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和解と嫉妬
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レイナは何か夢を見ていた。
内容はあるかどうか分からない。
やがて目が覚めるとすぐに忘れてしまった。
まるで休日の朝、急いで起きる必要のない時のように穏やかな目覚めだった。
(ここは……?)
見慣れない天井。
北部局の部屋ではない。
なぜここにいるのか記憶を探る。
数秒後に目を見開く。
(そうだ、人狼の奴らは? ロッソとビアンカは?)
最後に覚えているのはビアンカの血を吸い、強化状態となってフェイズ3の人狼を倒した後に気を失ったということ。
周囲を見ると部屋は一人用の病室のようだった。
探索しようとすると、廊下からハイヒールの足音が聞こえてくる。
レイナは近づいてくる人物に対してある予感がした。
その人物がドアを開けて姿を見せると、その予感は当たっていた。
「グレース局長」
金髪に赤いドレス、赤のハイヒールを履いた東南局の女性局長。
ということはここは東南局だということが分かった。
「あら、起きたみたいね、体調はどう?」
「ええ、その、大丈夫ですが……」
「状況が分からないって顔ね、順を追って説明するわ」
グレースからの説明によると、僅かに残った味方部隊員から連絡が来たため援軍を送り、地下壕に倒れているレイナ達を発見。
他の敵がいないかどうかの調査も行ったが他にいなかったため、作戦は完了と判断し回収し現在に至るということだった。
「まだ残っていた仲間がいたんですね、てっきり私やビアンカとロッソ以外は全滅したかと」
「奇跡的に生き残った部下が連絡を寄越してくれてこちらとしても助かったわ、二人も無事だったからね」
「よかった……」
安堵したが、直後に少し疑問に思った。
最後に見たあの仲間は他の部隊員と少々雰囲気が異なっていた。
北部局のレイナは東南局の部隊員全員を把握しているわけではないため、そのような異質な人物もいるのだろうと自己完結する。
「あの、私はどれくらい眠っていたんですか?」
「ここへ連れてきてから半日位かしら、外はまだ明るいわ」
「すみません、すぐに……」
「ああ、気にしないで、まだ休んでいて結構よ、北部局にはこっちで連絡しておいたから」
「ありがとうございます、お手数おかけして……」
「そんなに畏まらないで、貴女は生真面目なんだから、少し位ゆっくりしてもいいのよ」
「はい……もうしばらくしたらここを出ます」
「そう、後で血液パックを持ってこさせるからそれまでは横になってて」
グレースは風邪を引いて横になる我が子を見る親のように優しい表情を見せると、軽く手を降りながら部屋を後にした。
局長室。
グレースは豪勢な机の上にある書類を険しい表情で見つめていた。
そこへ何者かがノックする。
「グレース局長、カロスです」
「入って」
グレースの秘書兼愛人、好青年の外見をした男性カロスが入室する。
「局長、あの連絡を入れた人物に関することですが……」
「……所属は分からなかった?」
「……はい」
レイナが地下壕で倒れた後、東南局に連絡を入れてきた人物は実は誰かは分かっていなかった。
生き残ったのはレイナ、ビアンカ、ロッソの三人のみ。
グレースは作戦に参加、及び戦死した部下の情報が記載されている書類を見返していた。
もしかしたら部下の誰かの出撃を見逃していた可能性を考慮したのだが、見落としはなかった。
連絡を受けた部下も、相手の所属や名前を聞こうしたが返事はなかった。
声の印象としてはあまり感情の起伏が感じられないような男ということのみ。
考えられるのは別の局の構成員という可能性。
西局の局長グレゴリーの部下という線を一瞬思考したが、あちらに今回の作戦は通知していない。
北局の新局長であるランハートは今回レイナのみ派遣したと連絡を受けた。
残る可能性は敵の工作員か? もしくは未知の部隊か?
「デュラン……」
グレースが呟く。
ブラッドリングの施設、及び構成員の活動資金は国から密かに流れている税金である。
このため、何人の吸血鬼を活動させ、どの程度装備を使用しているか明確に報告しなければならず、申告しないまま資金や部隊を私用に持つことは禁止されている。
しかし、抜け道も存在する。
デュラン等の上流階級に位置する人物等が自身の多額の給料を私的に流用すれば、独自の施設や部隊を運用することが可能である。
勿論、そのような行為ばバレれば国に対する反逆行為を疑われるため、基本的には禁止されているが不可能ではない。
だが、これらはあくまでも予想であり確固たる証拠があるわけではない。
それでも『所属不明の部隊』の存在はまことしやかに耳にしていた。
今回もその部隊からの連絡か?
様々な可能性を考慮し、思考を巡らせるが確かな情報がないためふりだしに戻る。
「とにかく調査は続けて、何か分かり次第報告して頂戴」
「分かりました、それから一つお伝えしたいことが」
「なに?」
「北部に新人が配属されるようです」
「はぁ、こっちのほうが損害が多いのにあっちに戦力を送るなんて……」
大きくため息をつくグレース。
今回の作戦ではエースであるビアンカとロッソは生き残ったが、その二人以外の戦闘要員は全滅。
しばらくは工作員のエージェントの負担が増えることは必須だった。
「その件に関して北部の局長からは『レイナにそちらの担当区域の警戒等を手伝わせる』とのことでした」
「ありがたいけど、それくらいならこちらに転属させてほしかったわ」
「……いざとなれば私自身が人狼の殲滅に向かいますが」
「貴方には私の身の回りの世話という役目があるでしょう」
その言葉にカロスは表情を変えないまま内心喜んだ。
自分の命よりも大切であり、尊敬し敬愛するグレースに従えることは至上の喜びであった。
「ああ、それから、医務室で休んでるレイナに輸血パックを渡して」
「っ……」
レイナの名前が出た途端、カロスは歯を強く食い縛った。
彼にとっては嫉妬の対象である彼女の存在。
そんな相手のために動くことなどしたくなかった。
「? どうしたの、早く行って」
「はい、わかり、ました」
「?」
ぎこちなく部屋を後にするカロスの心情など、グレースは察していなかった。
廊下を歩くカロスは手のひらに爪が食い込む程強く拳を握っていた。
(なぜだっ、なぜグレース様はあんな女のことなど!!)
グレースには自分のことだけ見てほしい、自分のことだけ求めてほしい。
飼い主が別の犬を構うことで嫉妬する飼い犬のような、独占欲に近い感情。
出来ることなら密かに殺してしまいたいとさえ考えてしまう。
だが、そんなことをすればグレースは激情することは必須。
だから出来るだけ感情を圧し殺す。
そこへ、向かい側から部下が歩いてくる。
上司であるカロスに対し、脇によって避けようとした瞬間呼び止められる。
「医務室で休んでいるレイナのことはわかるか?」
「ええ、北部局から派遣されて合同作戦を展開した後、怪我を負って療養中と聞きましたが」
「輸血パックを持っていってやってくれ、私は別件があって忙しいんだ」
「分かりました」
命令を受けた部下が直ぐに向かっていく。
その姿が見えなくなると、カロスは両方の拳を握り閉めたまま怒りの表情を見せた。
(クソ! クソ!! クソ!!! なんで!! なんであんな女のために!! 畜生!!!)
今にもその場で地団駄を踏みそうになるのを堪える。
もしここで暴れれば、その理由を問われるかもしれない。
グレースの前では嘘をつき通せない。
敬愛なる上司のため、大きく深呼吸して自身を落ち着かせる。
あくまでもレイナではなくグレースのため。
不明部隊や今回の戦闘の情報収集をすべく、いつも通りの無表情な顔となってその場を後にした。
グレースという女の第一印象。
それは最悪だった。
高圧的で他者を見下したような目。
こんな女の下で働きたくない。
そう思っても一介の諜報員である自分と相方には他に道はなかった。
結局、日の下を歩けないような職業から本当に歩けない存在となる。
それが、ビアンカとロッソの過去だった。
「……ん」
目を開けると、いつもの天井が見える。
部屋は違っても大概同じものであるため、最早見飽きている。
ビアンカは自身の過去を夢で見ていたようだった。
あまり綺麗なものではないため、出来れば思い出したくない。
そんな憂鬱な気分で横を見ると、ロッソが腕組したまま椅子に座って眠っていた。
「ロッソ……」
「ん……ああ、おはよう、ビアンカ」
「私どれくらい寝てた?」
「ああ、そうだな……三日ってとこかな」
「そんなに……」
まるで寝坊して早起きするのを諦めた社会人のようため息をつく。
「生き残れたのね、私達」
「ああ、他の仲間達は死んじまったがな」
「同じね、あの時と」
「あの時?」
「冷戦の時よ、他の諜報員は死んで、私と貴方だけが生き残って、吸血鬼になって……」
「そうだな、もう大分前のことだってのに、ついこの前のことみたいな感覚だな」
「フフ、お年寄りみたい」
「まあ、年齢から言えばそうだろう」
互いに笑い合っているものの、実際は死にかけたという恐怖を紛らわせているに過ぎない。
勿論二人ともそんなことなどわかっていた。
そうでもしなければ発狂しかねない。
常人であれば死に至る怪我も吸血鬼ならではの耐久力で耐えれるものの、痛みまでは無くならない。
人より長く生きる分、より多くの苦痛も味わい続ける。
嫌になって自殺したいと思ったことも何度かあった。
それでも今日までやってこれたのは互いに支えあったからだ。
だが、一人で長年戦っていた人物の顔を思い出す。
「そういえば、レイナは?」
「もう出ていったよ、それで伝言を預かっててな」
「何?」
「『貴女のお陰で助かった、お礼は必ずする』ってさ」
「……」
顔を合わせる度に嫌味を言って八つ当たりしていた。
最高の称号であるブラッドハウンドの称号を得られないからと苛立っていた。
しかし、実際は自分の実力が不足していたという事実から目を背けていただけだった。
一人でフェイズ3の人狼を倒す。
それが出来ないからこそ称号を得られないと内心気づいていた。
だが、プライドが邪魔をしてしまった。
三日前の地下壕の戦いでそれがハッキリとわかった。
自分はレイナよりも弱く、一人で強敵と戦えない。
いつも強気なビアンカも、この時だけはしおらしくなっていた。
そのことを表情から読み取ったロッソは、足元に置いてあったジュラルミンケースを持った。
「そのレイナからのお礼がさっき届いてな」
「?」
ロッソはケースを開けて中に入っている物を見せた。
それを見たビアンカは驚く。
「これって……」
「そう、プラチナ製のナイフさ」
ビアンカ用にと二本のナイフが用意されていた。
「レイナが上層部、デュランさんに無理を言ったらしい、丁度搬入したプラチナをビアンカ用のナイフにしてほしいってな」
「レイナが……」
「職人がほぼ不眠不休で作ったらしい、まあ吸血鬼だから大丈夫だろうけど、かなり大変だったってクレームが来たのを局長が愚痴ってたよ」
「……フフ」
ビアンカは感謝の気持ちで頬を赤らめ、同時に局長にこれから説教を受けることに苦笑いしていた。
吸血鬼になってから今まで素直に笑うことがなかった彼女の顔に、ロッソまで嬉しくなる。
「今度、レイナに合ったら……」
「ん? なんだ?」
「ちゃんと、お礼、言うから……」
未だに素直になりきれないビアンカに、ロッソはからかおうとしたが激怒すると怖いのを知っていたため、止めることにした。
だが、いつかは茶化すため、その少女のように恥ずかしがる表情をしっかりと記憶に残すことにした。
内容はあるかどうか分からない。
やがて目が覚めるとすぐに忘れてしまった。
まるで休日の朝、急いで起きる必要のない時のように穏やかな目覚めだった。
(ここは……?)
見慣れない天井。
北部局の部屋ではない。
なぜここにいるのか記憶を探る。
数秒後に目を見開く。
(そうだ、人狼の奴らは? ロッソとビアンカは?)
最後に覚えているのはビアンカの血を吸い、強化状態となってフェイズ3の人狼を倒した後に気を失ったということ。
周囲を見ると部屋は一人用の病室のようだった。
探索しようとすると、廊下からハイヒールの足音が聞こえてくる。
レイナは近づいてくる人物に対してある予感がした。
その人物がドアを開けて姿を見せると、その予感は当たっていた。
「グレース局長」
金髪に赤いドレス、赤のハイヒールを履いた東南局の女性局長。
ということはここは東南局だということが分かった。
「あら、起きたみたいね、体調はどう?」
「ええ、その、大丈夫ですが……」
「状況が分からないって顔ね、順を追って説明するわ」
グレースからの説明によると、僅かに残った味方部隊員から連絡が来たため援軍を送り、地下壕に倒れているレイナ達を発見。
他の敵がいないかどうかの調査も行ったが他にいなかったため、作戦は完了と判断し回収し現在に至るということだった。
「まだ残っていた仲間がいたんですね、てっきり私やビアンカとロッソ以外は全滅したかと」
「奇跡的に生き残った部下が連絡を寄越してくれてこちらとしても助かったわ、二人も無事だったからね」
「よかった……」
安堵したが、直後に少し疑問に思った。
最後に見たあの仲間は他の部隊員と少々雰囲気が異なっていた。
北部局のレイナは東南局の部隊員全員を把握しているわけではないため、そのような異質な人物もいるのだろうと自己完結する。
「あの、私はどれくらい眠っていたんですか?」
「ここへ連れてきてから半日位かしら、外はまだ明るいわ」
「すみません、すぐに……」
「ああ、気にしないで、まだ休んでいて結構よ、北部局にはこっちで連絡しておいたから」
「ありがとうございます、お手数おかけして……」
「そんなに畏まらないで、貴女は生真面目なんだから、少し位ゆっくりしてもいいのよ」
「はい……もうしばらくしたらここを出ます」
「そう、後で血液パックを持ってこさせるからそれまでは横になってて」
グレースは風邪を引いて横になる我が子を見る親のように優しい表情を見せると、軽く手を降りながら部屋を後にした。
局長室。
グレースは豪勢な机の上にある書類を険しい表情で見つめていた。
そこへ何者かがノックする。
「グレース局長、カロスです」
「入って」
グレースの秘書兼愛人、好青年の外見をした男性カロスが入室する。
「局長、あの連絡を入れた人物に関することですが……」
「……所属は分からなかった?」
「……はい」
レイナが地下壕で倒れた後、東南局に連絡を入れてきた人物は実は誰かは分かっていなかった。
生き残ったのはレイナ、ビアンカ、ロッソの三人のみ。
グレースは作戦に参加、及び戦死した部下の情報が記載されている書類を見返していた。
もしかしたら部下の誰かの出撃を見逃していた可能性を考慮したのだが、見落としはなかった。
連絡を受けた部下も、相手の所属や名前を聞こうしたが返事はなかった。
声の印象としてはあまり感情の起伏が感じられないような男ということのみ。
考えられるのは別の局の構成員という可能性。
西局の局長グレゴリーの部下という線を一瞬思考したが、あちらに今回の作戦は通知していない。
北局の新局長であるランハートは今回レイナのみ派遣したと連絡を受けた。
残る可能性は敵の工作員か? もしくは未知の部隊か?
「デュラン……」
グレースが呟く。
ブラッドリングの施設、及び構成員の活動資金は国から密かに流れている税金である。
このため、何人の吸血鬼を活動させ、どの程度装備を使用しているか明確に報告しなければならず、申告しないまま資金や部隊を私用に持つことは禁止されている。
しかし、抜け道も存在する。
デュラン等の上流階級に位置する人物等が自身の多額の給料を私的に流用すれば、独自の施設や部隊を運用することが可能である。
勿論、そのような行為ばバレれば国に対する反逆行為を疑われるため、基本的には禁止されているが不可能ではない。
だが、これらはあくまでも予想であり確固たる証拠があるわけではない。
それでも『所属不明の部隊』の存在はまことしやかに耳にしていた。
今回もその部隊からの連絡か?
様々な可能性を考慮し、思考を巡らせるが確かな情報がないためふりだしに戻る。
「とにかく調査は続けて、何か分かり次第報告して頂戴」
「分かりました、それから一つお伝えしたいことが」
「なに?」
「北部に新人が配属されるようです」
「はぁ、こっちのほうが損害が多いのにあっちに戦力を送るなんて……」
大きくため息をつくグレース。
今回の作戦ではエースであるビアンカとロッソは生き残ったが、その二人以外の戦闘要員は全滅。
しばらくは工作員のエージェントの負担が増えることは必須だった。
「その件に関して北部の局長からは『レイナにそちらの担当区域の警戒等を手伝わせる』とのことでした」
「ありがたいけど、それくらいならこちらに転属させてほしかったわ」
「……いざとなれば私自身が人狼の殲滅に向かいますが」
「貴方には私の身の回りの世話という役目があるでしょう」
その言葉にカロスは表情を変えないまま内心喜んだ。
自分の命よりも大切であり、尊敬し敬愛するグレースに従えることは至上の喜びであった。
「ああ、それから、医務室で休んでるレイナに輸血パックを渡して」
「っ……」
レイナの名前が出た途端、カロスは歯を強く食い縛った。
彼にとっては嫉妬の対象である彼女の存在。
そんな相手のために動くことなどしたくなかった。
「? どうしたの、早く行って」
「はい、わかり、ました」
「?」
ぎこちなく部屋を後にするカロスの心情など、グレースは察していなかった。
廊下を歩くカロスは手のひらに爪が食い込む程強く拳を握っていた。
(なぜだっ、なぜグレース様はあんな女のことなど!!)
グレースには自分のことだけ見てほしい、自分のことだけ求めてほしい。
飼い主が別の犬を構うことで嫉妬する飼い犬のような、独占欲に近い感情。
出来ることなら密かに殺してしまいたいとさえ考えてしまう。
だが、そんなことをすればグレースは激情することは必須。
だから出来るだけ感情を圧し殺す。
そこへ、向かい側から部下が歩いてくる。
上司であるカロスに対し、脇によって避けようとした瞬間呼び止められる。
「医務室で休んでいるレイナのことはわかるか?」
「ええ、北部局から派遣されて合同作戦を展開した後、怪我を負って療養中と聞きましたが」
「輸血パックを持っていってやってくれ、私は別件があって忙しいんだ」
「分かりました」
命令を受けた部下が直ぐに向かっていく。
その姿が見えなくなると、カロスは両方の拳を握り閉めたまま怒りの表情を見せた。
(クソ! クソ!! クソ!!! なんで!! なんであんな女のために!! 畜生!!!)
今にもその場で地団駄を踏みそうになるのを堪える。
もしここで暴れれば、その理由を問われるかもしれない。
グレースの前では嘘をつき通せない。
敬愛なる上司のため、大きく深呼吸して自身を落ち着かせる。
あくまでもレイナではなくグレースのため。
不明部隊や今回の戦闘の情報収集をすべく、いつも通りの無表情な顔となってその場を後にした。
グレースという女の第一印象。
それは最悪だった。
高圧的で他者を見下したような目。
こんな女の下で働きたくない。
そう思っても一介の諜報員である自分と相方には他に道はなかった。
結局、日の下を歩けないような職業から本当に歩けない存在となる。
それが、ビアンカとロッソの過去だった。
「……ん」
目を開けると、いつもの天井が見える。
部屋は違っても大概同じものであるため、最早見飽きている。
ビアンカは自身の過去を夢で見ていたようだった。
あまり綺麗なものではないため、出来れば思い出したくない。
そんな憂鬱な気分で横を見ると、ロッソが腕組したまま椅子に座って眠っていた。
「ロッソ……」
「ん……ああ、おはよう、ビアンカ」
「私どれくらい寝てた?」
「ああ、そうだな……三日ってとこかな」
「そんなに……」
まるで寝坊して早起きするのを諦めた社会人のようため息をつく。
「生き残れたのね、私達」
「ああ、他の仲間達は死んじまったがな」
「同じね、あの時と」
「あの時?」
「冷戦の時よ、他の諜報員は死んで、私と貴方だけが生き残って、吸血鬼になって……」
「そうだな、もう大分前のことだってのに、ついこの前のことみたいな感覚だな」
「フフ、お年寄りみたい」
「まあ、年齢から言えばそうだろう」
互いに笑い合っているものの、実際は死にかけたという恐怖を紛らわせているに過ぎない。
勿論二人ともそんなことなどわかっていた。
そうでもしなければ発狂しかねない。
常人であれば死に至る怪我も吸血鬼ならではの耐久力で耐えれるものの、痛みまでは無くならない。
人より長く生きる分、より多くの苦痛も味わい続ける。
嫌になって自殺したいと思ったことも何度かあった。
それでも今日までやってこれたのは互いに支えあったからだ。
だが、一人で長年戦っていた人物の顔を思い出す。
「そういえば、レイナは?」
「もう出ていったよ、それで伝言を預かっててな」
「何?」
「『貴女のお陰で助かった、お礼は必ずする』ってさ」
「……」
顔を合わせる度に嫌味を言って八つ当たりしていた。
最高の称号であるブラッドハウンドの称号を得られないからと苛立っていた。
しかし、実際は自分の実力が不足していたという事実から目を背けていただけだった。
一人でフェイズ3の人狼を倒す。
それが出来ないからこそ称号を得られないと内心気づいていた。
だが、プライドが邪魔をしてしまった。
三日前の地下壕の戦いでそれがハッキリとわかった。
自分はレイナよりも弱く、一人で強敵と戦えない。
いつも強気なビアンカも、この時だけはしおらしくなっていた。
そのことを表情から読み取ったロッソは、足元に置いてあったジュラルミンケースを持った。
「そのレイナからのお礼がさっき届いてな」
「?」
ロッソはケースを開けて中に入っている物を見せた。
それを見たビアンカは驚く。
「これって……」
「そう、プラチナ製のナイフさ」
ビアンカ用にと二本のナイフが用意されていた。
「レイナが上層部、デュランさんに無理を言ったらしい、丁度搬入したプラチナをビアンカ用のナイフにしてほしいってな」
「レイナが……」
「職人がほぼ不眠不休で作ったらしい、まあ吸血鬼だから大丈夫だろうけど、かなり大変だったってクレームが来たのを局長が愚痴ってたよ」
「……フフ」
ビアンカは感謝の気持ちで頬を赤らめ、同時に局長にこれから説教を受けることに苦笑いしていた。
吸血鬼になってから今まで素直に笑うことがなかった彼女の顔に、ロッソまで嬉しくなる。
「今度、レイナに合ったら……」
「ん? なんだ?」
「ちゃんと、お礼、言うから……」
未だに素直になりきれないビアンカに、ロッソはからかおうとしたが激怒すると怖いのを知っていたため、止めることにした。
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