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会合Ⅱ
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会議室へ続く廊下を、一人の男が歩いていく。
黒の高級スーツに身を包んだ彼は己が優秀だと疑わない。
部下であるレイナが言うことを聞かないのも嫉妬から来ているのだろうと自分に言い聞かせる。
父親が偉大であれば息子の自分も偉大な存在であるはず。
ライアンはそんな想いを胸に会議室の前まで辿り着くと、その勢いのまま扉を開けた。
中は広く、中央には円形のテーブル。
そこにはすでに二人の局長が座って待っていた。
左手側には白いロングコートを着た筋骨隆々の黒人の男性、名はグレゴリー。
右手側には赤いドレスにシニヨンヘアーの金髪の白人女性、名はグレース。
二人はライアンが入ってくると、『ようやく来たか』という表情を見せる。
だが、当の本人は気にも止めない。
「やあ諸君、待ったかな」
「待ったかな、じゃないわよ、大物気取りで遅れてくるなんて呆れるわ」
グレースの言葉を受け流しながらライアンは椅子に座った。
「さて、それじゃあ定例会議を始めようか」
一定期間事にそれぞれの局長が集まり、各担当区域の状況を報告し合う。
それによって人員の移動等もある。
それぞれの地域の特徴としては、ライアンがいる北部は工業地帯であり、廃工場などが敵の活動拠点として利用されている。
グレースが担当している南東部は美しい街並みと若者向けの娯楽施設が充実している。
グレゴリーがいる西部は田舎街であり、他の地域に比べてのどかである。
この中でまずグレゴリーが報告する。
「こちらではあまり敵は多く出没していない、一般人に被害が出る前にほぼ片付けている」
「こっちは大変よ、若者の中に人狼や政府に反抗する吸血鬼が混じって活動してるのよ、新型の違法薬物まで作ってる上に何人か私の部下が人狼にやられて……人手が足りないわ」
グレースの愚痴に、ライアンは自信満々な表情をした。
「俺の所はほぼ完璧に対処している、まあ、俺の手腕のお陰だな」
「よく言うわよ……レイナも大変ね、敵を片付けながら子守りまでしてるなんて」
「……なんだと、俺がガキだとでも言うのか!?」
「あら、別に貴方と言ったわけじゃないけど、自覚があったのね」
「貴様……!」
ライアンが今にもグレースに飛び掛かろうとしたその時、グレゴリー叫ぶ。
「止めないか!!!!」
部屋全体に振動が伝わるほどの大声に、二人は固まった。
「我々はここに各地の状況を報告しに来たのだ、つまらん言い争いをするためではない」
「チッ……」
「フン」
グレゴリーの言葉に、グレースとライアンは不貞腐れたように顔を背けた。
「ライアン、お前の所の人材は多いはずだ、多少なりとも分けられないか?」
ライアンの担当区域とグレースの担当区域は敵の数が多い。
その両者の施設を比べた時、より多く配属されているのがライアンの所であった。
理由としては、デュランの息子であるライアンがいることによる依怙贔屓。だ
「私としては賛成ね、出来ればレイナがいいわ、彼女一人で一個小隊分かそれ以上の働きをしてくれそうだから」
「あいつは言うことを聞かないぞ」
「貴方だからでしょう」
「どういう意味だ……!!」
またも険悪な雰囲気になる。
しかし、グレースはライアンの視線を無視してグレゴリーと目を合わせる。
「貴方たしか……小さい女の子がいたはずよね、かなり優秀なのに何の称号も与えてないとか、どうせなら私に預けてくれない?」
「……あの娘は、駄目だ」
「どうして? お気に入りだから?」
「そうじゃない、あの娘は……危険だ」
「?」
深刻な表情をするグレゴリーはなにやら悩んでいるようだったが、グレースは訳が分からなかった。
そこへライアンが口を挟む。
「優秀な局長であるなら、いざという時には自ら前線へでることだ、俺のようにな」
「……貴方、フェイズ2程度の雑魚相手にプラチナ弾を撃ちまくったそうね」
「っ!?」
「しかも最後は無駄に爆破までしたせいで偽装工作が大変だったって、デュランが怒ったそうじゃない」
「い、いや、それは……」
その件でデュランに殴られた記憶が甦り、痛いところを突かれた子供のように狼狽するライアン。
だが、グレースは追撃をやめない。
「ただでさえ貴重なプラチナ弾を無駄にしてなにが『自ら前線へ出る』よ、貴方の所の報告書を読んだけど、レイナはフェイズ3の人狼をプラチナ弾なしの上単独で仕留めたそうじゃない」
本来報告書は局長が最後に目を通す。
この場合、ライアンが最終確認するのだが、この一件は例外で父のデュランが執事であるロンサンに命じて処理させ、他の局長も見れるよう共有させた。
そのせいでライアンは己の失態を隠せなかった。
それでも決して自身のミスを直視しない。
「あいつは、プラチナ製のブレードを持ってたから仕留められたんだ……」
「じゃあ貴方は同じ条件でレイナ以上の戦績を上げられるの?」
「も、勿論だ」
「はぁ……」
子供の見え透いた嘘を見るような目でライアンを見るグレースは、呆れながら頬杖をついた。
それでもライアンは自らの嘘がバレてないかのような態度で押し切ろうとする。
「俺はっ、デュランの息子だぞ!! 疑うのか!?」
大声を出すが、所詮若造の虚勢にグレースとグレゴリーは呆れて物が言えない。
そんな雰囲気に当の本人が耐えられなくなる。
「く、こんな会議、時間の無駄だ!」
勢いよく立ち上がり、逃げるように踵を返して部屋を出ていった。
残された二人は視線を合わせることなく溜め息をつく。
「まさに親の七光り、甘ったれのお坊っちゃんね、デュランもよくあんなのを局長にしたわね」
「経験を積ませるためでは?」
「あんなバカが成長するとでも? 時間と労力の無駄よ、あいつの部下やレイナが可哀想だわ」
グレースが言い終わると、グレゴリーは静かに席を立つ。
「とにかく、戦力や人員の補強、異動に関してはデュランや議員に申請する他あるまい」
「貴方の所の戦力も?」
「こちらは間に合っている」
グレゴリーは言い終わると、巨体に似合わない程物静かな様子で部屋を出ていった。
一人になったグレースは、先程までライアンが座っていた席を見つめる。
「レイナ、あんな無能の下でも健気に戦って……ほんと、欲しくなっちゃうわ」
舌で唇を舐め、レイナが自分の部下になることを想像する。
今、彼女の頭の中でレイナにどんなことをさせているのかはグレース自身にしか分からなかった。
会議室を出て廊下を一人歩くライアンは苛立っていた。
(どいつもこいつも俺を舐めやがって! 俺はデュランの息子なんだぞ!! あの偉大な男の血を引いているんだぞ!! なのになんで誰も俺を称えないんだ!?)
自然を歩く速度が増していく。
やがて、エントランスホールに辿り着くが、そこには人の姿がない。
「おい!! 誰も居ないのか!? レイナ!! どこだ!?」
その怒鳴り声に、ロングコートを着た護衛の男が一人やって来る。
「どうされました?」
「レイナは何処だ!?」
「そ、それなら、図書室に……」
「俺の護衛なのになんでここで待ってないんだ、早く連れてこい!!」
「は、はい」
護衛の男はすぐにレイナの元へと向かっていった。
図書室。
レイナは一人この国の歴史が記載されていた本を読んでいた。
二百年前に吸血鬼になったとはいえ、その大半は眠っていた間になにがあったかを知るために。
吸血鬼は休眠期と呼ばれる長期間の睡眠を取ることがある。
ほとんどの吸血鬼はその間に身体が強化されたり修復されるが、レイナの場合はそれとは別の理由があった。
世界対戦、冷戦。
過酷な時代を乗り越えた際に負った心身の傷が原因で、彼女の本能が意識を保つのを拒んだ。
その傷は長期間の睡眠を経てようやく回復したのである。
元々精神が強くなかったレイナがここまで生き抜き戦えてきたのも吸血鬼の特性があったからだ。
そうして過去の出来事を思いだしながら歴史の勉強をしていると、男が走りながら部屋に入ってきた。
「失礼します、ライアン局長がお呼びです」
「……はぁ」
気だるそうに溜め息をつく。
余韻に浸っていた時間を壊されたことに対して不機嫌になるが、決して護衛の男に八つ当たりはしない。
歴史書を棚に戻すと、敬礼している男の横を通りすぎ部屋を出ていった。
レイナはエントランスホールへ戻る途中、廊下の曲がり角の先から気配を感じ取った。
相手の姿はまだ見えないが、ハイヒール特有の甲高い足音からある程度の推測をする。
この建物内でその靴を履いているのは護衛ではない。
おそらく女性の局長。
その相手とぶつからないように足を止め、向こうから来るのを待つ。
すると、姿を見せたのはレイナの予想通りグレースだった。
「あら、レイナじゃない」
「はい」
レイナは右手を心臓の位置にあて、軽く会釈をした。
「もう、そんな堅苦しい敬礼なんていいわよ」
「そういうわけには……」
「フフ、相変わらず真面目ね」
グレースは妖艶は笑みを浮かべながらレイナに近づく。
「ねえ」
「!?」
グレースはまるで社交ダンスでも踊るかのように、レイナの腰に手を添えた。
「綺麗ね、あんなお坊っちゃんに勿体ないくらい」
「あ、あの……」
戸惑うレイナの頬に触れ、じっと目を合わせる。
レイナはそんな別の局の長相手にどうすればいいかわからなかった。
「レイナ、私のところへ来ない?」
「あ、いえ、それは……」
「あのお坊っちゃんの面倒なんて嫌でしょう?」
「はい、そう、ですが……」
「何? そんなにあいつのことが大事なの?」
「いえ、彼ではなく彼の父のためです」
「デュランね、まあたしかに、彼のためなら分からなくはないけど」
今度は両手を腰に回し、より強く抱き締める。
二人の身体が密着し、さらに互いの顔が近くなったことで、レイナは思わず目を見開いたまま固まった。
「あの……グレース局長?」
「グレースでいいわ」
グレースは目を閉じ、ゆっくりと唇を重ねようとした。
「!?!?」
そんな彼女の行為に気付いたレイナは、すぐ様強引に離れた。
グレースはキョトンとした様子で見つめる。
「そんなに嫌だった?」
「い、いえ、その、申し訳ありません……ただ、どうして今の行為を?」
「そんなの決まってるじゃない、貴女のことが気に入ったからよ」
「え……?」
もしかして同性愛者なのか?
それともからかっているだけ?
頭の中が整理しきれない。
「し、失礼します」
レイナは脱兎の如くグレースの横を通りすぎてその場を去っていった。
呼び止める間もなく、曲がり角を曲がって見えなくなったレイナにグレースは微笑んだ。
「ほんと、可愛いわね、いつか必ず……」
いつの日か、レイナを己の元へ向かえる想像をしながら頬を紅潮させるグレースだった。
エントランスホール。
そこには一人苛立ちながらレイナを待っているライアンの姿があった。
(まったく、局長の俺を待たせるなんて何様のつもりだ)
何度も靴の爪先で床を叩く。
すると、レイナが俯きながら足早にやってきた。
「おい、お前は俺の警護だろうーーー」
「……」
「な、おい!!」
レイナはライアンを無視して出ていってしまった。
慌てて追いかけるライアン。
外ではすでに駐車されているリムジンがあり、レイナはその助手席に乗り込んだ。
まるで親に置いていかれた子供のような状況になったライアンは、慌てて後部座席に乗り込む。
「おいレイナ、いい加減に……ん?」
車内で怒鳴るライアンを余所に、レイナは右手で口元を抑えていた。
なにかあったのか?
ライアンは運転手とも目を合わせたが、首を横に振って分からないという意思表示をする。
「……出して」
レイナが静かに、絞るような声で伝えてきた。
これ以上は何を言っても何も返されることはないだろうと判断したライアンは、腕を組み大きく息を吐いて深く座った。
そんな両者の雰囲気を汲み取った運転手は無言のまま、ゆっくりと車を走らせる。
何人もの護衛が見守る中、リムジンは屋敷を後にした。
道中、レイナは窓ガラスを見つめる。
外の景色ではなく、微かに映った自分の顔を確認した。
耳まで火照った顔が赤くなっていないか、変な表情はしていないか。
まさかグレースに迫られるとは思ってもみなかったため、心臓が高鳴っていた。
同性愛者に対しては差別意識を持ち合わせているわけではない。
しかし、同性と口付け寸前までいくという初めての体験に理解が追い付いていなかった。
相手は上司に当たる人物だから拒むべきではなかったのか?
それとも彼女なりのイタズラ?
あの時どういった対応が正解だったのか?
色恋沙汰には疎い彼女には分からなかった。
黒の高級スーツに身を包んだ彼は己が優秀だと疑わない。
部下であるレイナが言うことを聞かないのも嫉妬から来ているのだろうと自分に言い聞かせる。
父親が偉大であれば息子の自分も偉大な存在であるはず。
ライアンはそんな想いを胸に会議室の前まで辿り着くと、その勢いのまま扉を開けた。
中は広く、中央には円形のテーブル。
そこにはすでに二人の局長が座って待っていた。
左手側には白いロングコートを着た筋骨隆々の黒人の男性、名はグレゴリー。
右手側には赤いドレスにシニヨンヘアーの金髪の白人女性、名はグレース。
二人はライアンが入ってくると、『ようやく来たか』という表情を見せる。
だが、当の本人は気にも止めない。
「やあ諸君、待ったかな」
「待ったかな、じゃないわよ、大物気取りで遅れてくるなんて呆れるわ」
グレースの言葉を受け流しながらライアンは椅子に座った。
「さて、それじゃあ定例会議を始めようか」
一定期間事にそれぞれの局長が集まり、各担当区域の状況を報告し合う。
それによって人員の移動等もある。
それぞれの地域の特徴としては、ライアンがいる北部は工業地帯であり、廃工場などが敵の活動拠点として利用されている。
グレースが担当している南東部は美しい街並みと若者向けの娯楽施設が充実している。
グレゴリーがいる西部は田舎街であり、他の地域に比べてのどかである。
この中でまずグレゴリーが報告する。
「こちらではあまり敵は多く出没していない、一般人に被害が出る前にほぼ片付けている」
「こっちは大変よ、若者の中に人狼や政府に反抗する吸血鬼が混じって活動してるのよ、新型の違法薬物まで作ってる上に何人か私の部下が人狼にやられて……人手が足りないわ」
グレースの愚痴に、ライアンは自信満々な表情をした。
「俺の所はほぼ完璧に対処している、まあ、俺の手腕のお陰だな」
「よく言うわよ……レイナも大変ね、敵を片付けながら子守りまでしてるなんて」
「……なんだと、俺がガキだとでも言うのか!?」
「あら、別に貴方と言ったわけじゃないけど、自覚があったのね」
「貴様……!」
ライアンが今にもグレースに飛び掛かろうとしたその時、グレゴリー叫ぶ。
「止めないか!!!!」
部屋全体に振動が伝わるほどの大声に、二人は固まった。
「我々はここに各地の状況を報告しに来たのだ、つまらん言い争いをするためではない」
「チッ……」
「フン」
グレゴリーの言葉に、グレースとライアンは不貞腐れたように顔を背けた。
「ライアン、お前の所の人材は多いはずだ、多少なりとも分けられないか?」
ライアンの担当区域とグレースの担当区域は敵の数が多い。
その両者の施設を比べた時、より多く配属されているのがライアンの所であった。
理由としては、デュランの息子であるライアンがいることによる依怙贔屓。だ
「私としては賛成ね、出来ればレイナがいいわ、彼女一人で一個小隊分かそれ以上の働きをしてくれそうだから」
「あいつは言うことを聞かないぞ」
「貴方だからでしょう」
「どういう意味だ……!!」
またも険悪な雰囲気になる。
しかし、グレースはライアンの視線を無視してグレゴリーと目を合わせる。
「貴方たしか……小さい女の子がいたはずよね、かなり優秀なのに何の称号も与えてないとか、どうせなら私に預けてくれない?」
「……あの娘は、駄目だ」
「どうして? お気に入りだから?」
「そうじゃない、あの娘は……危険だ」
「?」
深刻な表情をするグレゴリーはなにやら悩んでいるようだったが、グレースは訳が分からなかった。
そこへライアンが口を挟む。
「優秀な局長であるなら、いざという時には自ら前線へでることだ、俺のようにな」
「……貴方、フェイズ2程度の雑魚相手にプラチナ弾を撃ちまくったそうね」
「っ!?」
「しかも最後は無駄に爆破までしたせいで偽装工作が大変だったって、デュランが怒ったそうじゃない」
「い、いや、それは……」
その件でデュランに殴られた記憶が甦り、痛いところを突かれた子供のように狼狽するライアン。
だが、グレースは追撃をやめない。
「ただでさえ貴重なプラチナ弾を無駄にしてなにが『自ら前線へ出る』よ、貴方の所の報告書を読んだけど、レイナはフェイズ3の人狼をプラチナ弾なしの上単独で仕留めたそうじゃない」
本来報告書は局長が最後に目を通す。
この場合、ライアンが最終確認するのだが、この一件は例外で父のデュランが執事であるロンサンに命じて処理させ、他の局長も見れるよう共有させた。
そのせいでライアンは己の失態を隠せなかった。
それでも決して自身のミスを直視しない。
「あいつは、プラチナ製のブレードを持ってたから仕留められたんだ……」
「じゃあ貴方は同じ条件でレイナ以上の戦績を上げられるの?」
「も、勿論だ」
「はぁ……」
子供の見え透いた嘘を見るような目でライアンを見るグレースは、呆れながら頬杖をついた。
それでもライアンは自らの嘘がバレてないかのような態度で押し切ろうとする。
「俺はっ、デュランの息子だぞ!! 疑うのか!?」
大声を出すが、所詮若造の虚勢にグレースとグレゴリーは呆れて物が言えない。
そんな雰囲気に当の本人が耐えられなくなる。
「く、こんな会議、時間の無駄だ!」
勢いよく立ち上がり、逃げるように踵を返して部屋を出ていった。
残された二人は視線を合わせることなく溜め息をつく。
「まさに親の七光り、甘ったれのお坊っちゃんね、デュランもよくあんなのを局長にしたわね」
「経験を積ませるためでは?」
「あんなバカが成長するとでも? 時間と労力の無駄よ、あいつの部下やレイナが可哀想だわ」
グレースが言い終わると、グレゴリーは静かに席を立つ。
「とにかく、戦力や人員の補強、異動に関してはデュランや議員に申請する他あるまい」
「貴方の所の戦力も?」
「こちらは間に合っている」
グレゴリーは言い終わると、巨体に似合わない程物静かな様子で部屋を出ていった。
一人になったグレースは、先程までライアンが座っていた席を見つめる。
「レイナ、あんな無能の下でも健気に戦って……ほんと、欲しくなっちゃうわ」
舌で唇を舐め、レイナが自分の部下になることを想像する。
今、彼女の頭の中でレイナにどんなことをさせているのかはグレース自身にしか分からなかった。
会議室を出て廊下を一人歩くライアンは苛立っていた。
(どいつもこいつも俺を舐めやがって! 俺はデュランの息子なんだぞ!! あの偉大な男の血を引いているんだぞ!! なのになんで誰も俺を称えないんだ!?)
自然を歩く速度が増していく。
やがて、エントランスホールに辿り着くが、そこには人の姿がない。
「おい!! 誰も居ないのか!? レイナ!! どこだ!?」
その怒鳴り声に、ロングコートを着た護衛の男が一人やって来る。
「どうされました?」
「レイナは何処だ!?」
「そ、それなら、図書室に……」
「俺の護衛なのになんでここで待ってないんだ、早く連れてこい!!」
「は、はい」
護衛の男はすぐにレイナの元へと向かっていった。
図書室。
レイナは一人この国の歴史が記載されていた本を読んでいた。
二百年前に吸血鬼になったとはいえ、その大半は眠っていた間になにがあったかを知るために。
吸血鬼は休眠期と呼ばれる長期間の睡眠を取ることがある。
ほとんどの吸血鬼はその間に身体が強化されたり修復されるが、レイナの場合はそれとは別の理由があった。
世界対戦、冷戦。
過酷な時代を乗り越えた際に負った心身の傷が原因で、彼女の本能が意識を保つのを拒んだ。
その傷は長期間の睡眠を経てようやく回復したのである。
元々精神が強くなかったレイナがここまで生き抜き戦えてきたのも吸血鬼の特性があったからだ。
そうして過去の出来事を思いだしながら歴史の勉強をしていると、男が走りながら部屋に入ってきた。
「失礼します、ライアン局長がお呼びです」
「……はぁ」
気だるそうに溜め息をつく。
余韻に浸っていた時間を壊されたことに対して不機嫌になるが、決して護衛の男に八つ当たりはしない。
歴史書を棚に戻すと、敬礼している男の横を通りすぎ部屋を出ていった。
レイナはエントランスホールへ戻る途中、廊下の曲がり角の先から気配を感じ取った。
相手の姿はまだ見えないが、ハイヒール特有の甲高い足音からある程度の推測をする。
この建物内でその靴を履いているのは護衛ではない。
おそらく女性の局長。
その相手とぶつからないように足を止め、向こうから来るのを待つ。
すると、姿を見せたのはレイナの予想通りグレースだった。
「あら、レイナじゃない」
「はい」
レイナは右手を心臓の位置にあて、軽く会釈をした。
「もう、そんな堅苦しい敬礼なんていいわよ」
「そういうわけには……」
「フフ、相変わらず真面目ね」
グレースは妖艶は笑みを浮かべながらレイナに近づく。
「ねえ」
「!?」
グレースはまるで社交ダンスでも踊るかのように、レイナの腰に手を添えた。
「綺麗ね、あんなお坊っちゃんに勿体ないくらい」
「あ、あの……」
戸惑うレイナの頬に触れ、じっと目を合わせる。
レイナはそんな別の局の長相手にどうすればいいかわからなかった。
「レイナ、私のところへ来ない?」
「あ、いえ、それは……」
「あのお坊っちゃんの面倒なんて嫌でしょう?」
「はい、そう、ですが……」
「何? そんなにあいつのことが大事なの?」
「いえ、彼ではなく彼の父のためです」
「デュランね、まあたしかに、彼のためなら分からなくはないけど」
今度は両手を腰に回し、より強く抱き締める。
二人の身体が密着し、さらに互いの顔が近くなったことで、レイナは思わず目を見開いたまま固まった。
「あの……グレース局長?」
「グレースでいいわ」
グレースは目を閉じ、ゆっくりと唇を重ねようとした。
「!?!?」
そんな彼女の行為に気付いたレイナは、すぐ様強引に離れた。
グレースはキョトンとした様子で見つめる。
「そんなに嫌だった?」
「い、いえ、その、申し訳ありません……ただ、どうして今の行為を?」
「そんなの決まってるじゃない、貴女のことが気に入ったからよ」
「え……?」
もしかして同性愛者なのか?
それともからかっているだけ?
頭の中が整理しきれない。
「し、失礼します」
レイナは脱兎の如くグレースの横を通りすぎてその場を去っていった。
呼び止める間もなく、曲がり角を曲がって見えなくなったレイナにグレースは微笑んだ。
「ほんと、可愛いわね、いつか必ず……」
いつの日か、レイナを己の元へ向かえる想像をしながら頬を紅潮させるグレースだった。
エントランスホール。
そこには一人苛立ちながらレイナを待っているライアンの姿があった。
(まったく、局長の俺を待たせるなんて何様のつもりだ)
何度も靴の爪先で床を叩く。
すると、レイナが俯きながら足早にやってきた。
「おい、お前は俺の警護だろうーーー」
「……」
「な、おい!!」
レイナはライアンを無視して出ていってしまった。
慌てて追いかけるライアン。
外ではすでに駐車されているリムジンがあり、レイナはその助手席に乗り込んだ。
まるで親に置いていかれた子供のような状況になったライアンは、慌てて後部座席に乗り込む。
「おいレイナ、いい加減に……ん?」
車内で怒鳴るライアンを余所に、レイナは右手で口元を抑えていた。
なにかあったのか?
ライアンは運転手とも目を合わせたが、首を横に振って分からないという意思表示をする。
「……出して」
レイナが静かに、絞るような声で伝えてきた。
これ以上は何を言っても何も返されることはないだろうと判断したライアンは、腕を組み大きく息を吐いて深く座った。
そんな両者の雰囲気を汲み取った運転手は無言のまま、ゆっくりと車を走らせる。
何人もの護衛が見守る中、リムジンは屋敷を後にした。
道中、レイナは窓ガラスを見つめる。
外の景色ではなく、微かに映った自分の顔を確認した。
耳まで火照った顔が赤くなっていないか、変な表情はしていないか。
まさかグレースに迫られるとは思ってもみなかったため、心臓が高鳴っていた。
同性愛者に対しては差別意識を持ち合わせているわけではない。
しかし、同性と口付け寸前までいくという初めての体験に理解が追い付いていなかった。
相手は上司に当たる人物だから拒むべきではなかったのか?
それとも彼女なりのイタズラ?
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望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
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