創造した物はこの世に無い物だった

ゴシック

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第3章 光闇の宿命を背負ふ者

第11話 彼岸花

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 一週間程前

 創造の世界?

 パキィィィィン

 純白の世界に甲高い音が響き渡ると共に、ユウトの握り締めていた一本の結晶刀クリスタリアが砕け散った。

「くっ!」

 (咄嗟に片腕で防いじまった)

 衝撃によってきしむ右腕の痛みに顔をゆがめたユウトは、結晶刀クリスタリアを容易く砕いた一撃を放ったジークフリートに視線を合わせた。

「……もう十分だ」

 純白の世界で始まった数分間の戦闘でユウトの力を大凡おおよそ把握したジークフリートは、向き合うユウトの眼前に聖剣バルムンクを突き立てた。

「ど、どうした?」

 戦いの中断を告げる様に地面にへと突き立てられたバルムンクを見たユウトは、右手に再び創造した結晶刀クリスタリアをゆっくりと下げた。

「少し休息としよう。今の君が私と、これ以上の戦闘を続ければ、腕の激痛にばかり意識を取られ、武器の創造すら出来なくなるだろう?」

「……流石に、隠し切れないか」

 そう口にしたユウトは、右手の結晶刀クリスタリアを地面に落とした。

 その時のユウトは、ジークフリートの重い斬撃によって両手が麻痺し、結晶刀クリスタリアを握っている感覚が殆ど無い状態だった。

「……小手調べのつもりだったんだろ?」

「確かにある程度の加減はしていたが、何故そう思った?」

「お前は両手剣を片手で振っていた。お前と同じ手法で、自分の力を制限する人を知ってるんだ」

「フッ、そうか。私と同じか……」

 そう告げたジークフリートは表情を曇らせ、少しだけ視線を下へ向けると、胸の位置まで上げた自身の右手を見つめた。

 そんなジークフリートの行動は、会話をするユウトの視線からは、バルムンクに隠れて殆ど見えていなかった。

「あれで手加減か……はあ、ここまで力に差があるなんて思わなかった」

 (五分ぐらいの打ち合いで、結晶刀クリスタリアが三十本近く砕かれた)

 創造に意識を向ける隙が無いジークフリートに対して、ユウトは初手で創造した結晶刀クリスタリアや障壁を繰り返し創造する事で、ジークフリートの猛攻を耐えしのごうと考えた。

 しかし、バルムンクの一撃で砕かれてしまう結晶刀クリスタリアや障壁では、全く時間を稼ぐ事は出来なかった。

「まあ、結晶の盾を砕かれた時点で、俺とお前の差は明白だったけど」

 一度だけ創造の時間があったユウトは、決して砕ける事のない結晶の盾を創造したが、バルムンクの一撃を受けた盾は一瞬耐えた後に砕け散った。

 属性を使用し続ける事で、維持し続ける事の可能な盾が容易に砕かれてしまう程、二人には圧倒的な差があった。

「君と私に差が生じている理由の一つは、君が属性を制限しているからだ」

「買いかぶり過ぎだ…… 契約エンゲージ無しで出せる属性は、あれが限界だ」

 そう言って俯いたユウトの側には、あまりの実力差に落胆しているユウトの心境を表すかの様に、サラサラと消滅してゆく結晶刀クリスタリアが落ちていた。

「そう悲観するな。君が制限している属性は、潜在的なモノだ。君自身が気付かないのも無理はない」

「……潜在的?俺の中には、まだ隠れた属性があるって事か?」

 ユウトの質問に対した、ジークフリートは数秒周囲を警戒する様に視線を動かした後に、小さく頷いた。

「君の中に眠る属性について語る前に、先ずは君達の属性に深く関係している、この世界について説明をしよう……そして君は、その身に宿した属性と、己の身を形成した属性について理解し、より多種多様な使用法を模索する糧にすると良い」

「……分かった」

 ユウトの返答を聞いたジークフリートは、おもむろに純白の世界に右手を向けた。

「ここは、『創造の世界』と呼ばれる場所。この場所には、創造の力を有している君達の他に、死に絶えた者も足を踏み入れる」

「し、死に絶えた者?……それじゃあ、ジークも死んでるって事か?」

「今は、私の事なんてどうだって良い。強いて言うなら、『偶然入る事が出来た異物』だ」

「また適当な事を……」

 ジークフリートの言動をいぶかしんだユウトだったが、少し間を開けた後に真偽を確認する様に視線を左右に動かした。

 しかし、自分達以外の存在を目視で確認する事は出来なかった。

「さて一つ質問だが、君は輪廻転生を知っているか?」

 その声を聞いたユウトは、再びジークフリートへと視線を戻した。

「輪廻転生……何度も生死を繰り返して、その度に新しい生命に生まれ変わるって考え方だろ?」

「その通りだ」

 ユウトの回答に対して小さく頷いたジークフリートは、そのまま話を継続した。

「命を宿したモノは幾多の生物へと生まれ変わり、何度も生き死を繰り返している。この世界は、その輪廻の中継地……生命の終わりと始まりの場所と言って良い」

「生命の終わりと始まりの場所……それじゃあ、フィリアやカイ……ウトも、ここに?」

 命を奪われた仲間達の顔が浮かんだユウトは、先程よりも真剣な眼差しで周囲を確認し始めた。

「君の考えは容易に見当は付くが、君の為にもハッキリ言っておこう……彼女達の創造は諦めろ。〝君達の力〟では不可能だ」

「なっ!?やってもいないのに、どうして不可能だって言い切れるんだよっ!」

 薄らと見えた希望の灯火ともしびを、あっさりと吹き消す様な言葉に激しい憤りを覚えたユウトは、冷静沈着なジークフリートに向けて声をあららげた。

「君がユカリから聞いているかは知らないが、君達が使用する属性による命の創造には、『死者が創造の世界に留まっている間』という時間制限がある」

 悔しげな表情を浮かべるユウトに対して、ジークフリートは淡々と言葉の意味を説明し始めた。

「はぁ?死者が、創造の世界に留まっている間?」

「そうだ。この世界に死者の魂が留まる期間は、ある程度限られている。次の輪廻に入るまでの間……長い場合は一週間程か」

「一週間?だったらまだ——」

「長い場合は、と言ったはずだ」

 自身の言葉を遮るように発せられたユウトは、先程の『命の創造を諦めろ』という言葉の意味を悟り、開いていた口を閉ざした。

「ユウキが創造したレンの様に、生前に強い未練を残した者は長く留まる。逆に、生前に未練を残さずに死ぬ事が出来た者は、数時間と待たずに輪廻の中へと入って行く」

「……生前に、未練を残さなかった者」

 呆然とジークフリートの言葉を復唱していたユウトの意識は、フィリアと会話をした最後の瞬間にあった。

「世の中には死してなお、過去との繋がりが切れない者もいる……君達の誰かは、転生した者と近い内に出逢うかもしれないな」

 上の空で立ち尽くしたユウトに自身の声が届かない事を理解した上で、ジークフリートは先刻創造の世界へ現れ、早々に輪廻の中へと消えて行った魂の事を口にした。

「話を続けるぞ?」

「あ、ああ」

 ジークフリートが発した少し大きな声に反応したユウトは、真剣な眼差しで次の言葉を待った。

「君の知る者達は、生前に未練を残す事なく生涯を終えた。君達の力では、この世界から旅立った者達を蘇らせる事は出来ない」

「お前の言葉……さっきから『君達』って言ってるけど、まるで俺達以外なら出来る奴がいるみたいな言い方だな?」

「今は、君の想像に任せよう。ハッキリとした真実を知りたければ、私を納得させる力を見せる事だ」

「今の俺じゃ勝てないのは、さっきの戦いで十分……」

 そこまで言葉を発したユウトは、少し前にジークフリートが口にした言葉を思い出した。

「そう言えば、俺の制限してる属性って結局なんなんだ?」

 ユウトの質問を他所よそに、再び周囲を見回していたジークフリートは、安堵したように息を吐いた。

 (無視された……それにしても、ジークは一体何を気にしているんだ?)

 そんな事を考えていた時、ユウキがレンの創造を行なった際に目にした、黒い人影の存在を思い出したユウトは、ジークフリートが口にした『君達』以外の存在がいる事を悟り、得体の知れない恐怖に顔を青ざめていた。

「ユウト」

「……」

 名前を呼ばれたユウトだったが、黒い人影の存在に意識が奪われてしまい、ジークフリートの言葉に反応する事は無かった。

 (気付いたか。この世界に立ち入る事の出来る、底の知れない化け物の存在に)

『ジークフリート……貴方達にとっては、〝二度目〟の人生ですね』



 顔面蒼白で立ち尽くしているユウトの様子を目にしたジークフリートは、創造の世界で初めて顔を合わせた少女の言葉を思い出した。

 (彼女の力は未知数だ。だからこそ、時間を無駄には出来ない)

「ユウト!」

「っ!あ、ああ……悪い」

「先程の君の質問、君が制限している属性について話そう」

 (無視してた訳じゃなかったのか)

 先程と同様に大声でユウトの意識を呼び戻したジークフリートは、何故かユウトの背後に視線を動かした。

「属性の解放にあたって、〝現時点では〟この世界に、私達の邪魔をする存在が介入する事が無い事は確認した。これで心置き無く、君の属性を解放する事ができる」

 (邪魔をする存在の介入……レンの時に出て来た黒い人影や、ティオーの妨害が無いって事か。でも、なんでジークがそんな事分かるんだ?)

 小さな疑問を抱いているユウトを他所に、ジークフリートは属性解放に関する話を続けた。

「先ず君には、彼女達の力を全て引き出し、己の属性へと昇華して貰う」

「……ん?ちょっと待て……彼女〝達〟?しかも、力を全て引き出して属性に昇華させる?」

 言葉の意味を理解出来ていない様子のユウトを見たジークフリートは、今度は呆れた様に溜め息を吐いた後に、左手を自身の胸部に添えた。

「説明するよりも、実際にやった方が早い。全身を巡る属性に、意識を集中させてみろ」

「……やってみる」

 小さく首を縦に振ったユウトは、ゆっくりとまぶたを閉じ、全身を駆け巡っている属性へと意識を向けた。

「ユウト?」

 背後から聞き覚えのある女性の声で語り掛けられたユウトは、パッと目を見開いて硬直した。

 長い静寂の後、ユウトはゆっくりと背後へ顔を向けた。

「…………夢でも、見てるのか」

 視線の先には、自分よりも少し背の小さい、太陽の様に明るい橙色だいだいいろの髪と瞳をした白を基調きちょうとした隊服を身に付けた少女が立っていた。



「……フィリア」

「うん。また会えたね、ユウト」

 嬉しさで瞳を潤ませながらも優しく微笑んだフィリアを見たユウトは、感極まって溢れ出した涙で頬を濡らしていた。
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