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エンシェントゴーレムを倒したあと、私はレイモンドさんたちと話し合って事後処理を決めた。
まずレイモンドさんは、エンシェントゴーレムを倒したことを国へ報告してくれるらしい。
レイモンドさんはこの国の貴族ではないけど、私の暮らしている国ではきちんと爵位をもった貴族らしい。だから、この国でもある程度の影響力を発揮できるのだろう。私にできることは、特になさそうなのでお任せしたい。
リオンさんは帰る準備をはじめていた。
貴族のご婦人でありながら、質素な性格のようでまとめる荷物もそんなに多くはなさそうだった。けど、「休み中に客人も来るって話だったのに、今からじゃあ間に合わないじゃないか……」、そんな愚痴を呟きながら帰るための支度をする姿は、一見機嫌が悪そうだけど、滲みでる嬉しさをかくしきれていなかった。本当に家族が大好きなんだなって思う。
いつかリオンさんの家族とも顔を合わせてみたいなって思った。
そして私はというと……
行方不明になっていた子供たちを連れて、湖の遺跡に立っていた。
結局、遺跡部分に入れるほど湖の水が引くまでに二日ぐらいかかってしまった。
というか、途中からリオンさんとレイモンドさんが水を蒸発させて手伝ってくれたんだけど……
「本当にいいんですか?」
私はリオンさんに尋ねる—— リオンさんは一刻も早く家に帰りたいと言いながら、子供たちの世話や帰る準備を手伝ってくれていた。
子供たちについては、リオンさんと一緒に帰ってもらうという方法もあったのだ。時間はかかるけど、そちらの方が子供たちを帰すには確実で安全な方法だったと思う。特にリオンさんたちの視点に立った場合は。
でも、リオンさんたちは私と子供たちを一緒に遺跡で転送する方を選んだ。
初対面でのリオンさんからの印象では、そういう重要な役割を任せてもらえるような評価ではなかったと思う。
「ああ、構わないよ。そっちの方が子供たちも早く帰れるようだし。それにあんたのことを信用してるからね」
でも、リオンさんは腕を組んで微笑んでそう言ってくれた。
なんだかちょっと嬉しくなる。
たった数日の付き合いだったけど、お別れはちょっと寂しい。
「今回はお別れですけど、機会があったらまた会えるといいですね!」
そう声をかけると、いきなり機嫌の変わるネコみたいにプイッとそっぽ向いた。
「いやだ。それとこれとは話が別だ。あんたいつも人を食ったような態度なんだもん」
「ええ~!? 私はリオンお姉さんと仲良くなりたかっただけですよ!」
私はここ二日の行動を思い出してみた。
子供たちの相手をしてこちらに構ってくれないリオンお姉さんを懐からだしたお菓子で釣ろうとしたり、背後から気配を消して忍び寄って触り心地がよさそうな髪を少し撫でてみたり、うん、距離を縮めようとがんばってきたはずだ。何が悪かったんだろう。まったくわからない。
その後の会話でも、リオンさんは次回の再会についてまったく同意してくれなかった。
「それじゃあ、そろそろ遺跡を起動するかのう。別れは惜しいものだが、必ずおとずれるものだ」
ずっと遺跡の操作をしてくれていたレイモンドさんが私たちにそう言う。
私も子供たちも頷いた。
子供たちは家に帰れると聞いて嬉しそうだったけど、リオンさんとお別れとなると聞くと寂しそうだった。
「またね、リオンねーちゃん!」
そういって目を潤ませて手を振る子供たちに、リオンさんは笑って「またな」と手を振った。
「リオンお姉さん、私も! 私もまた!」
私も子供たちに乗じて手を振る。
すると、リオンさんはようやく顔をそっぽむけながら「ああ、機会があったらな……ナイトオモウケド」と言ってくれた。
遺跡の魔法が起動して、リオンさんたちの姿が私たちの視界から消えてった。
そして私たちの周りの景色が、見覚えのある森へと切り替わったとき。
ちょうど私の視線の先に、赤い髪の後ろ姿が見えた。
声をかけようとする前に、ちょっとした奇跡みたいにリンクスくんは振り返った。
私をまっすぐ見つけると、驚いた表情で目を見開く。
「エ……トワ……?」
その目元にはくまができていた。やっぱり心配してくれたんだ……
「リ……」
どういう表情をしたらいいか、わからなかったけど、安心させようとリンクスくんの名前を呼んで駆け寄ろうとしたとき。
「うわぁああああん、エトワよかったぁああああああ!」
顔を涙でぐしゃぐしゃにした小リンクスくん、ことフェーリスくんが膝に飛びついてきた。
「おーよしよし、心配かけたね」
小リンクスくんにもこんなに心配してもらえるようになって幸せですよ。
私は小リンクスくんを撫でてあげながら、締まらない笑顔でリンクスくんに告げることになった。
「ただいま、リンクスくん」
リンクスくんの目も少し潤んでいたけど、昔よりも大人になった立ち振る舞いで、それを隠して。
「おかえり、エトワさま」
そういって微笑んでくれた。
心配かけちゃったけど、帰ってこれてよかった。
小リンクスくんを慰めながら、ホッとしつつ顔を見合わせていると……
「あっちの方で転送魔法が起動したのを確認したぞ!」
「おお、あれはいなくなった子供たちとご令嬢ではないか?」
「まさか遺跡を起動して帰還したのか?」
知らない大人の人たちが森の向こうからぞろぞろとやってきて、私とリンクスくん、それから子供たちを取り囲んでくる。
その数なんと、総勢100人ぐらいいた。
え、何ですかこれ?
***
あとでリンクスくんのお父さん、コーラルさんが謎の100人の人たちについて説明してくれた。
「あの人たちはサルマンド公爵家から派遣してもらった人たちです。かの家は国で最も遺跡に詳しい家系です。今回の捜索で力を貸してもらうことになっていました」
「えええええ、それは申し訳ないです……」
まさかそんな大事になってしまっていたとは……
「ご心配をおかけするばかりか、たくさんの人にとんだ無駄足を……」
「エトワさんが落ち込むことではありませんよ。悪いのは言いつけを守れなかったリンクスたちです。それに……」
そういって言葉を止めた瞬間のコーラルさんの瞳に、いつもの穏やかなものとは違う、貴族としての計算高さを示す鋭い光が一瞬のぞいて見えた気がした。
「彼らにはきちんと報酬を支払っていますから」
「報酬って……」
私の意識は、コーラルさんが見せた一瞬の表情の意図より、すっかりその言葉に囚われてしまった。
「そ、それってコーラルさんがだしてくれたんですか? お、お返しします!」
100人規模の魔法使いの派遣。
大金だけど、エトワ商会から貰ってるお金を全部使えばなんとか……。足りなかったら分割で……
「いいえ、ご心配なく。私は貸しただけで、だしたのはリンクスです。もちろん、借金になりますけどね。借用書もあります」
コーラルさんはニコニコ笑いながら、ヒラヒラと借用書とリンクスくんのサインが書かれた紙を見せてくる。
私は連続で衝撃を受けていた。
いろんな人にたくさんのご迷惑をおかけした結果、リンクスくんが借金もちになってしまった。
「もちろん無償で派遣してもらうこともできたんですけどね。その分、規模は小さくなっていたでしょう。リンクスの意向で報酬を支払い、サルマンド公爵家のありったけの人員を派遣してもらうことになりました」
「わわわ、私が払います! 遺跡を見に行くように誘導したのも私だし、変な罠を踏んじゃったのも私です! 大金ですから一度に返済するのは無理かもしれないですけど、エトワ商会からの収入もあるので返せるはずです!」
そういう私に、コーラルさんは静かな表情で首を振っていった。
「エトワさん、それはやめてあげてください。ミスが誰のせいだったかはともかく、あなたを全力で助けようとしたのも、借金を背負ったのも、あの子の意思です。『自らの意志を貫く』、これはサルマンド公爵家の家訓です。あの子はたぶん、強くその血を継いでいるのでしょう」
スカーレット侯爵系は、風の派閥の大貴族シルフィール家だけでなく、火の派閥の大貴族サルマンド公爵家の血も引き継ぐ家系だった。
「あの子にはいろいろと仕事をしてもらいます。自分でもいろいろとお金を稼ぐ計画を立てているようです。やらなくちゃいけないことが増えて、あなたと過ごす時間も減るかもしれません。でも、あの子が自分の意志を貫くのなら、それも必要なことだと思います」
私は俯いて呟いた。
「私がリンクスくんにしてあげられることはないんでしょうか……」
「これからいろいろと慣れないこともして、さすがのあの子も苦労するでしょう。友達として、家族として、もしくはまた別の存在として、あの子のことを支えてあげてください。あの子の父として、私からもお願いします」
コーラルさんは穏やかに微笑んでそういった。
***
そうしてリンクスくんのご実家での一連の出来事が終わった。
リンクスくんたちにお別れをして、私は飛行船に乗り込む。
そういえば帰る直前に、リンクスくんのお母さんたちも帰れるという連絡が来たらしい。
私も会ってみたかった……今度の機会には必ず。
それから、レイモンドさんやリオンさんともどこかで再会できたらいいなって思った。
そしてたどり着いた、ミントくんのご実家。
「ごめんね、遅刻して!」
いろいろとトラブル続きで二日遅れになってしまった。
久しぶりに会ったミントくんは爽やかな笑顔で言ってくれた。
「気にしないでいいよ、エトワ。いろいろと大変だったんだろう?」
ええと……どちらさまでぇ?
***
大きな城の城門から白髪の老人が出てくる。
数日前まで、エトワと行動を共にしていたレイモンドだった。
「ふう、今回のトラブルもなんとかなったのう。じゃが、戦いよりも人間相手の交渉ごとの方がえてして面倒臭いものじゃ。こういうときでも、あやつが来てくれればのう」
遺跡のゴーレムを倒して、戦闘で周囲の環境を変化させてしまったことを報告したレイモンドだったが、そのことについてのこの国の反応は極めて薄いものだった。おそらくどんな危険が潜在していて、最終的に何が起きたのかも理解していないのだろう。
そんなことよりも、というノリで、やたらとパーティーなどに招待しようとして、報告についても担当者がコロコロと入れ替わり、城への滞在を引き伸ばそうとしているのが苦労のものだった。
歓迎されてることそのものはいいとして、いろんな派閥の人間が自分を取り込もうと、足を引っ張りあってるのを見せられるのはたまらない。
早くきちんとした話をつけて、新しい遺跡の調査に乗り出したいところだった。
そんなレイモンドの背後から、大柄な青年がのっしのっしと近づいてきて声をかけた。
「父上、遅くなりました!」
「本当に遅いぞ、エルモンド」
レイモンドはジロリと青年を睨む。
青年の名はエルモンド、レイモンドの息子だった。
エルモンドは悪びれない笑顔で、頭を掻いて言った。
「いやぁ、途中でモンスターに襲われている村がありまして、モンスターを殲滅したとおもったら、病気で活火山の洞窟の中でしか取れない薬草を求めている旅人がいて、薬草を取りに行ったら、そこで幻の——」
いつまで続くかわからない息子の冒険譚を聞く気も起きず、レイモンドはその報告を遮った。
「ははは、それでは噂のエンシェントゴーレムとやらを退治しましょう」
「それならもう終わったよ」
「ほう、リオンと二人でですか。まあやれないことはなかったでしょうが、地形への影響も考えると無茶をしましたね」
「いや三人がかりじゃったよ」
「三人ですか……? 誰と……?」
首を傾げるエルモンドに、レイモンドは空を見上げて呟く。
「面白い子と会ったよ。あの力、おそらく太古の記録に記された神が遣わした……」
そして呟きを、エルモンドがキョトンとした顔で聞いてるのに気づいて言葉を止めた。
「まあとてもいい子じゃったと言っておくよ」
「はあ、私も会ってみたかったですなあ」
エルモンドはそれからキョロキョロと周囲を見回す。
「それでリオンはどこに?」
「あの子なら家族のもとに飛び立っていったよ。お前に怒っておったぞ」
それを聞くと、エルモンドもさすがにまずいという表情になる。
「この前機嫌を損ねた時は、1ヶ月顔を合わせるたびに飛び掛かられました……」
「今度は1ヶ月を越すかもしれんな」
会話をしながら城を離れていく二人のもとに、身分の高そうな男が焦った表情で走ってくる。
「サルマンド公爵様、陛下がやっぱり今夜のパーティーにだけは出席してほしいと……!」
その言葉を聞いて、レイモンドは鋭い目で息子を見上げた。
「エルモンド、遅刻の件ワシも怒っておる。パーティーの出席は任せたぞ」
「ええ!? 父上、私はパーティーの類は苦手だと……!」
「ワシも苦手じゃ。おお、おお、クレイン宰相閣下! そのパーティーなら我が息子が出席させていただきますぞ! サルマンド家の次期当主になる男ですじゃ! 私は体調がすぐれないのでこれにて失礼させていただこうかのう! それでは、国王陛下にもよろしく!」
「ちょっと父上!」
そう文官によく通る声で叫ぶと、レイモンドはエルモンドを城の前に置いて走って逃げていった。
※あとがき※
『公爵家に生まれて初日に……』のコミカライズ3巻が8月30日、発売します!
コミカライズが3巻まで続いたのも、みなさんの応援のおかげです。
クレノ先輩の選挙の話などなどが収録されてます。電子書籍の方は2週間後みたいです。
アスカ先生に描かれたエトワやクレノ先輩とても素晴らしいので、もしよかったよろしくお願いします。
まずレイモンドさんは、エンシェントゴーレムを倒したことを国へ報告してくれるらしい。
レイモンドさんはこの国の貴族ではないけど、私の暮らしている国ではきちんと爵位をもった貴族らしい。だから、この国でもある程度の影響力を発揮できるのだろう。私にできることは、特になさそうなのでお任せしたい。
リオンさんは帰る準備をはじめていた。
貴族のご婦人でありながら、質素な性格のようでまとめる荷物もそんなに多くはなさそうだった。けど、「休み中に客人も来るって話だったのに、今からじゃあ間に合わないじゃないか……」、そんな愚痴を呟きながら帰るための支度をする姿は、一見機嫌が悪そうだけど、滲みでる嬉しさをかくしきれていなかった。本当に家族が大好きなんだなって思う。
いつかリオンさんの家族とも顔を合わせてみたいなって思った。
そして私はというと……
行方不明になっていた子供たちを連れて、湖の遺跡に立っていた。
結局、遺跡部分に入れるほど湖の水が引くまでに二日ぐらいかかってしまった。
というか、途中からリオンさんとレイモンドさんが水を蒸発させて手伝ってくれたんだけど……
「本当にいいんですか?」
私はリオンさんに尋ねる—— リオンさんは一刻も早く家に帰りたいと言いながら、子供たちの世話や帰る準備を手伝ってくれていた。
子供たちについては、リオンさんと一緒に帰ってもらうという方法もあったのだ。時間はかかるけど、そちらの方が子供たちを帰すには確実で安全な方法だったと思う。特にリオンさんたちの視点に立った場合は。
でも、リオンさんたちは私と子供たちを一緒に遺跡で転送する方を選んだ。
初対面でのリオンさんからの印象では、そういう重要な役割を任せてもらえるような評価ではなかったと思う。
「ああ、構わないよ。そっちの方が子供たちも早く帰れるようだし。それにあんたのことを信用してるからね」
でも、リオンさんは腕を組んで微笑んでそう言ってくれた。
なんだかちょっと嬉しくなる。
たった数日の付き合いだったけど、お別れはちょっと寂しい。
「今回はお別れですけど、機会があったらまた会えるといいですね!」
そう声をかけると、いきなり機嫌の変わるネコみたいにプイッとそっぽ向いた。
「いやだ。それとこれとは話が別だ。あんたいつも人を食ったような態度なんだもん」
「ええ~!? 私はリオンお姉さんと仲良くなりたかっただけですよ!」
私はここ二日の行動を思い出してみた。
子供たちの相手をしてこちらに構ってくれないリオンお姉さんを懐からだしたお菓子で釣ろうとしたり、背後から気配を消して忍び寄って触り心地がよさそうな髪を少し撫でてみたり、うん、距離を縮めようとがんばってきたはずだ。何が悪かったんだろう。まったくわからない。
その後の会話でも、リオンさんは次回の再会についてまったく同意してくれなかった。
「それじゃあ、そろそろ遺跡を起動するかのう。別れは惜しいものだが、必ずおとずれるものだ」
ずっと遺跡の操作をしてくれていたレイモンドさんが私たちにそう言う。
私も子供たちも頷いた。
子供たちは家に帰れると聞いて嬉しそうだったけど、リオンさんとお別れとなると聞くと寂しそうだった。
「またね、リオンねーちゃん!」
そういって目を潤ませて手を振る子供たちに、リオンさんは笑って「またな」と手を振った。
「リオンお姉さん、私も! 私もまた!」
私も子供たちに乗じて手を振る。
すると、リオンさんはようやく顔をそっぽむけながら「ああ、機会があったらな……ナイトオモウケド」と言ってくれた。
遺跡の魔法が起動して、リオンさんたちの姿が私たちの視界から消えてった。
そして私たちの周りの景色が、見覚えのある森へと切り替わったとき。
ちょうど私の視線の先に、赤い髪の後ろ姿が見えた。
声をかけようとする前に、ちょっとした奇跡みたいにリンクスくんは振り返った。
私をまっすぐ見つけると、驚いた表情で目を見開く。
「エ……トワ……?」
その目元にはくまができていた。やっぱり心配してくれたんだ……
「リ……」
どういう表情をしたらいいか、わからなかったけど、安心させようとリンクスくんの名前を呼んで駆け寄ろうとしたとき。
「うわぁああああん、エトワよかったぁああああああ!」
顔を涙でぐしゃぐしゃにした小リンクスくん、ことフェーリスくんが膝に飛びついてきた。
「おーよしよし、心配かけたね」
小リンクスくんにもこんなに心配してもらえるようになって幸せですよ。
私は小リンクスくんを撫でてあげながら、締まらない笑顔でリンクスくんに告げることになった。
「ただいま、リンクスくん」
リンクスくんの目も少し潤んでいたけど、昔よりも大人になった立ち振る舞いで、それを隠して。
「おかえり、エトワさま」
そういって微笑んでくれた。
心配かけちゃったけど、帰ってこれてよかった。
小リンクスくんを慰めながら、ホッとしつつ顔を見合わせていると……
「あっちの方で転送魔法が起動したのを確認したぞ!」
「おお、あれはいなくなった子供たちとご令嬢ではないか?」
「まさか遺跡を起動して帰還したのか?」
知らない大人の人たちが森の向こうからぞろぞろとやってきて、私とリンクスくん、それから子供たちを取り囲んでくる。
その数なんと、総勢100人ぐらいいた。
え、何ですかこれ?
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「あの人たちはサルマンド公爵家から派遣してもらった人たちです。かの家は国で最も遺跡に詳しい家系です。今回の捜索で力を貸してもらうことになっていました」
「えええええ、それは申し訳ないです……」
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そういって言葉を止めた瞬間のコーラルさんの瞳に、いつもの穏やかなものとは違う、貴族としての計算高さを示す鋭い光が一瞬のぞいて見えた気がした。
「彼らにはきちんと報酬を支払っていますから」
「報酬って……」
私の意識は、コーラルさんが見せた一瞬の表情の意図より、すっかりその言葉に囚われてしまった。
「そ、それってコーラルさんがだしてくれたんですか? お、お返しします!」
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大金だけど、エトワ商会から貰ってるお金を全部使えばなんとか……。足りなかったら分割で……
「いいえ、ご心配なく。私は貸しただけで、だしたのはリンクスです。もちろん、借金になりますけどね。借用書もあります」
コーラルさんはニコニコ笑いながら、ヒラヒラと借用書とリンクスくんのサインが書かれた紙を見せてくる。
私は連続で衝撃を受けていた。
いろんな人にたくさんのご迷惑をおかけした結果、リンクスくんが借金もちになってしまった。
「もちろん無償で派遣してもらうこともできたんですけどね。その分、規模は小さくなっていたでしょう。リンクスの意向で報酬を支払い、サルマンド公爵家のありったけの人員を派遣してもらうことになりました」
「わわわ、私が払います! 遺跡を見に行くように誘導したのも私だし、変な罠を踏んじゃったのも私です! 大金ですから一度に返済するのは無理かもしれないですけど、エトワ商会からの収入もあるので返せるはずです!」
そういう私に、コーラルさんは静かな表情で首を振っていった。
「エトワさん、それはやめてあげてください。ミスが誰のせいだったかはともかく、あなたを全力で助けようとしたのも、借金を背負ったのも、あの子の意思です。『自らの意志を貫く』、これはサルマンド公爵家の家訓です。あの子はたぶん、強くその血を継いでいるのでしょう」
スカーレット侯爵系は、風の派閥の大貴族シルフィール家だけでなく、火の派閥の大貴族サルマンド公爵家の血も引き継ぐ家系だった。
「あの子にはいろいろと仕事をしてもらいます。自分でもいろいろとお金を稼ぐ計画を立てているようです。やらなくちゃいけないことが増えて、あなたと過ごす時間も減るかもしれません。でも、あの子が自分の意志を貫くのなら、それも必要なことだと思います」
私は俯いて呟いた。
「私がリンクスくんにしてあげられることはないんでしょうか……」
「これからいろいろと慣れないこともして、さすがのあの子も苦労するでしょう。友達として、家族として、もしくはまた別の存在として、あの子のことを支えてあげてください。あの子の父として、私からもお願いします」
コーラルさんは穏やかに微笑んでそういった。
***
そうしてリンクスくんのご実家での一連の出来事が終わった。
リンクスくんたちにお別れをして、私は飛行船に乗り込む。
そういえば帰る直前に、リンクスくんのお母さんたちも帰れるという連絡が来たらしい。
私も会ってみたかった……今度の機会には必ず。
それから、レイモンドさんやリオンさんともどこかで再会できたらいいなって思った。
そしてたどり着いた、ミントくんのご実家。
「ごめんね、遅刻して!」
いろいろとトラブル続きで二日遅れになってしまった。
久しぶりに会ったミントくんは爽やかな笑顔で言ってくれた。
「気にしないでいいよ、エトワ。いろいろと大変だったんだろう?」
ええと……どちらさまでぇ?
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大きな城の城門から白髪の老人が出てくる。
数日前まで、エトワと行動を共にしていたレイモンドだった。
「ふう、今回のトラブルもなんとかなったのう。じゃが、戦いよりも人間相手の交渉ごとの方がえてして面倒臭いものじゃ。こういうときでも、あやつが来てくれればのう」
遺跡のゴーレムを倒して、戦闘で周囲の環境を変化させてしまったことを報告したレイモンドだったが、そのことについてのこの国の反応は極めて薄いものだった。おそらくどんな危険が潜在していて、最終的に何が起きたのかも理解していないのだろう。
そんなことよりも、というノリで、やたらとパーティーなどに招待しようとして、報告についても担当者がコロコロと入れ替わり、城への滞在を引き伸ばそうとしているのが苦労のものだった。
歓迎されてることそのものはいいとして、いろんな派閥の人間が自分を取り込もうと、足を引っ張りあってるのを見せられるのはたまらない。
早くきちんとした話をつけて、新しい遺跡の調査に乗り出したいところだった。
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「父上、遅くなりました!」
「本当に遅いぞ、エルモンド」
レイモンドはジロリと青年を睨む。
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「ははは、それでは噂のエンシェントゴーレムとやらを退治しましょう」
「それならもう終わったよ」
「ほう、リオンと二人でですか。まあやれないことはなかったでしょうが、地形への影響も考えると無茶をしましたね」
「いや三人がかりじゃったよ」
「三人ですか……? 誰と……?」
首を傾げるエルモンドに、レイモンドは空を見上げて呟く。
「面白い子と会ったよ。あの力、おそらく太古の記録に記された神が遣わした……」
そして呟きを、エルモンドがキョトンとした顔で聞いてるのに気づいて言葉を止めた。
「まあとてもいい子じゃったと言っておくよ」
「はあ、私も会ってみたかったですなあ」
エルモンドはそれからキョロキョロと周囲を見回す。
「それでリオンはどこに?」
「あの子なら家族のもとに飛び立っていったよ。お前に怒っておったぞ」
それを聞くと、エルモンドもさすがにまずいという表情になる。
「この前機嫌を損ねた時は、1ヶ月顔を合わせるたびに飛び掛かられました……」
「今度は1ヶ月を越すかもしれんな」
会話をしながら城を離れていく二人のもとに、身分の高そうな男が焦った表情で走ってくる。
「サルマンド公爵様、陛下がやっぱり今夜のパーティーにだけは出席してほしいと……!」
その言葉を聞いて、レイモンドは鋭い目で息子を見上げた。
「エルモンド、遅刻の件ワシも怒っておる。パーティーの出席は任せたぞ」
「ええ!? 父上、私はパーティーの類は苦手だと……!」
「ワシも苦手じゃ。おお、おお、クレイン宰相閣下! そのパーティーなら我が息子が出席させていただきますぞ! サルマンド家の次期当主になる男ですじゃ! 私は体調がすぐれないのでこれにて失礼させていただこうかのう! それでは、国王陛下にもよろしく!」
「ちょっと父上!」
そう文官によく通る声で叫ぶと、レイモンドはエルモンドを城の前に置いて走って逃げていった。
※あとがき※
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