった!! 啓一朗と薫子に良いところ全部吸い取られて、あとはカスしか残らなかったってことなのかしら。と、なると詩織しおり、あんたのオメガとしての性能もあまりよくないってことになるわね」
菫子はそう言って、部屋の隅で俯いている女性を睨みつけた。
「……すみません」
彼女は可憐たちの母親のオメガ女性だ。この家での母、詩織の存在感はとても薄い。気も弱く、菫子の言いなりだ。
「お母様のせいじゃありません。私の努力が足りないだけです」
可憐が母を庇う。すると菫子が怒りを爆発させた。
「もう!! アンタのそういうところ本当にイラつくのよ!! いかにもいい子ぶったその態度!! 出来も悪いくせに!! 『反省してます』アピールはいいから、とっとと帰って!! アンタの顔みてるとイラついてしょうがないわ!!」
「申し訳ございません。お父様。承知いたしました」
(宏美と同じこと言われてしまったわ……)
可憐は本当に自分が情けなかった。確かに自分はいい子ぶってるだけで何もできてはいない。これでは宏美と信頼関係も築けなくて当然だ。


「お嬢様、お可哀相に……。申し訳ありません、私が余計なこと言ったばっかりに」
ずっと扉の外で聞いていたばあやが涙ながらにそう言う。彼女は宏美の乱暴を見かね、よかれと思って菫子に「奴隷がお嬢様に暴力をふるってます」と報告してしまったのだ。しかし、裏目に出てしまった。
「大丈夫よ。ばあや。私は宏美を守る立場にいるんだから、もっともっとしっかりするわ」
可憐は精一杯気丈に振舞った。


「!?」
宏美は全身アザだらけで帰ってきた可憐に呆然としてしまった。目を腫らしたばあやが可憐に付き添っている。
「ただいま、宏美」
可憐は何もなかったかのように宏美に微笑みかけた。
ばあやは宏美が怖いのか、なるべく彼を見ないようにしているようだった。
宏美は何を思ったか、そんなばあやの腕を掴んで、別室に引きずり込んだ。
「ちょっ……!! 何をなさるの!! 」
驚いて声をあげるばあや。
「おい、ばあさん。何があったんだよ。なんでアザだらけなんだ」
宏美が低い声で問いかける。
ばあやはためらいながらも訳を話した。
「………………」
訳を聞いて、ますます怖い顔になる宏美。彼の怒った顔はとにかく妖気がすごい。
「……まあ、そういうわけだから……」
ばあやはそんな宏美を異様なものを見るような目で見つつ、可憐のところへ戻ろうとした。
「ばあさん、あんた帰っていいよ」
「でも、お嬢様の手当をしないと…… 」
「そのくらい僕がやる」
「…………」
ばあやは可憐を宏美に任せるのはどうしても不安だった。
「大丈夫よ、ばあや」
可憐が扉を開けて顔を出し、そう言った。
「お嬢様……」
「さっき言ったじゃない。私、もっとしっかりするって」



「ほら、傷見せろよ」
可憐の顎を掴んで自分の方を向かせる宏美。
「………っ!! 」
可憐は、また彼のフェロモンに当てられ、体が火照ってきてしまった。それでなくても美しい彼に触られるとドキドキしてしまう。
宏美は消毒液を含ませた脱脂綿を可憐の傷にあてた。
「いたっ……」
「滲みる? 」
「ううん、大丈夫……」

しばらく沈黙が続いたが、宏美が口を開いた。
「アルファ男とアルファ女ってそこまで腕力の差がないんでしょ? なんでこんなになるまで無抵抗でいたわけ? 」
「……暴力に暴力で返したらキリがないからよ。それに、お兄様が私を殴って気が済むならそれでいいと思ったの。争うのは嫌いよ」
「…………」
可憐の言葉に衝撃を受ける宏美。
(まさか、僕のときもそのつもりで無抵抗でいたんじゃないだろうな………)
「それにね、私殴られても仕方ないのよ。昔からお兄様たちより出来が悪いし、頭もおかしいから。そりゃお兄様たちからしたらいらつくと思うわ」
宏美はピタリと手を止める。
「……『自分は殴られても仕方ない』とか言うもんじゃないよ」
宏美は妹、由紀のことを思い出していた。
父や兄はよく宏美や母や由紀を殴っていた。
「生意気だから」「気が利かないから」「自分の立場がわかってないから」などという理由で。
だが、そんなのはこじつけに過ぎない。自分より弱い、劣る、と見なしたものを痛めつけて憂さ晴らしをしたいだけだったのだ。相手が抵抗できないのをいいことに。父と兄はアルファたちにはヘコヘコしていたのだから。
宏美と由紀はよくアザだらけになった体を寄せあって慰めあっていた。泣きじゃくる妹を宥めようとキスまでしていた。勿論、性的な意図はなかったが。
今の可憐の姿が由紀と重なった。
そしてこないだとは違う意味で自己嫌悪になった。自分もクソアルファや父や兄と同じことをしていたではないか、と。
そしてばあやから事情を聞かされたとき、また心の奥底からどす黒いものが湧いてきた。
クソアルファめ、汚い手で彼女に触りやがって。彼女は自分のものだ、彼女を痛めつけていいのは自分だけだと。
(………気持ち悪すぎるだろ…クソアルファみたい……)
クソアルファが死ぬほど憎いのに、考え方がクソアルファに近づいていく自分がおぞましかった。可憐をクソアルファ予備軍と思っていたが、自分の方がクソアルファに近いではないか。

「宏美、どうしたの? 」
固まってしまった宏美に可憐が心配そうに声をかける。
「いや、別に……」
宏美は可憐の口の端が切れて血が滲んでいることに気がついた。
「宏美?」
彼女を自分の方に引き寄せて顔を近づける。可憐は宏美のよくわからない行動に動揺しているようだった。
「ひろみっ……んっ……」
宏美は可憐の傷に舌を這わせるとそのまま唇を合わせた。
可憐の柔らかい唇を貪りながらうっすら目を開ける。可憐も目を固く閉じたり、うっすら開けたりしていた。その瞳は金色に光っていた。彼女のカモミールの香りも濃くなって、ふわりと漂う。
宏美はここで我に返り、可憐からバッと身を引いた。
「宏美? 」
可憐も宏美も息が上がっている。
宏美は何も言わず逃げるようにその場を去った。
可憐を由紀に重ねたものの、やはり可憐は由紀とは違う。というより、可憐に接してるときの自分が由紀のときとは違うのかもしれない。
なんだかんだ言っても可憐はアルファなのだ。自分たちを支配する存在なのだ。そんなアルファに対してこんな劣情をもってる自分が許せないのだ。


翌日、菫子が2人の暮らしている洋館を訪れた。

「宏美、その格好もどういうつもりなのか気になるけど、それよりも重要なことがあるの。お前、可憐に乱暴してるって本当なの? まるでどっちが主人かわからない有様らしいけど、事実なの? 」
菫子はアルファ特有の鋭い眼光で宏美と可憐を順番に睨みつけた。

「そういうプレイが好みなんですよ、あなたの娘は。女装した僕に首を絞められたり、どろどろに汚されるのがたまらないらしいです」
宏美はまるで読んでいるかのように淡々と答えた。
「宏美っ!! 」
可憐は物凄いことを冷静に述べる宏美に驚いて、顔を紅潮させる。

一方、菫子はあからさまに嫌悪感を顔に出した。
「あっそう……」
それだけ言い残すと、くるりと2人に背を向け、ヨロヨロと玄関に向かっていく。
「ぞっとするわ………なんて悪趣味なの……やっぱり頭おかしかったのね……どこで教育間違えたのかしら……」
そんなことをブツブツと言いながら。


そんな菫子を冷めた目で見送る宏美。そんな彼の綺麗な横顔を眺めながら、可憐は思った。
(もしかして、庇ってくれたの……? )
あくまで主導権は可憐にある、というようなことを菫子に報告することで、宏美は可憐の立場がこれ以上悪くなるのを避けたのだった。
宏美にとって可憐はもうただの「クソアルファ予備軍」ではなくなったのかもしれない。



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