ブラッドリング

サノサトマ

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走破

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 日が落ちた頃、レイナは銃保管庫にやってきた。
 そこで銃の管理や整備を担当しているサイラスと合う。
「お、レイナ、聞いたぜ、新人を苛めたらしいな」
 弾薬が入った箱を渡しながら意地悪そうに笑う。
「苛めたわけじゃない、ただ実際に戦えるか試しただけ」
 不機嫌そうに弾薬を受けとる。
 自分がやり過ぎたことに罪悪感を抱いているようだ。
「本当は、戦わせたくなかったからか?」
「……」
 サイラスからの指摘は図星だった。
 その証拠にレイナの動きが数秒止まる。
「なあレイナ、気持ちは分かるが、俺達は一度吸血鬼になるともう戻れない、となると道は二つ、政府の言いなりになって戦うか殺されるかだ」
 今まで何度も血肉や臓物が飛び散るような壮絶な戦闘を経験してきた。
 だからこそ、純心なリリアナにそのような場面は見せたくないと強く当たってしまった。
 だが、吸血鬼になり政府の犬となったらそのような過保護な待遇は許されない。
 いつかは現場に出るか、もしくはサポート役として一日中施設に籠るか。
 やる気に満ちたリリアナが黙って補助役を引き受けるのかと疑問に思う。
 いずれにしても元の生活に戻してあげることなど出来ない。
「……リリアナは第四部隊に配属させる、そこでしばらく様子を見る」
 第四部隊は予備戦力として扱う部隊である。
 その中で他の隊員と共に訓練をさせ、すぐには現場に出さない方向で調整するつもりのようだ。
「そうか」
「ねえサイラス」
「なんだ?」
「リリアナに伝言を頼みたいの」
「ああ」
「少し……やりすぎた、ごめんなさいって」
「クッ、フフ」
 サイラスが堪えきれないと言わんばかりに吹き出す。
「な、なに?」
「いや、そんなしおらしい表情あまり見たことなかったんでな、他の隊員が見たら驚くぜ、あのクソ強くて冷酷なレイナがこんな顔するなんてな」
「……撃たれたいの?」
 俯いて頬を赤らめていた表情から一変、評判通りの冷酷な表情になる。
「ああ、イヤ、その、なんだ、ちゃんと伝えておくから安心しろ」
「ふぅ、お願い」
 弾薬を受けとり補充を終えたレイナはすぐこの場を去っていった。
 いつもならすぐ他の銃の点検をするサイラスは一人になっても作業に取り掛からずに黄昏ていた。
(レイナ、お前も……元は只の女の子だったんだろうな)
 彼女は自分より遥か前に吸血鬼となった存在だが、たまに見せる寂しそうにする表情は歴戦の狩人のものではない。
 大人になる前に一人身となり、不安に駈られる十代の少女のような顔だった。
 もしかしたらレイナはリリアナと重なる所があったのかもしれない、と考えるサイラスだった。



 ギリア国東南部。
 ここは国内で最も活気のある地域である。
 多くの若者向けの施設がある一方、体力を持て余したりスリルを求めて犯罪に走る者も多数存在し、問題となっていた。
 そんな人々に紛れるように人狼達も密かに活動し、仲間を増やしている。
 年配や子供といった弱者を襲う一方、社会に不満を抱く若者を上手く勧誘し人狼へと変えていく。
 無論警察も動いてはいるものの、全容を把握するまでには至っていない。
 今日もまた、一人の若者が通行人を殴り倒し、金目となる物を奪っていた。
 しかし、現場にいた別の通行人が通報。
 目撃者から特徴を聞き出すとすぐに犯人を発見し、追い掛ける。
 既にほとんどの従業員が退社し、明かりを消しているビル街を走る犯人。
 警察は車で追っていたものの、犯人が車で行けないような細い路地へ行くと自らの足で追わなければならない状況となる。
 犯人は短距離走並みの速度を維持しつつ長距離ランナー並みの距離を走っていた。
 追っている二人組の警察官は息が上がるが、それでも必死に後を追う。
 やがて犯人は建設中のビルへ侵入、上へ上がっていく。
「ハア、ハア、畜生、あの野郎、アスリートかよ」
「この上は、ハア、逃げ道は、ない、ゲホ、行こう」
 全身汗だくになりながらも、進入禁止の警告が書かれた看板を無視して行く。
 建物は外壁がまだ取り付けられておらず、鉄筋が剥き出しとなっている状態だった。
 やがて犯人は屋上へたどり着くと、眼下へ広がる景色を前に有頂天になる。
 まるで自分がこの街の王にでもなったかのように両腕を上げる。
 そこへ二人の警察官が遅れてやってきた。
「ここまでだ、ハア、ハア」
「おとなしく、するんだ」
 息を荒くしながら銃を構える。
 しかし、犯人は怯えるどころか不敵な笑みを見せた。
「俺はな、お前らとはもう違うんだよ、ここに来たのはそれを証明するためだ」
 そう言いながら端へ向かって後ろ向きに歩いていく。
「お、おい、待て!!」
「落ちると助からないぞ!!」
 犯人が飛び降り自殺をすると思った二人は必死に説得しようとする。
 だが、まったく聞く耳を持たない。
「最高だ、最高の気分だ、ハハ、もう怖いものなんてなにもねえ!!」
 笑いながら犯人の身体に異変が起きる。
 顔や手の体毛が濃くなっていく。
 その様子に、警察官の二人は互いに目を合わせる。
 すると、犯人は二人に対し背を向けた。
「じゃあな」
「あっ、おい!!」
 まるでバンジージャンプでもするかのように飛び降りた。
 しかし、紐などない。
 ここは十五階の屋上。
 まず助からない。
 二人の警察官がすぐさま下を覗き込むと、道路に倒れた犯人の姿があった。
 コンクリートの地面に落ちたことで血が飛び散っており、即死していた。
 それでもその表情は自信に満ちたもののままだった。



 早朝、ギリア東南部警察署。
 入り口から一人の女性が入っていく。
 肩まで伸びた金髪を束ね、黒のレディーススーツを着用し、一歩一歩自信に満ちたように足早に歩いていく。
 彼女の名前はディアナ。
 人一倍正義感が強く真面目なのだが、なぜか周囲は目を合わせようとしない。
 そんなディアナに一人の男性が声を掛ける。
「おはよう」
「おはよう、ダッド」
 ダッドと呼ばれた男性は黒い短髪に黒いスーツを着た中肉中背。
 東洋系に近い顔つきでこの国ではあまりいないタイプの人種である。
 ディアナは自分の机に着席すると、書類やファイルを整頓していく。
 そこへ太った白人男性、部長が二人の姿を見つけて近づいていく。
「ディアナ、ダッド、事件だ、三丁目の工事現場で飛び降りだ、二人で向かってくれ」
 それだけ言い残してすぐ立ち去った。
「はぁ、来たばかりなのに」
「いいから行こう」
 二人は指示通りに署を後にした。



 ダッドが運転する黒い乗用車にディアナも一緒に乗り現場へ向かう。
 なぜ、二人は署内で周囲から浮いているような雰囲気だったのか。
 それはディアナ自身の言動にあった。
 彼女は過去に家族を皆失っているが、その犯人が狼男だと言ったのだ。
 おかげで孤児院から現在に至るまで周囲から変人扱いされている。
 勿論医者は『極度の緊張による錯覚』と診断したが信じなかった。
 ダッドはそんな彼女と組んでいるため、同じかもしくは不運な相方という認識になっている。
「ダッド、私と組むのは嫌?」
「な、突然どうした?」
「そんな顔してる」
「いや、それは……」
「嫌なら嫌ってハッキリ言って」
「そうじゃない」
「じゃあなに?」
「……フランシスから言われたんだ、そろそろ子供がほしいって」
 車は赤信号で停車した。
 ディアナは外へ向けていた視線をダッドへ向ける。
「フランシスって確か、貴方の奥さん?」
「ああ、そうだ」
「何か問題でも?」
「……俺、昔親父から暴力を受けてな」
 ダッドの父親はかなり粗暴な性格で妻と子供に暴力を振るっていた。
 ダッドが成人する前に仕事をクビになり自暴自棄となって酒に溺れた。
 母親はそんな家計を支えるため必死に働いたが、ダッドが学校を卒業する直前で身体を壊しこの世を去った。
 その直後に父親も外で傷害事件を起こし逮捕。
 ダッド自身はその後学校を中退し、必死に働きながら勉強をしてようやく警察官になれた。
 しかし、学歴が低いことや父親が犯罪者ということもあり出世コースには乗れず、重大な事件も任されず、ほぼ雑用扱いとなっていたところへ問題児扱いされているディアナと組まされた。
 それでも給料が普通の会社よりは上なため、今までやってこれたというわけである。
「もし、子供が生まれても、俺は親父と同じことするんじゃないかって不安になって……」
「……信号、変わったわ」
 気がつくと青信号になっていたため、すぐアクセルを踏んだ。
「ねえダッド、貴方奥さんを暴行したことは?」
「ない、するはずないじゃないか、フランシスは大事な家族だ、愛してる」
「なら平気よ」
「どうしてそう言える?」
「貴方は父親と違って家族を大切に出来る人だからよ、もし知らずに父親と同じことをするなら奥さんのことも乱暴に扱うでしょ?」
「まあ、そう、なるな」
「貴方の過去は大変なものだけど、奥さんの気持ちも大切にしてあげて」
「ああ……」
「それにもし貴方が暴力を振るうなら私が逮捕するから」
「ハハ、相方に逮捕される警官か、ゴシップ記事書いてる連中が喜んで色々書くな」
「嫌でしょう?」
「ああ」
 二人で雑談している内に車は現場へ到着した。
 周囲は立ち入りを制限するための黄色のテープで囲われていた。
 車から降りた二人は部外者を侵入させないために立っている警官に警察手帳を見せてからテープを潜った。
「状況は?」
「事件は三時間前、通行人を襲った犯人を追い掛けていたら飛び降りたそうです」
 近くにいた警官はまだ建築中だった建物を見上げる。
 続けて青いシートに覆われた場所へ近づく。
「こいつが犯人です」
 言いながらシートを捲ると、二人は驚愕した。
 地面に激突して死んだ犯人はとても毛深かった。
「こいつは、まるで映画に出てくる狼男みたいだな」
 ダッドが冗談混じりに言うが、ディアナは反応しない。
「おいディアナ、真に受けるなよ、こいつは元々こういう毛深い奴だっただけだろ?」
「そのことなんですが……」
 現場にいた警官が説明する。
 追い掛けた二人の警官はこの犯人が飛び降りる寸前に瞬く間に毛深くなったと言う。
 それを聞いたダッドは頭を抱えながら空を見上げる。
 ただでさえ周囲からディアナの言動が原因で変人扱いされているのに、このような情報を聞いたら当の本人が躍起になってしまうからだ。

 この後、ディアナは犯人を追い掛けた二人から話を聞き、遺体は司法解剖へ回すよう指示を出した。
 その帰りの車内。
「なあディアナ、報告書に変なこと書くなよ」
「何? 犯人は狼男かもしれないってこと?」
「そうだ、これ以上署内で変な目で見られたくない」
「私は嘘は書きたくない」
「犯人が飛び降りたのは事実だが狼男かどうかは分からないだろう」
「じゃあどうして毛深くなったのよ?」
「見間違えたんじゃないのか?」
「二人とも? 有り得ないわ」
「報告書に『犯人は狼男の可能性大』って書くほうが有り得ない」
 二人は署に着くまで車内で軽く言い争った。
 結局今回はディアナが折れ、報告書には『犯人の体毛が急激の伸び、何らかの特異体質を有していたが、犯行の動機と結び付くかどうか不明』と記した。
 その数分の説得だけでダッドは一日分の労力と体力を使ったことをディアナは知らない。
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