創造した物はこの世に無い物だった

ゴシック

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第3章 光闇の宿命を背負ふ者

第7話 最強の戦乙女

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 アメリカ中央拠点クレイドル 南部

「これ以上、仲間達を死なせたりしない」

 強い意志の込められた言葉を発したクリームヒルトは、燃え盛る炎の様に紅蓮の光を放つハルバードを右手の指で回転させ始めた。

輪投げボアフリング・シュピール

 回転させたハルバードの先端から迸る炎が紅蓮の輪を描く程の速度で回転させていたクリームヒルトは、回転させたハルバードを握り締め回転を止めると同時に、輪を形成した炎にハルバードの先端を通し、ヨハネに向けて勢い良く飛ばした。

「……クリームヒルト」

 炎の輪が接近する中、静かに大刀を両手で振り上げたヨハネは、巨大な銀朱ぎんしゅのハルバードを振り回すクリームヒルトを観察していた。

 (今も尚、伝説として語り継がれるドイツの英雄ジークフリート。彼の妻として生きたクリームヒルトは、その消極的な性格から世界的に名を知られる事は無かったが、ハイデンベルグの隊員達から『影の最強』と称される程の実力を有した女性)

 回転しながらヨハネに迫る炎の輪は、小刻みに震えながら徐々に輪の本数を変化させ始めていた。

「一、二、三……点数が入るまでに、何本必要になる?」

 迫る炎の輪が九つに分かれて尚、顔色一つ変える事の無いヨハネは、振り上げていた刃に二種類の属性を纏わせた。

 (主力、最強と呼ばれる者達は、国ごとに力が大きく異なる場合がある。ウクライナで最強と呼ばれていたアナスタシアも……間違いなく、他の世界最強に並ぶ力を持っていた)

業火の剣レーヴァテイン

 思考を巡らせながら勢い良く振り下ろさせた大刀から、ヨハネの視界を埋め尽くす程の巨大な斬撃が放たれた。

「ひっ!?」

 目の前で放たれた斬撃の巨大さに恐怖したクリームヒルトは、咄嗟にハルバードの先端を輪投げボアフリング・シュピールへと向け、その場で停止させると同時に、ハルバードを上に振り、倒れていた炎の輪を起き上がらせた。

知恵の輪ドラート・パズル

 そしてハルバードの先端で渦を巻く様に動かすと、重ね合っていた炎の輪が知恵の輪の様に繋がったまま周囲に展開し、一本だった輪から蜂の巣を彷彿とさせる円盤が形成された。

かくれんぼフェアシュテック・シュピール

 その瞬間、空いていた輪の内側を埋め尽くす様に炎が燃え広がり盾となった。

 ズガァァァァン

 盾に斬撃が接触した直後、紅の閃光と共に辺りに強烈な熱波が放たれ、異常な温度上昇によって二人の周囲の空間に歪みが生じていた。

「こ、この隙に」

 依然として双方の放った技が衝突する中、クリームヒルトは全身を包み込む様に炎のプラス属性を発生させた。

人形遊びポープン・シュピーレン

 紅蓮の炎を纏った状態で数秒停止したクリームヒルトは、ゆっくりと右手に握るハルバードの先端に属性を纏わせ、正面に向けたまま回し始めた。

的当てダス・ジ・トレフン

 ハルバードが勢い良く突き出された瞬間、荒々しく渦巻いた炎が先端から離れ、離れた属性は穿孔機せんこうきの様に高速回転したまま進行し、前方の知恵の輪ドラート・パズル業火の剣レーヴァテインを貫き、離れた場所に居るヨハネの元へと到達した。

「あ、当たった?」

 目視で確認する事が出来ないクリームヒルトは、形状を維持していた属性が乱れた事で離散して行く知恵の輪ドラート・パズル業火の剣レーヴァテインを見つめながら、向こう側にいるであろうヨハネを警戒していた。

「…………はれ!?」

 視界が良好になったクリームヒルトは、先程までヨハネがいた場所に何も存在していない事に驚き、裏声の奇声を発した。

「え?エ?ゑ?……い、いない?」

 (そんな事あるの?さっきまでは、確かに居たのに?もしかして私……有り得ない事に気が動転して、幻覚でも見てた?)

 自身の記憶にすら疑問を抱き始めたクリームヒルトは、恐る恐るヨハネの居た場所に接近した。

「や、やっぱりいない?」

ヘイズ

 クリームヒルトが安堵の息を吐こうとした次の瞬間、背後の虚無空間から突如として白色の剣を両手で握り、剣先が左下に来る様に構えたクライフが姿を現した。

「へっ!?」

救いの焔フレイム・サルティス

 出現したクライフの存在に瞬時に気付いたクリームヒルトだったが、気持ちの整理が付くよりも先に、隙だらけだった背中にプラスの炎属性を帯びた刃による一撃が直撃した。

「いぅっ!」

 左下方向から払われた斬撃がクリームヒルトの身体を斬り付けると同時に、同じ方向へと伸びる炎の柱が地面から発生し、苦悶の表情を浮かべるクリームヒルトの全身を飲み込んだ。

「貴女が相手にしているのは、ヨハネ様だけではありませんよ!」

 その後も斬撃が終わる事は無く、次に左上、下方向、横方向の順に斬撃が放たれた。

 斬撃によって四本の柱を作り出すと同時に、クライフは全ての柱が重なる中心となる部分を貫いた。

 その瞬間、柱は中心へと収縮し球体へと変化した炎の属性は、クリームヒルトを含んだまま周囲へと鋭い閃光を放ち、空間を振動させる程の音を発しながら爆発した。

「プラスの水属性による透過か。ルアも使用していたが……クリームヒルトの様な、状況に翻弄ほんろうされやすい相手には最も効果的な技だ」

 何も無い空間からヨハネの声が発せられると、ヘイズによって姿を隠されていたヨハネが、クライフの背後から現れた。

 (あれ?ヨハネ様の大刀が……)

 視線を僅かに下に向けていたクライフは、先程のヨハネが発した言葉を思い出し、視線を上へと向けた。

「ヨハネ様、彼女の事をご存知なのですか?」

 目視で確認する事は出来なかったが、周囲に感じる微かな気配を察知したヨハネは、意識を背後に集中させた状態で、此方を見つめながら首を傾げているクライフへと視線を向けた。

「彼女の名前は、クリームヒルト。ドイツに存在した光拠点ハイデンベルグの英雄、ジークフリートの妃となった女性だ」

「ジークフリート……ええっ!?」

 その名前を聞いたクライフは、あまりの驚きに変な声を上げながら目を見開いていた。

「英雄、世界最強、龍殺し、神殺し、〝炎の頂〟、数多の伝説を残したジークフリートの存在で埋もれてしまったが、当時のドイツではクリームヒルトも十分名が知られ、国内最強と称されていた」

「れ、歴史上で、彼らを超える属性を有する者は存在しないとされた……炎、水、雷を代表する人物の一人、炎の頂ジークフリート」

 属性の歴史上、数多の最強と称される人間が現れる中で、他を凌駕する程の属性力、属性量を有した者達が存在した。

 その一人が、英雄ジークフリート。

 生物が数多の進化を遂げる中、偶然生まれた一匹の龍。

 属性を纏った刃ですら通らず折れてしまう程の硬度を持つ鱗、羽ばたきで軽々と生物を吹き飛ばしてしまう突風を引き起こす大きな翼、長き尾は存在する物全てを薙ぎ払い、四肢に生えた鉤爪で山を斬り、鋭い牙は大岩をも砕く。

 他の生物では到底殺す事など出来ないとされた龍を、己が身に宿る脅威的な属性、携えた一本の聖剣で、斬り伏せたとされる英雄ジークフリート。

「そもそも、ジークフリートって実在する人物だったんですね。その……あまりにも次元が違い過ぎて、架空の人物かと——」

「ジークフリート様は、実在しますよ?」

「っ!?」

 聞き覚えのある声に反応したクライフは、即座に声のする方向へと視線を向けた。

「はぁ、はぁ」

 そこには、疲労の色を滲ませ、全身から火の粉を迸らせた状態で立ち尽くしたクリームヒルトの姿があった。

「そんな……あの攻撃を回避するなんて」

「……確かに、クライフの斬撃は当たっている様に見えた」

 そう告げたヨハネは、背後にクリームヒルトが立っているにも関わらず、身体や視線を後ろへと向ける事は無かった。

「だが、この場から一向に彼女の気配が消える事は無かった……その時点で、再び彼女が私達の前に姿を現すと予想出来た」

「隙だらけな状態で何をっ!」

 そう叫んだクリームヒルトは、右手に握る全長三メートル程の銀朱ぎんしゅのハルバードを、正面のヨハネに向けて横方向に払った。

焔の大陸ムスペル

 その瞬間、突如として地面に紅の光を放つ亀裂が走り、地底で起きた爆発によって隆起した地面によってクリームヒルトは恐るべき力で空中へと吹き飛ばされた。

「ぎ、あぁ」

 突然の出来事による困惑と、突然受けた意識を失いそうな程の痛みにより、言葉にならない悲鳴を上げたクリームヒルトは、力無く空中を舞っていた。

「言った筈だ、予想していたと。そんな私が、無防備に背中を見せていると思ったのか?」

 そう告げたヨハネは、自身の身体で隠していた紅蓮の大刀を地面から力強く引き抜いた。

「私は、お前が現れる以前から策を講じていた」

 ヨハネはヘイズによって姿を隠している時から、既に大刀を膝下近くまで地面に突き刺しており、会話中に足から伝えていた炎の属性を地面に流し込み、焔の大陸ムスペルを発動する準備を進めていた。

「私達二人を一人で相手にするという事は、こういう事だ」

 付着した土を払う様に振られた大刀は、空間と共に付近の大地さえも切り開いていた。

「や、やっぱり無理だよ。こ、こんな強い人達……私一人じゃ……」

 ヨハネ達から離れた場所にある岩に隠れ、人形遊びポープン・シュピーレンによって作り出された偽物の自分が宙を舞う光景を目にしたクリームヒルトは、顔面蒼白になりながら恐怖で身体を震わせていた。

「た、助けて……ジーク様ぁ」

 近場に銀朱ぎんしゅのハルバードを置き、地面に額を付ける様に身体を丸めたクリームヒルトは、小刻みに身体を震わせながら掠れた声を発した。

「助け……てぇ」

 更に小さな声で助けを求めたクリームヒルトは、現実逃避する様に両耳を塞ぎ、緑色の瞳を瞼で隠した事で涙が溢れた。

「助けて……ジーク」

 その直後、上空から恐ろしい程の強い殺意を感じ取ったヨハネ達が視線を上へと向けると、空を覆い隠していた暗雲を貫く様に、謎の蒼い流星が凄まじい速度で飛来した。

 ズガァァァァン

 クリームヒルトが隠れていた岩付近の地面に落下した蒼炎は、轟音と共に衝撃波を周囲に放ち、アメリカ南部の地面を激しく振動させた。

「君が私を呼んだ時、私は必ず現れる」

 小さくなっていたクリームヒルトは、聞き馴染みがあり、心から安心する男性の声に反応し、ゆっくりと顔を上げた。

「クリームヒルト。私の、運命の妃よ」

 岩影に隠れていたクリームヒルトを中紅花なかくれないの瞳で優しげに見つめる蘭茶らんちゃの髪の男性は、身に纏った黒いロングコートを風になびかせていた。
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