ブラッドリング

サノサトマ

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花言葉

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 深夜、ギリアの住宅街を一人の女吸血鬼が駆けていく。
 様々な情報収集の結果、密かに集まっていた人狼ライカンの場所を突き止め、速やかに現場へ向かい、流れ作業のように処分する。
 後は回収班に任せ、地元警察には『廃工場内で発砲の痕跡あり、ギャング同士の抗争か』というカバーストーリをマスコミに流布させる。
 その鮮やかな仕事振りは普通の人間なら世間に評価されるかもしれないが、表舞台に彼女の活躍が語られることはない。
 そのことに関して黒衣の女狩人であるレイナは、建物の屋上から屋上へと飛び移っていく中でなにも精神的苦痛を感じてはいなかった。
 常人であれば少なからず英雄として扱われたり優れた働きに関して称賛されたいという欲はあるだろう。
 だが、今のレイナにそれはない。
 吸血鬼となり人間社会の裏側の存在となった日から、彼女はたった一つの目的しか眼中になかった。
 この世から無法者の化け物を狩り尽くす。
 ただそれだけを原動力に今まで戦い続けてきた。
 そのつもりだった。
 ある日偶然目にした花屋で働くとある女性を見るまでは。



 とある花屋。
 そこで働く女性フィオーレは予約されていたブーケ作りに追われていた。
 もう日も落ち、普段なら閉店準備している時間だったが、あまりの量に時間内に終われそうもない状況だった。
 店内にはもう一人、初老の男性である店長も手伝っていた。
「すまんなフィオーレ」
「いえ、いいですよ、ちゃんと残業代はだしてくださいね」
「ああ、もちろんだよ」
 そうして仕事を進め、九割方終わったところでようやく一息ついた。
 すると、入り口のガラス張りのドアに着けていた呼び鈴が音を鳴らす。
 客がドアを開けて入ってきたようだ。
 閉店間際の来客にも関わらず、フィオーレは笑顔を向ける。
「ハイ……っ!?」
 一瞬、その客の姿に息を飲む。
 真っ直ぐ伸びた黒い長髪に黒のロングコートを着た女性が入り口付近に立っていた。
 その冷たい印象の目と雰囲気に戸惑いと恐怖を覚える。
 しかし、相手は客。
 なんとか声を絞り出し接客する。
「あ、あの、なにか、お探しでしょうか?」
「……」
 黒衣の女性は答えない。
 フィオーレから視線を外し、店内の花を見回す。
「……大切な人に」
「はい?」
「大切な人に、花を贈りたい……」
 ようやく要望を口にした客にフィオーレは精一杯思考を巡らせる。
(は、犯罪者とかじゃ、ないよね? と、とにかく言われた通りの花を)
 すぐ紫色の花を勧める。
「あ、こ、こちらの花はいかがでしょうか? ベルフラワーといって花言葉は『感謝』や『楽しいおしゃべり』となっていますが……」
「あっ……」
 フィオーレからの言葉に女性は反応を示す。
 なにかを思い出したような、それと同時にどこか悲しげな表情。
「あの~……」
「……それを、一つ」
 女性はそう言って懐から紙幣を一枚取り出す。
 それはこの国で使われている最も高い金額のお札。
「あ、はい、いまお釣りをお渡ししますね」
 フィオーレはすぐレジに向かう。
 だが、女性客に背を向けて釣り銭を数えていると、ドアに付けられている呼び鈴が音を鳴らす。
「えっ!?」
 振り返ると花を買った女性客の姿がない。
 お釣りを手に直ぐに外へ出た。
「あの、お釣りっ……あれ?」
 周囲を見回してもその客を見つけることは出来なかった。



 花屋を出て周囲を何度も探す女性店員の姿を、レイナは向かいの建物の屋上から見下ろしていた。
 その手には紫の花が一つ。
(やってしまった……)
 政府の機密組織であるブラッドリングのメンバーは、特別な理由がない限りは一般人への接触は禁止されている。
 にも関わらず、レイナはあろうことか客としてその女性店員に近づいてしまったのである。
 理由はただ一つ。
 かつて人間だった頃に友達になった少女セレーネと特徴が近かったから。
 もし成長していればあのような姿になっていたのかもしれない。
 だからといって自らルールを破り近づくなど言語道断。
 もし敵対している者(主に人狼)がレイナの匂いを嗅ぎ付ければあの店員が襲われるかもしれない。
 そうなれば罰則の対象になるだけではなく、行動の自由も制限され、二度とあの姿を見ることが出来なくなる。
 レイナは己の軽率な行動に自責の念を抱きながらすぐその場から去った。



 森の中、レイナが活動拠点としている施設。
 ようやく戻った彼女は、花を持つ手を懐に入れたまま門の前に立った。
 端から見れば懐に隠している銃に手を掛けているように見える。
 もしくは脇腹を押さえている様子。
 だが、カメラからの映像を見ている監視室の仲間はあまり気にしていない。
『今開ける』
 音声が聞こえると同時に門の施錠が解除され、自動で開いていく。
 レイナは心なしか心拍数が上がっているのがわかった。
 まるで親に内緒で玩具がゲームを持ち込もうとしている子供のようだった。
 扉を開け施設内に入ると、自分の部屋へ向かうため足早に奥へ進む。
「レイナ」
 周囲に対する警戒を疎かにしていたため、周りに誰がいるかも分からなかった。
 その人物に声を掛けられ、驚きのあまり硬直してしまった。
 恐る恐るゆっくりと後ろを見ると、アイヴィーが悪戯っ子のような笑顔をしていた。
「花、買ったんだ」
「なっ!?」
 ここに来るまで花を持った手は懐に入れてコートで隠していたはずである。
 それがなぜ?
「街中の監視カメラで見てたの、でも安心して、あのお坊っちゃんには言わないから」
 アイヴィーはそう言いながら水入りのガラス瓶を渡す。
「これは?」
「花瓶の代わり、本当はちゃんとしたのを買ってあげたかったけど、私は自由に外に出られないから」
「そう、ありがとう」
「別にいいよ、それより早く部屋に行って、あのお坊っちゃんに見つかっちゃう」
「ええ」
 いつもは堂々と歩くレイナだが、今回ばかりは猫背気味に歩いていく。
 普段は見せないその姿にギャップを感じたアイヴィーは、どこか愛おしそうにレイナの背中を見ていた。



 レイナの自室。
 アイヴィーから水入りの瓶を受け取った後は誰にも会わずにここまで来れた。
 いつも以上に聴覚を研ぎ澄ませ、他者の足音どころか息すら聞こえないか細心の注意を払いながらの移動。
 今思い出せば我ながら情けなさも感じていた。
 なぜ、自分の活動拠点でこんなことをしているのか。
 もしあのお坊っちゃんことお飾りの局長ライアンに見つかったりすれば、鬼の首を取ったように責め立ててくるだろう。
 ここまでくればもう安心と言わんばかりに、大きく息を吐く。
 そして、テーブルの上に瓶を置き、花を飾る。
 ベッドとテーブルだけの殺風景な部屋に置かれたそれを、レイナは愛おしそうに見つめた。
 あの花屋で働く店員。
 他人の空似ではあるが、どうか何事もなく生きていてほしいと願う。
 若くして殺されてしまった友人の分まで。
 もう人間と同様の生活を送れなくなった自分の分まで。
 赤の他人の人生を、レイナは初めて無事に全うしてほしいと心の底から思った。
 彼女にとって、これも異形と戦うための理由の一つとなるのだった。
 
 
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