文字の大きさ
大
中
小
54 / 162
4巻
4-3
どうしたものかと困っていると、背中からハチの声がした。
「やめろ、コロ、ヘイハチ、お前たちの勝てる相手ではない」
「ハチさま!」
コロとヘイハチが驚いた顔をする。もう名前には突っ込まない。だって突っ込んでいったら、この城の魔族全員に突っ込むことになりそうだし。それではきりがないし。
コロとヘイハチは少し怯えた表情で私を見る。
「こいつ。じゃなくて、こ、この方は……?」
「魔王さまの客人だ」
コロとヘイハチはガバッと私に頭を下げた。
「失礼しました!」
「知らなかったとはいえ申し訳ありません!」
「いえいえ、気にしないでください。私の方こそ急に来ちゃってごめんなさい」
私もなんか申し訳なくなって謝る。
お互いに頭をぺこぺこさげ合う私たちを見てハチが言った。
「気にするな。私が客人が来るのを伝え忘れてただけだ。しいていえば私がわるい」
いや、それはまじでお前がわるい。むしろお前が気にしろ!
「そ、それはちゃんと伝えて欲しかったような……」
「ハチさまはいつも肝心な連絡を忘れてます……」
ほら、コロとヘイハチもこう言ってるじゃないか。
門から中に入ると、石造りの街が広がっていた。
雪に覆われているせいか、人間の街に比べると静かだった。
ルヴェントの繁華街のような、商人の声が路地裏まで響き、学生たちの笑い声がそこかしこから聞こえてくるような、活気がある雰囲気ではない。
でも、親子が手をつないで道を歩いている光景は人間の街と変わらない。
活気があるというよりは、落ち着いているという感じ。ハナコが娯楽がないと愚痴っていたことも分からないではないけど、私は好きな雰囲気だった。
何というか、心が穏やかになる街だ。
「どうですか? 魔族の街は」
「そうですね、落ち着いてて私は好きです」
ハチのお仲間さんに尋ねられて、私は正直に答えた。
「良かったです」
魔族の人が仮面の奥で少し嬉しそうに笑ったのがわかった。
「あ、そういえば、これお土産です」
手ぶらじゃわるいと思ったので、ルヴェントのお菓子を持ってきた。保存の利く焼き菓子だ。すると……
「わぁー!」
ハチの仲間の魔族たちは急に浮ついた声を出すと、箱を三人で掴んで囲みその場で嬉しそうにくるくる回りだした。仮面にローブで顔を隠した人たちが回り踊るさまはちょっと不気味だ。
「焼き菓子!」
「人間の焼き菓子です!」
「楽しみだ!」
そ、そこまで喜んでもらえるものだったろうか。反応の良さに少しびっくりする。
「人間の食品は人気があるのだ。我らが作る料理より遥かにしつこい味で若い者ほどよく好む」
ハチ、お前は少しは言葉を選べ。
焼き菓子一箱だけでこの喜びよう……もう少し持ってきてあげればよかったと思った。
雪が降り積もる街を歩いて、お城へと向かう。
ハナコたちの街は、人間の街と同じように平和的で、質素だけどそこかしこに心が和む魔族たちの営みがあった。歩いているとたまに子供に不思議そうな顔で見られた。
「この城ではほとんどの者が顔見知りだ。見慣れぬ顔は珍しいのだ」
そうハチが説明してくれた。
しばらく歩いて着いたお城は、背は低く横に大きくてがっしりした建物だ。無骨なお城の造りに似合う、大きくてごつごつとした扉から入ると、これまたシンプルな内装が目に入る。
でも丁寧に手入れされてるせいか、年月を重ねた独特の美しさみたいなのがあった。
城に入ってすぐ、向こうからぱたぱたと足音が聞こえてくる。
「エトワー! よく来てくれたなー!」
ハナコが嬉しそうに手を振ってこちらに歩いてきた。
「おじゃましてます」
「じゃまなものか! お前はオレの友達だからな!」
ぺこりと頭をさげると、えっへんとふんぞり返ってハナコが言う。
ハナコがやってくると私と一緒に来てくれた魔族は、膝をついて頭をさげた。やっぱり偉いのかハナコ。魔族のお姫さまだもんね。あんまり実感ないけど。最初に目撃したのが、人間の街で飢えて通行人相手に恐喝しようとしていた姿だけに、まったくそんな感覚がない。
「食事ができているぞー。食べていくといいぞー」
「ありがとう」
ハナコたちの歓迎にお礼を言いながら、私はきょろきょろと魔王さまの姿を探す。
「ハナコ、お父さまは?」
大切な異界のアイテムを借りなきゃいけないし、お邪魔してるから挨拶もしなきゃいけない。
「お父さまは遺跡の管理で忙しいんだ。でも、晩御飯のあとには会いにくるって言ってたぞ」
「そっかー、ごめんね。忙しいのに無理なお願いしちゃって」
「別に構わないぞ。お前は北の城の魔族たちにとっては盟友だからな」
いつの間にかそんな立場になってたらしい。
「でも遺跡の管理って、部下に任せたりしないんだね」
学者っぽいしゃべり方をする人だったから、好きでやってそうだけど。
「たまに暴れだす奴がいるからな。お父さまが管理するのが一番安全なんだ」
「え、なにそれ」
なにそれ……
「ここらへんの遺跡や遺物はまだ生きがいいんだ」
さ、さいですか……。どうやら私が考えている管理とはちょっと趣が違うらしい……
そのあとは、ハナコやハチとテーブルを囲んで食事をした。
ハナコも配下の魔族たちもみんな一緒のテーブルで食べる。上下関係や身分の差はもちろんあるけど、食事や行動する場所は一緒で、王族と臣下の距離がとても近い感じだった。
出てきた料理はシンプルに塩で味付けした鶏肉や、ピリッとした味付けの野菜のスープ、それから平べったいナンみたいなパン。
確かに薄味中心で、若い人には物足りない味かもしれないけど、これはこれで美味しかった。
歓迎してくれたハナコたちにお礼を言い、食事を終えると、ついに魔王さまと対面する。
配下の魔族たちに案内された奥の間、その扉を開くと赤い絨毯が遠くまで敷いてあり、その先に玉座に座る魔王の姿があった、とかそういうノリは一切なく、ハナコと同じく廊下の向こうからいそいそとやってきた。しかも小走りで。
「いやいやいや、せっかく来てくださったのに歓迎できず申し訳ありませんでした」
「いえ、ハナコさんたちにはとてもよくしていただきました。突然申し訳ありません」
お互い頭を下げる。
話しぶりはとても穏やかだけど、その犬の面をつけた巨体はとても迫力がある。それ以上に対面しただけで、その底知れない強さが感じられる。いったいどれほどの強さなのだろう。
そしてこの人が管理しないと危ないという遺物は、とても危険なものだということもわかる。
「いえいえ、赤目どのは我らが北の城の魔族たちの盟友ですから。いつでも遊びに来てください」
いつの間にかそういうことになったらしい、パート2。
「それではお約束のものです。どうぞ自由に使ってください」
そう言うと魔王さまは軽いノリで、私に○○パッドPROを渡そうとしてきた。
私の方が逆に焦る。
○○パッドPROはあの○ッ○ル社が世界に送るタブレットの最上位機種。すんごいものなのだ。それだけで触るのに緊張するというのに、この世界では神の石版と呼ばれる貴重なアイテム。
「い、いいんですか? とても貴重なものなんですよね」
すると魔王さまはニコニコと笑いながら私に言う。
「赤目どのならばまったく構いませんよ。それだけの実力を持ちながら、人の世を乱すことなく平穏に暮らしていらっしゃる。言葉よりも行動こそが何よりも信頼できることの実証なのですよ」
そ、そういうものだろうか……
毎日適当に楽しんで暮らしてただけなんだけど……
「それではお借りします」
私は深々と頭を下げてから、さっそく○○パッドをいじりだした。
まず指で触ってみるけど、確かに前に聞いた通りタッチでは反応しない箇所があった。それになんとなく反応も鈍い。
さくさく調べ者をしたいので、あのお方を召喚する。
○ッ○ルペンシルさーん!
○ッ○ルペンシルは天輝さんと同じく私の半身だ。なぜそうなってしまったかは説明が難しい。
その姿を興味深そうに眺めながら魔王さまが言う。
「神の鍵と魂を同化されてるとは本当に不思議な方だ」
「まあいろいろありまして~」
さすがに魔王さまにもあちらの世界から生まれ変わってきたのは秘密だ。
私はまず○○パッドのブラウザを開く。
当然だけど、インターネットには接続されてないみたいだ。でも少し仕様が違うのか、○○パッド内に残っているデータなら見れた。
とりあえず、「アルミニウム」「アルミホイル」なんかの言葉で片っ端から検索してみる。
しかし、そう都合よくヒットするはずもない。
「どうでしたか?」
興味深そうに、ちょっと覗きたそうに、こちらを窺って聞いてくる魔王さまに、私はがっくりと肩を落として答える。
「だめでした……」
どうしよう、魔族の異界の資料にもなければ、アルミニウムについて知るチャンスは、この世界にはほとんどない。
落ち込む私を見て、魔王さまが言う。
「気を落とされますな、赤目どの。まだこの城には異界についての資料が存在します。そこで調べれば見つかるかもしれません。付いてきてくだされ」
本当ですか!?
魔王さまに付いていくと、何かの部屋の前にたどり着いた。部屋と廊下を仕切る扉は木製で、鉄扉ばかりだった魔王城の他の部屋とは違う雰囲気を醸し出している。
扉の隙間から妙に懐かしい匂いが、私の鼻孔をくすぐる。
この匂いって……
「さあ、ご覧ください! 異界ではトッショカァーンと呼ばれた部屋です」
魔王さまが扉を開けると、そこにはもとの世界まんまの図書館が広がっていた。しかも置かれてる本の背表紙は、日本語で書かれていた。間違いない、図書館だ。しかも日本の。
「これって……」
「ここの周辺は遺跡があるだけでなく、ごく稀に異界の遺物がどこからともなく落ちてくるのですよ。これはその中でも最大級のものになります。部屋ごと残っていたので倒壊する前に、城に入れるスペースを作って転送したのですよ」
「なるほど……」
私の存在自体が、私のいた世界とこの世界の繋がりがある証拠だけど、こんなものまでやってきてるなんてびっくりだ。
私はあることが気になって尋ねる。
「な、中に人がいたりはしなかったですか?」
「いえ、部屋と書物だけでしたな」
うーん、働いてる人もいない夜の時間帯にこちらの世界にトリップしてしまったんだろうか。
もとの世界ではいったいどんなことになってるんだろう……非常に気になる……。でも。
「ありがとうございます! これなら探してる知識が見つかるかもしれません!」
これだけの本があれば、アルミニウムについて書かれた物が見つかる可能性が高い。
「それは良かった。私がいては調べ物の邪魔でしょうし、しばらくお暇させていただきますね」
魔王さまの犬の頭骨の間から覗く目がにっこりと笑ってみせる。
「本当にありがとうございます」
私はあらためてぺこりと頭を下げた。
「いえいえ、それではまたのちほど」
魔王さまは巨体に似合わず、さささ、とした足取りで廊下の向こうへ去っていった。
私は早速、たくさんある本棚を調べ始めた。
懐かしい……。いろんな本がある。
一度も読んだことのないようなお堅い本から、当時読んでみたかった流行の本、文学の名作に、雑誌まで。何冊か開いて読んでみたくなったけど、今はだめだ、目的があるのだから。
私はアルミニウムについて書かれてそうな本を探す。
「どなたですか?」
すると、図書室の奥から声が聞こえた。
誰かがこちらにくる足音が聞こえて、間もなく私の前にその姿を現す。
それは魔族の女性だった。
薄い紫色のセミロングの髪に黒縁のメガネをかけている。頭には魔族によくあるように二本の角があり、背中には蝙蝠みたいな羽があった。
「えっと、私はエトワというものです。魔王さまに許可をいただいて、ここで調べ物をさせていただいてます」
すると、合点がいったように、女性は手を打ち合わせてにっこりと笑う。
「ああ、赤目の騎士さまですね。ハナコさまやハチからよくお話を聞いています。私はこの遺物の管理を任されているタマです。お見知りおきを」
誰だ、犬の名前リストに猫の名前混入した奴は。
「はい、急に来てすみません。こちらこそよろしくお願いします」
管理者さんとも挨拶を終えて、調べ物を再開する。
司書さんがいないので見つかるか不安だったけど、科学の棚にビンゴな本を見つけた。
『よくわかる アルミニウム入門』。
おおおお、これなら私でもアルミニウムの知識を深めることができるはずだ。
私は図書館の机に座って、早速、その本を読んでみる。
ふんふん、なるほどなるほど、こうなっていたのか。
てるみっと。そんな利用法まであったのか。アルミニウムさんは奥深いなぁ。
そこには私の求めてたアルミニウムの精錬の知識から、それ以外の知識まで、アルミニウムについてのいろんなことが書いてあった。
そして読むこと一時間ほど、私は求めていた知識をだいたい手に入れることができた。
まず知りたかった、ボーキサイトからアルミニウムへの精錬方法。
これには精錬までに、二つの過程を辿らなければならないらしい。
初めに、ボーキサイトから酸化アルミニウム、別名「アルミナ」を取り出す作業。
これにはボーキサイトを水酸化ナトリウムに溶かして液体を作る。このとき酸化アルミニウムはイオンになって、水の中に混じってる状態らしい。
そこに水を大量に入れると、今度は水酸化アルミニウムという、アルミナの元になる分子になって水の底にたくさん沈んでくれるらしい。
この水酸化アルミニウムを千度ぐらいでファイアーすると、最初の目標のアルミナが完成!
ここからが二段階目。
作り出したアルミナに氷晶石というものを混ぜて、炎で溶けやすくして、今度は千度でどろどろの液体にする。
そこからは電気分解。
炭素を使った電極で、アルミナ(酸化アルミニウム)を電気の力で酸素とアルミニウムに分けていく。マイナス極にアルミニウムが、プラス極に酸素が集まっていく。
これでアルミニウムが完成だ!
ホールさんとエルーさんが発明した方法で、ホール・エルー法というらしい。
アルミニウムでもっともポピュラーな精錬方法だとか。
こう考えるとボーキサイトからアルミナを取り出し、アルミナからアルミニウムを取り出す。この二つの工程を一気にやってしまっていたのは、難易度をあげていたかもしれない。
やり方は違っても、まずボーキサイトからアルミナを抽出した方がいい気がする。
それからボーキサイトからアルミナを取り出すのは、余計なものが混じってる状態から抽出するだけだから比較的簡単そうだけど、アルミナからアルミニウムを作るのは、原子や分子の状態での変化が起きてるので難易度が高そうだった。
これを一気にやっちゃったクリュートくんって本当にすごい……
そんなことを考えてると、後ろからじーっとタマさんが覗き込んでることに気づいた。
え、なになに!? 本の扱いとか荒かったですか?
そう思ってたら、タマさんは感心した表情で言う。
「赤目さまは異界の文字を読むことができるんですね。資料もなしにすらすらと」
ぎくっ。そういえば読めるのはおかしいんだっけ。この世界では。
魔王さまも○○パッドに表示されてる文字を読むのに、いろいろ苦労していたようだし……
「まあ、いろいろとありまして……ははは……」
私は冷汗を垂らしながら、あいまいに答える。
するとタマさんは笑顔でぴょんとその場で飛び……
「魔王さまでも資料なしでは読めないのにすごいです!」
単純に感心してくれた。
良かった。魔族の人たちが素直な人たちで。というか、これって魔王さまには異界の文字が読めることもうばればれだよね。よく考えたら図書館に案内されたのもそういうことだろう。
全然気づいてなかった……
まあ何も尋ねてくれないのはありがたい……
タマさんは私が異界の文字、日本語を読めるとわかると、どこかに走っていって、一冊の本を持ってきて言った。
「あとで私にこの本を読んでくださいませんか? 可愛い絵でお話が気になってたんです」
「構いませんよ」
それぐらいならいいですよー。そう思いながら本の表紙を見ると、かちかち山の絵本だった。
かちかち山、日本人ならほとんどの人が知ってる物語だろう。
ただ読んだ世代によっては、畑を荒らしおばあさんをいたずらで寝込ませたたぬきが、うさぎに背中に火をつけられ、火傷の治療と称して劇物を塗りこまれ、最後は泥の船で溺死させられ、ひたすらオーバーキルされる話を読んだ人もいるだろう。
うさぎの行為にふと疑問を覚えた人も多いのではないだろうか。
これには事情があったのだ。
たぬきが本当にやった行為は、おばあさんを殺したあと、おじいさんを騙してたべさせるという鬼畜の所業なのだ。
これに全力でもって復讐を代行したうさぎは義の人なのである。
さすがに子供向けの絵本でそんな描写はできないという大人の事情の犠牲者なのだ。
あ、話がそれた。
タマさんに調べ物が終わったらいくつかの絵本を読んであげる約束をして、また調べ物を再開した。それから二十分ほど経ったころ、ドォーンという何かが爆発する音が聞こえてきた。
何だろうと顔をあげるてみると、タマさんの姿がない。書庫の奥にでも行ってしまったのだろうか。何も情報が得られないので、三階の窓から外を眺める。
すると、魔族の人たちが焦ったような顔で走り回っている。
「天輝さん」
『ああ、わかってる』
天輝さんに聴覚を強化してもらう。
「野良魔族が攻めてきた!」
「ハチさまに連絡だ!」
「だめだ! ハチさまは今、北の城を出てるぞ!」
「魔王さまは?」
「今は危険遺物の管理中だ。邪魔できない」
「仕方ない、ここはタマさまに」
お困りのようだったので、私は三階から飛び降り、彼らの傍に着地して声をかける。
「私が出ましょうか?」
ここの魔族さんたちにはお世話になっている。少しは恩返ししなければなるまい。
魔族の人たちが戸惑った表情で私を見る。
「でも、魔王さまのお客さまにそういうことは……」
「いえいえ、こういうことでもないと恩返しできませんから」
いずれ魔王さまやハチたちがきて解決できる事案なのかもしれない。
でも、魔王城の中に暮らす人たちは不安そうな顔だった。彼らのほとんどは日ごろから平和に暮らす、私たちの街に住んでる人たちと変わらないのだ。なら早く解決してあげたほうがいい。
私はそう断って、城門の方へ歩いていく。
城門は閉まっていたので、その上を飛び越えて外に出る。
飛び上がったとき、一瞬、城の外の様子が見えた。
大量の魔物に包囲されていた。そしてその魔物の軍団の後ろに、二人の魔族の姿が見える。
「ははは、魔王軍だかなんだかしらねーが、ただの北の城に引きこもってるだけの脆弱な奴らだろ! 俺らがぶったおして、独占している遺跡を有効活用してやるよ!」
「そうだぜ! 兄者こそ魔族たちの真の王になる人間だ!」
「いいこと言うじゃねぇか弟よ! でも王になるのは兄弟でだ。俺たち魔物使い兄弟が新時代の魔王になる。見ろ、この魔物二千体による最強の軍団を! 降伏するなら今のうちだぜ!」
門の外では門番をやっていたコロとヘイハチが、彼らとにらみ合ってる。
「ふざけんな、俺たちの王はいつだって魔王さまだ!」
「お前らなんて魔王さまが来てくれたら一瞬で全滅なんだからな!」
グルルル、と威勢はいいけど、内心ビビッてるのかお尻の尻尾は縮こまっていた。それとさっきから後ろで、城の人たちが「はやく中に入れ!」「逃げろ!」と大声で言っている。
「さっきからうっせぇな、犬っころの下等魔族が!」
攻めてきた魔族の弟らしき魔物が、赤い光線を放つ。
発動が速い上に、なかなか強力なエネルギーを感じる魔法だ。
「ひぃっ!」
「きゃんっ!」
コロとヘイハチが反応できずに悲鳴をあげて硬直する。
私は彼らの前に出て、右手で光線を受け止めかき消した。といっても、単純に高い防御力で受け止めただけだが。
「おっ、お前は!」
「昼にうちにきた!」
「お城の中に早く入って」
驚く彼らに私は言った。
門番といっていたけど、明らかに戦い慣れてなかった。たぶん、魔王さまやハチたちを除けば、普通の人たちなのだろう。怪我でもしたら危ない。
「で、でも……」
コロとヘイハチはためらう。門番をやってるぐらいだ。城を守りたい気持ちは強いのだろう。
「尻尾が焦げても知らないよ」
私はため息を吐きながらこのまま戦うことにした。
というか、彼らが操る魔物たちが動き出した。応戦するしかあるまい。
「ふん、多少は戦える奴もいるみたいだが、この数相手にどうするつもりだ?」
「もうやっちまおうぜ兄者! いけ、魔物ども! 城を蹂躙しろ!」
二千体近くの魔物が一気に、城の壁へと突撃してくる。壁自体はとても強固な構造だが、さすがに乗り越えられる可能性がある。
『光波、爆塵、同時軌道』
私たちは一太刀で殲滅することにした。
天輝さんの発動してくれたスキルのまま、私が剣を振る。
すると、光の斬撃が城壁を一周するように円を描き、魔物たちを斬り殺す。
そして両断された魔物の体が爆発し、撃ちもらした小さな魔物を焼き尽くした。
彼ら自慢の二千体の魔物は、一撃でほぼ壊滅する。生き残ったのもいたけど逃げてった。
「えっ、えっ……?」
「わ、わう?」
魔物たちが全滅した光景を見て、コロとヘイハチがよくわからない声を漏らす。
魔物使いの兄弟も、魔物が一瞬で消え去った城の周りを呆然と眺めていた。
「あ、あれっ……?」
「俺たちの魔物軍団は……?」
「やめろ、コロ、ヘイハチ、お前たちの勝てる相手ではない」
「ハチさま!」
コロとヘイハチが驚いた顔をする。もう名前には突っ込まない。だって突っ込んでいったら、この城の魔族全員に突っ込むことになりそうだし。それではきりがないし。
コロとヘイハチは少し怯えた表情で私を見る。
「こいつ。じゃなくて、こ、この方は……?」
「魔王さまの客人だ」
コロとヘイハチはガバッと私に頭を下げた。
「失礼しました!」
「知らなかったとはいえ申し訳ありません!」
「いえいえ、気にしないでください。私の方こそ急に来ちゃってごめんなさい」
私もなんか申し訳なくなって謝る。
お互いに頭をぺこぺこさげ合う私たちを見てハチが言った。
「気にするな。私が客人が来るのを伝え忘れてただけだ。しいていえば私がわるい」
いや、それはまじでお前がわるい。むしろお前が気にしろ!
「そ、それはちゃんと伝えて欲しかったような……」
「ハチさまはいつも肝心な連絡を忘れてます……」
ほら、コロとヘイハチもこう言ってるじゃないか。
門から中に入ると、石造りの街が広がっていた。
雪に覆われているせいか、人間の街に比べると静かだった。
ルヴェントの繁華街のような、商人の声が路地裏まで響き、学生たちの笑い声がそこかしこから聞こえてくるような、活気がある雰囲気ではない。
でも、親子が手をつないで道を歩いている光景は人間の街と変わらない。
活気があるというよりは、落ち着いているという感じ。ハナコが娯楽がないと愚痴っていたことも分からないではないけど、私は好きな雰囲気だった。
何というか、心が穏やかになる街だ。
「どうですか? 魔族の街は」
「そうですね、落ち着いてて私は好きです」
ハチのお仲間さんに尋ねられて、私は正直に答えた。
「良かったです」
魔族の人が仮面の奥で少し嬉しそうに笑ったのがわかった。
「あ、そういえば、これお土産です」
手ぶらじゃわるいと思ったので、ルヴェントのお菓子を持ってきた。保存の利く焼き菓子だ。すると……
「わぁー!」
ハチの仲間の魔族たちは急に浮ついた声を出すと、箱を三人で掴んで囲みその場で嬉しそうにくるくる回りだした。仮面にローブで顔を隠した人たちが回り踊るさまはちょっと不気味だ。
「焼き菓子!」
「人間の焼き菓子です!」
「楽しみだ!」
そ、そこまで喜んでもらえるものだったろうか。反応の良さに少しびっくりする。
「人間の食品は人気があるのだ。我らが作る料理より遥かにしつこい味で若い者ほどよく好む」
ハチ、お前は少しは言葉を選べ。
焼き菓子一箱だけでこの喜びよう……もう少し持ってきてあげればよかったと思った。
雪が降り積もる街を歩いて、お城へと向かう。
ハナコたちの街は、人間の街と同じように平和的で、質素だけどそこかしこに心が和む魔族たちの営みがあった。歩いているとたまに子供に不思議そうな顔で見られた。
「この城ではほとんどの者が顔見知りだ。見慣れぬ顔は珍しいのだ」
そうハチが説明してくれた。
しばらく歩いて着いたお城は、背は低く横に大きくてがっしりした建物だ。無骨なお城の造りに似合う、大きくてごつごつとした扉から入ると、これまたシンプルな内装が目に入る。
でも丁寧に手入れされてるせいか、年月を重ねた独特の美しさみたいなのがあった。
城に入ってすぐ、向こうからぱたぱたと足音が聞こえてくる。
「エトワー! よく来てくれたなー!」
ハナコが嬉しそうに手を振ってこちらに歩いてきた。
「おじゃましてます」
「じゃまなものか! お前はオレの友達だからな!」
ぺこりと頭をさげると、えっへんとふんぞり返ってハナコが言う。
ハナコがやってくると私と一緒に来てくれた魔族は、膝をついて頭をさげた。やっぱり偉いのかハナコ。魔族のお姫さまだもんね。あんまり実感ないけど。最初に目撃したのが、人間の街で飢えて通行人相手に恐喝しようとしていた姿だけに、まったくそんな感覚がない。
「食事ができているぞー。食べていくといいぞー」
「ありがとう」
ハナコたちの歓迎にお礼を言いながら、私はきょろきょろと魔王さまの姿を探す。
「ハナコ、お父さまは?」
大切な異界のアイテムを借りなきゃいけないし、お邪魔してるから挨拶もしなきゃいけない。
「お父さまは遺跡の管理で忙しいんだ。でも、晩御飯のあとには会いにくるって言ってたぞ」
「そっかー、ごめんね。忙しいのに無理なお願いしちゃって」
「別に構わないぞ。お前は北の城の魔族たちにとっては盟友だからな」
いつの間にかそんな立場になってたらしい。
「でも遺跡の管理って、部下に任せたりしないんだね」
学者っぽいしゃべり方をする人だったから、好きでやってそうだけど。
「たまに暴れだす奴がいるからな。お父さまが管理するのが一番安全なんだ」
「え、なにそれ」
なにそれ……
「ここらへんの遺跡や遺物はまだ生きがいいんだ」
さ、さいですか……。どうやら私が考えている管理とはちょっと趣が違うらしい……
そのあとは、ハナコやハチとテーブルを囲んで食事をした。
ハナコも配下の魔族たちもみんな一緒のテーブルで食べる。上下関係や身分の差はもちろんあるけど、食事や行動する場所は一緒で、王族と臣下の距離がとても近い感じだった。
出てきた料理はシンプルに塩で味付けした鶏肉や、ピリッとした味付けの野菜のスープ、それから平べったいナンみたいなパン。
確かに薄味中心で、若い人には物足りない味かもしれないけど、これはこれで美味しかった。
歓迎してくれたハナコたちにお礼を言い、食事を終えると、ついに魔王さまと対面する。
配下の魔族たちに案内された奥の間、その扉を開くと赤い絨毯が遠くまで敷いてあり、その先に玉座に座る魔王の姿があった、とかそういうノリは一切なく、ハナコと同じく廊下の向こうからいそいそとやってきた。しかも小走りで。
「いやいやいや、せっかく来てくださったのに歓迎できず申し訳ありませんでした」
「いえ、ハナコさんたちにはとてもよくしていただきました。突然申し訳ありません」
お互い頭を下げる。
話しぶりはとても穏やかだけど、その犬の面をつけた巨体はとても迫力がある。それ以上に対面しただけで、その底知れない強さが感じられる。いったいどれほどの強さなのだろう。
そしてこの人が管理しないと危ないという遺物は、とても危険なものだということもわかる。
「いえいえ、赤目どのは我らが北の城の魔族たちの盟友ですから。いつでも遊びに来てください」
いつの間にかそういうことになったらしい、パート2。
「それではお約束のものです。どうぞ自由に使ってください」
そう言うと魔王さまは軽いノリで、私に○○パッドPROを渡そうとしてきた。
私の方が逆に焦る。
○○パッドPROはあの○ッ○ル社が世界に送るタブレットの最上位機種。すんごいものなのだ。それだけで触るのに緊張するというのに、この世界では神の石版と呼ばれる貴重なアイテム。
「い、いいんですか? とても貴重なものなんですよね」
すると魔王さまはニコニコと笑いながら私に言う。
「赤目どのならばまったく構いませんよ。それだけの実力を持ちながら、人の世を乱すことなく平穏に暮らしていらっしゃる。言葉よりも行動こそが何よりも信頼できることの実証なのですよ」
そ、そういうものだろうか……
毎日適当に楽しんで暮らしてただけなんだけど……
「それではお借りします」
私は深々と頭を下げてから、さっそく○○パッドをいじりだした。
まず指で触ってみるけど、確かに前に聞いた通りタッチでは反応しない箇所があった。それになんとなく反応も鈍い。
さくさく調べ者をしたいので、あのお方を召喚する。
○ッ○ルペンシルさーん!
○ッ○ルペンシルは天輝さんと同じく私の半身だ。なぜそうなってしまったかは説明が難しい。
その姿を興味深そうに眺めながら魔王さまが言う。
「神の鍵と魂を同化されてるとは本当に不思議な方だ」
「まあいろいろありまして~」
さすがに魔王さまにもあちらの世界から生まれ変わってきたのは秘密だ。
私はまず○○パッドのブラウザを開く。
当然だけど、インターネットには接続されてないみたいだ。でも少し仕様が違うのか、○○パッド内に残っているデータなら見れた。
とりあえず、「アルミニウム」「アルミホイル」なんかの言葉で片っ端から検索してみる。
しかし、そう都合よくヒットするはずもない。
「どうでしたか?」
興味深そうに、ちょっと覗きたそうに、こちらを窺って聞いてくる魔王さまに、私はがっくりと肩を落として答える。
「だめでした……」
どうしよう、魔族の異界の資料にもなければ、アルミニウムについて知るチャンスは、この世界にはほとんどない。
落ち込む私を見て、魔王さまが言う。
「気を落とされますな、赤目どの。まだこの城には異界についての資料が存在します。そこで調べれば見つかるかもしれません。付いてきてくだされ」
本当ですか!?
魔王さまに付いていくと、何かの部屋の前にたどり着いた。部屋と廊下を仕切る扉は木製で、鉄扉ばかりだった魔王城の他の部屋とは違う雰囲気を醸し出している。
扉の隙間から妙に懐かしい匂いが、私の鼻孔をくすぐる。
この匂いって……
「さあ、ご覧ください! 異界ではトッショカァーンと呼ばれた部屋です」
魔王さまが扉を開けると、そこにはもとの世界まんまの図書館が広がっていた。しかも置かれてる本の背表紙は、日本語で書かれていた。間違いない、図書館だ。しかも日本の。
「これって……」
「ここの周辺は遺跡があるだけでなく、ごく稀に異界の遺物がどこからともなく落ちてくるのですよ。これはその中でも最大級のものになります。部屋ごと残っていたので倒壊する前に、城に入れるスペースを作って転送したのですよ」
「なるほど……」
私の存在自体が、私のいた世界とこの世界の繋がりがある証拠だけど、こんなものまでやってきてるなんてびっくりだ。
私はあることが気になって尋ねる。
「な、中に人がいたりはしなかったですか?」
「いえ、部屋と書物だけでしたな」
うーん、働いてる人もいない夜の時間帯にこちらの世界にトリップしてしまったんだろうか。
もとの世界ではいったいどんなことになってるんだろう……非常に気になる……。でも。
「ありがとうございます! これなら探してる知識が見つかるかもしれません!」
これだけの本があれば、アルミニウムについて書かれた物が見つかる可能性が高い。
「それは良かった。私がいては調べ物の邪魔でしょうし、しばらくお暇させていただきますね」
魔王さまの犬の頭骨の間から覗く目がにっこりと笑ってみせる。
「本当にありがとうございます」
私はあらためてぺこりと頭を下げた。
「いえいえ、それではまたのちほど」
魔王さまは巨体に似合わず、さささ、とした足取りで廊下の向こうへ去っていった。
私は早速、たくさんある本棚を調べ始めた。
懐かしい……。いろんな本がある。
一度も読んだことのないようなお堅い本から、当時読んでみたかった流行の本、文学の名作に、雑誌まで。何冊か開いて読んでみたくなったけど、今はだめだ、目的があるのだから。
私はアルミニウムについて書かれてそうな本を探す。
「どなたですか?」
すると、図書室の奥から声が聞こえた。
誰かがこちらにくる足音が聞こえて、間もなく私の前にその姿を現す。
それは魔族の女性だった。
薄い紫色のセミロングの髪に黒縁のメガネをかけている。頭には魔族によくあるように二本の角があり、背中には蝙蝠みたいな羽があった。
「えっと、私はエトワというものです。魔王さまに許可をいただいて、ここで調べ物をさせていただいてます」
すると、合点がいったように、女性は手を打ち合わせてにっこりと笑う。
「ああ、赤目の騎士さまですね。ハナコさまやハチからよくお話を聞いています。私はこの遺物の管理を任されているタマです。お見知りおきを」
誰だ、犬の名前リストに猫の名前混入した奴は。
「はい、急に来てすみません。こちらこそよろしくお願いします」
管理者さんとも挨拶を終えて、調べ物を再開する。
司書さんがいないので見つかるか不安だったけど、科学の棚にビンゴな本を見つけた。
『よくわかる アルミニウム入門』。
おおおお、これなら私でもアルミニウムの知識を深めることができるはずだ。
私は図書館の机に座って、早速、その本を読んでみる。
ふんふん、なるほどなるほど、こうなっていたのか。
てるみっと。そんな利用法まであったのか。アルミニウムさんは奥深いなぁ。
そこには私の求めてたアルミニウムの精錬の知識から、それ以外の知識まで、アルミニウムについてのいろんなことが書いてあった。
そして読むこと一時間ほど、私は求めていた知識をだいたい手に入れることができた。
まず知りたかった、ボーキサイトからアルミニウムへの精錬方法。
これには精錬までに、二つの過程を辿らなければならないらしい。
初めに、ボーキサイトから酸化アルミニウム、別名「アルミナ」を取り出す作業。
これにはボーキサイトを水酸化ナトリウムに溶かして液体を作る。このとき酸化アルミニウムはイオンになって、水の中に混じってる状態らしい。
そこに水を大量に入れると、今度は水酸化アルミニウムという、アルミナの元になる分子になって水の底にたくさん沈んでくれるらしい。
この水酸化アルミニウムを千度ぐらいでファイアーすると、最初の目標のアルミナが完成!
ここからが二段階目。
作り出したアルミナに氷晶石というものを混ぜて、炎で溶けやすくして、今度は千度でどろどろの液体にする。
そこからは電気分解。
炭素を使った電極で、アルミナ(酸化アルミニウム)を電気の力で酸素とアルミニウムに分けていく。マイナス極にアルミニウムが、プラス極に酸素が集まっていく。
これでアルミニウムが完成だ!
ホールさんとエルーさんが発明した方法で、ホール・エルー法というらしい。
アルミニウムでもっともポピュラーな精錬方法だとか。
こう考えるとボーキサイトからアルミナを取り出し、アルミナからアルミニウムを取り出す。この二つの工程を一気にやってしまっていたのは、難易度をあげていたかもしれない。
やり方は違っても、まずボーキサイトからアルミナを抽出した方がいい気がする。
それからボーキサイトからアルミナを取り出すのは、余計なものが混じってる状態から抽出するだけだから比較的簡単そうだけど、アルミナからアルミニウムを作るのは、原子や分子の状態での変化が起きてるので難易度が高そうだった。
これを一気にやっちゃったクリュートくんって本当にすごい……
そんなことを考えてると、後ろからじーっとタマさんが覗き込んでることに気づいた。
え、なになに!? 本の扱いとか荒かったですか?
そう思ってたら、タマさんは感心した表情で言う。
「赤目さまは異界の文字を読むことができるんですね。資料もなしにすらすらと」
ぎくっ。そういえば読めるのはおかしいんだっけ。この世界では。
魔王さまも○○パッドに表示されてる文字を読むのに、いろいろ苦労していたようだし……
「まあ、いろいろとありまして……ははは……」
私は冷汗を垂らしながら、あいまいに答える。
するとタマさんは笑顔でぴょんとその場で飛び……
「魔王さまでも資料なしでは読めないのにすごいです!」
単純に感心してくれた。
良かった。魔族の人たちが素直な人たちで。というか、これって魔王さまには異界の文字が読めることもうばればれだよね。よく考えたら図書館に案内されたのもそういうことだろう。
全然気づいてなかった……
まあ何も尋ねてくれないのはありがたい……
タマさんは私が異界の文字、日本語を読めるとわかると、どこかに走っていって、一冊の本を持ってきて言った。
「あとで私にこの本を読んでくださいませんか? 可愛い絵でお話が気になってたんです」
「構いませんよ」
それぐらいならいいですよー。そう思いながら本の表紙を見ると、かちかち山の絵本だった。
かちかち山、日本人ならほとんどの人が知ってる物語だろう。
ただ読んだ世代によっては、畑を荒らしおばあさんをいたずらで寝込ませたたぬきが、うさぎに背中に火をつけられ、火傷の治療と称して劇物を塗りこまれ、最後は泥の船で溺死させられ、ひたすらオーバーキルされる話を読んだ人もいるだろう。
うさぎの行為にふと疑問を覚えた人も多いのではないだろうか。
これには事情があったのだ。
たぬきが本当にやった行為は、おばあさんを殺したあと、おじいさんを騙してたべさせるという鬼畜の所業なのだ。
これに全力でもって復讐を代行したうさぎは義の人なのである。
さすがに子供向けの絵本でそんな描写はできないという大人の事情の犠牲者なのだ。
あ、話がそれた。
タマさんに調べ物が終わったらいくつかの絵本を読んであげる約束をして、また調べ物を再開した。それから二十分ほど経ったころ、ドォーンという何かが爆発する音が聞こえてきた。
何だろうと顔をあげるてみると、タマさんの姿がない。書庫の奥にでも行ってしまったのだろうか。何も情報が得られないので、三階の窓から外を眺める。
すると、魔族の人たちが焦ったような顔で走り回っている。
「天輝さん」
『ああ、わかってる』
天輝さんに聴覚を強化してもらう。
「野良魔族が攻めてきた!」
「ハチさまに連絡だ!」
「だめだ! ハチさまは今、北の城を出てるぞ!」
「魔王さまは?」
「今は危険遺物の管理中だ。邪魔できない」
「仕方ない、ここはタマさまに」
お困りのようだったので、私は三階から飛び降り、彼らの傍に着地して声をかける。
「私が出ましょうか?」
ここの魔族さんたちにはお世話になっている。少しは恩返ししなければなるまい。
魔族の人たちが戸惑った表情で私を見る。
「でも、魔王さまのお客さまにそういうことは……」
「いえいえ、こういうことでもないと恩返しできませんから」
いずれ魔王さまやハチたちがきて解決できる事案なのかもしれない。
でも、魔王城の中に暮らす人たちは不安そうな顔だった。彼らのほとんどは日ごろから平和に暮らす、私たちの街に住んでる人たちと変わらないのだ。なら早く解決してあげたほうがいい。
私はそう断って、城門の方へ歩いていく。
城門は閉まっていたので、その上を飛び越えて外に出る。
飛び上がったとき、一瞬、城の外の様子が見えた。
大量の魔物に包囲されていた。そしてその魔物の軍団の後ろに、二人の魔族の姿が見える。
「ははは、魔王軍だかなんだかしらねーが、ただの北の城に引きこもってるだけの脆弱な奴らだろ! 俺らがぶったおして、独占している遺跡を有効活用してやるよ!」
「そうだぜ! 兄者こそ魔族たちの真の王になる人間だ!」
「いいこと言うじゃねぇか弟よ! でも王になるのは兄弟でだ。俺たち魔物使い兄弟が新時代の魔王になる。見ろ、この魔物二千体による最強の軍団を! 降伏するなら今のうちだぜ!」
門の外では門番をやっていたコロとヘイハチが、彼らとにらみ合ってる。
「ふざけんな、俺たちの王はいつだって魔王さまだ!」
「お前らなんて魔王さまが来てくれたら一瞬で全滅なんだからな!」
グルルル、と威勢はいいけど、内心ビビッてるのかお尻の尻尾は縮こまっていた。それとさっきから後ろで、城の人たちが「はやく中に入れ!」「逃げろ!」と大声で言っている。
「さっきからうっせぇな、犬っころの下等魔族が!」
攻めてきた魔族の弟らしき魔物が、赤い光線を放つ。
発動が速い上に、なかなか強力なエネルギーを感じる魔法だ。
「ひぃっ!」
「きゃんっ!」
コロとヘイハチが反応できずに悲鳴をあげて硬直する。
私は彼らの前に出て、右手で光線を受け止めかき消した。といっても、単純に高い防御力で受け止めただけだが。
「おっ、お前は!」
「昼にうちにきた!」
「お城の中に早く入って」
驚く彼らに私は言った。
門番といっていたけど、明らかに戦い慣れてなかった。たぶん、魔王さまやハチたちを除けば、普通の人たちなのだろう。怪我でもしたら危ない。
「で、でも……」
コロとヘイハチはためらう。門番をやってるぐらいだ。城を守りたい気持ちは強いのだろう。
「尻尾が焦げても知らないよ」
私はため息を吐きながらこのまま戦うことにした。
というか、彼らが操る魔物たちが動き出した。応戦するしかあるまい。
「ふん、多少は戦える奴もいるみたいだが、この数相手にどうするつもりだ?」
「もうやっちまおうぜ兄者! いけ、魔物ども! 城を蹂躙しろ!」
二千体近くの魔物が一気に、城の壁へと突撃してくる。壁自体はとても強固な構造だが、さすがに乗り越えられる可能性がある。
『光波、爆塵、同時軌道』
私たちは一太刀で殲滅することにした。
天輝さんの発動してくれたスキルのまま、私が剣を振る。
すると、光の斬撃が城壁を一周するように円を描き、魔物たちを斬り殺す。
そして両断された魔物の体が爆発し、撃ちもらした小さな魔物を焼き尽くした。
彼ら自慢の二千体の魔物は、一撃でほぼ壊滅する。生き残ったのもいたけど逃げてった。
「えっ、えっ……?」
「わ、わう?」
魔物たちが全滅した光景を見て、コロとヘイハチがよくわからない声を漏らす。
魔物使いの兄弟も、魔物が一瞬で消え去った城の周りを呆然と眺めていた。
「あ、あれっ……?」
「俺たちの魔物軍団は……?」
感想 1,691
あなたにおすすめの小説
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
凱旋した英雄は聖女を選びました。~冬の補給路を守っていた私は静かに軍を去ります~
握夢(グーム)「君は後方にいただけだ」――
凱旋した英雄の婚約者からそう切り捨てられた私は、
静かに軍を辞職しました。
――冬の補給路管理。
――兵糧配分。
――医薬品輸送。
――損耗率管理。
全部、私の仕事だったのですが。
三週間後、
王国軍は補給崩壊。
「なぜ食糧が届かない!」
「なぜ兵が飢える!」
……逆にお聞きしますが、
今まで“なぜか全部上手く回っていた”理由を、
一度でも考えたことはありましたか?
これは、
誰にも評価されなかった兵站官(へいたんかん)が、
隣国の辺境伯にだけ価値を見抜かれ、
人生を取り戻す物語。
今更「戻ってきてくれ」と泣きつかれても、
私は隣国の最高機密ですので――!
王太子殿下、最初の一曲は私ではないのですね 〜我慢をやめた公爵令嬢は、婚約指輪をお返しいたします〜
ゆぷしろん 王太子カーティスの婚約者フローラは、彼に何度も「君なら分かってくれる」と我慢を強いられてきた。王宮の茶会や演奏会、誕生日の晩餐までも、殿下は王弟の落胤であるサビーナを優先し、フローラの傷を見ようとしない。ついに生誕舞踏会の最初の一曲まで奪われた彼女は、周囲の視線にさらされながらも笑顔の裏で限界を迎え、婚約解消を決意する。
翌日、王妃の前でこれまでの扱いを訴えると、サビーナもまた殿下の都合のよい言葉に利用されていたと判明。カーティスは自分の甘えと無責任さを認めきれず、国王は婚約解消と王太子活動の停止を命じる。
フローラは誰かの都合に合わせ続ける人生をやめ、自分の心を優先する穏やかな日々を取り戻す。そして、彼女を一人の人として尊重するルシアンの手を取り、初めて自ら望んだ新たな未来へ歩み出していく。
捨てられた三歳の聖女ですが、辺境伯家に拾われたら家族全員が過保護でした
由香神殿で無能と決めつけられ、三歳で捨てられた少女リリア。
辺境伯家に保護された彼女は、厳つい辺境伯やお兄様たち、領民にまで溺愛されながら幸せな日々を送ることに。
けれど実はリリアは、数百年に一人現れる伝説級の聖女だった。
これは捨てられた幼女聖女が、たくさんの愛に包まれながら成長していく物語。
絆の糸が見える幼女は、辺境伯家の宝物になりました ~捨てられた私が本当の家族を見つけるまで~
由香雪山に捨てられた三歳の幼女リリアには、人と人を結ぶ「絆の糸」が見える力があった。
実の家族から伸びる糸は途切れそうなほど細い。
けれど、冷血辺境伯と呼ばれるアレクシスから伸びる糸は温かな金色に輝いていた。
前世では孤独だったリリアは、辺境伯家で初めて家族の愛を知る。
これは捨てられた幼女が、本当の家族の宝物になるまでの心温まる物語。
『病弱な幼馴染を優先してください』と言った妻が消えた翌日、夫は領地の会計書類が全て白紙になっていることに気づいた
歩人(あゆと)侯爵家に嫁いで五年。ルチアは夫エミルの領地会計・社交・使用人管理を全て一人で担ってきた。だがエミルはいつも幼馴染のアリーチェを優先する。「アリーチェは体が弱いんだ、お前とは違う」——その言葉を百回聞いた日、ルチアは微笑んで離縁届に署名した。「ええ、私は丈夫ですから。どうぞ幼馴染様をお大事に」。翌朝、エミルが目にしたのは——税務報告の締切、領民からの陳情の山、そして紅茶の淹れ方すら知らない自分。三ヶ月後、かつて「地味な妻」と呼ばれたルチアは、辺境伯の財務顧問として辣腕を振るっていた。
婚約破棄された翌日、王家の紋章が私の腕に現れました
あめとおと
伯爵令嬢エレノアは、王都の舞踏会で婚約者から突然の婚約破棄を告げられる。
理由は「平凡で地味だから」。
さらに彼は新たな恋人を伴い、人前でエレノアを侮辱した。
失意のまま屋敷へ戻った翌朝――。
エレノアの左腕に、見たことのない黄金の紋章が浮かび上がる。
それは王家の直系だけに現れるという“継承の紋章”だった。
混乱する彼女のもとへ現れたのは王国騎士団。
そして告げられる。
二十年前に失踪した第一王女には、生後間もない娘がいたこと。
その娘こそがエレノアだと。
突然始まった王家での生活。
優しい祖父である国王、過保護な王族たち、そして王国随一と名高い騎士団長。
一方、エレノアを捨てた元婚約者は、自分が取り返しのつかない失敗をしたことを知る。
婚約破棄から始まる、王家認定シンデレラストーリー。