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囚われの家 前編
4話
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クソッ、また見てしまった。
俺は表情を強張らせ、親子の背後にある闇を凝視した。
俺の様子がおかしいことに気付いたのだろう、親子が自分たちの背後を振り返るが、何も見えないようで不思議そうにこちらに向き直る。
おいおい、なんで見えないんだ。あの老女が見えるから俺に連絡を寄越したんだろう? なんであんなにはっきり存在しているのに見えないんだ。バカなのかこいつら。
八つ当たりにも近い怒りを覚えながら、俺は大きく咳払いをする。
その様子を見ていた娘が、おずおずと口を開く。
「……匂いますか?」
「え?」
「この家、匂いますか?」
「いや……」
ああ、匂う。ぷんぷん匂う。だが、初対面の……しかも報酬を払ってくれる依頼者相手にそんな失礼なことを言えるわけがない。
もしここが知人の家なら、口を開く前に真っ先に部屋中の窓を開け放っているところだ。
確証はないがあの老女が立っている廊下の奥から臭気が漏れ出しているように思える。あの奥には一体何があるんだ、想像するだけで胸やけがする。
「実は家の雰囲気があんまりよくないので、気分を変えようと壁を塗り替えているんです」
娘が言う。
「ああ、なるほど」
そう言われてみれば、さまざまな匂いが混ざり合う中にペンキに似た匂いがある。
古い家なので部屋の壁はデコボコの土壁仕様だ。この状態だとウォールシートを貼って簡易的にリフォームすることが不可能なのだろう。素人が壁を塗り替えるとなると手間暇がかかるはずだ。
「家主さんの許可は得てまして」
母親が話を継ぐ。
「こんな古い家ですからお家賃も安いんです。奥の部屋は腐っているので触らないでほしいということですが、それ以外の部屋は好きに修理していい、と言われてますから」
「なるほど」
奥の部屋……。
おそらく外から見た時、木の板を打ち付けて厳重に封鎖していたあの部屋のことだろう。
窓も壊れているうえ、床なんかも腐っているとしたら、あの対応も納得できる。家主はこんな古びた家に修理代など出したくないのだろう。
「でも、2人で塗り替えとなると大変でしょう。ご主人はどうされてるんですか?」
「……主人ですか? ……主人は今は別のところで生活しています……」
「……そうですか」
母親の口調が何となく重くなったのを察し、俺は話を切り上げた。
新しい女が出来て別居しているのか、単身赴任なのか、亭主と一緒に暮らさない理由はさまざまだが、母親の雰囲気からはそれ以上追求できない何かがあった。
どちらにしろ家賃が安いからとわざわざこんな辺鄙なところに家を借りるくらいだ、経済面が苦しいのだろう。引っ越しは無理かもしれない。
正直に言おう、これは八方塞がりだ。
さっきからあえて無視をしているが、親子の背後には未だ老女が立っている。
何か悪さするわけでもなく、恨みがましい目をしているわけでもなく、ただそこに立っている。そんな感じだ。
こういうパターンが俺にとって一番最悪なのだ。
お祓い屋を名乗っているが、俺に除霊能力などない。ただのインチキ野郎だ。それは俺自身が一番よく分かっている。
そもそも居もしない霊を祓えるはずがないのだし、こういう商売をやってるやつの半分以上が似たり寄ったりだろう。
ひとついい訳をさせてもらえるなら、俺の場合、お金を受け取る以上、そこに自分なりのポリシーがある。相手の気持ちが上向くよう心のケアを行い、幽霊なんて気持ちの持ちようだ、と励ましてやる。
相手からお金を騙しとるのではなく、お互いに納得の上で費用対価を受け取る、これが俺なりの誠意だ。
この考えを徹底しているためか、今まで依頼者との間に大きなトラブルもなく、なかには俺の除霊で人生が昇り調子だ、というメールを送って寄越す奴もいるくらいだ。
そう、幽霊なんて思い込み、何かのキッカケさえあれば、気持ちなんてすぐに上向くものだ。
俺は必死に頭を働かせ、今後の対応策を考えはじめていた。
否、対応策とはなんのその、どうやって今回の依頼を丁重に断るかということに始終している。
こちらのそんな努力をあざ笑うかのように、冷や汗を流す俺の様子を、部屋の奥から<本物>が、じぃっと見つめていた。
俺は表情を強張らせ、親子の背後にある闇を凝視した。
俺の様子がおかしいことに気付いたのだろう、親子が自分たちの背後を振り返るが、何も見えないようで不思議そうにこちらに向き直る。
おいおい、なんで見えないんだ。あの老女が見えるから俺に連絡を寄越したんだろう? なんであんなにはっきり存在しているのに見えないんだ。バカなのかこいつら。
八つ当たりにも近い怒りを覚えながら、俺は大きく咳払いをする。
その様子を見ていた娘が、おずおずと口を開く。
「……匂いますか?」
「え?」
「この家、匂いますか?」
「いや……」
ああ、匂う。ぷんぷん匂う。だが、初対面の……しかも報酬を払ってくれる依頼者相手にそんな失礼なことを言えるわけがない。
もしここが知人の家なら、口を開く前に真っ先に部屋中の窓を開け放っているところだ。
確証はないがあの老女が立っている廊下の奥から臭気が漏れ出しているように思える。あの奥には一体何があるんだ、想像するだけで胸やけがする。
「実は家の雰囲気があんまりよくないので、気分を変えようと壁を塗り替えているんです」
娘が言う。
「ああ、なるほど」
そう言われてみれば、さまざまな匂いが混ざり合う中にペンキに似た匂いがある。
古い家なので部屋の壁はデコボコの土壁仕様だ。この状態だとウォールシートを貼って簡易的にリフォームすることが不可能なのだろう。素人が壁を塗り替えるとなると手間暇がかかるはずだ。
「家主さんの許可は得てまして」
母親が話を継ぐ。
「こんな古い家ですからお家賃も安いんです。奥の部屋は腐っているので触らないでほしいということですが、それ以外の部屋は好きに修理していい、と言われてますから」
「なるほど」
奥の部屋……。
おそらく外から見た時、木の板を打ち付けて厳重に封鎖していたあの部屋のことだろう。
窓も壊れているうえ、床なんかも腐っているとしたら、あの対応も納得できる。家主はこんな古びた家に修理代など出したくないのだろう。
「でも、2人で塗り替えとなると大変でしょう。ご主人はどうされてるんですか?」
「……主人ですか? ……主人は今は別のところで生活しています……」
「……そうですか」
母親の口調が何となく重くなったのを察し、俺は話を切り上げた。
新しい女が出来て別居しているのか、単身赴任なのか、亭主と一緒に暮らさない理由はさまざまだが、母親の雰囲気からはそれ以上追求できない何かがあった。
どちらにしろ家賃が安いからとわざわざこんな辺鄙なところに家を借りるくらいだ、経済面が苦しいのだろう。引っ越しは無理かもしれない。
正直に言おう、これは八方塞がりだ。
さっきからあえて無視をしているが、親子の背後には未だ老女が立っている。
何か悪さするわけでもなく、恨みがましい目をしているわけでもなく、ただそこに立っている。そんな感じだ。
こういうパターンが俺にとって一番最悪なのだ。
お祓い屋を名乗っているが、俺に除霊能力などない。ただのインチキ野郎だ。それは俺自身が一番よく分かっている。
そもそも居もしない霊を祓えるはずがないのだし、こういう商売をやってるやつの半分以上が似たり寄ったりだろう。
ひとついい訳をさせてもらえるなら、俺の場合、お金を受け取る以上、そこに自分なりのポリシーがある。相手の気持ちが上向くよう心のケアを行い、幽霊なんて気持ちの持ちようだ、と励ましてやる。
相手からお金を騙しとるのではなく、お互いに納得の上で費用対価を受け取る、これが俺なりの誠意だ。
この考えを徹底しているためか、今まで依頼者との間に大きなトラブルもなく、なかには俺の除霊で人生が昇り調子だ、というメールを送って寄越す奴もいるくらいだ。
そう、幽霊なんて思い込み、何かのキッカケさえあれば、気持ちなんてすぐに上向くものだ。
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否、対応策とはなんのその、どうやって今回の依頼を丁重に断るかということに始終している。
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