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誠はどこ?
56話:いつもの朝
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「あれ、この展示会場だったら家から近いじゃないか」
朝食のトーストを齧りながら元樹がボソリと呟く。
目線の先は朝のニュース番組。テレビ画面では女性アナウンサーがユグドリアのトワ王子の近況を伝えている。
王子は数人の付き添いと共に、東京で開催されている【世界のミイラ展】を訪れているようだ。
王子は案内係に説明を受けながら、骨の模型や、ミイラをおもしろそうに眺めている。時々熱心に質問したりしている様子は、子供らしくて微笑ましい。
ただ、はしゃぎすぎたせいだろう、この後すぐに王子は体調を崩し近くのホテルに滞在することになったようだ。アナウンサーによると、今日から予定されていた公務を全てキャンセルすることになったらしい。
「ミイラなんか見るから気分が悪くなんのよ」
気色悪いと、美園は紅茶を啜る。だって死体よ、と身もふたもないことをいってのける。
少し食欲が失せてしまった美園は、パンをちぎって足元のあんこに落としてやった。それを床に落ちきるまでにキャッチした犬は、すぐに次のおこぼれを期待して美園を見上げた。
バカ犬のくせして食い意地だけは一丁前だ。
「ふぁわわいそうひゃのぉ」
ケンジが何か言っているが、全く聞き取れない。タキが要領を得たように、ケンジのポケットから入れ歯を差し出してやった。
歯を入れずにパンを食べようとしていたのだろうか、やっぱり本当にボケはじめたか、と探るような視線を向ける元樹をよそに、ケンジが再び口を開く。
「可哀相な子じゃのぉ」
「可哀相? 誰が?」
「この王子のことじゃよ。誠と同じくらいじゃろうに、遊びたい盛りで公務の毎日。頼りの両親は死んでおって一人ぼっち、気の毒なことじゃ」
「そんなことないでしょ。王子よ王子。贅沢な暮らしに特別待遇。あたしはなれるもんならなってみたいけどね、王女に」
想像するだけでワクワクしてきた美園を前に、勇治は読んでいた英字新聞の隙間から顔を出してわざとらしくため息をついた。
「何よ。何か文句あんの」
「お前が王女になった途端、栄華を極めた国も没落するだろうなと思って」
「何ですって! バカにしないで! あんな小さな子がやれるんなら、あたしだって立派な王女になれるわよ」
「あんなガキが政治を理解できるはずないだろ。実際に実権を握ってるのは別の人間だ。確かマツムラとかいう日本人。あいつが王子の後見人らしいから、王子はいいとこ、お飾りの人形だな」
美園は王子が来日した時に一緒に付き添っていた人のよさそうな男を思い出した。
マスコミに丁寧に頭を下げ、常に王子の後ろを歩いていた50代くらいの柔和な顔のアジア人。あの人がマツムラだったのだろうか。
「王子の母親が日本人なら、王子の後見人も日本人だなんて、ずいぶん日本に縁がある国なんだな」
ビジネスチャンスが広がりそうな予感を感じた元樹は、すでに頭の中で皮算用を始めたようだ。
その元樹を前に、まるで目の前に台本でも置いてあるかのように、スラスラと説明を始めたつかさ。
「サチ王妃とマツムラは同じ大学の友人同士。そこへトワ王子の父親であるアンドレ国王が留学生としてやってきて、3人は親友同士になりました。その後、アンドレ国王とサチ王妃は恋に落ち、2人は結婚。サチ王妃がユグドリアに輿入れする際に、マツムラも王国に招かれました。彼は国王の一番信頼の厚い側近として、国を支え、2人亡き後は、残されたトワ王子の後見人として立派にその役目を務めているとか」
その情報量に、元樹は素直に感心した。
「ほぉ、つかさん君はよく調べてるなぁ。さすがだ」
「まぁ、それほどでもあります」
つかさは自慢げに頷いた。
美園はちらりとつかさを睨みつけ、パンを口に運んだ。
いつの間にか空いた席にムカつく顔が座っている。
しかも当然のように家族の会話に割って入っているのが腹立たしい。
朝食のトーストを齧りながら元樹がボソリと呟く。
目線の先は朝のニュース番組。テレビ画面では女性アナウンサーがユグドリアのトワ王子の近況を伝えている。
王子は数人の付き添いと共に、東京で開催されている【世界のミイラ展】を訪れているようだ。
王子は案内係に説明を受けながら、骨の模型や、ミイラをおもしろそうに眺めている。時々熱心に質問したりしている様子は、子供らしくて微笑ましい。
ただ、はしゃぎすぎたせいだろう、この後すぐに王子は体調を崩し近くのホテルに滞在することになったようだ。アナウンサーによると、今日から予定されていた公務を全てキャンセルすることになったらしい。
「ミイラなんか見るから気分が悪くなんのよ」
気色悪いと、美園は紅茶を啜る。だって死体よ、と身もふたもないことをいってのける。
少し食欲が失せてしまった美園は、パンをちぎって足元のあんこに落としてやった。それを床に落ちきるまでにキャッチした犬は、すぐに次のおこぼれを期待して美園を見上げた。
バカ犬のくせして食い意地だけは一丁前だ。
「ふぁわわいそうひゃのぉ」
ケンジが何か言っているが、全く聞き取れない。タキが要領を得たように、ケンジのポケットから入れ歯を差し出してやった。
歯を入れずにパンを食べようとしていたのだろうか、やっぱり本当にボケはじめたか、と探るような視線を向ける元樹をよそに、ケンジが再び口を開く。
「可哀相な子じゃのぉ」
「可哀相? 誰が?」
「この王子のことじゃよ。誠と同じくらいじゃろうに、遊びたい盛りで公務の毎日。頼りの両親は死んでおって一人ぼっち、気の毒なことじゃ」
「そんなことないでしょ。王子よ王子。贅沢な暮らしに特別待遇。あたしはなれるもんならなってみたいけどね、王女に」
想像するだけでワクワクしてきた美園を前に、勇治は読んでいた英字新聞の隙間から顔を出してわざとらしくため息をついた。
「何よ。何か文句あんの」
「お前が王女になった途端、栄華を極めた国も没落するだろうなと思って」
「何ですって! バカにしないで! あんな小さな子がやれるんなら、あたしだって立派な王女になれるわよ」
「あんなガキが政治を理解できるはずないだろ。実際に実権を握ってるのは別の人間だ。確かマツムラとかいう日本人。あいつが王子の後見人らしいから、王子はいいとこ、お飾りの人形だな」
美園は王子が来日した時に一緒に付き添っていた人のよさそうな男を思い出した。
マスコミに丁寧に頭を下げ、常に王子の後ろを歩いていた50代くらいの柔和な顔のアジア人。あの人がマツムラだったのだろうか。
「王子の母親が日本人なら、王子の後見人も日本人だなんて、ずいぶん日本に縁がある国なんだな」
ビジネスチャンスが広がりそうな予感を感じた元樹は、すでに頭の中で皮算用を始めたようだ。
その元樹を前に、まるで目の前に台本でも置いてあるかのように、スラスラと説明を始めたつかさ。
「サチ王妃とマツムラは同じ大学の友人同士。そこへトワ王子の父親であるアンドレ国王が留学生としてやってきて、3人は親友同士になりました。その後、アンドレ国王とサチ王妃は恋に落ち、2人は結婚。サチ王妃がユグドリアに輿入れする際に、マツムラも王国に招かれました。彼は国王の一番信頼の厚い側近として、国を支え、2人亡き後は、残されたトワ王子の後見人として立派にその役目を務めているとか」
その情報量に、元樹は素直に感心した。
「ほぉ、つかさん君はよく調べてるなぁ。さすがだ」
「まぁ、それほどでもあります」
つかさは自慢げに頷いた。
美園はちらりとつかさを睨みつけ、パンを口に運んだ。
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