ブラッドリング

サノサトマ

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巣窟

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 全ての敵を片付けたレイナは、まるで外の新鮮な空気を吸うように倉庫の外へ出ていた。
 懐に手を入れ、何かを探す。目的の物に触れると確かめるようにすぐに取り出した。
 手に取ったそれは携帯電話だったが、本体を見て表情が若干歪む。
 画面にヒビが入っていたからだ。
 すぐボタンを押すと画面が光り、電話番号が表示される。
 どうやら先程の戦闘で運良く本体は壊れなかったようだ。
 安堵すると目的の番号を探し、そこへ繋ぐ。
 数回のコール音の後に相手が電話に出た。
「こちらレイナ、敵を全て倒した、回収班をお願い」
『分かりました。すぐに向かわせます』
 電話の相手は若い男の声だった。
 彼女が所属している組織のオペレーターの一人で、レイナ同様高齢であり年相応の落ち着きを感じさせた。
「それから、血液パックを一つ持ってこさせて、怪我をした」
『動けますか?』
「動ける、ただ体力を消耗したから回復したい」
『分かりました、回収部隊が到着するまでそこで待機していてください』
 会話を終えると通話を終了させ、周囲を見渡した。
 倉庫内に突入する前に殺した三人の見張りの死体がある以外に人影はない。
 一仕事を終え、多少の疲れを見せるレイナは気分転換でもするように歩いた。
 この辺りは湾岸付近にある場所だったため、少し移動すれば海が見える。
 先程の倉庫から百メートル程離れた場所、コンクリートで固められた海岸線沿いに立つと潮の香りが鼻腔内を満たした。
 静かな波の音に、ふと昔のことを思い出す。
 彼女の生まれ故郷は海が見えなかった。
 初めて海を見たのは百年程前の世界大戦時。
 平時なら始めて見る海水に感動や興奮を覚えたかも知れないが、海の向こうから敵国の兵士がやって来ると教わったときは恐ろしかった印象しかない。
 そうして過去を思い出していること数分、遠くから車が数台倉庫に接近してきた。
 黒いワゴン車が三台、その後ろに大型トレーラーが一台。
 その車両の列が先程レイナが戦闘を行った倉庫の前に停まると、車内から完全武装した特殊部隊らしき者達が降りてくる。
 皆、服は黒一色に統一され、皮膚を一切露出しないよう手袋やマスクまでしている。
 その内の一人が遠くにいるレイナを見つけ数秒だけ見ると、すぐ死体に目を向け持っていたライフルを構えた。
「まず三体確認、三人はこれを片付けろ、俺たちは倉庫内に生き残りが居ないか調べるぞ」
 指示された三人の部隊員はトレーラーに向かい、後方の扉を開け中から黒い死体袋を持ち出した。
 すぐに三体の死体を袋に入れると、軽々と肩に乗せて運ぶ。
 まるでゴミでも放り投げるように、死体が入った袋をトレーラーのコンテナ内へ入れるとすぐに倉庫内へと向かっていった。
 先に倉庫内へ入っていた者達は、ライフルを構えながら慎重にかつ迅速に死体を確認していく。
「頭が破壊されていない人狼がいたら撃って死亡確認しろ、それ以外はすぐ回収するんだ」
 隊長らしき人物の指示に、他の者達は無言のまま確認作業を進めていく。
 レイナはほぼ全ての敵の頭を撃ち抜いているため、時間はそれほど掛からず次々と死体を外に持ち出していった。
 数名の部隊員が、大量の木片が散らばっている室内を警戒しながら進んでいくと、完全に変身した人狼が倒れているのを発見。
 すぐ後ろにいる仲間にハンドサインを見せると数名は周囲に目を配り、残りは倒れている人狼に銃口を向けながら取り囲む。
 よく見ると、その化け物の額には刺された跡があり周囲の細胞も壊死している。
「フェイズⅢの個体か」
「レイナが一人で?」
「だろうな、念のため頭を一発撃て」
 言われた通りに一人が人狼の頭に弾丸を撃ち込む。撃たれた化け物の頭が衝撃で若干揺れるが反応はない。
 完全に死亡したことを確認した隊員達は数人係りで化け物を外へ引きずっていった。
 流石にこの死体が入るほどの大きな袋はなかったようである。
 化け物を運んでいない他の者達が周囲を警戒
する中、ようやくトレーラーの後ろまで死体を運ぶと今度は数人で持ち上げ、勢いよくコンテナ内へと投げ入れた。
 これで全ての収容作業が終わり、内一人が車の中から輸血用のパックを手に取りレイナの元へ歩いていく。
 後ろから来る特殊部隊の仲間に背を向けたまま、レイナは海の先に広がる地平線の彼方を見ていた。
 吸血鬼になったあの日からもう日出を見ることはない。それは今後も同じことでありながらありえないことを想像する。
 それは、もし家族や大切な人が殺されなければ夜に一緒に外に出て星を眺め、朝早くに日出を見ること。
「もう、いないのに・・・・・・」
 故人のことをどれだけ想っても無駄だと分かっていても止められない。
 負の感情の連鎖に一人気持ちが沈んでいると、仲間がすぐ後ろの所まで来ていた。
「回収作業が終わった、撤収する」
 そう言いながら輸血用パックを差し出す。
 レイナは静かに振り返り、それを手に取った。
「先に戻ってて」
「乗っていかないのか?」
「辺りを見てから帰る、あと十分位したら警察へ連絡して、ここで銃撃戦があったって」
「・・・・・・わかった」
 人狼の存在の証拠となる死体は回収したので、残りの後始末は警察にやらせる判断だ。
 それとは別に、戦闘で消耗した上に弾薬も持っていないレイナを隊員は心配したが、彼女のほうが強く立場も上なのでこれ以上何も言わなかった。
 踵を返し車へ向かって走っていく隊員を見送ると、レイナはパックに口を付け静かに中の血液を吸っていく。
 喉を通り、胃に到達し即座に吸収されることで体力が回復していくのを感じる。
 パックを握り中の血を全て吸い終わる頃には吸血鬼特有の喉の渇きも癒え、戦闘後のせいで感じていた気だるさもなくなっていた。
 最早ゴミとなったパックをポケットに入れ、もう死体も隊員も居なくなったその場を後にする。
 倉庫地帯を抜け、郊外の公営住宅へと歩いていく。壁には所々落書きがあったことから治安は良いとは言えないようだ。
 建物の近くまで行き、誰もいないことを確認するとレイナはその場で屈む。
 次の瞬間、足に力を入れ助走なしの跳躍を行った。
 建物は四階建てだったが、レイナは難なく屋上へ到達。吸血鬼の身体能力を生かした行動だったが、それが当たり前のように移動していく。
 それからも屋根から屋根へ、時には四階建てから五階建ての建物へも放物線を描いて跳んで行った。
 何度も跳躍を繰り返し向かった先、レイナが真っ直ぐ本拠地に帰らず寄ったのはとあるフラット(アパートに似た建物)だった。
 向かいの建物の屋根からとある一室の窓に目を向ける。
 その部屋の明かりが消えていることからもう寝ていると推測する。
 レイナはなぜかそこの住人のことを気に掛けている様子だった。
 脳裏に浮かんだのはかつて吸血鬼になる前、仲が良かったとある女性。
 だが、それは二百年も前の記憶であり、その人物と同一人物であるはずがない。
 それでもレイナはそこから離れようとしない。
「セレーネ・・・・・・」
 記憶にある女性の名前を口にする。
 今は亡き人の笑顔はもう記憶の中でしか見られない。仮に今そこの住人の顔を見たとしても、死んだ人間が生き返るわけでもない。
 面識もない相手に何を望むのか。
 今から友人の代わりになってくれとでも言えばいいのか。
 心の中で自問自答する。しばらく向かいの建物の屋上からその部屋を見つめていたレイナは、これ以上の思考は時間の無駄だと判断する。
 出来ればまだここへ居たかったが、このまま朝日を見るわけにはいかなかったので、悲しげな表情のままその場を後にした。



 住宅街を抜けた先、街灯一つない深夜の森の中。
 まるでおとぎ話の魔女でも出てきそうな静かな森林地帯をレイナは歩いていた。
 人間なら懐中電灯等で照らさなければ先が見えない程の暗闇だが、吸血鬼である彼女にはしっかりと先が見えていた。
 吸血鬼は純粋な運動能力の他に五感も強化されている。
 個人差はあれど、この程度の能力なら大半は持っていた。
 そのまま進んでいくと視界の先に大きな門と屋敷が見えてくる。
 門は茶色のコンクリートブロックで作られており、正面口には鉄格子がある。
 長い歴史を感じさせるような大きい屋敷は壁が灰白色、屋根は濃い灰色の石材で出来ており、何も知らない人が見たら貴族の館という印象を受けそうだ。
 レイナは門の正面に立ち、顔を上げると監視カメラを見つめた。
 


 屋敷内にある一室、その部屋の壁には無数のモニターが設置されており周辺の映像が映し出されていた。
 屋敷の古風な外見とは反対の雰囲気が特徴のその場所は監視室であり、黒いスーツを着た男女数人が常に様々なモニターを見つめている。
 その内の一人が、門の正面口に立っているレイナを確認、映像を拡大し顔認証装置で調べた。
 本来ならここにいる者達も彼女を知っている吸血鬼なのだが、念のための行動である。
 装置は今映し出されているレイナの顔と、データベースの顔を照合し本人であることを確認。すぐにマイクのスイッチを入れる。
「今開ける」
 今度は門を開けるためのスイッチを押した。



 監視カメラから声が聞こえると、鉄格子の門が開いた。
 施錠が解除され、自動で開いていく。
 周囲に誰もいない敷地内に入り、屋敷へと向かう。
 早歩きで正面玄関まで行くと、その勢いのまま扉を開け中に入った。
 すると、玄関ホールに一人の女性が立っていた。
 彼女の名前はエミリア、髪型は金髪のシニヨンに服は黒いドレスを身に纏っている。
「お帰りレイナ」
「・・・・・・」
 レイナは不機嫌そうにエミリアを無視しながら通りすぎる。
「ちょっと!? 彼が部屋まで来るようにって言ってるのよ!?」
「知らない」
「彼はここの局長よ?!」
「だから?」
 レイナはあからさまに会いたくないという態度を見せた。
 二人の話に出てきた男、その人物はここで一番偉いようだがレイナはまったくと言って良いほど敬ってはいない様子だった。
 そんなレイナの態度にエミリアは眉間に皺を寄せる。
「ちゃんと会って報告して!」
「貴女が報告して、というよりもう知ってるでしょ?」
「彼からの命令よ、彼の部屋に行って!!」
「嫌だって伝えておいて」
 レイナは吐き捨てるように言うと、エミリアを置いて奥へを進んでいった。
 その場に取り残されたエミリアは苛立ちながら唇を噛む
(このっ・・・クソ女が!!)
 どうやらレイナのことが嫌いで、伝言役も自ら進んで受けた様子ではないようだった。
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