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囚われの家 後編
16話
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俺が壁の一点に目を留めたのを確認した紗里は、静かに後ろに下がった。
嫌な予感がする……泥のような不安感が俺の全身に纏わりついていた。
「あの、ひとつ伺いたいんですが家を出て行った2人の荷物はどうなっていましたか?」
「荷物? 不思議なんですが全てそのままなんですよ。服もお金も全部残したままで。その後も通帳からお金が落ちている形跡もないし、どうやって生活しているのかそこだけは気がかりですがね」
「…………」
俺はそっと剥がれかけた壁に指を添わす。
その後、何かの衝動に突き動かされるように爪でがりがりと壁をひっかいた。娘が塗り直したであろうペンキと共に、渇いた土壁がボロボロと足元に零れ落ちていく。
そうだ、この家の異臭は幻覚だ。
俺がこの部屋の不穏を感じ取ったため、この壁の奥に眠るものの存在に気付いたため、ありもしない匂いが漂ってきたのだ。
その証拠に、目の前の男は俺ほど部屋の匂いに反応していない。これは俺にだけ感じ取れる幻覚臭なのだろう。
それに気づいた俺は、より一層爪をつき立てて壁を剥がしはじめる。
不安そうな顔つきでその様子を見守っていた男も、やがて何か閃いたかのように足元に懐中電灯を放り投げ、一緒になって壁を壊しにかかった。
手作業ではまどろっこしいと途中から床に落ちていたペインティングナイフとペンキの蓋を拾い、なべ底のコゲを削ぎ落とすようにして壁を崩していく。
やがて土壁の材質が変わると、ナイフが当たるたびにコツンコツンという硬質な音が響き始めた。
その段階になって俺と男は壁から距離を置き、目の前に向かって懐中電灯の光を当てた。
違和感の正体はこれだったのだ。
今まで見て来た部屋の間取りは全て同じだった。襖の真正面に等身大の窓、そして右手に押入れ。そう、本来ならあってしかるべき右手の押入れがこの部屋にはなかったのだ。
それもそのはず、押入れの上から木の板を打ち付け、それを覆うようにして土壁を塗り直し、押入れの存在を隠していたのだから。
生温かい汗が俺の頬を伝う。
男は何やらぶつぶつと呟きながら、娘の描いたキャンバスを持ち上げ、ガンガンと木の板に打ち付けていく。
俺は黙ってその様子を見守っていた。
ふと背後の様子が気になり振り返ると、以前この家で出会った妻と娘、そして老夫婦が並んで立っていた。
4人とも青白い顔をして前を見据えており、その先頭には紗里がいた。
俺が呆然とした面持ちで視線を向けていると、紗里を含めた5人が静かに右手を真正面に向け、目の前の押入れを指さした。
ああ……やっぱり。
この時点で、俺の漠然とした不安は明確な形となった。
バキン!!
男の振り上げたキャンバスがようやく目の前の木板を突き破った。
すぐさまそこへライトの光を当てると、中から黒いビニール袋に包まれた4つの物体が姿を現した。
呆然とした表情でその袋に視線を向ける男の肩に、俺は静かに手を添え呟いた。
「あなたの大切なご家族は、ずっとこの家に居たのかもしれません」
嫌な予感がする……泥のような不安感が俺の全身に纏わりついていた。
「あの、ひとつ伺いたいんですが家を出て行った2人の荷物はどうなっていましたか?」
「荷物? 不思議なんですが全てそのままなんですよ。服もお金も全部残したままで。その後も通帳からお金が落ちている形跡もないし、どうやって生活しているのかそこだけは気がかりですがね」
「…………」
俺はそっと剥がれかけた壁に指を添わす。
その後、何かの衝動に突き動かされるように爪でがりがりと壁をひっかいた。娘が塗り直したであろうペンキと共に、渇いた土壁がボロボロと足元に零れ落ちていく。
そうだ、この家の異臭は幻覚だ。
俺がこの部屋の不穏を感じ取ったため、この壁の奥に眠るものの存在に気付いたため、ありもしない匂いが漂ってきたのだ。
その証拠に、目の前の男は俺ほど部屋の匂いに反応していない。これは俺にだけ感じ取れる幻覚臭なのだろう。
それに気づいた俺は、より一層爪をつき立てて壁を剥がしはじめる。
不安そうな顔つきでその様子を見守っていた男も、やがて何か閃いたかのように足元に懐中電灯を放り投げ、一緒になって壁を壊しにかかった。
手作業ではまどろっこしいと途中から床に落ちていたペインティングナイフとペンキの蓋を拾い、なべ底のコゲを削ぎ落とすようにして壁を崩していく。
やがて土壁の材質が変わると、ナイフが当たるたびにコツンコツンという硬質な音が響き始めた。
その段階になって俺と男は壁から距離を置き、目の前に向かって懐中電灯の光を当てた。
違和感の正体はこれだったのだ。
今まで見て来た部屋の間取りは全て同じだった。襖の真正面に等身大の窓、そして右手に押入れ。そう、本来ならあってしかるべき右手の押入れがこの部屋にはなかったのだ。
それもそのはず、押入れの上から木の板を打ち付け、それを覆うようにして土壁を塗り直し、押入れの存在を隠していたのだから。
生温かい汗が俺の頬を伝う。
男は何やらぶつぶつと呟きながら、娘の描いたキャンバスを持ち上げ、ガンガンと木の板に打ち付けていく。
俺は黙ってその様子を見守っていた。
ふと背後の様子が気になり振り返ると、以前この家で出会った妻と娘、そして老夫婦が並んで立っていた。
4人とも青白い顔をして前を見据えており、その先頭には紗里がいた。
俺が呆然とした面持ちで視線を向けていると、紗里を含めた5人が静かに右手を真正面に向け、目の前の押入れを指さした。
ああ……やっぱり。
この時点で、俺の漠然とした不安は明確な形となった。
バキン!!
男の振り上げたキャンバスがようやく目の前の木板を突き破った。
すぐさまそこへライトの光を当てると、中から黒いビニール袋に包まれた4つの物体が姿を現した。
呆然とした表情でその袋に視線を向ける男の肩に、俺は静かに手を添え呟いた。
「あなたの大切なご家族は、ずっとこの家に居たのかもしれません」
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