創造した物はこの世に無い物だった

ゴシック

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第3章 光闇の宿命を背負ふ者

第26話 アンラダクシアの砦

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 エジプト拠点 アンラダクシア 謁見えっけんの間

「さあ、始めようではないか?……たがいにけた、命の奪い合いを」

 不適な笑みを浮かべ、ユカリに向けて右手を差し出したオラルセプタは、左手に握っていた羊飼いの杖で床を突いた。

 その瞬間、二層に形成された状態で発生した蒼い球体から水流が順不同じゅんふどうに放たれた。

守結の盾イージス刃圏はけん

 ユカリの周囲を浮遊ふゆうしていた小さな結晶の盾群は、ユカリが再び両手を広げた瞬間、ユカリの周辺を高速で回転し始めた。

 そしてまたたく間に、ユカリの周囲をおおい隠すよう円状えんじょう隙間すきまなくき詰められた。

「はぁ……無駄じゃというのが分からぬか」

 め息をいたオラルセプタは、ユカリの愚策ぐさくあきれた表情を浮かべながら言葉を発した。

 ズガァァァァン

 次の瞬間、二層の水流が守結の盾イージスに次々と衝突しょうとつし、激しい轟音ごうおんと共に冷気れいきを辺りに放ち、守結の盾イージスからけずられた小さな結晶が飛散した。

「先程の言葉……そのまま貴女あなたに返します」

「何?」

「貴女に通じないと分かっているわざを、私が二度も使うと思いましたか?」

 その時、守結の盾イージスの表面にかたどられた子持ち亀甲文様きっこうもんようが、かすかに空色の光を放ち始めた。

わざわいを、はらいたまえっ!」

 ユカリの言葉を呼応こおうした守結の盾イージスは、子持ち亀甲文様きっこうもんようきざまれた表面をたいらにならし、別の文様を刻み始めた。

呪符じゅふたて

 二つの渦巻うずまき状の文様が刻まれた瞬間、文様の凹凸おうとつに流れ込んだ水流が、上下左右様々な方向へと軌道きどうを変えた。

「チッ」

 その内、数本の水流がオラルセプタに向けて軌道を変化させたが、自身との間に蒼い球体を発生させ、せまり来る水流を吸収した。

 (貫通かんつうを避ける為に盾を増やすのでは無く、表面のくぼみを変化させるとは)

 ユカリの呪符じゅふたてを観察したオラルセプタは、攻撃が完全に無力化されていると判断し、属性の放出を中断した。

 (奴の変化したたて……妾の水流から身を守るだけでなく、妾自身の元へ帰るよう、軌道の変更まで行なうとは)

 水流が停止して数秒後、ユカリの周囲に展開されていた守結の盾イージスは、次々と離別りべつし始めた。

 (あれならば、属性の消耗しょうもう軽減けいげんする事も可能じゃろう……ここまで考えられる奴じゃったとは)

 守結の盾イージスがユカリから離れ、隠されていた内部が露わになると、そこには人一人分の単結晶が浮遊していた。

 (……あれは?)

「貴女が本気だと言うのなら——」

 オラルセプタが観察をこころみた直後、単結晶内から言葉が発せられ、それと同時にユカリの全身をおおっていた結晶がくだけ散り、隠されていた姿があらわになった。

「私も、全力で貴女をやぶり……この戦いを、終わらせましょう」

 結晶内部から現れたユカリは、結晶で創られたリングによって一つにわれた黒髪を揺らしていた。

 (身なりが変わった?)

 ユカリは先程まで身に纏っていた白い隊服ではなく、白いタンクトップと黒いショートパンツに黒いくつき、そして白いグローブを身に付けていた。



 (この武装ぶそうを身に付けると、思い出します……マリアとの訓練の日々を)

 アメリカでの実戦訓練の記憶がよみがえったユカリは、数秒目を細めた。

 その後、覚悟かくごを決めたひとみで正面のオラルセプタをにらみ付けたユカリは、先程よりも更に早い速度でオラルセプタに向けて駆け出した。

「っ!」

 (此奴こやつ!……まだ速度を上げるか)

 ユカリの行動を目視もくししたオラルセプタは、左手に握る羊飼いの杖で床を突いた。

 直後、周辺に浮遊していた蒼い球体全てから、同時に水流が放たれた。

女王の鞭サウト・アルマリカ

 むちのようにしなう水流は、上下左右からユカリに向けて接近した。

 (先程の水流とは動きが違う……だったら)

 自身の周囲を浮遊する守結の盾イージスを通じて、接近する水流の速度、角度、本数を確認したユカリは、わきめたまま両腕を顔の前にかまえた。

幻影イルシオン

 微かに琥珀色こはくいろの瞳が光った瞬間、ユカリは全身に冷気を纏った。

 そして身体をゆるやかに左右に揺らし始めたユカリの姿は、一人から二人、二人から三人と、徐々じょじょに増えていった。

「フッ、幻覚げんかくか?」

 全てのユカリを貫くように加速した女王の鞭サウト・アルマリカだったが、増えたユカリは〝それぞれ別々の行動〟を取り、迫る水流を紙一重かみひとえ回避かいひしてみせた。

「……ほう」

 (創り出された幻影が、本体とはことなる行動を取るとは)

 動揺どうようを気付かれないように取りつくろったオラルセプタは、即座に回避された水流に意識を向けた。

 (じゃが、この女王の鞭サウト・アルマリカは先の水流とは違うぞ?)

 次の瞬間、二層となっていた全ての水流の表面から二本目の女王の鞭サウト・アルマリカが形成され、ユカリに向けて放たれた。

「これは、どうじゃろうな?」

 先程に比べて至近距離しきんきょりから放たれた水流は、周囲の守結の盾イージスで軌道を確認する間も与えなかった。

 数本の水流はユカリ達をかこうような軌道を取り、別の水流は真っ直ぐユカリ達を目掛めがけ、また別の水流は左右からユカリ達をぎ払うようにしなった。

 (ふふ……貰った)

 ユカリの被弾を確信し、不適ふてきな笑みを浮かべたオラルセプタだったが、女王の鞭サウト・アルマリカは全てユカリ達の身体をすり抜けた。

「なっ!?」

 (馬鹿な!?……幻影諸共もろとも、本体を貫いたはず)

 予想外の光景に驚愕きょうがくするオラルセプタを他所よそに、ユカリは速度を緩める事なくオラルセプタとの距離をめた。

 (まだじゃっ!)

 ユカリをすり抜けた水流は、至る所から小さな蒼い球体を生み出した。

 そしてオラルセプタは、球体から四方八方に向けて水流を放った。

「……」

 しかしユカリは、人が立ち入る空間が存在しない水流のあみの中を悠然ゆうぜんと突き進み、オラルセプタに接近した。

 (どうなっておる!?……今の奴は、実体が存在せん〝想像上の存在〟だとでも言うのか?)

 二度もさくを破られたオラルセプタは、先程まで隠していた動揺どうようあらわにしていた。

絶対零度アブソリュート・ゼロ

 そんなオラルセプタの間近に迫ったユカリは、別れていた幻影全てと重なると、〝結晶の付着が不完全〟の〝左拳〟を構えた。

「ハッ!くっ!」

 琥珀色こはくいろするどい眼光を目にしたオラルセプタは、混濁こんだくしていた意識を瞬時に正常へと戻し、正面のユカリを睨み付けた。

 (動け、わらわの身体……久方振ひさかたぶりの運動じゃっ!)

 目を見開き、口から血を流す程の力で歯を食いしばったオラルセプタは、全身の属性を全て活性化かっせいかさせる事で自身の身体を強引に動かした。

「当たる、ものかっ!!」

 感情のままに叫んだオラルセプタは身体を左にらし、迫るユカリの拳を間一髪かんいっぱつの所で回避すると同時に、前方へと思い切り飛んだ。

 ズガァァァァン

 拳が石の玉座ぎょくざに接触した瞬間、辺りの壁や床が激しく振動する程の轟音がひびわたり、発生した衝撃波によって亀裂きれつが走り、共に広がった強烈な冷気によって、周囲の空間は一瞬にして凍結とうけつした。

 うつせの状態で地面に倒れ込む瞬間、華奢きゃしゃなオラルセプタの身体は、冷気と衝撃波によって軽々と吹き飛ばされた。

「っ!」

 (なんて暴風ぼうふうじゃ……国外まで飛ばされかねん)

 宙を舞うオラルセプタは、咄嗟とっさに自身の後方へと蒼い球体を複数発生させ、通過する毎に速度を落とす策を取った。

 後方に存在した五つの球体を貫通したオラルセプタは、数度地面を転がった後に停止した。

「この妾に……ここまで、させるとは」

 地面を転がる際に展開させた水属性が付着したオラルセプタは、身体をふらつかせながらゆっくりと立ち上がった。

 (チィッ……近接戦に持ち込まれれば、例え妾であっても…… 屈辱くつじょくじゃが、奴に負けるのは分かっておった)

 怒りのこもった鋭い眼差しをユカリに向けたオラルセプタは、口から流れていた血液を苛立いらだった様子でぬぐった。

 (じゃが……まさか、今の女王の鞭サウト・アルマリカを避ける事のできる人間が、この世に存在しておるとは……想像もしておらんかった)

 人間では反応すら困難である水流をふせぎ、受け流し、果てには二層状態の水流さえ回避した。

 そんなユカリの事を、オラルセプタは人間以上の存在ではないかと認識し始めていた。

 (これが……人の世で神と称された者か)

 心の中に小さく芽吹めぶいた『敗北』を胸に、オラルセプタは離れた場所に立つ神々こうごうしい少女に視線を向けた。

 ギリッ

 自身の身体が震えている事に気が付いたオラルセプタは、歯を食いしばり羊飼いの杖を構えた。

「妾は……こんなものではないっ!!」

 両手で羊飼いの杖を握ったオラルセプタは、正面の地面を力強く突いた。

「妾は、この国をまもる……アンラダクシアの最後のとりでじゃ」

 その瞬間、地面から巨大な蒼い球体が発生し、オラルセプタの全身を包み込み始めた。

「そして、国民を光へと導く。それが妾、オラルセプタ……この国の、王じゃっ!!」

 心のままに叫んだオラルセプタの瞳には、強い覚悟が込められていた。
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