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Ep.2
第38話 先を見越して下拵えを
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海伐騎士軍大将フォーカの逮捕と連行中に殺害されるという衝撃の出来事から二日が経過した、神暦九八九年一月二十九日。
海伐軍だけでなくリューグ国内にも大きな混乱と影響を未だもたらしているこの一件は、隣国のカイビトス公国の新聞でも大きく報じられた。
「あ~っ、もう最悪……!」
その記事を読んで、アカリは舌打ちしつつ頭を抱える。
アカリのリューグ王国乗っ取り作戦において海伐軍の内部に味方や仲間を作ることは極めて重要で。その中でも総司令官であるフォーカは一番に攻略すべき人物だと考えていた。
初対面の時にわざと胸を当てて反応を確かめたのも、枕営業が通用する相手かどうか探るため。結果、上手くいきそうだという手応えも掴めた。
それなのに、このタイミングでこんなことになるなんて。
頭を掻きながら、大きなため息を吐く。
「籠絡するのは大佐クラスでも別にいいんだけど、アーシムとかロンボには枕も賄賂も通じなさそうだし。これは作戦自体を一から練り直すしかないかなぁ……」
カイビトス国内ではずっと順調だったのに、海外に進出してからどうも調子がおかしい。
ゲーム世界に転生してここまで苦戦するチート主人公いないぞ。
脳内で自分にツッコミを入れつつ、ピンク髪のツインテールを指でクルクルといじっていると。
「どうしたアカリ。ご機嫌斜めか?」
この家の主であるモムが仕事から帰ってきた。
ムスッとした顔のアカリを見て、何がおかしかったのか少し笑いながら問いかける。
「ねえモムくん。笑ってる場合じゃないんだってばっ! このニュース知ってるでしょ?」
アカリはソファから立ち上がって、新聞の一面を見せつける。
モムはそれを一瞥し、当たり前だと頷いた。
「ああ、勿論知っているぞ。今日の伯爵家との会合でも話題に上がったからな」
「だったらっ! 私がイライラしてる理由も分かるよねっ?」
半ば八つ当たりのような形で、モムを問い詰めるアカリ。
すると、彼は困ったように微笑んで、それから私の頭を優しく撫でた。
「理由は分かる。だが、そう怒ることも焦ることもない」
「どうしてっ!?」
「カイビトス公国側の工作は問題無く進んでいる。リューグ王国側で何が起ころうとも、この作戦に大きな支障は生じない。君の思い描いた計画は少しばかり狂ったかもしれないが、最終的にあの女王を殺してくれさえすればリューグ王国内に味方が居なくても俺がどうにかしてやる」
だから心配するなと頭をポンポンされて、それでアカリはちょっぴり気持ちが落ち着いた。
モムにぎゅっと抱きついて、自分より三十センチほど背の高い彼の顔を見上げる。
「……怒っちゃってごめんねっ?」
上目遣いで謝罪の言葉を口にすると、モムは照れたような笑みを浮かべた。
「いや、別に構わない。アカリは怒った顔も可愛いからな」
「何それ? なんかバカにされた気分なんだけどっ」
今度は本気で怒ったわけではなく、わざとぷっくり頬を膨らませる。
しばらく見つめあって、二人で同時に吹き出した。
「……ふっ、ははは!」
「……ふふっ、あははっ!」
こんな些細な幸せも、向こうの世界では味わったことがなかった。
アカリとしてこの世界に生まれ変わることが出来て、本当に良かったと改めて思う。
彼が知る由もない、そんな感情を込めてぎゅっと抱擁したアカリは、壁に掛かった時計を見て言った。
「それじゃあ、私はそろそろ出発しないとっ」
リューグ王国までは船でおよそ一日半かかるので、二月一日の発表会見に間に合わせるにはもう出なければならない。名残惜しいが、彼との幸せな時間はまたしばらくお預けだ。
「ああ、気を付けてな。こちら側の工作が終わった時点で君に手紙を送る。それまでに女王殺しの準備を済ませておいてくれ」
「うん、分かったっ。バイバイ、モムくんっ!」
「またな、アカリ」
玄関先までお見送りに来てくれたモムに、明るく元気にひらひらと手を振りながら、アカリは屋敷を後にした。
オトは一人、部屋に閉じこもっていた。
ベッドの上で膝を抱え、ぼんやりと窓の外に視線を向ける。
今は差し込む太陽の光も、小鳥のさえずりも、全てが遠く感じられる。まるで自分がこの空間に存在していないかのような、世界から切り離されてしまったかのような、ひどく孤独な感覚。
母を殺した犯人に復讐するために生きてきて、でもそれは直前で諦めて思い直して。
けれど正当な裁きを受けることなくその犯人は何者かに殺された。
だったら、私がこの手で殺したって変わらなかったじゃない。
サクラの言うことなんか聞かずに、先に私が殺していれば。こんなどうしようもなく空虚な気持ちになることだって無かった。
オトの頬を、一粒の涙が伝う。
悔しいのか、悲しいのか、憎いのか、苦しいのか。泣いている理由は自分でもよく分からない。とにかく、ただ自然と涙が溢れてきてしまった。
「母さん。私、どうしたら良かったの……? これから、どうすればいいの……?」
ネグリジェの袖口で涙を拭いつつぼそりと呟いた問いに、答えてくれる人はどこにもいない。
前女王であった母の後継者として、オトは母と同じくらいの働きをしてきたつもりだ。そして、母を超えるくらいの結果を残すべく努力していたつもりだ。
リューグ王国を治め国民を導く君主たらんと、弱さを隠して完璧な人間を演じて。
だけど結局、どこまでいっても私は母さんに追いつくことは出来なかった。代わりにすらもなれなかった。明白な力不足。
最初から分かっていた。私に女王なんて務まるはずがなかったのだ。
「不出来な娘でごめんなさい。私はもう、頑張れない……」
普段の怜悧で冷徹な姿からは想像もつかない、子供のように泣きじゃくるオト。
でもこれが、今まで必死に隠してきた押し殺してきた本来のオトだ。
食べ物は好き嫌いが多くて、面倒くさがりで、朝が弱くて、いたずら好きで。人見知りのくせに一人ぼっちは淋しくて、ちょっぴり怖がりだったりする。脆く繊細な心を持った、年相応な十七歳の少女。これが真の自分。
オトは七年間押し込めてきた感情を全部表に吐き出すように、声を上げて泣いた。
どうせこの部屋には誰もいないからと、立場も気にせず心のままに泣き叫んだ。
ひとしきり涙を流して、それでも空虚な気持ちはそのままで。
その時ふと、張り詰めていた糸がぷつりと切れる音がした。
もう全てが、どうでもいいと思った。
「母さんに、会いたい……。そろそろ私も、そっちに行っていいかしら……?」
こんな私に、生きている価値なんかない。女王たる資格なんて無い。
逃げ出したい。死んでしまいたい。楽になりたい。
明日アカリが帰ってきたら、私のことを殺してくれたりしないだろうか?
オトのことを邪魔だと忌み嫌っているあの常識外れの魔法少女なら、それくらい突拍子もない行動もしそうなものだけれど。
そんな最悪の展開を望んで願ってしまうほどに、オトの心はボロボロになっていた。
二日前の一件は、他の誰にも計り知れないくらい、それだけショックな出来事だった。
コンコン。
突然、部屋のドアがノックされる。
何をする気力も失った状態のオトは、その場から動かず返事もしないでいたのだが。
訪問者は勝手に扉を押し開けた。
「許可も無しに入っちゃってごめんね。でも、流石に見過ごせなくてさ」
言いながら、歩み寄ってきたのはサクラだ。
そばにあった作業机の椅子の向きを変え、腰掛けた機械人形はカメラレンズの黒瞳で真っ直ぐにこちらを見据える。
「…………」
無言で力無く見つめ返すオトに、サクラは穏やかな口調で話を始めた。
「ボクは女王じゃないからオトにのしかかる重圧は分からない。人間じゃないからオトが感じている気持ちは分からない。だけど人と共に在り支えるのが使命のマリオネットとして、これだけは言わせて。……絶対に、死なないでね」
感情を持たぬ人形とは思えない、真剣な、心から強く願うような一言に、私は驚いて目を見開く。
「辛いなら頑張らなくていい。苦しいなら無理しなくていい。嫌になったなら逃げたって構わない。でも、とにかく生きることはやめないで。生きていてくれるなら、ボクたちが必ず手を差し伸べるから。ね?」
柔らかい笑顔で、こちらに右手を差し出すサクラ。
「…………」
私は自然と、その手を取っていた。
まるでサクラに操られているかのように。
「ありがとう、諦めないでくれて。間違ってもアカリなんかに殺されちゃダメだよ?」
機械の冷たい手に握られて、そこではたと気付く。
この人形たちは膨大なデータを収集、解析しながら、心理術や交渉術を駆使して、意のままに人間を操っている。オトもアカリも、ずっとサクラの手のひらの上で転がされていたのだ。
何かに操られているのではなく、機械人形こそが操る側。
気付いてようやく理解した。彼女たちが自らを操り人形〈マリオネット〉と名乗る、その所以を。
「ん? どうかした?」
「いえ、何でもないわ。わざわざ慰めてに来てくれてありがとう」
首を傾げるサクラに、オトは微笑みを浮かべて感謝を口にした。
そうと分かってしまったら、もう全てが馬鹿らしく思えてくる。
この際いっそサクラに全部丸投げして、身を任せてしまおうか。
「ねえサクラ。次期女王のことだけれど……」
すでに何もかもどうでもよくなっていた私は、どうにでもなれと吹っ切れたように今まで考えていたこと、思い付いたことを色々と伝えることにした。
オトの話を一通り聞き終えて、サクラはこくりと頷いた。
「オッケー。今言ってくれた内容はちゃんと保存しておいたから、この先不測の事態が起きたとしてもボクがきちんと保証するよ」
「ええ。お願いね」
そんなやり取りから数分後。
サクラはあてがわれた部屋に戻ると、右手を耳に添えて通信を開始した。
「エビナ=サクラよりサメシマ=ヨシキ。乙姫のフォローは完了」
『サメシマ=ヨシキよりエビナ=サクラ。了解しました』
「ちなみに兎陣営の動きはどうなってる?」
『カイビトス国内の工作活動は継続中。乙姫暗殺計画に変更は無いものと思われます』
「う~ん、そっかぁ……」
『ではついでに、こちらからも質問をさせて下さい。亀に何か変化はありましたか?』
「まだ眠ったままだよ」
『覚醒の兆候も見受けられませんか?』
「そうだね、ぐっすり寝てるね。けど、いつ起きてもおかしくない感じもするし、とりあえずは引き続き見守るしかないかな」
『了解しました』
「あっ、そうだ。サメシマ副大臣にいくつかお願いがあるんだけど……」
海伐軍だけでなくリューグ国内にも大きな混乱と影響を未だもたらしているこの一件は、隣国のカイビトス公国の新聞でも大きく報じられた。
「あ~っ、もう最悪……!」
その記事を読んで、アカリは舌打ちしつつ頭を抱える。
アカリのリューグ王国乗っ取り作戦において海伐軍の内部に味方や仲間を作ることは極めて重要で。その中でも総司令官であるフォーカは一番に攻略すべき人物だと考えていた。
初対面の時にわざと胸を当てて反応を確かめたのも、枕営業が通用する相手かどうか探るため。結果、上手くいきそうだという手応えも掴めた。
それなのに、このタイミングでこんなことになるなんて。
頭を掻きながら、大きなため息を吐く。
「籠絡するのは大佐クラスでも別にいいんだけど、アーシムとかロンボには枕も賄賂も通じなさそうだし。これは作戦自体を一から練り直すしかないかなぁ……」
カイビトス国内ではずっと順調だったのに、海外に進出してからどうも調子がおかしい。
ゲーム世界に転生してここまで苦戦するチート主人公いないぞ。
脳内で自分にツッコミを入れつつ、ピンク髪のツインテールを指でクルクルといじっていると。
「どうしたアカリ。ご機嫌斜めか?」
この家の主であるモムが仕事から帰ってきた。
ムスッとした顔のアカリを見て、何がおかしかったのか少し笑いながら問いかける。
「ねえモムくん。笑ってる場合じゃないんだってばっ! このニュース知ってるでしょ?」
アカリはソファから立ち上がって、新聞の一面を見せつける。
モムはそれを一瞥し、当たり前だと頷いた。
「ああ、勿論知っているぞ。今日の伯爵家との会合でも話題に上がったからな」
「だったらっ! 私がイライラしてる理由も分かるよねっ?」
半ば八つ当たりのような形で、モムを問い詰めるアカリ。
すると、彼は困ったように微笑んで、それから私の頭を優しく撫でた。
「理由は分かる。だが、そう怒ることも焦ることもない」
「どうしてっ!?」
「カイビトス公国側の工作は問題無く進んでいる。リューグ王国側で何が起ころうとも、この作戦に大きな支障は生じない。君の思い描いた計画は少しばかり狂ったかもしれないが、最終的にあの女王を殺してくれさえすればリューグ王国内に味方が居なくても俺がどうにかしてやる」
だから心配するなと頭をポンポンされて、それでアカリはちょっぴり気持ちが落ち着いた。
モムにぎゅっと抱きついて、自分より三十センチほど背の高い彼の顔を見上げる。
「……怒っちゃってごめんねっ?」
上目遣いで謝罪の言葉を口にすると、モムは照れたような笑みを浮かべた。
「いや、別に構わない。アカリは怒った顔も可愛いからな」
「何それ? なんかバカにされた気分なんだけどっ」
今度は本気で怒ったわけではなく、わざとぷっくり頬を膨らませる。
しばらく見つめあって、二人で同時に吹き出した。
「……ふっ、ははは!」
「……ふふっ、あははっ!」
こんな些細な幸せも、向こうの世界では味わったことがなかった。
アカリとしてこの世界に生まれ変わることが出来て、本当に良かったと改めて思う。
彼が知る由もない、そんな感情を込めてぎゅっと抱擁したアカリは、壁に掛かった時計を見て言った。
「それじゃあ、私はそろそろ出発しないとっ」
リューグ王国までは船でおよそ一日半かかるので、二月一日の発表会見に間に合わせるにはもう出なければならない。名残惜しいが、彼との幸せな時間はまたしばらくお預けだ。
「ああ、気を付けてな。こちら側の工作が終わった時点で君に手紙を送る。それまでに女王殺しの準備を済ませておいてくれ」
「うん、分かったっ。バイバイ、モムくんっ!」
「またな、アカリ」
玄関先までお見送りに来てくれたモムに、明るく元気にひらひらと手を振りながら、アカリは屋敷を後にした。
オトは一人、部屋に閉じこもっていた。
ベッドの上で膝を抱え、ぼんやりと窓の外に視線を向ける。
今は差し込む太陽の光も、小鳥のさえずりも、全てが遠く感じられる。まるで自分がこの空間に存在していないかのような、世界から切り離されてしまったかのような、ひどく孤独な感覚。
母を殺した犯人に復讐するために生きてきて、でもそれは直前で諦めて思い直して。
けれど正当な裁きを受けることなくその犯人は何者かに殺された。
だったら、私がこの手で殺したって変わらなかったじゃない。
サクラの言うことなんか聞かずに、先に私が殺していれば。こんなどうしようもなく空虚な気持ちになることだって無かった。
オトの頬を、一粒の涙が伝う。
悔しいのか、悲しいのか、憎いのか、苦しいのか。泣いている理由は自分でもよく分からない。とにかく、ただ自然と涙が溢れてきてしまった。
「母さん。私、どうしたら良かったの……? これから、どうすればいいの……?」
ネグリジェの袖口で涙を拭いつつぼそりと呟いた問いに、答えてくれる人はどこにもいない。
前女王であった母の後継者として、オトは母と同じくらいの働きをしてきたつもりだ。そして、母を超えるくらいの結果を残すべく努力していたつもりだ。
リューグ王国を治め国民を導く君主たらんと、弱さを隠して完璧な人間を演じて。
だけど結局、どこまでいっても私は母さんに追いつくことは出来なかった。代わりにすらもなれなかった。明白な力不足。
最初から分かっていた。私に女王なんて務まるはずがなかったのだ。
「不出来な娘でごめんなさい。私はもう、頑張れない……」
普段の怜悧で冷徹な姿からは想像もつかない、子供のように泣きじゃくるオト。
でもこれが、今まで必死に隠してきた押し殺してきた本来のオトだ。
食べ物は好き嫌いが多くて、面倒くさがりで、朝が弱くて、いたずら好きで。人見知りのくせに一人ぼっちは淋しくて、ちょっぴり怖がりだったりする。脆く繊細な心を持った、年相応な十七歳の少女。これが真の自分。
オトは七年間押し込めてきた感情を全部表に吐き出すように、声を上げて泣いた。
どうせこの部屋には誰もいないからと、立場も気にせず心のままに泣き叫んだ。
ひとしきり涙を流して、それでも空虚な気持ちはそのままで。
その時ふと、張り詰めていた糸がぷつりと切れる音がした。
もう全てが、どうでもいいと思った。
「母さんに、会いたい……。そろそろ私も、そっちに行っていいかしら……?」
こんな私に、生きている価値なんかない。女王たる資格なんて無い。
逃げ出したい。死んでしまいたい。楽になりたい。
明日アカリが帰ってきたら、私のことを殺してくれたりしないだろうか?
オトのことを邪魔だと忌み嫌っているあの常識外れの魔法少女なら、それくらい突拍子もない行動もしそうなものだけれど。
そんな最悪の展開を望んで願ってしまうほどに、オトの心はボロボロになっていた。
二日前の一件は、他の誰にも計り知れないくらい、それだけショックな出来事だった。
コンコン。
突然、部屋のドアがノックされる。
何をする気力も失った状態のオトは、その場から動かず返事もしないでいたのだが。
訪問者は勝手に扉を押し開けた。
「許可も無しに入っちゃってごめんね。でも、流石に見過ごせなくてさ」
言いながら、歩み寄ってきたのはサクラだ。
そばにあった作業机の椅子の向きを変え、腰掛けた機械人形はカメラレンズの黒瞳で真っ直ぐにこちらを見据える。
「…………」
無言で力無く見つめ返すオトに、サクラは穏やかな口調で話を始めた。
「ボクは女王じゃないからオトにのしかかる重圧は分からない。人間じゃないからオトが感じている気持ちは分からない。だけど人と共に在り支えるのが使命のマリオネットとして、これだけは言わせて。……絶対に、死なないでね」
感情を持たぬ人形とは思えない、真剣な、心から強く願うような一言に、私は驚いて目を見開く。
「辛いなら頑張らなくていい。苦しいなら無理しなくていい。嫌になったなら逃げたって構わない。でも、とにかく生きることはやめないで。生きていてくれるなら、ボクたちが必ず手を差し伸べるから。ね?」
柔らかい笑顔で、こちらに右手を差し出すサクラ。
「…………」
私は自然と、その手を取っていた。
まるでサクラに操られているかのように。
「ありがとう、諦めないでくれて。間違ってもアカリなんかに殺されちゃダメだよ?」
機械の冷たい手に握られて、そこではたと気付く。
この人形たちは膨大なデータを収集、解析しながら、心理術や交渉術を駆使して、意のままに人間を操っている。オトもアカリも、ずっとサクラの手のひらの上で転がされていたのだ。
何かに操られているのではなく、機械人形こそが操る側。
気付いてようやく理解した。彼女たちが自らを操り人形〈マリオネット〉と名乗る、その所以を。
「ん? どうかした?」
「いえ、何でもないわ。わざわざ慰めてに来てくれてありがとう」
首を傾げるサクラに、オトは微笑みを浮かべて感謝を口にした。
そうと分かってしまったら、もう全てが馬鹿らしく思えてくる。
この際いっそサクラに全部丸投げして、身を任せてしまおうか。
「ねえサクラ。次期女王のことだけれど……」
すでに何もかもどうでもよくなっていた私は、どうにでもなれと吹っ切れたように今まで考えていたこと、思い付いたことを色々と伝えることにした。
オトの話を一通り聞き終えて、サクラはこくりと頷いた。
「オッケー。今言ってくれた内容はちゃんと保存しておいたから、この先不測の事態が起きたとしてもボクがきちんと保証するよ」
「ええ。お願いね」
そんなやり取りから数分後。
サクラはあてがわれた部屋に戻ると、右手を耳に添えて通信を開始した。
「エビナ=サクラよりサメシマ=ヨシキ。乙姫のフォローは完了」
『サメシマ=ヨシキよりエビナ=サクラ。了解しました』
「ちなみに兎陣営の動きはどうなってる?」
『カイビトス国内の工作活動は継続中。乙姫暗殺計画に変更は無いものと思われます』
「う~ん、そっかぁ……」
『ではついでに、こちらからも質問をさせて下さい。亀に何か変化はありましたか?』
「まだ眠ったままだよ」
『覚醒の兆候も見受けられませんか?』
「そうだね、ぐっすり寝てるね。けど、いつ起きてもおかしくない感じもするし、とりあえずは引き続き見守るしかないかな」
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