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囚われの家 後編
11話
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俺は2週間前に来た時と同じ部屋に案内され、男がペットボトルからお茶を注ぎ入れる様子を黙って見守った。
「こんなお茶で申し訳ない。水道とガスは半年以上前から止めているから」
男はそう言って、俺の向かい側に腰を降ろした。
紗里は他人の家で絶対に飲み食いをしないので、初めに飲み物はひとり分と伝えてある。男は俺の分だけ飲み物を用意した。
紗里は俺の背後に立ったまま、不思議そうに部屋の様子を眺めまわしている。
「おい、紗里もここに座れ」
横の席をポンポンと叩いて声をかけるが、紗里は硬い表情で首を振った。
こういう状態の紗里に無理強いはしたくない。俺は困ったような笑みを浮かべ男に目を戻した。
男は不思議そうな表情で紗里を見て、小さくため息をついた。
「さっきは偉そうな態度をとって申し訳ありませんでした。この家に戻ってくるたび、嫌な気持ちになってしまって」
俺は男の言葉を額面通りに受け取ると、素直に謝罪を受け入れた。
赤の他人の自分でさえここに数分いただけで陰鬱な気分になってしまうのだ、ここで生活すると考えただけでもおぞましいことだ。
「いえ、こちらこそ興奮してしまって」
俺の方も頭を下げた。
相手の態度が落ち着けば、俺にとって目の前の男は依頼者の夫、それ相応の対応をとるべきだろう。
男はほんの少し表情を緩め、俺に促されるままに事情を語り始めた。
「娘のためにこの家を借りたんです。美術大学に通い始めたので、自然豊かな環境で絵に打ち込めればいいかと」
「確かに。ここは静かですから絵を描くのに向いた環境ですね」
「ええ、最初は良かったんです。古びてはいますが昔懐かしい匂いがして、私も妻も田舎から出て来た人間ですから家の雰囲気がいっぺんに気に入りまして。ただ、それも最初だけ。この家に住み初めて数か月経ったころから娘が霊を見始め、その次に妻が」
「なるほど」
「私には見えないので、引っ越しの疲れや慣れない大学生活で精神的に参っているのだろうと相手にしませんでした。その当時、仕事も忙しくなって私も家に帰るのが遅い日が続き、なかなか2人の話を聞けていなかったのです」
俺は黙って頷く。
男の話は母娘が説明してくれたものとだいたい同じだ。夫とは別居中だと言っていたが、その原因はこういった気持ちのすれ違いから始まったものかもしれない。
霊を見てしまった母娘が気の毒なのはもちろんのこと、それが全く見えない男に2人の話が理解できないのも仕方のないことだろう。こればかりはどちらか悪いということでもない、恐怖感を共有していればこんな事態は避けれただろうに残念だ。
「壁の塗り替えを提案したのは私なんです。全体的に古ぼけているから、そんな幻覚を見るんだって。ちょっとでも部屋の中を明るくすれば気分も変わるだろうって。結局、それをやり残したままこの家を出ていきましたけど」
「そうなんですね。この前お会いした時にそのことを話してらっしゃいましたよ。今壁を塗り替えている最中だって」
男は俺の言葉に寂しそうな笑みを浮かべた。
「正直言ってそれを聞いて驚きました。2人は私が知らない間にちょくちょくこの家に帰ってきてたんですね。なのに私には連絡ひとつ寄越さない。僅かばかりの希望を持っていましたが、関係を修復するのは難しそうです」
言葉を交わすたびどんどん沈みこんでいく男を横目に、大人しく俺の背後で話を聞いていた紗里が、ふらふらと部屋の中を歩き回り始めた。
そして、住人の許可も得ずに廊下を出ると、その奥へと姿を消した。
「おい、こら紗里。勝手な事すんな、戻って来い」
当たり前だが紗里が返事を返すことはない。
男は何事かと廊下の方を振り返っていたが、不思議そうな顔でこちらに視線を戻す。
「すいません、紗里が勝手なことを」
「ああ、……いえいえ」
男はぎこちない笑みを見せる。紗里が歩いて行った方角は前回老女が立っていた場所だった。
「こんなお茶で申し訳ない。水道とガスは半年以上前から止めているから」
男はそう言って、俺の向かい側に腰を降ろした。
紗里は他人の家で絶対に飲み食いをしないので、初めに飲み物はひとり分と伝えてある。男は俺の分だけ飲み物を用意した。
紗里は俺の背後に立ったまま、不思議そうに部屋の様子を眺めまわしている。
「おい、紗里もここに座れ」
横の席をポンポンと叩いて声をかけるが、紗里は硬い表情で首を振った。
こういう状態の紗里に無理強いはしたくない。俺は困ったような笑みを浮かべ男に目を戻した。
男は不思議そうな表情で紗里を見て、小さくため息をついた。
「さっきは偉そうな態度をとって申し訳ありませんでした。この家に戻ってくるたび、嫌な気持ちになってしまって」
俺は男の言葉を額面通りに受け取ると、素直に謝罪を受け入れた。
赤の他人の自分でさえここに数分いただけで陰鬱な気分になってしまうのだ、ここで生活すると考えただけでもおぞましいことだ。
「いえ、こちらこそ興奮してしまって」
俺の方も頭を下げた。
相手の態度が落ち着けば、俺にとって目の前の男は依頼者の夫、それ相応の対応をとるべきだろう。
男はほんの少し表情を緩め、俺に促されるままに事情を語り始めた。
「娘のためにこの家を借りたんです。美術大学に通い始めたので、自然豊かな環境で絵に打ち込めればいいかと」
「確かに。ここは静かですから絵を描くのに向いた環境ですね」
「ええ、最初は良かったんです。古びてはいますが昔懐かしい匂いがして、私も妻も田舎から出て来た人間ですから家の雰囲気がいっぺんに気に入りまして。ただ、それも最初だけ。この家に住み初めて数か月経ったころから娘が霊を見始め、その次に妻が」
「なるほど」
「私には見えないので、引っ越しの疲れや慣れない大学生活で精神的に参っているのだろうと相手にしませんでした。その当時、仕事も忙しくなって私も家に帰るのが遅い日が続き、なかなか2人の話を聞けていなかったのです」
俺は黙って頷く。
男の話は母娘が説明してくれたものとだいたい同じだ。夫とは別居中だと言っていたが、その原因はこういった気持ちのすれ違いから始まったものかもしれない。
霊を見てしまった母娘が気の毒なのはもちろんのこと、それが全く見えない男に2人の話が理解できないのも仕方のないことだろう。こればかりはどちらか悪いということでもない、恐怖感を共有していればこんな事態は避けれただろうに残念だ。
「壁の塗り替えを提案したのは私なんです。全体的に古ぼけているから、そんな幻覚を見るんだって。ちょっとでも部屋の中を明るくすれば気分も変わるだろうって。結局、それをやり残したままこの家を出ていきましたけど」
「そうなんですね。この前お会いした時にそのことを話してらっしゃいましたよ。今壁を塗り替えている最中だって」
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「正直言ってそれを聞いて驚きました。2人は私が知らない間にちょくちょくこの家に帰ってきてたんですね。なのに私には連絡ひとつ寄越さない。僅かばかりの希望を持っていましたが、関係を修復するのは難しそうです」
言葉を交わすたびどんどん沈みこんでいく男を横目に、大人しく俺の背後で話を聞いていた紗里が、ふらふらと部屋の中を歩き回り始めた。
そして、住人の許可も得ずに廊下を出ると、その奥へと姿を消した。
「おい、こら紗里。勝手な事すんな、戻って来い」
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「すいません、紗里が勝手なことを」
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