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Ep.2
第28話 キラキラ笑顔の裏側は
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「は?」
リューグ王国を吸収合併ですって? このアホピンクは何を言っているのかしら?
あまりに突拍子の無い要求に、素っ頓狂な声を漏らしたオト。
アカリはこちらが聞き取れなかったとでも思ったのか、もう一度同じ要求を口にする。
「だからぁ、リューグ王国の領域をカイビトス公国に吸収合併させてほしいって言ってるのっ!」
八十万人以上が住む国家一つを、まるでお小遣いをねだる子供のようなノリで頂戴とお願いされても困る。そもそもこんな無茶苦茶な要求、受け入れられる訳がない。
女王はすかさず首を横に振る。
「それは無理な相談ね。リューグ王国には千年近い歴史が、伝統があるの。いきなり『合併させろ』と言われて『はいそうですか』と答えられるほど、軽いものでは無いわ」
すると魔法少女は拗ねた様子で「ちぇ~っ」と唇を尖らせ、それからこんな発言をした。
「でも私、オトさんが吸収合併の合意書に調印してくれるまで帰らないよっ? ず~っとこのお城に居座り続けることになるけど、それでもいいのかなっ?」
声音や表情や仕草をいくら可愛くしたところで、これはもはや脅迫だ。
彼女の悪ふざけにはもう付き合っていられないわ。
オトは月白の目でアカリを見据えた。
「とにかく、私が公国側のその要求を呑むことは無い。だからお互いにちゃんと話し合って、納得のいく妥協点を見つけましょう。あなたがここへ来たのも、その為なんじゃないの?」
感情の無い、色の無い瞳で、強く睨みつける。
この視線を受けると大抵の人間は怖気付いて動けなくなる。はずなのだけれど、彼女の顔から怯えは一切感じ取れない。
至って変わらない太陽のようなキラキラ笑顔のまま、こくりと頷いた。
「うん、その通りだよオトさんっ。一方的に言うだけなら手紙で十分だもんねっ!」
「ええ。分かってくれて良かったわ」
とりあえず話し合いに持ち込むことは出来た。延々と居座り続けられるという最悪の事態を回避し、静かにホッと胸を撫で下ろす。
両者の折り合いがつくところを探すにあたって、女王はまず相手のあの無茶な要求の詳細な条件を聞くことにした。
「で、リューグ王国の吸収合併って結局どういう内容だったのかしら? 属国にでもするつもりだったの?」
デルフィーノに淹れてもらった泡乳珈琲を啜りつつ、アカリの答えを待つ。
「あははっ、属国なんてそんな中途半端な扱いにはしないよ~っ。完全なカイビトス公国の一部にした上で、私が領主として治めるっ。それが合意書の内容だよっ!」
「じゃあその場合、私はどういう立場になるの?」
「えっ? 立場なんか無いよぉ? 貧しく平民として暮らすか、楯突いて殺されるかの二択でしょっ」
どうしてそれで私に合意してもらえると思ったのかしら。得をするのはあなただけじゃない……。呆れて物も言えない。
こちらがしばらく黙っていると、アカリは何かに気付いたようにハッと口を開けた。
「あっ、そっか、そうだよねっ! オトさんも女王様の地位を捨てたくないよねっ!」
ようやく合意書の内容の決定的な問題点に思い至ったらしい。
彼女は言葉を続ける。
「そしたらさ、こうしようよっ!」
両者が納得出来る妙案でも浮かんだのだろうか。小首を傾げるオトに、魔法少女はやや上から目線な口調で得意げに言った。
「リューグ王国って名前も女王様がオトさんっていうのもそのままでいいから、私の言いなりになってよっ。傀儡政権、傀儡国家っ! これなら文句無いでしょっ?」
「いえ大有りよ!」
反論というよりツッコミに近い返しをして、オトは立ち上がる。
カイビトス公国の使節として本気で話し合う気はあるの? それともこれがカイビトス公国側の構えってこと?
どちらにしろ、リューグ王国を下に見られるのは不愉快だ。
「どうやらアカリはこの国が、というよりは国民と土地と海が欲しいようだけれど。あなたの提示する内容は断じて受け入れられるものではないわ。条約加盟国同士、対等な立場で議論しましょう。でなければ、今すぐ帰ってちょうだいな」
静謐さの中に怒りが滲んだ声は、冬の月夜の寒風の如き冷たさで。
それでもアカリは微塵も恐れを抱いていないようだった。冗談っぽく泣き真似をしてから笑顔でさらりと受け流す。
「え~んっ、帰れなんて酷いよぉ……。って、そりゃあこうなるに決まってるよねっ! ちゃんと話し合うから、あんまり怒らないでっ!」
今度こそ信じていいのだろうか?
出会った時から今に至るまで、ずっとこの調子で振る舞い続けるアカリをどうも信用できない。彼女の言動や行動の真意が読めないため、余計に疑心暗鬼になってしまう。
オトは椅子に座り直し、少し冷めた泡乳珈琲を口に含んだ。ホッと息を吐き、心を落ち着けてから話し合いを再開する。
「リューグ王国を吸収合併した場合、アカリや公国が得られる一番の利益は何? 海洋資源とか通航権なら、交渉次第ではある程度譲る余地もあると思うけれど」
別にこちらは強硬姿勢を取っている訳ではない。両国の伝統や文化、主権を尊重したものであるなら、それなりに譲歩の用意はある。
「利益……。う~ん、何だろうなぁ?」
アカリは唇に指をトントンと当てながら右上に視線を向けた。
今回は割と真剣に考えたようで、答えを口にするまでに十秒ほどの時間を要した。
「カイビトスの国家的には確かにそういうのが利益なんだろうけど……。でも私は興味無いかなぁ」
苦笑を浮かべて困ったような表情を見せるアカリ。
国の利益に興味が無いなんて使節として失格なのではないか。
そんな風に思っていると、不意に彼女のキラキラした赤い瞳から光が消えた。明らかに雰囲気がおかしい。
「だって私の夢はねっ、この世界をぜ~んぶ支配して、まるごと救ってみせることなんだからっ! この国を手中に収めることはあくまでその第一歩で、アカリの望みは自分が領主になるかオトさんが言いなりになってくれるかのどっちかだけ。それが叶いそうにないなら、もう後はどうでもいいやって感じっ」
焦点の定まらない、輝きを無くした燕脂色の目を見開いて「あはははっ」と不気味に笑う。その姿は魔法少女というよりも。
「魔女……」
そう呼ぶに相応しい異質なオーラを放っていた。
「ねぇアンタ」
ひとしきり笑い終えたアカリが、真顔で私に話しかけてくる。先ほどまでのキャピキャピした態度からは想像もつかない、ドスの利いた低い声。
「私知ってるよ? この国がオセアーノの人権を侵害してるってこと。これってさ、アンタの言う条約ってやつに違反してるよね? そっちは約束破ってんだから、対等とか言って同じ目線に立つのやめてくれる? さっさと私に国を寄越しなさいよ。じゃないとアンタを殺す」
なるほど、この切り札を隠し持っていたから強気に出られたのね。
でも、いくらリューグ王国側に条約違反があったからと言って、カイビトス公国による吸収合併が認められるはずがない。条約加盟国同士の国境線変更には、加盟国会議において過半数の同意を得る必要がある。海異が出現した十年前から会議は開かれていないが、まさか根回しが済んでいるなんてことはあるまい。
さて、向こうが切り札を出したからには、こちらも切り札っぽいものを出してみましょうか。
「寄越せだの殺すだの、随分と横暴ね。これがアカリの本当の性格? いえ、あなたはアカリですら無かったわね。いいわよ、殺せるものなら殺してみなさい。……トダ=ミカゲさん?」
「アンタ、どこでその名前をッ……!」
刹那、自称アカリことミカゲは眉間に皺を寄せて強く歯噛みした。
本名を言い当てられた動揺と、その名で呼ばれたことへの嫌悪。
水霊の窓のアカリのステータス画面に書かれていたあの名前、やはりそちらが本当の名前だったみたいね。当てが外れなくて良かったわ。
だが、オトは少々やり過ぎてしまったらしい。
魔法少女は怒りに身を震わせながら、テーブルに身を乗り出して右手で女王の胸ぐらを掴むと。
「殺してやるッ! この世界は私の為だけに存在してるんだ! アンタみたいなNPC、さっさと殺してやる!」
そのまま左手の平をこちらに向けて、感情のままに叫んだ。
「魔法目録二条、魔法光線!」
まさか本気で殺すつもりなの? 後処理とか考えないの?
オトは慌てて怒り狂うミカゲを宥める。
「ちょっと待ちなさいな。今のは私が悪かったわ。だから……!」
「NPCの命乞いとか、プレイヤーに通じると思う?」
NPCとかプレイヤーとか、この子は何を言っているのだろう。
いや、今はそんなことより。この距離で魔法を発動されたら流石のオトでも避けられない。早く何とかしなければ。
「あははっ、死ねぇッ!」
「っ……!」
ミカゲの左手に魔力の光球が形成され、今にも光線として放たれようとしている。
まだ何も果たせていない、まだ何も成し遂げていないのに。
私の人生は、ここまでなのか。
もう駄目だと諦めて目を瞑った、その時。
『ピコン!』
謎の電子音が女王と魔法少女の二人だけしかいない部屋に響き渡った。
突然の出来事にミカゲは動きを止める。
「誰だッ!?」
音源を探るようにキョロキョロと室内を見回す彼女に、若い男性の声が告げる。
『カイビトスはリューグと戦争でもするおつもりですか? 親衛隊の魔導士殿、他国内での武力行使は控えて下さい。ああ、申し遅れました。僕はマリンピア民主国外務副大臣のサメシマ=ヨシキです。オト女王、許可なく通信機を使用したことをどうかお許し下さい』
相当昔のことなのですっかり忘れていたが、この部屋にはマリンピア民主国政府が緊急時にやり取りが出来るようにと通信機(ホットライン)を設置してくれていた。彼の口ぶりからするとここまでの一部始終が向こうに伝わっているようで、もしかしたら設置されて以降ずっと盗聴されていたのではないかと疑ってしまうけれど、これのおかげで私は殺されずに済んだのだ。今は一旦不問としておこう。
「ええ、それは構いませんが。サメシマ副大臣、どうしてカイビトスの人間がリューグに来ていることを知っているのですか?」
『一応全ての条約加盟国に我が国の職員を派遣していますからね。主要都市で起こっている事は全てリアルタイムで把握していると考えてもらって構いません。海路が寸断されていた間も、常に各国の情報は収集分析していましたよ。もちろんリューグ国民のオセアーノ差別についても、です』
いずれ追求されることになるとは分かっていたけれど、国民による人種差別はカイビトス公国にもマリンピア民主国にもバレバレだったって訳ね。
『それでですね、オト女王。国際条約に則りまして、マリンピア政府としても差別問題についての調査を行いたく思っておりまして。現在カイビトス経由で外交官を一人そちらに向かわせております。折角カイビトスの高官もいることですし、この問題について三ヶ国で協議するというのはいかがでしょうか?』
ミカゲと二人きりではまともに話し合えそうもなかったので、この申し出は正直とても助かる。オトとしては断る理由がない。
「私は賛成です。人種差別問題に関しては私も早く解決したいと思っていました」
続けて、海の向こうの第三国に突然介入されて目の前の敵を殺し損ねた魔法少女も渋々首肯する。
「……まあ、別に何でもいいよ」
『ありがとうございます。明後日の午前中には到着すると思いますので、それまではどうか平和的な論議をお願いしますね。では、失礼いたします』
サメシマとの通信が切れる。
「平和的に、ですって」
オトがちらりとミカゲの顔を見遣ると、彼女はわざとらしいキラキラ笑顔を浮かべて言った。
「アカリは争いごとなんて大嫌いな平和主義者だよっ☆ それじゃあオトさん、おやすみ~っ!」
明後日まで話し合いは持ち越しとなり、この部屋にいる意味が無くなった自称アカリは、用意された来賓用のゲストルームへと足早に向かって行った。
リューグ王国を吸収合併ですって? このアホピンクは何を言っているのかしら?
あまりに突拍子の無い要求に、素っ頓狂な声を漏らしたオト。
アカリはこちらが聞き取れなかったとでも思ったのか、もう一度同じ要求を口にする。
「だからぁ、リューグ王国の領域をカイビトス公国に吸収合併させてほしいって言ってるのっ!」
八十万人以上が住む国家一つを、まるでお小遣いをねだる子供のようなノリで頂戴とお願いされても困る。そもそもこんな無茶苦茶な要求、受け入れられる訳がない。
女王はすかさず首を横に振る。
「それは無理な相談ね。リューグ王国には千年近い歴史が、伝統があるの。いきなり『合併させろ』と言われて『はいそうですか』と答えられるほど、軽いものでは無いわ」
すると魔法少女は拗ねた様子で「ちぇ~っ」と唇を尖らせ、それからこんな発言をした。
「でも私、オトさんが吸収合併の合意書に調印してくれるまで帰らないよっ? ず~っとこのお城に居座り続けることになるけど、それでもいいのかなっ?」
声音や表情や仕草をいくら可愛くしたところで、これはもはや脅迫だ。
彼女の悪ふざけにはもう付き合っていられないわ。
オトは月白の目でアカリを見据えた。
「とにかく、私が公国側のその要求を呑むことは無い。だからお互いにちゃんと話し合って、納得のいく妥協点を見つけましょう。あなたがここへ来たのも、その為なんじゃないの?」
感情の無い、色の無い瞳で、強く睨みつける。
この視線を受けると大抵の人間は怖気付いて動けなくなる。はずなのだけれど、彼女の顔から怯えは一切感じ取れない。
至って変わらない太陽のようなキラキラ笑顔のまま、こくりと頷いた。
「うん、その通りだよオトさんっ。一方的に言うだけなら手紙で十分だもんねっ!」
「ええ。分かってくれて良かったわ」
とりあえず話し合いに持ち込むことは出来た。延々と居座り続けられるという最悪の事態を回避し、静かにホッと胸を撫で下ろす。
両者の折り合いがつくところを探すにあたって、女王はまず相手のあの無茶な要求の詳細な条件を聞くことにした。
「で、リューグ王国の吸収合併って結局どういう内容だったのかしら? 属国にでもするつもりだったの?」
デルフィーノに淹れてもらった泡乳珈琲を啜りつつ、アカリの答えを待つ。
「あははっ、属国なんてそんな中途半端な扱いにはしないよ~っ。完全なカイビトス公国の一部にした上で、私が領主として治めるっ。それが合意書の内容だよっ!」
「じゃあその場合、私はどういう立場になるの?」
「えっ? 立場なんか無いよぉ? 貧しく平民として暮らすか、楯突いて殺されるかの二択でしょっ」
どうしてそれで私に合意してもらえると思ったのかしら。得をするのはあなただけじゃない……。呆れて物も言えない。
こちらがしばらく黙っていると、アカリは何かに気付いたようにハッと口を開けた。
「あっ、そっか、そうだよねっ! オトさんも女王様の地位を捨てたくないよねっ!」
ようやく合意書の内容の決定的な問題点に思い至ったらしい。
彼女は言葉を続ける。
「そしたらさ、こうしようよっ!」
両者が納得出来る妙案でも浮かんだのだろうか。小首を傾げるオトに、魔法少女はやや上から目線な口調で得意げに言った。
「リューグ王国って名前も女王様がオトさんっていうのもそのままでいいから、私の言いなりになってよっ。傀儡政権、傀儡国家っ! これなら文句無いでしょっ?」
「いえ大有りよ!」
反論というよりツッコミに近い返しをして、オトは立ち上がる。
カイビトス公国の使節として本気で話し合う気はあるの? それともこれがカイビトス公国側の構えってこと?
どちらにしろ、リューグ王国を下に見られるのは不愉快だ。
「どうやらアカリはこの国が、というよりは国民と土地と海が欲しいようだけれど。あなたの提示する内容は断じて受け入れられるものではないわ。条約加盟国同士、対等な立場で議論しましょう。でなければ、今すぐ帰ってちょうだいな」
静謐さの中に怒りが滲んだ声は、冬の月夜の寒風の如き冷たさで。
それでもアカリは微塵も恐れを抱いていないようだった。冗談っぽく泣き真似をしてから笑顔でさらりと受け流す。
「え~んっ、帰れなんて酷いよぉ……。って、そりゃあこうなるに決まってるよねっ! ちゃんと話し合うから、あんまり怒らないでっ!」
今度こそ信じていいのだろうか?
出会った時から今に至るまで、ずっとこの調子で振る舞い続けるアカリをどうも信用できない。彼女の言動や行動の真意が読めないため、余計に疑心暗鬼になってしまう。
オトは椅子に座り直し、少し冷めた泡乳珈琲を口に含んだ。ホッと息を吐き、心を落ち着けてから話し合いを再開する。
「リューグ王国を吸収合併した場合、アカリや公国が得られる一番の利益は何? 海洋資源とか通航権なら、交渉次第ではある程度譲る余地もあると思うけれど」
別にこちらは強硬姿勢を取っている訳ではない。両国の伝統や文化、主権を尊重したものであるなら、それなりに譲歩の用意はある。
「利益……。う~ん、何だろうなぁ?」
アカリは唇に指をトントンと当てながら右上に視線を向けた。
今回は割と真剣に考えたようで、答えを口にするまでに十秒ほどの時間を要した。
「カイビトスの国家的には確かにそういうのが利益なんだろうけど……。でも私は興味無いかなぁ」
苦笑を浮かべて困ったような表情を見せるアカリ。
国の利益に興味が無いなんて使節として失格なのではないか。
そんな風に思っていると、不意に彼女のキラキラした赤い瞳から光が消えた。明らかに雰囲気がおかしい。
「だって私の夢はねっ、この世界をぜ~んぶ支配して、まるごと救ってみせることなんだからっ! この国を手中に収めることはあくまでその第一歩で、アカリの望みは自分が領主になるかオトさんが言いなりになってくれるかのどっちかだけ。それが叶いそうにないなら、もう後はどうでもいいやって感じっ」
焦点の定まらない、輝きを無くした燕脂色の目を見開いて「あはははっ」と不気味に笑う。その姿は魔法少女というよりも。
「魔女……」
そう呼ぶに相応しい異質なオーラを放っていた。
「ねぇアンタ」
ひとしきり笑い終えたアカリが、真顔で私に話しかけてくる。先ほどまでのキャピキャピした態度からは想像もつかない、ドスの利いた低い声。
「私知ってるよ? この国がオセアーノの人権を侵害してるってこと。これってさ、アンタの言う条約ってやつに違反してるよね? そっちは約束破ってんだから、対等とか言って同じ目線に立つのやめてくれる? さっさと私に国を寄越しなさいよ。じゃないとアンタを殺す」
なるほど、この切り札を隠し持っていたから強気に出られたのね。
でも、いくらリューグ王国側に条約違反があったからと言って、カイビトス公国による吸収合併が認められるはずがない。条約加盟国同士の国境線変更には、加盟国会議において過半数の同意を得る必要がある。海異が出現した十年前から会議は開かれていないが、まさか根回しが済んでいるなんてことはあるまい。
さて、向こうが切り札を出したからには、こちらも切り札っぽいものを出してみましょうか。
「寄越せだの殺すだの、随分と横暴ね。これがアカリの本当の性格? いえ、あなたはアカリですら無かったわね。いいわよ、殺せるものなら殺してみなさい。……トダ=ミカゲさん?」
「アンタ、どこでその名前をッ……!」
刹那、自称アカリことミカゲは眉間に皺を寄せて強く歯噛みした。
本名を言い当てられた動揺と、その名で呼ばれたことへの嫌悪。
水霊の窓のアカリのステータス画面に書かれていたあの名前、やはりそちらが本当の名前だったみたいね。当てが外れなくて良かったわ。
だが、オトは少々やり過ぎてしまったらしい。
魔法少女は怒りに身を震わせながら、テーブルに身を乗り出して右手で女王の胸ぐらを掴むと。
「殺してやるッ! この世界は私の為だけに存在してるんだ! アンタみたいなNPC、さっさと殺してやる!」
そのまま左手の平をこちらに向けて、感情のままに叫んだ。
「魔法目録二条、魔法光線!」
まさか本気で殺すつもりなの? 後処理とか考えないの?
オトは慌てて怒り狂うミカゲを宥める。
「ちょっと待ちなさいな。今のは私が悪かったわ。だから……!」
「NPCの命乞いとか、プレイヤーに通じると思う?」
NPCとかプレイヤーとか、この子は何を言っているのだろう。
いや、今はそんなことより。この距離で魔法を発動されたら流石のオトでも避けられない。早く何とかしなければ。
「あははっ、死ねぇッ!」
「っ……!」
ミカゲの左手に魔力の光球が形成され、今にも光線として放たれようとしている。
まだ何も果たせていない、まだ何も成し遂げていないのに。
私の人生は、ここまでなのか。
もう駄目だと諦めて目を瞑った、その時。
『ピコン!』
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突然の出来事にミカゲは動きを止める。
「誰だッ!?」
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『カイビトスはリューグと戦争でもするおつもりですか? 親衛隊の魔導士殿、他国内での武力行使は控えて下さい。ああ、申し遅れました。僕はマリンピア民主国外務副大臣のサメシマ=ヨシキです。オト女王、許可なく通信機を使用したことをどうかお許し下さい』
相当昔のことなのですっかり忘れていたが、この部屋にはマリンピア民主国政府が緊急時にやり取りが出来るようにと通信機(ホットライン)を設置してくれていた。彼の口ぶりからするとここまでの一部始終が向こうに伝わっているようで、もしかしたら設置されて以降ずっと盗聴されていたのではないかと疑ってしまうけれど、これのおかげで私は殺されずに済んだのだ。今は一旦不問としておこう。
「ええ、それは構いませんが。サメシマ副大臣、どうしてカイビトスの人間がリューグに来ていることを知っているのですか?」
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いずれ追求されることになるとは分かっていたけれど、国民による人種差別はカイビトス公国にもマリンピア民主国にもバレバレだったって訳ね。
『それでですね、オト女王。国際条約に則りまして、マリンピア政府としても差別問題についての調査を行いたく思っておりまして。現在カイビトス経由で外交官を一人そちらに向かわせております。折角カイビトスの高官もいることですし、この問題について三ヶ国で協議するというのはいかがでしょうか?』
ミカゲと二人きりではまともに話し合えそうもなかったので、この申し出は正直とても助かる。オトとしては断る理由がない。
「私は賛成です。人種差別問題に関しては私も早く解決したいと思っていました」
続けて、海の向こうの第三国に突然介入されて目の前の敵を殺し損ねた魔法少女も渋々首肯する。
「……まあ、別に何でもいいよ」
『ありがとうございます。明後日の午前中には到着すると思いますので、それまではどうか平和的な論議をお願いしますね。では、失礼いたします』
サメシマとの通信が切れる。
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オトがちらりとミカゲの顔を見遣ると、彼女はわざとらしいキラキラ笑顔を浮かべて言った。
「アカリは争いごとなんて大嫌いな平和主義者だよっ☆ それじゃあオトさん、おやすみ~っ!」
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