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連載
266.
しおりを挟む先に逃げてもらったハリネズミくんを追いかけるキツネさんを追って、私たちは精霊の森に入っていく。
なんかもう、いろいろとありすぎて何をやってるかわからなくなってきた。けれど、まず優先すべきはハリネズミくんの安全確保だ。
そしてこうなったのは、全部ミントくんが悪い!
森に踏み込んだ私たちは、一瞬、状況を忘れてため息をついてしまった。
「うわぁ、きれい~……」
月明かりの下、森全体は白い光に包まれていた。
地面が、木が、草が、葉っぱが、キラキラと星みたいに輝いている。
精霊が起こす現象なのだろうか。一度見た、光の精霊起こした奇跡が、森全体で起きてるような景色だった。
私とレトラスは光る森の中、キツネさんの背中を追う。
キツネさんを追っていると、やがてハリネズミくんの姿も見えた。
足は遅いけれど、一生懸命、キツネさんから逃げてくれている。
「ハリネズミくーん! 危ないと思ったら降参しちゃっていいからね~!!」
キツネさんが暴走したことによって、私たちは館とは逆方向に逃げてしまい、もはやミントくんのお父さんに通報することは望めない状態だった。この状況でハリネズミくんを危険に晒すよりは、降参した方がいいと思った。
ミントくんのクーデターは成功してしまうかもしれないが、それはもうしょうがない。
私の声は届いたのか、届いていなかったのか、ハリネズミくんとキツネさんの追いかけっこは続く。
森の中は茂みや木々が大きく、人間の私や巨体のレトラスはうまく動けない。少しずつ引き離されていく。
そうこうしてるうちに木と岩に囲まれた袋小路にハリネズミくんが追い込まれた。
ハリネズミくんは木を登ろうとしがみついた。
そのとき――
木が光り輝くと、突然ぐぐぐっと大きくなりはじめたのだ。
「あ、あれは……!」
私はミントくんのお父さんから精霊の森を案内してもらったときの言葉を思い出す。
『あのキノコの形をしたとても大きな木は、ノーモス・ミッシフと呼ばれるモノです。そういう種類の木があるわけではなく、樹齢が千年以上の木に精霊が宿ってそういう形に変えてしまうと言われています。まあ実際に変化するところを目撃したことはないのですがね』
さっきまで普通の形をしていた木は十倍以上の大きさに変化しながら、キノコの形へと変化していく。
木にしがみついていたハリネズミくんは高いところへ連れ去られてしまう。
ハリネズミくんが連れ去られてしまった場所はビルでいうなら6階建てぐらいはありそうな場所だった。
落ちたら怪我しそうである。つまり、とても危ない。
さらにキツネさんもそれを見て木をよじ登り始めた。
「ちょっと、もういいんだよー! 二人とも危ないからー!」
2匹にそう声をかけるけど、どちらも止まってくれない。一匹は私が託した手紙を必死に守ろうとして、一匹はそれを全力で取り返して、隠蔽したそうである。
大きな木の壁はほぼほぼ垂直で、レトラスで巨体のレトラスでは登れそうにない。私も力が解放できないなら、もちろんムリ。
二人してハラハラと見守るしかない。
ハリネズミくんがまずはノーモス・ミッシフの傘の部分にたどり着いた。つづいてキツネさんもなんとか登り切る。
私とレトラスがほっとため息をつく視界の先で、二人は揉み合いをはじめてしまった。
「あぶないあぶないあぶない!」
「ガウガウガオー!」
そしてそのまま二人とも枝の上から足を滑らせてしまう。
二匹は落ちそうになり、なんとか前足で枝の端っこにぶら下がる。
「ぬぁあああ!」
悲鳴をあげたのは私だった。
いくら魔獣といっても小型なのだ。この高さから落ちたら大怪我をしてしまうかもしれない。
レトラスが受け止めてくれたら、そう思って横を見ると、彼もアワアワと中空を見ていた。もしかしたらキャッチしてくれるかもしれない。けれど、その大きな肉球の手は、あまり器用ではなさそうだった。
なんとか二人を助けねば……
ハリネズミくんとキツネさんのところまで行きたい、けど天輝さんが手元にない。
そう思っていたら、私の視界にもう一つの映像が飛び込んできた。便利だな、私の心眼。
それは邪魔だから横に退いておいてもらった、天輝さんの映像だった。中継が飛んできたということは、何かイベントが起きたのだろうか。どうなんですか、8カメ担当の心眼さん!
ただいま私の視界に映ってるのは、以前と変わらぬ光景。
天輝さんが鳥の巣に拘束されていて、その上に卵と愛らしい親鳥が乗っかっていた。天輝さんは私のお願いで、卵を守るために身動きが取れない。
天輝さんの意匠も鳥を象ったものなので、なんか家族の巣に遊びにきた親戚のおじさんみたいだよね。
そんなことを思っていたら、そこに別の鳥が飛来した。
老齢だけど賢そうなおじいちゃんといった感じの鳥。
あの、ミミズク氏だった。
いったいどうしてここに……
そう思っていたら、ミミズク氏は突然、巣の卵を蹴り落としはじめた。
「ぎゃぁああああああああ!」
またしても私は悲鳴をあげる。
心眼がよりによって、いい感じのカメラアングルでその卵を追ってくれる。
その後の光景を想像して、私はぎゅっと目を閉じ、ってもともと私、ずっと目は閉じてるんだよね。糸目って呼ばれるくらいですから。そもそも心眼だから瞑っても意味ないし。
なんてことを思ってるうちに、卵が地面に落ちて割れっ……割れ……割れてない……!
地面に落ちた卵の悲惨な光景を想像していた私だけど、実際に繰り広げられたのはまったく別の光景だった。
卵は地面に衝突すると、しばらく静止する。その数秒後、唐突に卵の下半分から足が生えてきた。驚愕する私の視界の中で、卵はスッと立ち上がると、「チッ」とどこからか舌打ちをして、森の中にスタコラサッサと逃げていった。
た、卵じゃなくてそういう生き物だったのかー!
まんまと騙された私は、遠隔映像を見ながら、驚愕の表情で固まる。
あっさりと種がばれた親鳥(偽)の方はというと、さっきまでのかわいらしい表情はどこへやら、治安の悪い顔になり、こいつも「チッ」と舌打ちをするとどこかへ飛び去って逃げていった。
しばらく、私と天輝さんの場所に沈黙が訪れる。
「天輝さーーーん! 助けてくださーーーい!」
「アホエトワーーー!」
私が天輝さんを呼ぶと、天輝さんは久しぶりの鳥形態になって飛び立ってくれた。
そうこうしてるうちにハリネズミくんが、遂に枝から手を滑らせてしまった。
これじゃ、間に合わない!
そう思っていたら、ハリネズミくんの前足をガシッと掴んだのはキツネさんだった。なんだかんだ、ハリネズミくんのことは大切に思ってくれていたみたいだ……
もうだいぶやらかした後だけど! だいぶやらかした後だけど! というかこの状況、ほぼ全部がキツネさんがはっちゃけたせいなんだけど!
キツネさんは数秒持ち堪えるけれど、残った片足では体を支えきれず、2匹の体は宙に放たれる。
でも、そのおかげで間に合った。
私が空に伸ばした左手の中に、天輝さんが舞い降りる。
『天輝く金烏の剣!』
私は力を解放すると、すぐさま地面を蹴って跳び上がる。
中空を自由落下するハリネズミくんとキツネさんの体。それを私の右手で抱きしめた。
よし、掴めた。そう思っていたら、もう一本、誰かの腕が二人を掴んでいた。
「ミントくん……!」
顔を上げると、ミントくんが二人の体を掴んでいたのだ。
「ナコンが狂化の力を使ったから、何かが起こったと思って見にきたんだ……おかげで間に合った」
「ミントくん……」
二人で大事に、ハリネズミくんとキツネさん、あらためヤコンさんを抱えて地面に降り立つ。
2匹を地面に下ろすと、ミントくんは語り始める。
「俺は大切なことを忘れていたようだ……。ドラゴンを飼いたいという野望を叶えるのも……男としては大切なことだ……。でも、こいつらのことも、俺にとって同じくらい大切な存在だ……。それを犠牲にしてまで、叶えることじゃない……そう、今のことで気付かされたよ……」
「ミントくぅん……」
「……という感じで今回の件は手打ちにしてもらえないだろうか?」
私はにっこりと答える。
「うん、ダメかな?」
さっきから私の手は絶対に逃さないようにがっしりとミントくんを掴んでいた。そして–––
「そもそも自分の野望のためにクーデーターとか起こしちゃダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメぇえええええ!」
私の手加減した全力のラッシュがミントくんごと、その野望を打ち壊した。
***
そして翌朝。
やらかしてしまった……。やらかしてしまったよ……。
私の横にはボコボコにされて顔を腫らしたミントくんがいる。仕方なかったこととはいえ、お世話になってる家の息子さんを、ボコボコにしてしまった。
「おや、ミント、その顔はいったい……!」
案の定、ミントくんのお父さんことルバーブさんはミントくんの顔を見て、目を丸くする。
「別に……何も……」
さすがにあそこまでボコボコにされると、演技する余裕もないのか、ぶっきらぼうないつものミントくんだ。
そして、そんなミントくんの横では、気まずそうにしている私がいる。ルバーブさんの目にも誰がやったかバレバレだろう……。
これはお家を放り出されるかもしれない。
ルバーブさんは私とミントくんを交互に見比べると、ふむ、と一度頷いたあと、にっこりと笑顔になった。
「二人で喧嘩でもしたのですかな? 喧嘩するほど仲がいいというやつですな。ははは」
屈託なく朗らかに笑う、ルバーブさんを見て思った。
この人、案外大物なのかもしれないと……。さすがミントさんのお父さんである。
こうしてミントくんの野望は敗れ、ミントくんのご実家での残りの滞在期間を、私は平穏に過ごしたのであった。
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