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Ep.1
第16話 セーラー服とクルーザー
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年が明け、迎えた新年。神暦九八九年一月五日。
この世界に正月という文化は無いけれど、街にはまだこの時期特有の浮ついた空気感が残っている。
カーテンを閉め切った水上バスの船内。凪沙は僅かなカーテンの隙間からそんな王都の様子を冷めた表情で窺っていた。
昨年末、オトに交渉官の仕事を任されたものの詳細について聞かされることはなかった。
向こうが用意したスーツケースを持って、言われるがままにこの水上バスに乗っただけ。行き先がどこなのか、誰と交渉するのか、何も知らずにただただ船に揺られている。
しかし、銀髪碧眼という見た目だけで襲われることはないと女王は言っていたので、それほど危険な仕事では無いのだろうと勝手に想像している(見捨てられた、裏切られた訳でなければの話だが)。
やがて水上バスが港に接岸する。
操舵していた騎士軍の人がブリッジから出てきて、こちらですと案内される。
降り立つと、どうやら軍港のようだ。一般人の姿は見当たらない。
何が入っているのかも分からない、重たいスーツケースを引きながら軍人の後ろを付いていく。
停泊している帆船の周りでは何やら慌ただしく作業をしている人たちが居た。荷物を積んだり、整備をしたり。これからどこかへ出港するのだろうか。
「…………」
そんな光景を横目に、無言で歩き続けること数分。
見えてきたのは港の片隅にぽつんと浮かぶ小型のクルーザー。その傍にはとても軍人とは思えないセーラー服を着た少女が佇んでいる。
その少女はこちらに気が付くと、目を輝かせて両手を大きく振った。
「ナギサちゃ~ん! こっちこっち!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、凪沙の名前を大声で叫ぶ。
周りの人から一瞬注目される。
何この子。恥ずかしいからやめてよ……。
ここまで案内してくれた軍人は、一礼すると去っていってしまった。
つまりこの先は彼女の指示に従えと。
セーラー服の少女は勢いよく駆け寄ってくるなり、凪沙の手を握って言った。
「あなたが攫い波で記憶を無くしたオセアーノね? めちゃくちゃ可愛くてびっくりしたよぉ!」
「ど、どうも……」
超ハイテンションなお出迎えに、少し引いてしまう。
「オトちゃんから話は聞いてるよ。交渉官を志望したんだってね? いやぁ、この場面でナギサちゃんが来てくれたの本当にありがたい! ちょうど行き詰まってたところだったからさぁ」
志望はしていない。それに何かすごく期待されているような? しかも今、女王であるオトをちゃん付けで呼んだ?
言いたいことは山ほどあるが、彼女の一方的なトークはまだ続く。
「やっぱりオセアーノとの交渉はオセアーノに任せるのが一番! ってな訳で今日からはナギサちゃん、交渉よろしくぅ! あ、ちゃんと現地までは送るから安心してね~」
セーラー服の少女は話が終わるなり自然な流れでクルーザーに乗り込もうとするので、凪沙は慌てて引き止める。
「ちょ、ちょっと待って下さい。私、交渉官の仕事について、何も説明を受けてないんですけど……」
すると、彼女はぴたりと動きを止めて、きょとんとした顔でこちらを見た。
「えっ、そなの? てっきりオトちゃんから全部聞いてると思ってた。もうナギサちゃんったら、早く言ってくれればいいのに~!」
笑いながら肩をぽんぽんと叩いてくる。
言う暇を与えなかったのはあなたのくせに。
「んじゃとりあえず、その辺は移動中に教えるよ。さぁ乗って乗って。私の自慢のクルーザー!」
外見は普通の白いクルーザーだったが、内装は水色やピンク色などパステルカラー多めでとても軍用の船とは思えないファンシーさだ。
「私の名前はパラキャントゥラス=ヒパタス。パラでいいよ?」
片手で舵を操りながら背を向けたまま自己紹介をするパラ。
船の揺れと共に彼女の青髪のサイドテールも左右に揺れる。
それにしても、どうしてパラはセーラー服なのだろうか?
騎士軍の女性はあちこちで見かけたことがあるけれど、誰もが皆しっかりと軍服に身を包んでいた。少なくともこんな開放的な服装はしていなかった。
「パラさんも騎士軍の所属なんですよね? その恰好で戦うんですか?」
怒らせてしまわないかと思いつつも、やっぱり気になるものは気になるので突っ込んだ質問をしてみる。
するとパラは気にする風もなく朗らかに笑った。
「あはは、それいつも訊かれる~。一応言っとくけど、これ学校の制服じゃなくて水兵服だからね? 船乗り的には正しい服でしょ? あと私、戦いには参加しないんだ」
つまり彼女は非戦闘員?
小首を傾げる凪沙の様子を横目でちらりと見遣ったパラは説明を加える。
「私の役割はさ、何でも屋って言ったらいいのかな? 救護も兵站も諜報も宣伝も頼まれたら何でもやる。だけど前線で戦うことはない。そういう役割なんだ。もちろん自分の身は自分で守らなきゃだから最低限の武器は持ってるけど、あんまり使いたくないんだよねぇ。扱い慣れてないし、ちょっと怖いじゃん?」
なるほど、軍の中にはそういう役回りの人もいるのか。
「へぇ、そうなんですね。じゃあその服はパラさんの所属する部隊の制服ですか?」
「いや違うけど?」
即座の否定。
「えっ? でもだって……」
セーラー服を指差して、困惑の表情を浮かべる凪沙。
仕事中なのに正式な恰好じゃないの?
「そんな何でもやる部隊なんてものは騎士軍には存在しない。強いて言うなら私一人の特殊部隊? だから制服とか特に無いし、私が着たいものを着てるだけ。可愛いでしょ?」
確かに可愛いけれども。
戦えない少女を単独で任務に当たらせるなんて、騎士軍はどういうつもりなのだろう。しかもあれだけの多岐にわたる業務を。
「パラさんは、さっき言っていたことをたった一人で全部やってるんですか!?」
驚きと心配のあまり、思わず立ち上がってしまう。
「そだよ。ってナギサちゃん、座ってないと危ないよ~」
「このこと、オトさんやアーシムさんは知ってるんですか? 騎士軍がこんなに酷いことをしてるって教えてあげないと……!」
次の瞬間、高波で船が大きく揺れる。
「ひゃっ!」
バランスを崩し転びそうになる凪沙の腕を、パラは片手で力強く掴んだ。
「気遣ってくれてありがとね。でも私、ナギサちゃんよりお姉さんだから。ナギサちゃんが気にすることはないよ」
転ばないようにしっかりと立つと、彼女は私の腕から手を離す。
「群島の周りは波が荒いからねぇ」
それから前方を見据えたまま独り言を呟いたパラに、凪沙はふと問うた。
「ん? お姉さん? パラさんって、おいくつなんですか……?」
「あぁ、歳は二十二だよ。でもよく学生に間違われるんだよねぇ。やっぱ童顔だからかなぁ」
二十二歳……。
まさか六歳も年上だったとは。てっきり同年代だと思っていた。
「って、そんなことより交渉官の説明しないとじゃん! もうすぐ着いちゃうよ~」
パラが突然慌てた様子で声を上げる。
そうだった、まだ肝心な説明を受けていなかった。
「えぇっと、どこから話せばいいんだ? って全部か。じゃあざっくりと教えるね……」
目的地に到着するまでの数分間。凪沙は交渉する相手とその内容について本当に最低限、彼女の言葉通りざっくりと教えてもらった。
この世界に正月という文化は無いけれど、街にはまだこの時期特有の浮ついた空気感が残っている。
カーテンを閉め切った水上バスの船内。凪沙は僅かなカーテンの隙間からそんな王都の様子を冷めた表情で窺っていた。
昨年末、オトに交渉官の仕事を任されたものの詳細について聞かされることはなかった。
向こうが用意したスーツケースを持って、言われるがままにこの水上バスに乗っただけ。行き先がどこなのか、誰と交渉するのか、何も知らずにただただ船に揺られている。
しかし、銀髪碧眼という見た目だけで襲われることはないと女王は言っていたので、それほど危険な仕事では無いのだろうと勝手に想像している(見捨てられた、裏切られた訳でなければの話だが)。
やがて水上バスが港に接岸する。
操舵していた騎士軍の人がブリッジから出てきて、こちらですと案内される。
降り立つと、どうやら軍港のようだ。一般人の姿は見当たらない。
何が入っているのかも分からない、重たいスーツケースを引きながら軍人の後ろを付いていく。
停泊している帆船の周りでは何やら慌ただしく作業をしている人たちが居た。荷物を積んだり、整備をしたり。これからどこかへ出港するのだろうか。
「…………」
そんな光景を横目に、無言で歩き続けること数分。
見えてきたのは港の片隅にぽつんと浮かぶ小型のクルーザー。その傍にはとても軍人とは思えないセーラー服を着た少女が佇んでいる。
その少女はこちらに気が付くと、目を輝かせて両手を大きく振った。
「ナギサちゃ~ん! こっちこっち!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、凪沙の名前を大声で叫ぶ。
周りの人から一瞬注目される。
何この子。恥ずかしいからやめてよ……。
ここまで案内してくれた軍人は、一礼すると去っていってしまった。
つまりこの先は彼女の指示に従えと。
セーラー服の少女は勢いよく駆け寄ってくるなり、凪沙の手を握って言った。
「あなたが攫い波で記憶を無くしたオセアーノね? めちゃくちゃ可愛くてびっくりしたよぉ!」
「ど、どうも……」
超ハイテンションなお出迎えに、少し引いてしまう。
「オトちゃんから話は聞いてるよ。交渉官を志望したんだってね? いやぁ、この場面でナギサちゃんが来てくれたの本当にありがたい! ちょうど行き詰まってたところだったからさぁ」
志望はしていない。それに何かすごく期待されているような? しかも今、女王であるオトをちゃん付けで呼んだ?
言いたいことは山ほどあるが、彼女の一方的なトークはまだ続く。
「やっぱりオセアーノとの交渉はオセアーノに任せるのが一番! ってな訳で今日からはナギサちゃん、交渉よろしくぅ! あ、ちゃんと現地までは送るから安心してね~」
セーラー服の少女は話が終わるなり自然な流れでクルーザーに乗り込もうとするので、凪沙は慌てて引き止める。
「ちょ、ちょっと待って下さい。私、交渉官の仕事について、何も説明を受けてないんですけど……」
すると、彼女はぴたりと動きを止めて、きょとんとした顔でこちらを見た。
「えっ、そなの? てっきりオトちゃんから全部聞いてると思ってた。もうナギサちゃんったら、早く言ってくれればいいのに~!」
笑いながら肩をぽんぽんと叩いてくる。
言う暇を与えなかったのはあなたのくせに。
「んじゃとりあえず、その辺は移動中に教えるよ。さぁ乗って乗って。私の自慢のクルーザー!」
外見は普通の白いクルーザーだったが、内装は水色やピンク色などパステルカラー多めでとても軍用の船とは思えないファンシーさだ。
「私の名前はパラキャントゥラス=ヒパタス。パラでいいよ?」
片手で舵を操りながら背を向けたまま自己紹介をするパラ。
船の揺れと共に彼女の青髪のサイドテールも左右に揺れる。
それにしても、どうしてパラはセーラー服なのだろうか?
騎士軍の女性はあちこちで見かけたことがあるけれど、誰もが皆しっかりと軍服に身を包んでいた。少なくともこんな開放的な服装はしていなかった。
「パラさんも騎士軍の所属なんですよね? その恰好で戦うんですか?」
怒らせてしまわないかと思いつつも、やっぱり気になるものは気になるので突っ込んだ質問をしてみる。
するとパラは気にする風もなく朗らかに笑った。
「あはは、それいつも訊かれる~。一応言っとくけど、これ学校の制服じゃなくて水兵服だからね? 船乗り的には正しい服でしょ? あと私、戦いには参加しないんだ」
つまり彼女は非戦闘員?
小首を傾げる凪沙の様子を横目でちらりと見遣ったパラは説明を加える。
「私の役割はさ、何でも屋って言ったらいいのかな? 救護も兵站も諜報も宣伝も頼まれたら何でもやる。だけど前線で戦うことはない。そういう役割なんだ。もちろん自分の身は自分で守らなきゃだから最低限の武器は持ってるけど、あんまり使いたくないんだよねぇ。扱い慣れてないし、ちょっと怖いじゃん?」
なるほど、軍の中にはそういう役回りの人もいるのか。
「へぇ、そうなんですね。じゃあその服はパラさんの所属する部隊の制服ですか?」
「いや違うけど?」
即座の否定。
「えっ? でもだって……」
セーラー服を指差して、困惑の表情を浮かべる凪沙。
仕事中なのに正式な恰好じゃないの?
「そんな何でもやる部隊なんてものは騎士軍には存在しない。強いて言うなら私一人の特殊部隊? だから制服とか特に無いし、私が着たいものを着てるだけ。可愛いでしょ?」
確かに可愛いけれども。
戦えない少女を単独で任務に当たらせるなんて、騎士軍はどういうつもりなのだろう。しかもあれだけの多岐にわたる業務を。
「パラさんは、さっき言っていたことをたった一人で全部やってるんですか!?」
驚きと心配のあまり、思わず立ち上がってしまう。
「そだよ。ってナギサちゃん、座ってないと危ないよ~」
「このこと、オトさんやアーシムさんは知ってるんですか? 騎士軍がこんなに酷いことをしてるって教えてあげないと……!」
次の瞬間、高波で船が大きく揺れる。
「ひゃっ!」
バランスを崩し転びそうになる凪沙の腕を、パラは片手で力強く掴んだ。
「気遣ってくれてありがとね。でも私、ナギサちゃんよりお姉さんだから。ナギサちゃんが気にすることはないよ」
転ばないようにしっかりと立つと、彼女は私の腕から手を離す。
「群島の周りは波が荒いからねぇ」
それから前方を見据えたまま独り言を呟いたパラに、凪沙はふと問うた。
「ん? お姉さん? パラさんって、おいくつなんですか……?」
「あぁ、歳は二十二だよ。でもよく学生に間違われるんだよねぇ。やっぱ童顔だからかなぁ」
二十二歳……。
まさか六歳も年上だったとは。てっきり同年代だと思っていた。
「って、そんなことより交渉官の説明しないとじゃん! もうすぐ着いちゃうよ~」
パラが突然慌てた様子で声を上げる。
そうだった、まだ肝心な説明を受けていなかった。
「えぇっと、どこから話せばいいんだ? って全部か。じゃあざっくりと教えるね……」
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