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第2章 紡がれる希望
第87話 二人だけの場所
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三年前
黒衣についた黒フードを被ったチェルノボグは、山奥にある小さな村が炎上する様子を見つめていた。
「ウクライナの研究所が無くなったとは言え、アイツを野放しにするべきでは無かったか」
ファイスによって居場所を失ったウトは、隣国であるルーマニアまで足を運び、山の奥にある光拠点を壊滅させた。
「それにしても、日課となった人殺しか、暇潰しに語学の勉強しかしていなかったアイツが、ここまで自由奔放に行動するとは……研究所に居た頃には見せなかった行動力だな」
燃え盛る村を見下ろしていたチェルノボグは、崖側を歩きながら実験体になりそうな生存者が村の中から飛び出して来る瞬間を待っていた。
「ん?」
その時、眼下で焼ける村を見ていたチェルノボグは、ふと視線を左に向けた。
そこには、胴体を斜め十文字に切断され大量の血液を流した黄褐色の髪をした少女が横たわっていた。
「こんな所まで避難出来た人間がいたのか?」
少女に歩み寄ったチェルノボグは、身体の節々に残された焦げ跡や、消失した片目、皮膚下から露わになった骨や歯等を観察した。
「心臓は切断されてしまっているが、頭部に外傷は殆ど見られない……だが、属性が開花していないのか——」
『他に救うべき人がいるだろ?』
属性が開花していない少女を見て、実験台にはならないと考え掛けたチェルノボグは、忌々しい記憶に残された人間達の顔が浮かび上がった。
「っ!ふざけるなっ!!」
記憶に残された男達に向けて怒りの形相で叫んだチェルノボグは、地面に横たわる少女と、過去に救えなかった少女の姿を重ね合わせた。
『私は、先生のおかげで長生き出来たから……もう、私は大丈夫だよ?』
救えなかった少女の言葉を思い出したチェルノボグは、心の中に強く残された無力感から、自然と一筋の涙を流していた。
「患者を放置して死なせる医者がいるものか……俺はどんな状況だろうとも、命あるモノを生かす。それが、俺の信じる医師の形だ」
生き絶えている少女の横で膝を付いたチェルノボグは、瞳孔が開いている少女の瞳を凝視した。
「任せろ。医師として、〝必ず〟お前を救ってみせる」
生死を分ける手術を担当する医師があまり口にする事の無い『必ず』という言葉を口にしたチェルノボグは、少女の瞳を左手で閉じた。
―*―*―*―*―
数ヶ月後
「…………ん」
意識を取り戻し、ゆっくりと目を開けた少女は、薄らとした意識で周囲の様子を確認しようと首を左右に動かした。
(ここは、どこだろう?)
しかし、緑色に染められた視界では判断出来ないと考えた少女は、何気無く右手を正面に伸ばす様に動かした。
コンッ
(ん?何かに当たった?……もしかして、箱みたいな物に入れられてる?)
然程伸ばしていない右手が何かに接触して止まった事で、少女は自分自身が何か巨大な物に入れられている事を悟った。
(でも、この強度なら壊せそうな気がする)
そう考えた少女は、接触した壁を押す力を右腕に加えた。
パリィィィィン
然程力を入れていない段階で、少女を入れていた器は音を立てて砕け散った。
「あ、壊れちゃった」
予想外の強度に素っ頓狂な声を上げた少女は、視界を緑色に染めていた液体が床に流れ出る様子を見て、どのような状況であったかを判断した。
「緑色の水に入ってたんだ……普通に息が出来たから気が付かなかった」
少女の失った片目には、新しく白色の瞳が移植されていた。
(それに私が入れられていたのって、箱じゃなくてガラスみたいな容器だったんだ)
自身が衣服を纏っていない状態である事を他所に、少女は自身のいる場所を確認し始めた。
「ここは?」
少女のいる場所は薄暗く、床は一面金属のような〝何か〟で黒く染められ、節々には緑色の線が走っており、薄暗い空間内で緑色の線が不気味に光る事で周囲を照らしていた。
「私は確か、イタリア北部の街で……違う。ロシアの前線に……違う」
曖昧な記憶の中で再生されたのは、目線も光景も異なる複数の映像だった。
「気が付いたか?」
その時、察知していた気配の主が声を掛けて来た事に気が付いた少女は、記憶の整理を辞めて声のした方向へと視線を向けた。
「どうだ?新しい肉体は?」
そこには、黒服を身に纏った六尺程の男性が立っていた。
「新しい……肉体?」
男性の言葉を聞いた少女は、身体の変化を確認する様に首を動かした。
「確かに、視線が少し高くなったような……へっ!誰の髪!?……って、私の髪の毛?」
紅掛空色髪が視界に入り込んだ少女は、初めて見る髪の色に驚きの声を上げていた。
「お前の身体は外傷が酷くてな……殆ど使い物にならなかったんだ」
驚いている少女を無視する様に話をし始めた男性は、近場にある机の上に置いてある書類を手に取った。
「今のお前は、他者から得た臓器と、他者の属性と、多種の属性に耐え得る耐属性金属で補強した身体を持っている」
そう口にした男性は、少女に歩み寄ると同時に腹部に向けて軽く拳をぶつけた。
カンッ
微かに聞こえた金属音から、皮膚の下に金属が入っている事を悟った少女は、自分が普通の身体でない事を感じ表情を曇らせた。
「他の人の臓器……そうだ、私……死んじゃったんだ」
「何を言っている?お前は生きているだろう。俺の目の前に、ちゃんと」
自身が人間では無いかもしれないという不安を感じていた少女に対して、何の変哲もない言葉を返された少女は、男性に対して小さな安心感を抱いていた。
「貴方が、私を助けてくれたんですか?」
「ああ、お前の身体をそんな風にしたのは俺だ。お前から恨まれこそすれ、感謝されるような事はしていない」
書類に目を通していた男性は、机の上に置いてあった黒衣を少女に向けて放り投げた。
「着ろ。痛みも温度も感じないかもしれないが、恥じらいぐらいはあるだろう?」
「へ?……あ、アリガトウゴザイマス」
ようやく自身が裸である事を理解した少女は、顔を赤らめながら会釈をすると、男性から渡された黒衣を身に付け始めた。
「安心しろ。男の身体も女の身体も、目が腐る程見て来た。医師からすれば、患者に男女は関係ないからな」
「そ、そうなんですか?」
「ああ。差別が無い分、機械には機械として接する……お前が意図せず機械的な行動をとった場合、ある程度の期間は人間として扱わないから気をつけろ」
「え?……分かりました」
言葉の意味が理解出来なかった少女は、頭上にハテナを浮かべた状態のまま何となく承諾した。
「でも、ボロボロになったから身体を治して貰ったのは、何となく分かりましたけど……なんで属性まで?」
「お前が、属性開花していなかったからだ」
「え?」
記憶が混濁していた少女は、自身の属性が既に開花しているものだと考えていた為、呆気に取られた表情をしていた。
「属性開花前の人間は、生命力が極めて低い。他者から得た属性を注入し、従来の方法とは異なる手段で開花した状態にする事で、停止した生命活動を属性によって強引に再開させ、お前の命を繋ぎ止める事に成功したという訳だ」
「そうだったんですか」
「まあ、建前だがな」
「え?」
平然と建前である事を告げた男性は、確認していた書類から視線を外し、少女と目線を合わせた。
「属性開花前という事は、属性が充填されていない空の器と言う事だ。ならば、その空の器に他者の属性を注ぎ、意図的に多種属性を扱う人間が誕生するかどうか試せるだろ?」
「つまり……私は実験に利用された……と言う訳ですか?」
真実を知らされた少女だったが、実験に利用されたにも関わらず男性に対して怒りの感情を向ける事はなかった。
「命を救った対価を貰っただけだ」
「そうですね。死を覚悟した私を助けてくれたのは事実ですし、属性が必要不可欠だったのなら仕方ありませんよ」
「属性が必要だったのは間違いないな。死んだ人間を蘇らせる事が出来るのは、〝属性に頼らない医師〟による手術だけだ」
そう口にした男性は、自身の右手を見つめ、誇らしげな表情を浮かべていた。
「一つ確認したい。お前の……本体である人間の記憶は、ある程度残されているか?」
「本体かどうか分かりませんが、私の名前がソアレで……親友だった青い髪の女の子と向き合っていた事は覚えています」
「その子の顔と名前は?」
「顔は、覚えてません。名前は、シア……だったと思います」
必死に記憶を蘇らせていたソアレに向けて、男性は一枚の写真を投げた。
「恐らく、その写真に写っている少女の事だろう。お前の故郷だった村から拾って来た物だ」
「……シア」
写真に写る青い髪の少女を見つめたソアレは、床に落ちていた小さな鉄輪を使用して自身の髪をツインテールになる様にまとめ始めた。
「心臓や臓器は幾らでも代用出来るが、お前ぐらいの子どもが大切にしているモノは、幸せを感じていた頃の記憶だろう?」
写真を凝視していたソアレは、ロキの説明が始まっても尚、視線を逸らす事は無かった。
「検査の結果、脳に異常は見られなかった。お前に流し込んだ属性に残された記憶で、ある程度の記憶の差異は生じるかも知れないが……過去の実験結果から、注入属性量を制限する事で記憶障害は微量に抑えられる事が分かっていたからな。言語や行動に支障は出ない筈だ」
ソアレの様子から説明を聞いていないと薄々察していながらも、ロキは淡々と説明を続けていた。
「……だが、お前にとって良い話はここまでだ」
小さく溜息を吐いたロキは、足早にソアレの正面に移動すると、ソアレが凝視していた写真を奪い取った。
「あっ!」
「まず一つ目に、属性は身体に馴染むほど記憶に干渉してくる。発言、行動、性格まで変化し始めるだろうが……それに比例して属性からの得られる恩恵も増えるだろう」
「……」
写真を奪われたソアレは、写真を摘んでいるロキの顔を睨み付けるように見つめていた。
「二つ目は、時期が来れば教えよう」
そう口にしたロキは、ロシア側に潜伏する際にソアレを利用する方法や時期について考えていた。
「最後に、お前には闇の人間の属性も入れてある。光の人間として生きられないお前には、俺の元で〝二人の少女〟を救う為に刻苦して貰う」
「二人の……少女?」
写真を取られて少し剝れていたソアレは、ロキの言葉で気になった部分について疑問の声を発した。
「一人は、他者を重んじる天使の様な少女。もう一人は、飛び立つ翼をもがれた天使……いや……あれはもう」
悪魔か。
―*―*―*―*―
マリオット島
「アァァァァアっ!!」
暴発した雷属性は、周囲の床や壁を跳ねるように飛び散り、炎の属性はソアレの身体を蝕むように纏わり付き、水の属性は機械の油のように鉱物の板から垂れ流れていた。
「ガハ……イァァァァア!」
紫色の瞳から混在した炎を発しながら苦悶の表情を浮かべたソアレは、滝のように涙を流しながら二人の鼓膜が破れそうな程の絶叫を上げていた。
そして属性が不安定になった事で、属性によって繋がれていた双刃刀は、ソアレの背中から離れ、高速回転しながら周囲の壁を斬り裂き始めた。
「ソアレっ!」
「アア……シアァァ……ァァァァアア!!」
ユウの言葉に反応したソアレが右手を伸ばすと、黒い雷属性によって繋がった状態の双刃刀は、ユウ達の方向へと回転しながら迫って来た。
「どいてっ!」
ドンッ
「うっ!」
ユウを身体を左側に突き飛ばしたウトは、白色の刀身を研究室の床に突き立てた。
(ヨハネがやった技を、私風にアレンジすれば)
刀身に纏った炎が地面に流れ落ちると、液体のように広がった炎がウトを囲う壁のように燃え上がった。
「力を貸して……私の、炎よっ!!」
壁となっていた炎は、ウトの言葉に呼応するように形を変化させ始めると、蒼い炎によって巨大な両手が形成された。
『炎神の蒼手』
蒼炎で形成された巨大な両手によって、高速回転しながら迫る双刃を掴み止めた。
「ユウっ!行って!!」
「でも、ウトだけじゃ」
「ユウには、ユウにしか出来ない事があるでしょ!!」
炎を注ぎ続けていたウトは、躊躇しているユウに大声で叫ぶと、抑え切れていない双刃に対処する為に、再び自身の属性を刀に注入し始めた。
「ウト……待ってて。直ぐに、終わらせて来るから」
「うん。気を付けてね」
ウトが掴んでいる双刃の横を辛うじて回避したユウは、苦しみ叫んでいるソアレの元へと全速力で駆けて行った。
「さあ、貴方達の相手は私」
多量の属性を注入したウトの両腕は、転生以前と同様に炎の影響を受けて火傷の状態になっていた。
(転生前に比べたら、痛みも殆ど感じない)
ウトの炎の属性は、液体のような炎を自由自在に操作する事が出来る特殊な性質を有しているが、その影響で過度に使用すると所有者の身体に抵抗力が無くなり、属性火傷を負ってしまう。
闇の人間として生きていた頃のウトは、負の属性に付与されている属性力の強化によって火傷の痛みを現在よりも強く感じていた。
(これが、光に転生した……私の属性)
微かな笑みを浮かべたウトは、暴れている残りの双刃刀を抑え込むように、更に炎神の蒼手を追加で作り出した。
「邪魔はさせない」
四刃全てを抑え込んだウトは、自身の両腕が焼かれている事を他所に、離れていくユウの背中を優しげな瞳で見つめていた。
「私の、命に懸けて」
再び四刃に視線を向けたウトの瞳には、今までよりもはっきりとした覚悟が込められていた。
黒衣についた黒フードを被ったチェルノボグは、山奥にある小さな村が炎上する様子を見つめていた。
「ウクライナの研究所が無くなったとは言え、アイツを野放しにするべきでは無かったか」
ファイスによって居場所を失ったウトは、隣国であるルーマニアまで足を運び、山の奥にある光拠点を壊滅させた。
「それにしても、日課となった人殺しか、暇潰しに語学の勉強しかしていなかったアイツが、ここまで自由奔放に行動するとは……研究所に居た頃には見せなかった行動力だな」
燃え盛る村を見下ろしていたチェルノボグは、崖側を歩きながら実験体になりそうな生存者が村の中から飛び出して来る瞬間を待っていた。
「ん?」
その時、眼下で焼ける村を見ていたチェルノボグは、ふと視線を左に向けた。
そこには、胴体を斜め十文字に切断され大量の血液を流した黄褐色の髪をした少女が横たわっていた。
「こんな所まで避難出来た人間がいたのか?」
少女に歩み寄ったチェルノボグは、身体の節々に残された焦げ跡や、消失した片目、皮膚下から露わになった骨や歯等を観察した。
「心臓は切断されてしまっているが、頭部に外傷は殆ど見られない……だが、属性が開花していないのか——」
『他に救うべき人がいるだろ?』
属性が開花していない少女を見て、実験台にはならないと考え掛けたチェルノボグは、忌々しい記憶に残された人間達の顔が浮かび上がった。
「っ!ふざけるなっ!!」
記憶に残された男達に向けて怒りの形相で叫んだチェルノボグは、地面に横たわる少女と、過去に救えなかった少女の姿を重ね合わせた。
『私は、先生のおかげで長生き出来たから……もう、私は大丈夫だよ?』
救えなかった少女の言葉を思い出したチェルノボグは、心の中に強く残された無力感から、自然と一筋の涙を流していた。
「患者を放置して死なせる医者がいるものか……俺はどんな状況だろうとも、命あるモノを生かす。それが、俺の信じる医師の形だ」
生き絶えている少女の横で膝を付いたチェルノボグは、瞳孔が開いている少女の瞳を凝視した。
「任せろ。医師として、〝必ず〟お前を救ってみせる」
生死を分ける手術を担当する医師があまり口にする事の無い『必ず』という言葉を口にしたチェルノボグは、少女の瞳を左手で閉じた。
―*―*―*―*―
数ヶ月後
「…………ん」
意識を取り戻し、ゆっくりと目を開けた少女は、薄らとした意識で周囲の様子を確認しようと首を左右に動かした。
(ここは、どこだろう?)
しかし、緑色に染められた視界では判断出来ないと考えた少女は、何気無く右手を正面に伸ばす様に動かした。
コンッ
(ん?何かに当たった?……もしかして、箱みたいな物に入れられてる?)
然程伸ばしていない右手が何かに接触して止まった事で、少女は自分自身が何か巨大な物に入れられている事を悟った。
(でも、この強度なら壊せそうな気がする)
そう考えた少女は、接触した壁を押す力を右腕に加えた。
パリィィィィン
然程力を入れていない段階で、少女を入れていた器は音を立てて砕け散った。
「あ、壊れちゃった」
予想外の強度に素っ頓狂な声を上げた少女は、視界を緑色に染めていた液体が床に流れ出る様子を見て、どのような状況であったかを判断した。
「緑色の水に入ってたんだ……普通に息が出来たから気が付かなかった」
少女の失った片目には、新しく白色の瞳が移植されていた。
(それに私が入れられていたのって、箱じゃなくてガラスみたいな容器だったんだ)
自身が衣服を纏っていない状態である事を他所に、少女は自身のいる場所を確認し始めた。
「ここは?」
少女のいる場所は薄暗く、床は一面金属のような〝何か〟で黒く染められ、節々には緑色の線が走っており、薄暗い空間内で緑色の線が不気味に光る事で周囲を照らしていた。
「私は確か、イタリア北部の街で……違う。ロシアの前線に……違う」
曖昧な記憶の中で再生されたのは、目線も光景も異なる複数の映像だった。
「気が付いたか?」
その時、察知していた気配の主が声を掛けて来た事に気が付いた少女は、記憶の整理を辞めて声のした方向へと視線を向けた。
「どうだ?新しい肉体は?」
そこには、黒服を身に纏った六尺程の男性が立っていた。
「新しい……肉体?」
男性の言葉を聞いた少女は、身体の変化を確認する様に首を動かした。
「確かに、視線が少し高くなったような……へっ!誰の髪!?……って、私の髪の毛?」
紅掛空色髪が視界に入り込んだ少女は、初めて見る髪の色に驚きの声を上げていた。
「お前の身体は外傷が酷くてな……殆ど使い物にならなかったんだ」
驚いている少女を無視する様に話をし始めた男性は、近場にある机の上に置いてある書類を手に取った。
「今のお前は、他者から得た臓器と、他者の属性と、多種の属性に耐え得る耐属性金属で補強した身体を持っている」
そう口にした男性は、少女に歩み寄ると同時に腹部に向けて軽く拳をぶつけた。
カンッ
微かに聞こえた金属音から、皮膚の下に金属が入っている事を悟った少女は、自分が普通の身体でない事を感じ表情を曇らせた。
「他の人の臓器……そうだ、私……死んじゃったんだ」
「何を言っている?お前は生きているだろう。俺の目の前に、ちゃんと」
自身が人間では無いかもしれないという不安を感じていた少女に対して、何の変哲もない言葉を返された少女は、男性に対して小さな安心感を抱いていた。
「貴方が、私を助けてくれたんですか?」
「ああ、お前の身体をそんな風にしたのは俺だ。お前から恨まれこそすれ、感謝されるような事はしていない」
書類に目を通していた男性は、机の上に置いてあった黒衣を少女に向けて放り投げた。
「着ろ。痛みも温度も感じないかもしれないが、恥じらいぐらいはあるだろう?」
「へ?……あ、アリガトウゴザイマス」
ようやく自身が裸である事を理解した少女は、顔を赤らめながら会釈をすると、男性から渡された黒衣を身に付け始めた。
「安心しろ。男の身体も女の身体も、目が腐る程見て来た。医師からすれば、患者に男女は関係ないからな」
「そ、そうなんですか?」
「ああ。差別が無い分、機械には機械として接する……お前が意図せず機械的な行動をとった場合、ある程度の期間は人間として扱わないから気をつけろ」
「え?……分かりました」
言葉の意味が理解出来なかった少女は、頭上にハテナを浮かべた状態のまま何となく承諾した。
「でも、ボロボロになったから身体を治して貰ったのは、何となく分かりましたけど……なんで属性まで?」
「お前が、属性開花していなかったからだ」
「え?」
記憶が混濁していた少女は、自身の属性が既に開花しているものだと考えていた為、呆気に取られた表情をしていた。
「属性開花前の人間は、生命力が極めて低い。他者から得た属性を注入し、従来の方法とは異なる手段で開花した状態にする事で、停止した生命活動を属性によって強引に再開させ、お前の命を繋ぎ止める事に成功したという訳だ」
「そうだったんですか」
「まあ、建前だがな」
「え?」
平然と建前である事を告げた男性は、確認していた書類から視線を外し、少女と目線を合わせた。
「属性開花前という事は、属性が充填されていない空の器と言う事だ。ならば、その空の器に他者の属性を注ぎ、意図的に多種属性を扱う人間が誕生するかどうか試せるだろ?」
「つまり……私は実験に利用された……と言う訳ですか?」
真実を知らされた少女だったが、実験に利用されたにも関わらず男性に対して怒りの感情を向ける事はなかった。
「命を救った対価を貰っただけだ」
「そうですね。死を覚悟した私を助けてくれたのは事実ですし、属性が必要不可欠だったのなら仕方ありませんよ」
「属性が必要だったのは間違いないな。死んだ人間を蘇らせる事が出来るのは、〝属性に頼らない医師〟による手術だけだ」
そう口にした男性は、自身の右手を見つめ、誇らしげな表情を浮かべていた。
「一つ確認したい。お前の……本体である人間の記憶は、ある程度残されているか?」
「本体かどうか分かりませんが、私の名前がソアレで……親友だった青い髪の女の子と向き合っていた事は覚えています」
「その子の顔と名前は?」
「顔は、覚えてません。名前は、シア……だったと思います」
必死に記憶を蘇らせていたソアレに向けて、男性は一枚の写真を投げた。
「恐らく、その写真に写っている少女の事だろう。お前の故郷だった村から拾って来た物だ」
「……シア」
写真に写る青い髪の少女を見つめたソアレは、床に落ちていた小さな鉄輪を使用して自身の髪をツインテールになる様にまとめ始めた。
「心臓や臓器は幾らでも代用出来るが、お前ぐらいの子どもが大切にしているモノは、幸せを感じていた頃の記憶だろう?」
写真を凝視していたソアレは、ロキの説明が始まっても尚、視線を逸らす事は無かった。
「検査の結果、脳に異常は見られなかった。お前に流し込んだ属性に残された記憶で、ある程度の記憶の差異は生じるかも知れないが……過去の実験結果から、注入属性量を制限する事で記憶障害は微量に抑えられる事が分かっていたからな。言語や行動に支障は出ない筈だ」
ソアレの様子から説明を聞いていないと薄々察していながらも、ロキは淡々と説明を続けていた。
「……だが、お前にとって良い話はここまでだ」
小さく溜息を吐いたロキは、足早にソアレの正面に移動すると、ソアレが凝視していた写真を奪い取った。
「あっ!」
「まず一つ目に、属性は身体に馴染むほど記憶に干渉してくる。発言、行動、性格まで変化し始めるだろうが……それに比例して属性からの得られる恩恵も増えるだろう」
「……」
写真を奪われたソアレは、写真を摘んでいるロキの顔を睨み付けるように見つめていた。
「二つ目は、時期が来れば教えよう」
そう口にしたロキは、ロシア側に潜伏する際にソアレを利用する方法や時期について考えていた。
「最後に、お前には闇の人間の属性も入れてある。光の人間として生きられないお前には、俺の元で〝二人の少女〟を救う為に刻苦して貰う」
「二人の……少女?」
写真を取られて少し剝れていたソアレは、ロキの言葉で気になった部分について疑問の声を発した。
「一人は、他者を重んじる天使の様な少女。もう一人は、飛び立つ翼をもがれた天使……いや……あれはもう」
悪魔か。
―*―*―*―*―
マリオット島
「アァァァァアっ!!」
暴発した雷属性は、周囲の床や壁を跳ねるように飛び散り、炎の属性はソアレの身体を蝕むように纏わり付き、水の属性は機械の油のように鉱物の板から垂れ流れていた。
「ガハ……イァァァァア!」
紫色の瞳から混在した炎を発しながら苦悶の表情を浮かべたソアレは、滝のように涙を流しながら二人の鼓膜が破れそうな程の絶叫を上げていた。
そして属性が不安定になった事で、属性によって繋がれていた双刃刀は、ソアレの背中から離れ、高速回転しながら周囲の壁を斬り裂き始めた。
「ソアレっ!」
「アア……シアァァ……ァァァァアア!!」
ユウの言葉に反応したソアレが右手を伸ばすと、黒い雷属性によって繋がった状態の双刃刀は、ユウ達の方向へと回転しながら迫って来た。
「どいてっ!」
ドンッ
「うっ!」
ユウを身体を左側に突き飛ばしたウトは、白色の刀身を研究室の床に突き立てた。
(ヨハネがやった技を、私風にアレンジすれば)
刀身に纏った炎が地面に流れ落ちると、液体のように広がった炎がウトを囲う壁のように燃え上がった。
「力を貸して……私の、炎よっ!!」
壁となっていた炎は、ウトの言葉に呼応するように形を変化させ始めると、蒼い炎によって巨大な両手が形成された。
『炎神の蒼手』
蒼炎で形成された巨大な両手によって、高速回転しながら迫る双刃を掴み止めた。
「ユウっ!行って!!」
「でも、ウトだけじゃ」
「ユウには、ユウにしか出来ない事があるでしょ!!」
炎を注ぎ続けていたウトは、躊躇しているユウに大声で叫ぶと、抑え切れていない双刃に対処する為に、再び自身の属性を刀に注入し始めた。
「ウト……待ってて。直ぐに、終わらせて来るから」
「うん。気を付けてね」
ウトが掴んでいる双刃の横を辛うじて回避したユウは、苦しみ叫んでいるソアレの元へと全速力で駆けて行った。
「さあ、貴方達の相手は私」
多量の属性を注入したウトの両腕は、転生以前と同様に炎の影響を受けて火傷の状態になっていた。
(転生前に比べたら、痛みも殆ど感じない)
ウトの炎の属性は、液体のような炎を自由自在に操作する事が出来る特殊な性質を有しているが、その影響で過度に使用すると所有者の身体に抵抗力が無くなり、属性火傷を負ってしまう。
闇の人間として生きていた頃のウトは、負の属性に付与されている属性力の強化によって火傷の痛みを現在よりも強く感じていた。
(これが、光に転生した……私の属性)
微かな笑みを浮かべたウトは、暴れている残りの双刃刀を抑え込むように、更に炎神の蒼手を追加で作り出した。
「邪魔はさせない」
四刃全てを抑え込んだウトは、自身の両腕が焼かれている事を他所に、離れていくユウの背中を優しげな瞳で見つめていた。
「私の、命に懸けて」
再び四刃に視線を向けたウトの瞳には、今までよりもはっきりとした覚悟が込められていた。
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裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
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冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』
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「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。
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これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!
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主人公がダンジョンに潜り、ステータスを強化し、強くなることを目指す物語である。
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