碧き世界のサルバトーレ

横浜あおば

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Ep.2

第30話 ネクロマンサーとの約束

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 夢みたいなことが現実に起こった。
 規格外の魔法で無双して世界を救って英雄になって、皆からチヤホヤされてイケメンに言い寄られまくって。これからはそんな明るい人生を歩むことが出来る。
 もう、あんな暗い人生とはお別れなんだ。

「ねえ、あなたのお名前は? さっき魔法使ったよね? 遠くから見えたよ」

 ゲームの登場人物である魔導士の少女ナーカに訊かれて、私はしばらく考えてから口を開いた。

「……アカリはね、アカリって言うんだぁ! 魔法少女なの! よろしくねっ☆」

 とびっきりの可愛い声で、ウインクしながらアイドルスマイルをばっちり決める。

 これからこの世界で私は、魔法少女アカリとして生きていく。
 オタクで根暗なパパ活女子高生、兎田とだ御影みかげなんて名前の人は知らない。そいつは橋から飛び降りて死んだんだ。

「うん、よろしくねアカリ。ところでアカリはこんな所で何してたの? もしかしてこの島で美味しい果物が採れるとか?」

 島の木立の方を見遣って、ナーカが小首を傾げる。
 確かにこんな無人島の砂浜にぽつんと一人でいるのは不自然だ。とりあえず適当に言い訳をして誤魔化さなければ。

「え~と、あのねっ、その……。実はね、転移魔法を使って移動しようとしたんだけど、座標の設定を間違えちゃったみたいで。気付いたら全然知らないこの島に出ちゃって困ってたんだ~。えへへっ」

 ホント私ってうっかりさんっ、と拳を握って頭をぽかんと叩く。
 そんなベタなドジっ子アピールを交えつつ、アカリは更に言葉を継いだ。

「それでねナーカさん、お願いがあるんだけど……。もし良かったら、近くの町まで舟に乗せてもらえないかなっ? もう体力も魔力も残ってなくて、お腹ペコペコで動けないよ~」

 お腹を押さえながら、ぐったりと項垂れてみせる。

 自分でもこれは流石にあざとすぎだろと思うが、ここは現実とは何もかもが違う異世界で。だからどんな振る舞いをしようが自由なのだ。
 この世界は私にとって都合が良く出来ているはず。これからはなりふり構わず、やりたいようにやってやる。

 今にも空腹で倒れてしまいそうな雰囲気を醸し出すアカリに、まんまと騙されたナーカは優しく手を差し伸べた。

「もちろんだよ。ナーカは首都のオンイガシュハイマに行くところなんだけど、そこでいいかな?」
「うんっ、アカリはどこでも大丈夫だよっ! ナーカさん、ありがとうっ」


 ナーカが漕ぐ木製の舟に揺られながら、アカリは積み荷に目を向ける。中身はコーヒー豆から宝石まで多種多様なラインナップだ。

 しかし、なぜ衛士団の親衛隊である彼女がこんな雑用を?
 親衛隊というのは、カイビトス衛士団の中でもトップクラスの実力を持つ者だけで構成された精鋭部隊。どうでもいい荷物運びなど下っ端に任せればいいし、命令する権限だってある。となると、もしやこれも何か任務において重要な品物だったりするのだろうか。

 考えを巡らせていると、こちらが積み荷を気にしていることに気付いたらしいナーカがぽつりと言った。

「それはリューグ王国の特産品だよ。オンイガシュハイマに着いたら取引先の業者に卸して、今度はカイビトスとマリンピアの物を積んでリューグに戻るの」
「えっ? それってつまり、ナーカさんはカイビトスとリューグの間をずっと行ったり来たりしてるってこと?」
「うん、そうだよ」

 櫂を動かしながら当たり前のように頷くナーカ。
 んんっ、どういうことなんだ……? アカリの頭の中にますます謎が増えていく。

 訝しくなってしばらく彼女の顔を見つめていると、不意に目が合った。
 少し錆びた五円玉ような、輝きを失くした黄色い瞳。

「もしかしてナーカさん、ちょっと元気無い?」

 問うてみると、図星だったのかナーカが僅かに目を見開く。
 紫色のショートヘアーの上でまとめた二つのお団子を隠すように、真っ黒いフードをさっと被り直し、それから独り言を呟くように話し始める。

「いつもなら初対面の人には絶対に言わない話だけど……。アカリはナーカのこと、何か知ってるみたいだから特別に教えてあげる。ナーカは元々、衛士団で魔導士をやってたんだ。実力を認められて親衛隊に選ばれて、七番まで階位を上げた」

 それは私もゲームのシナリオで読んだから知っている。

 親衛隊は全部で十三人。大公に強さを認められた人から順に一番から十三番までの階位が与えられ、殉職や引退、追放などで欠員が出ると数字が繰り上がって、衛士団の中から新たに一人が十三番の地位に就く。
 その親衛隊で彼女は、他の魔導士には真似出来ない独特な魔法で数々の功績を挙げ、瞬く間に七番にまでのし上がった。

「だけど、それは表の顔。ナーカにはもう一つ、裏の顔があって……」
「裏の顔?」

 そんな設定、ゲームには無かったと思うけど……。それとも私が見落としただけで、プロフィールをちゃんと読み込めばどこかに書いてあったのだろうか。

 ナーカは視線を逸らし、遠い目をして水平線を見つめる。

「ナーカはね、〈学会〉の会員だったんだ。専攻は〈超自然能力学〉っていう、スキルとか魔法について研究する学部。その学部は異世界人の持つ異常なまでの力を後天的に身に付けられるかって実験をしてて。その実験では神の助力を得て異世界人の召喚までやってた。……ナーカは召喚された異世界人の子供。だから物心ついた時にはすでに実験動物として利用されてて。十代になってもそれは変わらなくて、衛士団になって親衛隊に入ったのも全部学会の指示。ナーカの意思じゃない」

 学会? 超自然能力学? 異世界人の子供?
 彼女は一体何の話をしているんだ。こんな重要な設定があったならシナリオにも出てくるはずで、見落とすなんてあり得ない。
 つまりこれは、あのゲームには全く存在しない設定……。

「十七年耐えてきて、ナーカはもう我慢の限界だった。だからナーカは、学会の指示を無視した、裏切ったの。そしたら次の日に他の学会員たちが襲ってきて、ナーカは殺された」
「殺されたって……ナーカさんは生きてるじゃんっ!」

 どう見てもナーカは生きた人間だ。幽霊などではない。
 強く言い放ったアカリに、ナーカは首を縦に振る。

「うん、生物的には生きてるよ。でも、社会的にはその時死んだことになってる。戸籍も身分も全部捨てた。だから学会はナーカが生き延びて運び屋をやってることを知らない。……でも多分、学会はまだナーカが本当に死んだとは考えてないと思う。きっと血眼になってナーカのことを探し続けてる」
「その根拠は?」
「リューグ王国にある学会の拠点の近くを通りかかった時、学会員っぽい人が喋ってた。『カイビトスで死んだネクロマンサーのアンデッドを探し出せたら名誉会員になれるぞ』って」
「ネクロマンサーのアンデッド?」

 その異名を口にして、アカリはふと思い出す。
 ゲームの中で彼女が扱っていた魔法は一般的な魔法とは違って精霊を使った特殊なものだった。言われてみれば確かに死霊魔術と近いかもしれない。

「学会のことは呪ってあるからしばらくは見つからないと思うけど。隠れて生きるのは、ちょっと疲れた……。って、こんなことアカリに言ってもしょうがないよね」

 困ったような笑みを浮かべて、ナーカは話を終える。
 そして、再び黙って舟を漕ぎ始めた彼女の黄色い瞳からは一瞬で輝きが消えていた。

 その死んだような横顔を見て、アカリの胸がずきりと痛む。

 今のナーカは、兎田御影だった頃の私と似ている。
 希望も未来も暗い闇に呑まれて、明るい光を求めてただただ彷徨い続けている。

「ねえ、ナーカさんっ」

 私は自然と、彼女の名前を呼んでいた。

「アカリ決めたっ! 私は正義の魔法少女として世界中の悪い人を全員倒す。それでナーカさんみたいに悲しい思いをしている人を、みんなまとめて救ってみせるよっ!」

 キラキラの笑顔ではっきりと言い切る。
 アカリとして生まれ変わった私なら、魔法少女アニメの主人公のように世界を救済することだって出来ると、本気でそう思ったから。

 アカリのそんな突拍子もない宣言を聞いて、ナーカは肩を震わせてクスクスと笑った。

「ありがとうアカリ、少し元気出たよ。でもそれは気持ちだけで十分。ナーカのためにアカリが危険な目に遭うのは嫌。アカリはアカリの幸せのために生きて。ナーカもナーカの幸せのためだけに生きるから」
「分かったっ。だけど世界を救うのはナーカさんのためじゃなくて、私がやりたいからやるの。ナーカさんは何も気にすることないよっ」
「……ん、そっか」

 話し込んでいるうちに、いつの間にかカイビトス公国の首都オンイガシュハイマまであと少しのところまで来ていた。

「そうだ、アカリ」

 港に着く前にと、ナーカが一旦漕ぐのを中断して積み荷の箱を一つ手に取る。それをアカリの前に置きながら、うっすらと微笑みを浮かべる。

「これ、売れ残って返品された品物でこの後処分する予定なんだけど。もしアカリが欲しい物があったらあげる」
「えっ、いいのっ!?」
「うん。どうせ処分するにもお金かかるし、逆に貰ってくれた方が助かる」

 そこまで言うのならお言葉に甘えて。

 箱の中にはアクセサリーや洋服から子供用のおもちゃに使い道不明の謎道具まで、ありとあらゆる物がぎっしりと詰め込まれていた。
 あれはいらないこれもいらないと漁りまくって、舟の床を足の踏み場も無いくらいに散らかした挙句。底の方から良い物が出てきたのでそれを貰うことに。

「じゃあこれだけ貰うねっ!」
「いいけど、本当にそれでいいの……?」
「もちろんだよっ!」

 アカリが手にしたのはスマホのソーラー充電器。
 元々持っていた充電器はコンビニに行くだけのつもりで家に置きっぱなしにして来てしまったので、電池切れになったらもう二度とスマホが使えなくなるところだった。こんなに早く、しかもタダでこれを手に入れられて本当に良かった。

 だが、充電器の価値が分からない様子のナーカは、それだけでは可哀想だと思ったのか散らかった床を見回し始める。売れ残り品を箱に戻し入れつつ、何か良い物は無いかと吟味する。
 しばらくして、ナーカがこれだという物を見つけたらしい。こちらに向かって差し出した。

「はい、これもあげる。ナーカからの贈り物」

 受け取ると、可愛らしいデザインの真っ白なヘアゴム。二個セットだ。

「それで髪結んだら、もっと素敵だと思う」
「ナーカさん、ありがとっ! 早速つけてみるねっ」

 折角プレゼントされたので、その場で試しにつけてみる。
 二個セットなのでツインテールにでもするか。一度もやったことはないけれど、ピンク髪の魔法少女と言ったらこの髪型で決まりでしょう。

 やや苦戦しながらも何とか結び終えたアカリを見て、ナーカはフードの下で口元を緩めた。

「いいね、似合ってる」
「そう? ならこれから、ずっとこの髪型にしようかなぁ」

 お互いに見つめ合って、同時に笑う。

「それじゃあ、もうすぐお別れだけど」
「うんっ。ここまで送ってくれてありがと!」
「こちらこそ、アカリと話せて楽しかった。ありがとう」
「私も楽しかったっ! また会ってお話ししようねっ」
「その時は、アカリは世界を救った英雄になってるのかな?」
「かもしれないねっ」
「……約束、だよ?」
「うんっ、約束っ!」

 遠くに公国の首都の街並みが見える青い海の上。アカリとナーカはいつの日か必ず再会しようと誓って、固く指切りを交わした。

 それからアカリは有力貴族の悪事を暴き、その功績によって衛士団に入団。ある時は先輩から押し付けられた汚れ仕事を嫌な顔ひとつせずに引き受け、またある時は親衛隊の男性魔導士に夜な夜な枕営業を持ちかけ。グレーなことも黒いこともやれることは何でもやって、たった半年で親衛隊十三番に任命された。

 世界を救うために、私は絶対的な支配者になる。それには地位も名誉も権力もまだまだ足りない。親衛隊なんてただの通過点、もっともっと偉くならなければ。


『……ピピピピ、ピピピピ』

 スマホのアラーム音で目が覚める。窓の外からは眩しい太陽の日差し。
 ぐーっと伸びをしてから、眠い目をこすりつつ起き上がる。

 見慣れない部屋を見回し、自分が今どこにいるのかを思い出す。

「そっか、リューグ王国に来たんだった……」

 頭が冴えるにつれて段々と昨日の記憶が蘇ってきて、アカリは軽く舌打ちをした。

「あのNPCの女王にあっちの名前で呼ばれたせいで、変な夢見ちゃったじゃねぇか」

 ともかく、まずは昨日眠気に負けて諦めた荷物整理でもするか。
 ストレージからヘアゴムの片方を取り出してピンク色の長い髪を邪魔にならないようポニーテールに結んだアカリは、持ってきたスーツケースを広げて中身を取り出し始めた。
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