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268.
しおりを挟む晩御飯の席で、ようやくスリゼルくんと対面できた。
「ようそこいらっしゃいました、エトワさま、アリエル家の屋敷に。歓迎しますよ」
スリゼルくんからも到着から3時間遅れの歓迎を受け、私はアリエル侯爵家の晩餐に同席することになった。
晩餐のご機嫌なメンバーは、この私エトワと、私と兄弟みたいに一緒の家で育ったはずの幼馴染スリゼルくん、そしてスリゼルくんのお父さん、以上!
この3人で食卓を取り囲む……
「…………」
のだけれど、みんな無言の食卓だった。
暗い……。今度こそ、私は屋敷の照明の問題についての客観的な意見ではなく、この屋敷に流れる空気そのものについて言及してしまった。
もう認めざる得ない。この屋敷は暗い……。照明とかではなく、空の天気でもなく、雰囲気が暗い……。とにかく、何もかもが暗い。
今、私が口に運ぶ料理は、ラザラスさんが玄関からワゴンで運んでくれたものだ。
おそらく、別のお屋敷で暮らしている使用人さんたちが、作って玄関まで運んでくれたものなのだろう。
運ぶ手間もあってか、料理は冷めていたが、高級な食材を使っているはずなので美味しいはずだった。
でも、私はその料理の味を感じていなかった。味がしない……
だって食卓に一言も会話がないのだ。ただ料理を口に運ぶだけの作業をさせられているのだ。
家族の食卓にお邪魔したというのに、ラザラスさんもスリゼルくんも一言も言葉を発さない。
ソフィアちゃんの家でも、リンクスくんの家でも、ミントくんの家でもこんなことはなかった。
ソフィアちゃんの家では、鳥の胸肉がどんなに有用か、日々家族で議論していた。リンクスくんの家では、リンクスくんの弟、フェーリスくんがたくさん話してくれた。ミントくんの家でも、ルバーブさんが穏やかに食事の会話をつないでくれて、ミントくんの相槌も響いていた。
直前にお世話になったクリュートくんの家なんて、ついつい馴染みすぎて、クリュートくんのお母さんを「おかあさん」と呼んでしまい、クリュートくんにキレられたぐらいだった。それぐらい、穏やかに過ごせていたのだ……
落差が……落差がツラい……
私は味のしない料理を、黙々と口に詰め込んだ。
作ってくれた使用人さんたちのために、残すわけにはいかないのだ。
「あの、いつも二人で食事してるんですか……?」
私はなんとか、この家の食事に会話という明かりを灯そうと、話題を投げかけてみた。
我ながら、会話の切り出しとしてはあんまりよくない話題の選択だったかもしれない。でも、場の空気に追い詰められて、適切な話題を選択する余裕がなかったのだ。天気の話をしようにも、外は小雨が降り始めていたし……
いきなり空気を読まず明るい話題を投げ込むという手段もあった。
でも、こんな空気の中、明るい話題のボールをえーいと投げ込み、それを全員からスルーされて、その話題が地面にてんてんと転がった日には、私はきっと立ち直れない。この屋敷での滞在中、ベッドで泣いて過ごすことになるかもしれないし、その空気の寒さに、そのまま凍え死んでしまうかもしれない。
私は異世界生活の中で、はじめての死線に巡り合っていた。
そんな私の投げた会話のボールは、スリゼルくんに悪い意味でヒットしたようだった。
「すみません、母は重い病気にかかっていて、部屋からでられないんですよ」
そうなんですね、お母様もいらっしゃるんですね。
スリゼルくんにもお父様にも教えてもらえなかった初聞きの情報と、その情報がなかったことにより「なんでお母さんが屋敷にいるのに、二人で飯食ってんだー?」みたいに私の発言がスリゼルくんに解釈されたっぽいことについて、誰かに抗議したい気持ちがあったけど、そんな心が開いた会話ができる相手はこの場にはいなかった……
「そうなんだ……」
私はただ相槌を絞り出しながら、メインディッシュを口の中に運ぶ。
一瞬、ごめんね、と謝ろうかと口が動きかけたが、なぜだろう、そうするとスリゼルくんと距離を縮める機会が一生ない気がして、私はぐっと堪えた。
「伝染する病気なので、家族以外は会わないようにしてるんです。屋敷に使用人をおかないのも、それが理由です。エトワ様も、妻には接触しないようにお願いします。病気がうつっては困りますから。あとでスリゼルに案内させて、妻の部屋を教えます。その部屋には立ち入らないようにお願いします」
補足するように私に説明したラザラスさんの言葉に、私は頷いた。
でも、不思議な病気だ。スリゼルくんやラザラスさんみたいな家族には、伝染しないのだろうか?
疑問は生まれたが、それを聞くわけにもいかず、私はぬるくて味がしないスープを飲み干した。
残さない。私は絶対に残さない。
***
食事のあと、スリゼルくんはお母さんの部屋の前まで案内してくれた。
これでお母さんとご挨拶なんて、前向きな案内ならよかったんだけど、逆にこの部屋には関わるなという感じのご案内なのだから、どう反応したものやら……
スリゼルくんの案内してくれた部屋の周りは、一際、暗かった。
もちろん、照明が……。人が暮らしているというのに、明かりをほとんどつけていないのだ。
これでは暮らしている人も、気分が沈むというものではないだろうか。
「ここが母さまの部屋です」
母さまと呼んでいるんだ、とか内心失礼なことを思いながら、私はこくりと頷いた。
すると、部屋の向こうから、女性の声が聞こえてきた。
「スリゼル、いるの?」
病気を患っているような、弱々しい声の響きではないような気がした。
むしろはっきりとした、意思を感じる女性の声だ。ただ、その感情は明るさや喜びから遠い遠い、暗く離れた場所にずっといたような声だった。
スリゼルくんは珍しく焦ったように口を開いた。
「母さま、客がきているんだ。ほら母さまが前に話していたろ? 公爵家のエトワだよ……」
私はその言葉に違和感を覚えた。
スリゼルくんのお母さまが話していた? それはとても変な発言だった。
だって、私はお母さまの方ではなく、スリゼルくんと交流がある人間なのだ。もし、家族の間で私の話題がでるなら、スリゼルくん側がお母さまに私の話題をだすはずなのだ。
首を傾げていると、扉の向こうから声が聞こえてきた。
「そう……ダリアの娘が……」
ダリア、それは私のこの世界での出生上のお母さんの名前だった。
最近、ルヴェンドの屋敷によく遊びにきてくれる。生まれてから数年会ってくれなかったし、いろんな噂から、私のことは嫌ってるのかなって思ってたけど、最近は公爵家の奥方としてソフィアちゃんたちの様子をみにくるついでに、私にもいろいろと構ってくれるようになった。いい人だよねぇ。
部屋の向こうからの声は、そこで止まってしまった。
スリゼルくんは私に振り返ると、張り付いた笑顔で言った。
「母は病気で弱っていまして。お互いのためにも、あまりこの部屋には近寄らないようにしてください」
それだけ言うと、私の返事すら待たずに部屋を離れていった。
はぁ……クリュートくんのお母さんのシチューが食べたい。
※あとがき
書き溜めがなくなってしまったので明日からの更新怪しくなります。
年末年始がんばろうと思ったのですが、すみません。
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