創造した物はこの世に無い物だった

ゴシック

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第2章 紡がれる希望

第91話 形而上学的平和の否定

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 ラザレット島

「そう思わないか?……日の丸最強」

 仄暗ほのぐらい空間に立っている黒い服を纏った男性は、琥珀色こはくいろの瞳で睨み付けている少年に銃口を向けた。

「お前には、世界がそう見えている訳か。人の命を軽々しく奪える人間の意見だな」

 銃口を向けられたユウトは、琥珀色に変化した瞳でチェルノボグを睨み付け、見えない銃弾に備えて身構えた。

「俺の言葉の意味は、お前の言葉が全てを物語っているだろう?他者の感情を理解出来る人間など、導き手として生きた二人と、ファクティスの様に力を持った特別な人間だけだ」

 ユウト達がある程度の情報を把握している事を推察したチェルノボグは、ファクティスが心を読み取る力を持っている事を隠さず話を続けた。

「物語と同じだ。主人公である己が全てなんだよ……この世は。他者より己、それが生物史にいて最も醜い生物……人間なんだよ」

「だからゲームだと?……お前のそんな身勝手な理由で、何人の人達が命を奪われたと思ってる!」

 憤怒ふんぬの瞳でチェルノボグを睨み付けたユウトは、この世の全てを憎んでいるかに思える程の負の感情を含んだ瞳を見た。

「己の見ている世界が、この世の全てだ。周りの動物共が見ている世界など、俺には不必要なモノだ」

 白いガバメントを握っていた右手を下げたチェルノボグは、ポケットに入れた左手をモゾモゾと動かしていた。

「俺以外の人間が死のうと、俺は痛みも苦しみも感じない。世界は、視界の主である俺を中心に回っているのだから」

 不敵な笑みを浮かべ、ポケットから左手を取り出したチェルノボグは、摘んだオセロの石をユウトに見せた。

「「オセロの石?」」

「……」

「その石……赤壁の街、ヴァイスから持ち帰っていたのかい?」

 ミールとシュウは首を傾げていたが、オセロの石に見覚えのあるユウトは石を凝視し、レンはチェルノボグが訪れた可能性がある場所の名前を口にした。

「これは、彼女から送られて来た物……彼女にとって…… 〝全ての運命〟を表す物」

「彼女?」

「ああ。闇の神と呼ばれる存在だ」

「っ!?」

 闇の神とオセロの石が繋がったユウトは、シエラを襲った災禍領域カタストロ・フィードに感じた人の気配が闇の神であった事を悟った。

 (あの時に感じた気配……災禍領域カタストロ・フィードが、闇の神……だと?)

「気付いたか?お前達が相手にしている人間達の後ろ盾が、どういう存在か」

 ユウトの唖然とした表情から、闇の神の正体を理解した事を察したチェルノボグは、左手で摘んでいたオセロの石を上に投げた。

「白い世界についた黒は消えないが、黒い世界に白があれば呑まれる。多くの知識を有し、属性という他者と異なる力を有した人間には、平等による平和は所詮、理想に過ぎない」

 上に投げられたオセロの石は、縦回転しながら徐々にチェルノボグの左側の床に向かって降下していた。

「俺〝達〟は、光の神に依存した理想だけの平和を否定する!」

 その瞬間、薄暗い部屋の奥から黒い薄衣に身を包んだ黒髪の少女ファクティスが、腰まで流れた髪と、頭上に一本だけ跳ねた髪の毛を揺らしながら現れた。

 そして、右手に握り締めた赤黒い刀で回転していたオセロの石を貫く様にチェルノボグの側を通り抜け、ユウトの視界に入り込んだ。

「やっと会えた!」



「なっ!?」

 パキィィィィン

 反射的に左手を前に突き出し結晶の盾を正面に創造したユウトは、ファクティスの刺突によって背後に立っていたレンと共に後方へと押し出された。

「うわぁっ!」

「ユウトさんっ!レンさんっ!」

 左右に立っていた二人は、ユウト達が激突した際に生じた風圧によって倒れ込んだ。

「ぐっ!……なんて力だ!」

「う、二人を同時に押し出すなんてっ!」

「くっ!レンっ!」

 共に押し出されたレンの身を案じたユウトは、自身の両脚を床に固定する創造をした。

「うわっ!」

 結晶によってその場に停止したユウトとは異なり、受けた力によって後方へと飛ばされたレンは、少し後方に同時に創造された結晶の球体によって受け止められた。

「……お前が、ユカリの言ってたファクティスか!!」

 レンが属性の影響範囲から出た事を確認したユウトは、結晶の盾に加えていた属性力を増幅させた。

「そうだよユウト!さぁ、私と遊ぼォ!」

 両脚に更なる力を加えたファクティスは、ユウトの結晶の盾ごとユウトの身体を後方へと押し出すように刀を突き出した。

「くっ!俺には、遊んでる暇なんか無いっ!!」

 ファクティスの攻撃を防いでいたユウトを観察していたチェルノボグは、ユウトの変化に驚き、目を見開いていた。

「……馬鹿な」

 日本で計測した契約エンゲージ使用前のユウトの属性量と属性力は、伸び代を考慮したとしても、現在のファクティスの攻撃は防ぐ事が出来ないと考えていた。

 しかし、ファクティスと対峙しているユウトはユカリとの契約エンゲージを使用していないにも関わらず、ファクティスによる不意打ちを防いで見せた。

「奴の属性が、成長していると言うのか?」

 (本来であれば、上限値が定められている筈の属性力も属性量も……奴自身の意志と、他者からの信頼を力として昇華していると?)

 チェルノボグの推測を裏付けるかの様に、ユウトが咄嗟に創造した結晶の盾の外枠には、雷が落ちたかの様な形を残していた。

 フィリアの属性を譲渡されたユウトは、雷の属性によって属性自体の速度が強化された事により、ユカリ以上の速度で創造する事が可能となっていた。

「属性の性質まで強化されているのか……創造物……人の域を、逸脱した存在という訳か」

 限界を超越する属性量の増幅と、属性力の強化を目にしたチェルノボグは、ユウトが常識を逸脱した存在である事を思い知らされた。

 (化け物なのは、光の悪魔ユウキだけじゃない……コイツそのものだ)

「ファクティス!もう良いぞ!」

「は~い!」

 チェルノボグの言葉にファクティスが反応した瞬間、首元に着けられた白と黒の羽毛うもうで造られた様な首輪から黒い光が発せられ始めた。

「なんだ!」

「場所を変えるだけだよ?力一杯遊べる場所の方が楽しいから!」

 その瞬間、ユウト達と近場に立っていたレンを呑み込む様に、突如赤黒い障壁に覆われた転移エリアが展開させた。

「じゃあね……ユウト」

「っ!」

 (今の声は……)

 障壁が展開されると同時に、身体から何かが抜け落ちて行く感覚があったユウトは、微かに身体の中に感じていた世界が完全に消滅した事を感覚的に理解した。

 (ああ……そうか。お前は、お前自身を)

「……二人を、任せたぞ」

 全てを悟り一筋の涙を流したユウトは、ファクティスの首輪に取り付けられた小さな転移端末によって、障壁内に閉じ込められたレンと共に別の場所へと転移した。

 (中にいる光の人間は二度と出る事が出来ず、外にいる光の人間は入る事が出来ない緊急時用の転移端末…… 〝今のユウト〟では脱出する事は出来ないか)

「……僕達……二人で」

 心の底では頼りにしていたユウトが転移した事で、戦いへの恐怖が増幅したシュウは、身体を小刻みに震わせていた。

「大丈夫だよ、シュウ」

 震える左手を握ったミールは、隊服のポケットから〝黄金の球体を宿す収納結晶〟を取り出して見せた。

「これから始まる戦いは、僕らだけじゃない。アーミヤさんも、リエルも、僕らと共に戦ってくれる」

「ミール……そうだよね」

 ミールの言葉に安心したシュウは、腰に装着していた銀色のグロック二丁ではなく、隊服のポケットから収納結晶を取り出した。

「僕らを信じて送り出してくれた皆んなの為に」

 アーミヤ達の事を考えたミールは、ゆっくりと右手を前にかざした。

「僕らを信じて、意志を託してくれた……お兄ちゃん達の為に」

 カイやエムの事を考えたシュウは、ゆっくりと左手を前にかざした。

「「必ず勝つんだ!」」

 二人が同時に叫んだ瞬間、二人が手に持っていた収納結晶が砕かれ、中から紅の刃を有する九十センチ程の日本刀と、純白の鞘に納められた刀が出現した。

雷の皇帝グロム・ツァーリ

 そして、純白の刀と共に収納されていたアーミヤの属性によって黒く染められていた床や壁は、全て金色に輝く雷に覆われた。

「これは…… 凋落ちょうらくの女帝の属性か?」

 転移したユウトに意識を取られていたチェルノボグは、周囲の景色が一変した事で意識を戻し、自身に向けられていた二つの切先に視線を向けた。

「シュウ、ミール……一時の平和にすがるお前達に教えてやる。生物である以上、平等による平和など有り得ない事を」

 そう告げたチェルノボグは、白いガバメントを握っていた右手とは別に、ポケットに入れた左手を取り出し、黒いガバメントが姿を現した。

「闇の神が望む恐怖による平和が、人間の……いや、生物にとっての現実なんだと言う事を!」

 殺意を込めて叫んだチェルノボグは、両手に握るガバメントの銃口を二人に向けた。

「二人だけじゃないよ?」

 シュウ達は、背後から聞こえた声に驚き、視線を背後に向けた。

「何故……ユウトと共にいる筈のお前がここにいる?」

 想定外の事態に困惑したチェルノボグは、二人に向けていた銃口を下に降ろし、姿を現した四人目の人間に質問を投げ掛けた。

「僕がもう、ユウトじゃないから……かな?」

 三人の視線の先に立っていた灰色の髪の少女は、首を傾げながら質問に答えると、青白磁せいはくじの瞳でチェルノボグに視線を合わせた。

「僕はユキ。時が経てばはかなく消える……結晶の塊だよ」

 雪の様に純白の服を身に付けたユキは、周囲に舞う雪の結晶に手を伸ばし、その結晶で結晶銃スタリエットを創造した。

「さて、始めようか?」

 そう口にしたユキは、結晶銃スタリエットの銃口をチェルノボグへと向けた。
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