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3巻
3-1
しおりを挟む第一章 エトワにお願い券
魔族ヴェムフラムの襲撃から一週間後の話。
この国の第一王子ゼルは、父王の部屋の前で硬い表情で立っていた。
ルヴェンドに戦力を傾けすぎたことによる、クララクの防衛の失敗。第三王子アルセルの努力のおかげで、人的被害は少なかったものの、その失敗は確実にゼルの評判を下げていた。
国民からは、ゼル殿下は王位を継ぐにはふさわしくないのではという声があがっている。あらゆる資質に優れ、人気も高い第二王子が継ぐべきだと。そんな中、父から呼び出しがあった。
「お入りください」
侍女に呼ばれて部屋に入る。ベッドに臥せった父が何か言う前に、ゼルは頭を下げる。
「も、申し訳ありません、父上。この度の失態は必ず挽回してみせます」
父王は優しい声音で、しかし失望を含んだ表情でゼルに「座りなさい」と言った。ゼルは緊張した面持ちで椅子に腰をかける。父王はため息を吐きながら言った。
「今回の魔族は相当に強力な相手じゃった……。対応は難しく、被害が出ても仕方ない事件だったとわしは思っておる……」
「その通りです! まさかあそこまで強力な魔族の集団とは……」
言い訳を始めるゼルの言葉を、国王は静かな声で遮った。
「それでも主要都市にきちんと足止めできる人材を振り分けておき、飛空船を準備し流動的に戦力を送れるようにしておけば被害は抑えられたはずだ……」
「はい……」
「しかし、問題はそれ以前のことだ……。お前は民を守るためでなく、自分の武勇を示すために戦力を使おうとした……。どんな結果であれ、評判は下がったであろう」
その言葉にゼルの額から汗が噴き出す。
「わ、私は……王家のためにそうしたのです……。決して私欲からではありません……」
国王はどこか悲しげに首を振って、ゼルに諭すように言う。
「確かに王家の力のなさを憂うお前の気持ちもわかる。我らの最後の力、十三騎士もその忠誠を保証するものはどこにもない。彼らはただ取り立ててもらった恩義から我らに従ってくれているだけだ」
国王の目元は優しげでありながらも、王座に座る者としての苦労を示した皺が刻まれていた。
「この国を本当の意味で支配しているのは四公爵、そして彼らに従う貴族たちだ。そんな彼らも貴族だけでは生きていけない。民が彼らの生活を支えているから生きていける。四公爵と傘下の貴族、そして民たちが我らを王と認めてくれているから、我らは王でいられる」
国王は深く穏やかな声で、ゼルに問いかけた。
「ゼルよ。そんな弱い王家では不満か? 考えの違う四つの家と、その下に集う貴族と民。それらが一つの国としてまとまるために、ただそこに在る、そんな王では満足できぬか?」
「…………」
国王の問いかけにゼルは答えられなかった。父の言葉に強い説得力を感じながらも、まだ若い彼には現状を変えたいという思いが、少なからずあった。
「王家を磐石にしたいと思うなら、空虚な権勢を誇示し尊大に振る舞うのではなく人々の信頼を得るのだ。そしてシルフィール家とは良い関係を築きなさい。彼らが味方でいてくれたから、王家は幾度もの危機を乗り越えることができた。そのために彼らはいくつもの犠牲を払ってくれた……」
国王は目を瞑り辛そうな声で言った。
「頼む……この父に辛い決断はさせてくれるな……。わしも決して良い後継者とはいえなかった。それでも父が私を選び、弟が支えてくれて、ここまでこれた。お前も王になりたいというならば、成長をしてくれ……。わしもいつまでもこの世にはおらん……」
「は……い……」
掠れた声で頷き部屋を出ていくゼルを、国王は侍女と共に見送る。
「子を育てるのは国を治める以上に難しいことじゃのう……。わしは甘すぎるのだろうか……」
「そう思います。ですが、そんな陛下だからこそ私はお慕いしております」
* * *
交通事故で死んじゃって、なんと異世界に転生してしまった、この私エトワなんですが。
生まれてきたのが風の魔法使いの名家シルフィール公爵家。魔力がまったくなかったせいで、すぐに跡継ぎ失格の烙印を押され、十五歳になったら家を追い出されることになってしまいました。
でもまあ、意外と快適生活で、楽しく暮らしてたんですけど、そんな私のもとに五人の子供たちがやってきたんです。シルフィール家と血縁が深い、五つの侯爵家から派遣されてきた、私の代わりにシルフィール家の跡継ぎ候補になる、シルウェストレの君と呼ばれる子供たち。
そんな彼らに課せられた試験が、私を仮の主として仰ぎ、護衛役を務めること。
彼らの仮の当主をやりつつ、いろんなトラブルに巻き込まれたり、転生したとき神さまのところに置き忘れたパワーを取り戻したりして、護衛役の子たちと公爵家の本邸で過ごした私ですが、ついに六歳になり、ルーヴ・ロゼという学校に入学するため、ルヴェンドという町に引っ越すことになりました。
しかーし、ルーヴ・ロゼは貴族のための学校! 貴族失格の烙印を押された私じゃ、うまく馴染めない……!
さあ、どうする私って、どうしようもないから普通に過ごしました!
冒険者を目指す子供のための学校、ポムチョム小学校にも入学したりして、ルヴェンドで新たな生活を送り始めた私だけど、ルーヴ・ロゼの頂点に君臨する桜貴会のトップ、ニンフィーユ侯爵家のご令嬢であるパイシェン先輩と、そのお兄さんルイシェン先輩との間でトラブルが起きてしまう~。
護衛役の子たちとパイシェン先輩たちが対立し、学校が分裂しかける騒動になってしまったものの、なんとかパイシェン先輩と和解して解決。私はなんとパイシェン先輩から、桜貴会に入会することを許されました!
ウンディーネ公爵家の次期当主シーシェさま、そして私たちの国の王子さまであるアルセルさまとの出会い。パイシェン先輩がいなくなったからやることになった生徒会長選挙での騒動。魔王の娘を自称するハナコとの出会い。いろんな事件に巻き込まれながら、少しずつ順調にルヴェンドで暮らせるようになったんですが、なんとこの町が、危険な魔族ヴェムフラムから襲撃を予告されたんです。
私は護衛役の子たちと離れて、古都クララクに避難することに……
でもでも、そのクララクこそがヴェムフラムの真の標的だったぁ!
クララクを炎の都へと変えたヴェムフラムの攻撃に、私も巻き込まれてダウン。でも私と同じくクララクに避難していたアルセルさまが必死に治療してくれたおかげでなんとか復活!
そしてヴェムフラムを倒したんだけど、そのまま意識を失って、一年生の残りの期間のほとんどは入院生活にぃ……。せっかく、学校で楽しく過ごせるようになってきたのに……
はてさて、そんな私も二年生になりましたー!
また一歩大人の淑女に近づいた私の姿を見てくれたまへー。
私は手の中の麺棒を見ながら叫んだ。
「ない!」
ない。
「ない!」
ない!
「なぃいいいいいいいいいいいいいいいい!」
なくなってしまった。私の大切なアルミホイルが。
ポムチョム小学校の実習で使ったり、家でもアウトドア料理研究のために使ったり、ソフィアちゃんたちにも試作品を振る舞って、そんなことしてたら使い切ってしまった。
もう私たちも二年生になって三ヶ月ぐらい経ってるしね。なくなったのはしょうがないし、なくても料理はできるけど、でもアルミホイルに慣れてしまった体は、もうあのころに戻れない!
「仕方ない、クリュートくんにまたお願いしてみよっと」
クリュートくんはシルフィール公爵家の後継者候補の一人で黒髪の美少年だ。ちょっと嫌味なところがあって、私との関係は微妙。けど仲は悪くないと思ってるよ!
そういうわけで、私はさささーとクリュートくんの部屋へと移動した。
「いやですよ。一回だけって約束でしょ」
クリュートくんは椅子に座って、本を読みながらめんどくさそうに言う。
確かに正論だ。そういう約束だったし……でも……でも、
「一度便利さを味わうと、もうそれがない生活には戻れないんだよ~」
それは人の業! 愚かな人間の性!
クリュートくんはようやく本から目を離して言った。
「エトワさまの言うことを聞いて僕に何か得がありますか? 前に約束したお願いの権利だって結局使ってないでしょう。まあ別にいらないので、あんな約束、破棄でいいですけどね」
「ふっふっふっふ、そう言うだろうと思って準備しておきました!」
私はクリュートくんに用意してきた秘策を見せる。
じゃじゃーん。
「なんですか? その紙」
「口約束ではアレかと思って、今度は証券化しておきました!」
紙には『エトワにお願い券』と書かれていて、私自作のスタンプも押してある。
「なんとこれがあれば、私がなんでも言うことを聞くんです! ただし犯罪と後継者関連はNGにさせていただきますけど! 期限は無期限! しかも、今回は十枚セットでご提供‼」
それを見てクリュートくんは言った。
「いらないです。いらないもの十枚束ねたって普通にいらないだけでしょう」
私はひざまずいてクリュートくんにしがみつく。
「ぐあぁぁぁ! もしかしたら私が将来出世してめちゃくちゃ役に立つときがくるかもしれないよ⁉ 良いのかい? そのチャンスを逃して!」
「あなたが出世する姿なんて、まったくこれっぽっちも想像つかないのでいいです!」
「おねがいだよー! おねがいぃいいい! クリュートくんが作ってくれたアルミホイルに夢中なんだよー。あれなしじゃ生活できないんだよー! 作ってよー! これで作ってよぉー!」
結局、最後は泣き落としするしかなかった。
そう涙は女の武器。いい女は涙で闘う。
泣き落としの結果、クリュートくんは五月蝿そうに耳を押さえ、額に青筋を浮かべて言った。
「あー、もうわかりましたよ! 作ればいいんでしょ! 五月蝿くて本も読めやしない!」
「わーい! これどうぞ!」
「いらないです」
「いやいや遠慮なさらずに~」
「本当に遠慮なんかしてないんですけど」
私は『エトワにお願い券』をクリュートくんにぐいっと渡す。ぐいぐいっと。
「ああもう全部がめんどくさい! もらってあげますから、行きますよ! まったく……」
「へい、せんせぇ! よろしくお願いします!」
庭に出たクリュートくんは、アルミホイルをなんと十個も作ってくれた。
ありがとう、クリュートくん。これでアルミホイル生活が帰ってきた~!
* * *
クリュートは手の中に残された十枚の券を見てため息を吐いた。
「はぁ、こんなゴミもらってどうしろっていうんですか」
まったくもって無駄な労働だった。何の得にもなりはしない。
あれがなくなったらまた来るんだろうか。恐らく来るのだろう。一度餌付けしてしまったのだ。人に甘やかされきった図太い野良犬のごとく、おかわりを要求しに来るに決まっている。
手の中に残されたのは無駄の結晶、『エトワにお願い券』。それをどう処分しようか眺めていたクリュートだったが、券に描かれたニコッと笑っているエトワのイラストに、ちょっとイラッとしたことで心を決めた。
「捨てよう」
何の役にも立たないゴミなのだ。持ってるだけでスペースの無駄だ。部屋のゴミ箱に捨てるのすらスペースの無駄で負けた気分になるので、クリュートは部屋の外にあるゴミ箱に向かう。
するとなぜか、廊下の向こうからソフィアがこちらにすすすと近づいてきた。
「そのエトワさまが描かれたようなエトワさまが描かれた紙はなんですか?」
極めてわかりにくい言い回しで、ソフィアは十枚のチケットを見つめる。
クリュートは肩をすくめて答えた。
「ああ、『エトワにお願い券』だってよ。これがあればエトワさまがお願いを聞いてくれるらしい。ははっ、こんなもの誰もいらないよな」
「いらない⁉ なら売ってください!」
ソフィアはクリュートの持つ『エトワにお願い券』に文字通りガシッと食いつく。
「は、はあぁ⁉」
「お金持ってきますね!」
混乱するクリュートを置いて、ソフィアは自分の部屋に走っていった。
そして両手に札束を抱えて戻ってくる。
クリュートたち貴族の子供は、二つの財布を持っていた。一つは公爵家から支給されるお小遣い。平民の子と比べると多いが、常識的な金額のものだ。普段、友達と遊ぶときはこちらを使う。もう一つが貴族の子息としての資産。こちらは軽く大人の貯金ぐらいあって、投資して増やしたり、大きな買い物をしたりするときに使う。
ソフィアが持ってきたのは明らかに後者のほう。目の色を変えてお札を数えだす。
「相場を考えると一枚三十五万リシスはしますね……」
いや、そんなにするわけないだろう、クリュートは心の中で突っ込む。
「うぅ、さすがに全部使っちゃうのはまずい……。三枚! 今回は三枚だけお願いします!」
ソフィアが差し出してきたのは百五万リシスだった。小さな馬車なら新品で買える。公爵家や侯爵家の全財産からすると微々たる額だが、子供にとっては当然大金である。
「え……それ本気で言ってるのか……?」
「これで三枚、売ってくれますよね⁉」
「あ、ああ……」
クリュートは呆然としながら、取引に頷く。金はあって困ることはない。
ソフィアはそんなクリュートの手から、『エトワにお願い券』を三枚だけ抜き取った。
「やったー!」
ソフィアはその券をきらきらした瞳で見つめると、嬉しそうにジャンプしながら自分の部屋に帰っていった。クリュートの手には百五万リシスの札束が残される。
「まじかよ……」
クリュートは呆然と呟いた。
* * *
私は明日のお休みに何をしようか考えてた。ふっふ、やはりここはアルミホイルで料理研究を。
そう思ってたらソフィアちゃんがきらきらした笑顔で『エトワにお願い券』を持ってきた。
「エトワさま! これを使わせてください!」
ソフィアちゃんはクリュートくんと同じく、シルフィール公爵家の後継者候補。銀色の髪をもつ、天使みたいに可愛い女の子だ。私にもよく懐いてくれてる。
「な、なんでソフィアちゃんが持ってるの?」
「クリュートに譲ってもらいました」
ゆ、譲ってもらったのかぁ……。確かに譲渡は禁止してなかったけど。
まあ子供同士のやり取りだし大丈夫かな? 金銭とかは関わってないだろうしね。
「それでソフィアちゃんのお願いって何?」
「明日エトワさまを貸し切りにさせてください!」
なんと貸し切りとな!
「全然いいけど、そんなのでいいの~?」
「はい!」
それぐらいならお願い券がなくても聞いてあげられるんだけど。まあソフィアちゃんが楽しそうだしいいかな? そーいうわけでソフィアちゃんに貸し切られることになりまった。
そしてお休みの日の朝。リンクスくんが部屋にやってきた。
リンクスくんも後継者候補の子。ちょっと強気な男の子で、最初、私はあまり好かれてなかったんだけど、今はすご~く仲良くしてくれる。嬉しいねぇ。
「どしたの~?」
尋ねるとリンクスくんは頬を赤くして、顔をそらしながら私に言った。
「きょ、今日はどこか買い物行ったりするのか? 良かったら護衛してやるぞ」
どうやら一緒に買い物に行きたいらしい。
「ごめんね~、今日はソフィアちゃんに貸し切られてるから」
「なっ、貸し切り⁉」
そんな会話をしてると、ソフィアちゃんが部屋にやってきた。
「エトワさま~、まずは買い物に行きましょう~!」
「うん~、なんでも言ってくれたまえ~。護衛の話ありがとね、リンクスくん」
私はソフィアちゃんに腕を引かれて、買い物に出かけた。その日はソフィアちゃんと一緒に町を回って、一日じゅう一緒に遊んで、夜も一緒のベッドで寝た。
抱き枕にされて息苦しかったりもしたけど、貸し切りなのでガマンガマン。
* * *
クリュートの部屋にリンクスがやってきた。
突然の訪問に驚いているとリンクスは鬼気迫る表情で言う。
「お願い券を売ってくれ! いくらだ⁉」
(え、他にも買いたい奴がいたのか……?)
クリュートは内心驚きながら、ソフィアに売った値段を告げた。
「じゃあ四十万リシスで頼む!」
なぜか値上がりした。
「七枚あるんだけど、いくら売ればいいんだ……?」
クリュートが尋ねると、ソフィアと同じようにリンクスもお札を数えだす。
「七枚全部……いや、あいつの誕生日もあるから全部使うわけにはいかない……」
ぶつぶつと悩みながら最終的に――
「三枚! とりあえず三枚頼む!」
また三枚売れた。
* * *
次のお休みの前日。私が何しようか考えていると、リンクスくんが部屋にやってきた。
「エトワさま、これ……」
赤面しながら差し出してきたのは、『エトワにお願い券』だった。
リンクスくんまで譲ってもらったのか~。ちょっとびっくり。
「それでだな……その……」
リンクスくんは何やら願い事をごにょごにょ言いにくそうにするので察してあげる。
「明日、貸し切りでいいの~?」
「あ、ああ……」
他のお願い事だったら悪かったなって思ったけど、反応的にこれで良かったっぽい。
なんか懐いてくれてるのがわかって嬉しいよね、こういうの。
次の日、リンクスくんと町までやってくる。貸し切りなので二人っきりだ。
「リンクスくんは行きたいとこはある~?」
「お前の好きなところでいいぞ……」
そっか~、それじゃあリンクスくんの好きな活劇系の劇でも見に行こうかね。
そう決めた私はリンクスくんの手を握って歩き出す。
「よーし、それじゃあ行こっか~」
「お、おい。なんで手を握るんだ……!」
赤面して焦るリンクスくんに私は笑顔で答える。
「だってソフィアちゃんともやったよ~。今日の私はリンクスくんの貸し切りだからね~」
女の子のソフィアちゃんはともかく、男の子のリンクスくんたちは、大人になったら照れて手なんてなかなか握らせてくれなくなると思うから、私がやっておきたかったのは秘密。
こういう機会にたくさん思い出作っておかないとね。
その日はリンクスくんと町のいろんな場所を回った。お願い券、なんか私のほうが楽しんでいて悪いなぁって思う。
そして夜。
寝巻き姿でリンクスくんの部屋を訪れた私は部屋を追い出された。
なぜ?
* * *
クリュートがベッドに寝転んで本を読んでいると、ふと人の気配がした。
「クリュート……」
「うわぁっ!」
いきなり傍から声がし、びっくりして起き上がると、いつの間にか後継者候補の一人、ミントが部屋にいた。
「いつの間に入ってきたんだよ!」
「ここですごいアイテムを売っていると聞いて来た……」
微妙に返答になってない返答を返すミントに、クリュートは心の中で『すごいアイテムってなんだよ』と突っ込む。でも何を求めてきたのかは、ここ二週間の出来事でわかってしまう。
「あと四枚しかないけど、どうすんだ?」
「今の相場は一枚五十万リシスとして……全部欲しい……」
また無意味に値上がりした。
ミントは持ってきたお札を数えながら残念そうに言った。
「でもお金が足りない……。三枚で頼む……」
「もういいよ、四枚やるよ」
もともと当初の三十五万リシスで四枚売ったとしても、今のほうが高い。
お金はあって困ることはない。でも、よくわからない値の上がり方をしていく『エトワにお願い券』に納得できない思いをしているクリュートは、一枚くらいタダでやることにする。
「そんな貴重なものを無料でもらうわけにはいかない……」
しかし、その提案はミントのほうから拒否されたのだった。
* * *
ミントくんも『エトワにお願い券』を譲ってもらったらしい。
ミントくんはちょっと不思議な感じの男の子で、回復魔法とそれから魔獣を手なずける力をもっている。動物好きの優しい性格だと思うけど、無口なのでわからないことも多い。
あと後継者候補にはもう一人スリゼルくんって子がいる。背が高くて礼儀正しい子だ。
それにしてもクリュートくん太っ腹!
私はミントくんと、町を出て綺麗な草原まで行くことになった。交通手段はなんと魔獣だ。
四足歩行のホワイトタイガーに似た獣。でも大きさはゾウぐらいはある。
ミントくんの力で手なずけたらしい。
魔獣の背中に乗って野道を駆けるのは、風が気持ちよくて夢中になりそうだった。
「よしよーし」
しかも、魔獣はミントくんの言うことをよく聞いて、私にも体を撫でさせてくれる。
毛並みはすべすべ、お腹の感触はふかふかして気持ちよかった。
いい天気で日差しも心地いいし、草原の涼しい風が私の頬を撫でていく。
ソフィアちゃんとの買い物も楽しかったし、リンクスくんとのお出かけも楽しかったし、なんかもうお願い券なのに私のほうが得してるよね。
自然の風情を楽しんでるとミントくんが寄りかかってきた。すやすやと寝息が聞こえる。
どうやら寝てしまったようだ。
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