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第1章 異世界3姉妹の日常と冒険物語

2-2 仕事と魔法と玉ねぎと

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 私は王都への街道を歩いていた。すでに正午は過ぎている。
 暑くもなく、寒くもなく、お散歩には程よい気候だ。
 私がここまでたどり着くまでの道は長かった。それはもう長かった。
 朝ごはんを食べてそららの指導のもと、まずは客室を含むお部屋の掃除から始まった。
 一番困るのは、掃除をするところがないこと。だった。
 昨日も掃除して、今日も掃除する。普通のことかもしれないが、なんといっても誰も使っていない部屋を掃除したところで昨日と何が変わるのか理解できなかった。汚れた部屋を片付けるのは人間誰でもできると思うが、既に綺麗な部屋をきれいにする。ここまで難しいとは・・・。
 今日やったことは、布団はすべて干しました。使っていなくても、今夜急に誰かが来て泊まるってなった時に埃っぽいとか、カビ臭いと思われては領主の恥。と言うことらしい。なので部屋はいつ誰が来てもいいように綺麗にしなくてはいけないらしい。
 床拭きや、テーブル、椅子も綺麗にしなければいけない。暖炉も使わないから、と放置してはいけない。蜘蛛の巣などは1日でできてしまうので毎日暖炉の中も軽く掃除しなければいけない。そららが言うには、『冬だと燃えているからもっと大変』だそうです。
 食堂や応接室も綺麗にしなければいけない。椅子やテーブルをすべて拭き、飾ってある花も入れ替えたりしないといけないからお花を摘んだり、買ったりもしなければいけません。
 エントランスは毎日必ずやらないといけない、とそららの鉄壁の掟がありました。絶対に人が通る場所だからか、そららの目も厳しい。階段の掃除、手すりを拭いたり、窓も拭かないといけない。
 お風呂の掃除もしなければいけない。お風呂はスポンジやたわしのようなものではなく、もっと大きなモップのようなものでゴシゴシと洗ってしまう。浴槽の中も外も、脱衣所もタオルを変えたりと忙しい。
 家の中だけのお仕事でも二人で頑張ってやったがお昼は過ぎてしまった。
 お庭の手入れでは、お屋敷の左右に分かれてゴミ拾い。風でゴミが飛んできたり、枝が折れたりしていないかを見てまわる。生垣が伸びていないか、花壇の花が枯れていないか、裏庭にある菜園の水やりなど外の仕事もとても多い。今日は時間がなくなったのでゴミ拾いと菜園の水やりで終わらせて、急いで昼食を済ませて現在に至る。

「ねぇそらら?毎日あの量をこなすの?」
 私は買い物に行きたくなかった。さすがに疲れた。昨日のように馬車が出るのか?と思いきや王都まで不幸なことにも近いため歩いていくことになった。自転車やバスに慣れた私の体は悲鳴を上げている。王都までは林を超えてすぐ。40分程度かかるらしい。
「毎日やるよ。でも、雨が降ったら布団は干せないし、お庭の手入れはなくなるけど、晴れたら毎日。」
 そららはまだ元気そうだ。もうお屋敷を出てけっこう歩いたと思う。あと半分くらいかな。
「他にもメイドさんがいたらいいのに~・・・。毎日これはしんどいよー」
 なぜ二人しかいないのか?こんなにやることがあって今までよく挫くじけなかったと、賞賛したい。
 正直疲れて体が限界。もう一歩も歩きたくない。
「もう少しだから、頑張ってよ。お姉ちゃんなんでしょ?」
 こんな時だけお姉ちゃんと言われても、もうどうでもいい気がしてきた。頭にあるのはダルイ、疲れた。もう無理。の3つがループしている。
 昨日の疲れも影響しているのか、正直しんどい。
 歩いても歩いても同じような木が生えているだけ。この街道の同じ景色がまた一段と歩く気力を失わせていく。
(メイドさんって、思っていたよりもずっと大変なんだなぁ。)
 元の世界にいた頃にアニメやテレビで見るメイドさんって、こんなにハードな仕事に見えなかったなぁ。もっと落ち着きがあって、メイド仲間がいて、清潔感があって、簡単そうに見えたんだけどな・・・。少なくとも、こんな自給自足的な感じではイメージが違う。
(はぁ。)
 大きなため息を漏らしながらゆっくりと街道を歩いている。
「そららはすごいね。」
「なにが?」
「私なんかよりもよっぽど仕事が早いし、いろいろ上手だし、なんか私、この先大丈夫かなぁ。」
 木々の間から遠くに見えてきた王都を見つめて、無意識に言葉が出てくる。
 これから先、この生活がやっていけるのだろうか。なんとなく自信がない。
「きららは、うちよりすごいんだよ?。お庭の手入れとはきららの方が得意だし、領内のみんなも、きららのことを好きな人はいっぱいいるし、うちがすごいわけじゃないよ。」
 それは前の私だから、私がそうなるかどうかはわからないし。
「今きららは記憶がないから、よくわからなくて、仕事がうまく行かないんだよ。もともと、うちよりも料理以外はできるんだから大丈夫でしょ。」
 小石を蹴りながらそららは下を向いて歩いている。
 そららちゃん。褒めているの?励ましているの?けなしているの?
「りょ、料理以外はって、その言い方だと、私が最高に下手くそみたいじゃない。」
「下手だよ。エル様から、今度からは食事の支度はそららでって言われたの忘れた?」
 今の私だって、もう少しこの世界で食材の勉強すればちゃんと作れるようになるもん!ってか、そんな言い方をするなんてエルドロールって実は私が嫌いなんじゃないの?
「あ、他にもフランと武術のお稽古した時に、きららは弓がすごくうまいって言われていたじゃない?」
 ・・・当然のように全く記憶にございません。私って、弓がうまかったんだ。現実世界では触ったこともないけどね。
「私、弓がうまかったの?」
「うん、フランも勝てないくらいに上手だったよ?忘れちゃってるんだねー。やっぱ」
「そららは何が得意だったの?」
「うちは得意なものないよー。なんにも目立っていいものはなくてさー、うち重たいの苦手だし、レイピアが一番かなぁ。細身で扱いやすいし。でも、メイドには不要だ!ってエル様が持たせてくれないんだけどね」
 剣に、弓かぁ。なんかかっこいいな。日常では絶対に話すこともないし、触ることもなかったものだし、いけないことをしているみたいでちょっとドキドキしてしまう。今度フランにあったら、弓の練習して!ってお願いしてみようかな。
「あ、そーいえばうちがきららに絶対に勝てるものがあった。」
「絶対勝てるもの?料理?」
 私は少し嫌味っぽく聞いてみた。そりゃ私は領主様が認める下手くそだったんでしょ。知ってますよ。
「魔法だよ。魔法」
「まほう?」
「きららは魔力の容量キャパシティがうちよりも少ないから、魔法はあまり使えないし、向いていない。って稽古の時に言われたじゃん?」
 最初意味がわからなくて戸惑った。魔力?まほう?向いていない?
「ほら」
 そららは頭上の枝の先に指を向けて、軽く指先を揺らしながらなにかの軌跡を描いて呟いた。

 パキ

 枝の先が自然と、誰も触っていないのに折れた。いや、切れた。枝の切り口は刃物で切ったような感じになっている。
「なに!?これ?」
 私は落ちてきた枝を拾って意味が良く分かっていない。
 魔法?火が出たり、雷が出てきたり、山が吹き飛ぶアレ?
「だから、、、魔法なんだけど。正確には精霊魔法かな。うちは風の属性だから、こんなふうに風や雷を使えるの。契約すればね。」
「すごい・・・。こんなことできるんだ。」
 私は興奮していた。魔法。魔法ですよ。こんな、人類が絶対に叶えることのできないことがこの世界では普通に起こっている。そして私の妹はそれが使える。風が操れて、雷も使えるなんてすごい!
「すごい!!すごいよそらら!」
「あ、ありがとう・・・。」
 私の詰め寄りにちょっと引いてる彼女。
「私は!?私も使えるんでしょ?!!」
「だから、きららはこんなふうには使えないんだよ。さっきも言ったけど、魔力の容量キャパシティが少ないから、魔力を使って攻撃することには不向き。それにきららは光属性だからうちとは違うし、光属性は攻撃魔法が少ないよ。あっても死霊とか、アンデット向けだからほとんど使わないだろうし。」
「光属性?」
 もう話がよくわからない。ちんぷんかんぷん。私は光で、そららが風?同じような魔法が使えないし、私は魔力が少ないからそららみたいな魔法が使えない?ここまできて見てるだけってのは嫌すぎる。
「精霊魔法って言うのは、6属性。光と闇、風と土、火と水の6種類あって、お互いに相性が悪いの。人間にはみんな決まった魔力があって、生まれた時から成長していくことによって魔力は大きくなるけど、生まれた瞬間にどこまで大きな魔力になるかは決められているって聞いたことがる。それに、みんなが使えるわけではないの。精霊からの加護がないと使えない。きららは加護はあっても魔力が少ない。それに光属性。治癒魔法や補助魔法くらいしか使えなかったじゃん。忘れちゃった?」
 魔法には興味があるけど、何を言っているのかさっぱり理解ができない。けど、いくつかわかったことがある。
「わかったわ、私は魔法が使えない。火を出したり、雷出したり、山を吹き飛ばすような魔法が無理。」
「うん、、でも山を吹き飛ばすくらいの魔法って、今使える人なんて宮廷魔導師様くらいなんじゃないかな。だから、そこはそんなに気にしないでもいいと思うけど・・・」
 問題は次だ、自分が魔法を使えない以上、気になる存在が居る。
「死霊やアンデットって、なんですか?」
「う~ん。簡単に言えば死んでからも動いてる人?」
 あー!!やっぱり・・・。その類いなんだ。魔法があって、モンスターがいて、歩く死体もいるのね。俗に言うゾンビですよ。それ。
「怖くないの?そらら。死んだ人が歩いてるんだよ?」
「大丈夫だよ。この辺は王都のそばだから宮廷魔導師様の結界もあるし。アンデットは入ってこれないから。」
 王都万歳!近くてよかった王城!魔導師様万歳!
 私は【グロテスクな物】や【見た目気持ち悪い物】が大嫌い。百歩譲ってお化けはよくても、腐った死体が歩いてるとか、抱きついてくるとかした日にはきっと正気ではいられない。
 あんな皮膚がドロっとしてそうで、臭そうで、虫がわいている身体。近寄っただけ、なんてどころではなかく、目があっただけでも寒気がしそう。
 いけない、気持ち悪くなってきた・・・。
「きらら、大丈夫?」
「大丈夫・・・。ちょっと腐った死体を想像したら力が入らなくなっちゃって・・・。」
 明らかにテンションダウンした私を心配してくれているようだ。
 気持ち悪い。動く死体とか、映画の中だけで十分なのに・・・。ここではそんなのも実際にいるのね。
 私の気を紛らわそうとなにか話のネタを探すそらら。
「うんとね、精霊魔法を使うには精霊との契約が必要なの。だれでも契約できるわけではなくて、火の精霊にまつわる宝玉。ルビーが必要だったり、ルビーがあっても、精霊が拒絶したら魔力をすべて吸い取られて丸3日は動けなくなっちゃうくらい疲弊するんだって。だからうちも怖くて、精霊魔法なんていいかなーって思って・・・。多分エル様も心配してくれてうちらに武術を教えないんだと思う。」
「さっきそららが使ってたのは魔法じゃないの?」
「厳密に言えば魔法なんだけど、精霊と契約しているわけじゃなくて、そのへんに浮遊している【風の精霊の魔力の残り】みたいなものを使っているのよ。だから、さっきのが精一杯。昨日の夕立のあとなんかだと、雷の魔法がちょ~~っとだけ使えたりもするけど。」
 今そららが使ってみせたのは魔法であって、魔法ではない。難しいなぁ。
「あ、ちょっとは元気出た?」
「うん、ありがとう。魔法のこと考えてたら少し元気出た。大丈夫だと思う。」
 王都の西門までもう少し。
「よかった。さっきの魔法の話、好きそうだったから。」
「心配かけちゃったね。大丈夫!でも、魔法か、使ってみたかったなぁ。」
 ちょっと心残りはある。それは本当。使えないのなら仕方ないけど。だれでも使ってみたいと思ってしまう。
「記憶が戻れば、魔法の使い方も思い出すんじゃないかな?そしたらたんこぶも治癒魔法使って治せたのにね」
 ニヤニヤしながら私のオデコを見てくる。いい加減、たんこぶのネタはいいですよ。
(記憶が戻ることはないんだけどなぁ。)
 そららのニヤつき顔をみながら少し残念な感じ。フランに相談してみようかな。
「記憶ね~。早く戻らないかなー。」
 ここはそららに話を合わせておく。まさか、体の中身は他人です。なんて言えるわけがない。
「そらは魔法も使えて、私よりも料理もできるし、すごいね。」
「そーよ!もっとうちを褒めてよ!あ、あと寝相もうちの方がいいかな。」
「それ、仕事に関係ないじゃない!」
 そららの手を掴もうとしたら一瞬の差で逃げられてしまう。
「へへーん。きららに追いつかれないもーん!」
 私は逃げるそららを追いかけて目の前にある王都へと走った。



 王都は昨日と変わらず多くの人が行き交う活気のある街だった。
 市場の品物は少しづつ減ってはいたが、それでも市場には大勢の人が残っていた。
 昨日一日だけだけど、私の知っている風景はとても懐かしく、安心する風景だった。
 昨日は右も左もわからなくて心細かったけど、今日はそららがいるから安心して過ごせる・・・はず。
「ごめんね?そら。まだ怒ってる?」
 私の横には不機嫌なそららがムスっとしたまま歩いている。
 そららが走って逃げたのでなんとなく追いかけて行って、頭を昨日もさんざんそららには叩かれたからちょっと仕返しにひっぱたいてみようかと思って追いかけた。
 ・・・まぁ、足の遅いこと。びっくりするくらい遅かった。正確に言えば最初は早かったのだ。でも、少ししたら体力がなくなったのか遅くてびっくり。持久力なさすぎ。思ったよりもすぐに追いちゃったから、頭をペシッっとそのまま叩いてみたら今のようにお怒り中。
「べつに」
 ちっちゃーい声でやっぱり返事はしてくれる。
「痛かった?ごめんね?」
「痛くない。べつにいいよ」
 手をつなごう?と言っても『フン』ってそっぽを向いてしまう。
 妹って難しいなぁ。
 しばらく無言のまま歩く二人。市場の活気が余計に悲しくさせる。
「あ、・・・」
 そららが何かを見つけた。視線の先には屋台がある。売り物はぶどう。
 私もぶどうは好きなので味は気になる。今日は昨日と違って一文無しではない。お部屋にあったお金をいくつか持っている。ちなみに、これは泥棒ではない。自分の部屋にあったのだから断じて違う。と思う。
 正直価格や値段の相場がまだハッキリわからないのでそのへんは適当だ。お金の使い方も覚えないといけない。
「ぶどうか~。どんな味なんだろう。食べて・・みたい?よね」
 そららの不機嫌顔はオネダリ顔に変わっていた。物欲しそうに上目遣いで瞬きしながらもどかしそうに私を見ている。尻尾があればこの状態なら、高速で左右に揺れているだろう。
 そんな顔で見ていたら断ることは出来ないじゃない。
「食べたい!きららあれ買って!」
 私の袖をグイグイと引っ張ってぶどうの屋台へ連れて行く。
 なんて自由な・・・。
「ぶどう♪ぶどう♫」
 彼女はごきげんのご様子。食べ物で釣れば言うこと聞かせることができるかも知れない。そららの弱点は食べ物ね。きっと。
 ぶどうの屋台には赤、紫、緑と色鮮やかなぶどうが並べられている。とても甘い香りだ。
「いらっしゃい!」
 ぶどう屋のおじさんが出てくる。
 どこの屋台も構造は変わらないらしい。
「フランのとこにもお礼に行きたかったから、買っていい?」
「うん、昨日助けてもらったしね。」
 私は屋台に並んだぶどうが珍しく買い物はそららに任せてぶどう観察をしていた。
 赤色、紫色、緑色の3色が売られていて、実の大きなぶどう、小さいぶどう様々だ。
 うーん。気になる。どんな味なんだろう。
「おじさん!ぶどう贈り物で1種類づつ!。と、食べながら帰りたいから緑のちょうだい!」
 注文が終わるとそららが『お金ちょうだい』と言わんばかりに手を出してくる。私はポケットに入れてきたお金をそららに見せた。
「いくら?」
「これとーこれとー、これでだいじょぶ!」
 私の手から数枚のコインを取って、支払いを済ませている。
「ほい、お待たせ!」
 おじさんは綺麗に入ったぶどうのかごを出してくれた。
「おまえさんたち、どっかの領主のお抱えメイドだろ?どこか知らないが、うちのぶどうを選んでくれてありがとな!」
「美味しかったら宣伝しとくわ!
 そららは満面の笑みで右手にはカゴに入ったぶどう3房、左手で緑色のぶどうを1房持ってご機嫌で帰ってくる。綺麗な緑で実も大きく甘そうな見た目。
「いこ!きらら」
 そう言ってぶどうをいくつかちぎって私にくれる。
「あ、ありがと。どこかに座って食べる?」
「大丈夫だよ、早くフランのとこいったり買い物もしないといけないし。」
 太陽がだいぶ低い位置にきている。
 このまま夜になってはまたフランたちに迷惑をかけてしまう。
「買い物もしてっちゃうから、きららもお荷物持ってね?」
 そららはぶどうの実を食べながら満足そうにしている。
「今日は何を買うの?晩ご飯何にしようか?」
 私もぶどうの実を食べてみる。
「あ、甘い。・・・」
 すこし歯ごたえがあるものの、甘いし美味しい。
「ん~。今日はそららスペシャルかな。美味しいぶどうも買ってもらえたし!」
 そららは足取り軽く他の屋台の物色を始める。
 私もあとを追う。こうやって、姉妹で買い物とか、案外いいものだな。
 ちなみにぶどうの実はさっぱりとした甘さで、みずみずしくて、とても美味しかった。果汁は透明で皮だけが緑のようだ。
 私たちはぶどうの実を片手に市場を回りながら王城を目指すことになった。
 そららの機嫌もよくなったし、ぶどうも食べれたし、フランへのお土産も買えたし、昨日とは違って今日はだいぶこの世界に馴染んでいる気がするわ。


 買い物が終わり、私たちは王城へと向かった。
 途中エドのお店にも寄ってみたが、今日は誰もいなかったし、りんごも置いてなかった。
 無事にりんごが売り切れたからなのか、今日はおやすみのようだ。
 昨日のお礼もしたかったのだけど、『陽が落ちる前に帰るんだから、今日はあきらめよ』と促されて王城へと足を急がせた。
 私たちも買い物が終わり、既に両手にいっぱい。
 お肉、野菜、フルーツ。米や調味料をいくつか買っていた。驚いたことに調味料はほとんど一式揃っている。バターなどもあるようだけど、注文して家まで持ってきてもらうようだ。そららが、調味料を売っていたお店の人に頼んでいた。
 市場には大きく区分けされていて、
 東西南北4つのエリアに分かれている。
 北エリア、西エリアは規模が小さくなっている。昨日も行ったけど、ケーキ屋の他にもいくつかの専門店があり、パン屋などもあるそうだ。工業地域になっていて工房などが多いらしい。
 東エリアは昨日エドのお店があったところ。こっちは野菜やフルーツ類の食品が多い。居酒屋(この世界では酒場)があったのもこのエリア。武器屋があったのもここね。
 南エリアは魚や肉などの食品が多い。
 ただ、どのエリアにも野菜やフルーツ、肉や魚など生活に必要な物を売っているお店はあった。酒場は東エリア、西エリアにあるらしいが、西の酒場はみたことがない。武器屋も数軒あったが、正直あまり気にならなかったのでそのまま通り過ぎた。そららもあまり興味がないらしい。
 市場を簡単に説明してもらって、買い物が終わるといよいよ王城へ。王都の中心より少し上の位置にある王城へ向かう。
 ゴォォーン。ゴォオオーン。ゴーォォン。ゴォォン。・・・
 鐘が4回鳴った。
「もう4時だわ。急いでフランのところへ行って帰りましょう。日が暮れると危ないから。」
 そららが早足で歩いている。エドの店から王城まで20分くらいだろうか。途中にいろいろな店があった。カフェもあった。レストランのようなところもあったし、色々と見てみたかった。荷馬車が市場の中を行き交っている。皆、店じまいの準備をしている。
「こっち!!」
 そららは通りから外れて、公園の中に入っていった。
「けっこう鐘の音って大きいのね。市場の中だと全く聞こえないのに。」
「ここは王城前の第1公園だしね。市場までは離れてるし、あっちはうるさいから。」
 そららは足早に公園を突っ切っている。近くに大きな門が見える。公園の反対側、公園をでた大きな道の向こう側に誰か3人くらい立っている。
「王城には、門兵さんがいるわ。門番さんね。門兵さんにまずは用件を伝えて、中の交換手と連絡をして、フランを呼んでもらうしかないの。当然、お城にいないこともあるし、いても手が離せないこともある。うちたちはエル様のメイド。地位は多少エル様のお力であるけれど、王城の人からしたらそんなこと関係ないから、絶対に失礼なことしないでね!?」
 そららがお城に着くまでにお願いだから静かにしてて、って注意をしてきた。
「でも、フランが・・・」
「フランはいいの!あれは特別なの。でも、お城の中でフランって言ったらダメ。フラン様。わかった?極力静かにしててね!?」
 門兵さんがはっきりと確認できるところまで来てそららは私をキッと睨む。
 その目には逆らってはいけないオーラしかないので黙って首を縦に振った。
 私たちは門兵さんのところに行き、そららが口を開く。
「こんにちは。私は西の門の先にある領地、ヴィルサーナを任せれているエルドロール様の使いの者です。昨日、王宮騎士フラン様にお力をお借りしましたので、本日はお礼を申し上げたく参りました。」
 そららは片手でスカートをつまみ、そっとお辞儀をする。
「可能であれば直接お礼を申し上げたいのですが、フラン様は本日どちらにおいでですか?」
 とりあえず、一歩下がった隣でそららの真似をしてみる。あのそららから、ちゃんとした言葉が出てる。
「エルドロール伯爵の方ですか。承知しました。ただ今確認致しますので、そのままお待ちください。」
 門兵さんは私たちに一礼すると門を抜けお城の中に消えていった。
「このまま待ちましょう。すぐに戻ってくるわ。」
 そららが私の方をチラッと見てくる。なんか、窮屈なのは苦手・・・。
「ねぇ、そらら」
「なに?」
「ずっとこのまま?」
「当たり前ででしょ!?私たちの行動はエルドロール様の行動なのよ?誰に見られてるかもわからないんだから」
「さっき買い食いしてたじゃん。」
 彼女からは返事がなくなった。
 さっきのぶどうの食べ歩きはいいのか?と聞いてみたかったのだけど・・・。
 ・・・気まずい沈黙の中、先ほどの門兵さんが帰ってきた。
「お待たせしました。ただ今いらっしゃいます。中でお待ちください。」
「感謝致します。」
 私たちは門の中に入り、小さな椅子に腰掛けた。門兵さんの休憩用の椅子だろうか。
 門の中には広い敷地と、さらに向こうの方にはまた門と門兵さんが見えた。
「あまりジロジロみないの。」
 そららが私の袖をクイクイっと引っ張ってくる。
「お城ってすごいねー。こんなところ掃除したら大変だなぁ。」
「いいから、子供じゃないんだから静かにしてて」
 明らかに怒っている声だった。不機嫌、なんてレベルではない。田舎丸出しの私に本気で怒っている。
 誰かの使者とか、代理人って結構窮屈なんだなぁ。
「お待たせ、、どうしたんだい?ふたり揃って」
 フランが息を切らしながら門からでてきた。
 そららはスっと立ち上がり深く頭を下げる。私もそれを見て急いで真似をする。
「昨日はお礼もできずに、ローラ様にも良くしていただき、感謝の言葉もございません。私達姉妹、心からフラン様に感謝致しております。こちらは王宮騎士様のお口に合うか存じませんが、私たちが本日屋台で選んだぶどうでございます。エルドロール様も今回の件では感謝を致しておりました。主の代わりに、私たち二人でお礼を申し上げに参りました」
 そららが手にしていたぶどうをフランに渡す。門兵さんも気にしないふりをしているが、こちらを度々見ているようだ。
「どうもありがとう。そらら。きららの具合はどうかな?」
「姉はまだ完全に回復をしてはいませんが、意識もはっきりしていますし、とても安定しています。」
「それはよかった。ところで、エルドロール伯爵は君たちに何か言っていたかい?」
「いいえ、何も聞き及んではおりませんが・・・?」
 そららはなにか用事があったのかな?と不思議そうな顔をしていた。
「それじゃあ、ふたりともこっちへ。」
 フランは私たちを外門と内門の中間あたりへ連れて行った。あたりには人の気配はない。
「すまないが、内密な話がある。彼女たちがここにいる間、わずかな時間誰も通さないでくれ。」
「はっ!かしこまりました!」
 フランが門兵に声をかけた時に、本当にこの人は偉いんだなぁ。と改めて理解した。
 内密な話?私、こんな偉い人に昨日あんな気軽に話しかけたんだ。・・・大丈夫だったのかな。
「あまり大きな声では言えないんだけど・・・。時間がないから簡単に話そう。」
 ちょうど、フランが出てきたお城の内門、私たちが入ってきた外門の間くらいのところにつくやすぐにフランの話は始まった。誰かに聞かれたら困る話らしい。
「そらら、エルドロール伯爵はどこへ?」
「わかりません。昨日の夜、私がきららを迎えに行ったあとにお屋敷を出たみたいです。今日の夜には戻ると伺っています。」
 ・・・フランはあまりよくない顔をしながら
「南のゴブリンの話は、どこまで聞いた?」
 フランは私に話しかけてきた。
「私は、昨日エドのお母さんから聞いただけ。南の町にゴブリンが住み着いた、って。それ以外は本当に知らないわ。」
「そららは?」
 首を横に振るそらら。
「ほとんど同じです。私はエル様から討伐隊の編成くらいしか・・・」
「今日は、今すぐ帰るんだ。あとでローラを屋敷へ送ろう。いまは、危険すぎる。」
 そららの話を遮ってフランは私たちに帰るように言った。いつものにこやかな顔からは想像ができないくらい真剣な顔のフラン。そららが異変に気がつき問いただす。
「どうしたんですか?」
「君たちはまだ知らないだろうけど、討伐隊が、全滅した。」
「まさか!あい・・・」
(静かに!)
 思わず声を上げてしまったそららの口をフランが手で塞ぐ。
 うんうん。と、うなずくそらら。
「すいません、私としたことが。相手は、ゴブリンですよね?」
 フランがうなずく。そららが私っていってると変だなぁ。
「ゴブリン相手に、討伐隊が全滅ですか?」
 私の知っているゴブリンであれば、ゲームの世界でも弱いはずなんだけど。違うのかな。
「僕たちもそう思っていた。でも、討伐隊40人が全滅。ゴブリン程度なら確実に勝てるはずだったんだ。おそらく、エルドロール伯爵はゴブリンが住み着いた街へ偵察に出ているんだろう。あの街は伯爵の領地だから自ら敵がなんなのかを確認市に行ったんだと思う。」
「全滅・・・」
 そららは言葉を失っていた。
「目撃情報がゴブリンしかなかったからと、僕たちも油断していたんだ。悪いことをした」
「あの~。」
 会話についていけずに、蚊帳の外。ちょっと気になることが・・・。
「エル様は、大丈夫なの?」
「そうだ、エル様は?エル様は一人で行ったの!?」
「大丈夫。エルドロール伯爵には僕の親衛隊のうち2人を護衛につけてある。君たちに伝えているのか聞きたかったから最初に『エルドロール伯爵は?』と聞いたんだよ。きっと伯爵は君たちに心配させたくないんだと思う。だから、今日は早く帰って帰りを待っていてあげなさい。夜はゴブリン達も活発になる。そうなる前に」
 そららが口を開いた瞬間、外の門兵から声がかかった。
「フラン様!、商工会の方がお見えになっております。お通ししてもよろしいでしょうか?」
「大丈夫、今こっちも終わったところだ!」
 フランは門兵に合図を送ると荷馬車が中に入ってきた。
「さぁ、今日はここまでだ。また、近いうちに屋敷に行くから。今日は帰っていなさい。今の話は誰にも言ってはいけないよ」
 フランは私たちにそう告げると、商工会の方が乗った馬車に歩いて行った。そららは私の手を取ると外門の方へ歩き出す。
 門兵さんに簡単に挨拶をすると、そららは足早に西門へ向かった。



 夕焼けが差し込む街道を歩き始めて数分、私はそららにフランとの話を整理しながらいくつか質問をしていた。
 まず、討伐隊はどのような組織なのか?
 半分くらいは街で腕に自信のある素人のようだった。相手がゴブリンなので、素人でも3人で1体相手にしていればまず勝てる程度らしい。
 残りの20人うち、10人は傭兵。9人は王宮の騎士見習い、魔道士見習いで編成され、最後の一人はフランの1ランク下になる宮廷騎士となる。もちろん、見習いと言いながらも素人なんかよりもよっぽどつよい。
 それでもゴブリン相手に全滅とは、そららは信じられない、といった感じだった。
 次に、南のゴブリンが住み着いた街について。
 ゴブリンが住み着いた街は、エル様の領地だったらしい。街の名前は【ドリアード】。水と木が美しい川沿いの街だった。昨年起きた川の氾濫で一時的に暮らしていた人は王都に避難している状態だった。討伐隊に志願した素人の多くはこの街で暮らしていて、街を取り返したいって人たちだった。
 今はゴブリンが住み着いているので近づいてはいけないようになっている。
 最後に、ゴブリンの強さについて。
 ゴブリンはやはり弱いらしい。ただ、ゴブリン業界にも階級制度があり、いくつかに分類される。弱い順に説明すると、ゴブリン、アークゴブリン、ゴブリンマスター、ゴブリンキングと4段階で変わるらしい。
 アークゴブリンでは、騎士見習い1人ではもう勝てない。騎士見習い3人程度の強敵だ。
 ただ、今回目撃されていたのはゴブリンのみ。どこかの群れから逃げてきたはぐれゴブリンと推測されていた。
「ゴブリンって、そんなに強敵なの?」
「そんなことない。知能もそんな良くないし、普通であればこんな手こずることはないと思う。」
 買い物袋を抱き抱えながら二人で夕焼けの道を進む。
 そららは続けて教えてくれた。
「ゴブリンは考えることが苦手なの。頭も良くない。多分、5歳児レベルくらい。でも、一番怖いのは群れになって、誰かリーダーができた時に、あいつらは厄介なモンスターになる。」
「リーダー?」
「さっきフランも『確実に勝てるはずだった。』と言っていたように、ゴブリンだけであれば余裕で勝てたんだと思う。でも、敵はゴブリンだけではなかったのよ。頭がいい、何かがいるんだと思う。だからエル様も偵察に行ったんだと思う」
(幼稚園といっしょね)
 私は聞いていて思った。まだ何も知らない子に、いろいろと教えて行く。教育しているリーダーがいる。
「でも、相手はゴブリンだけなんでしょ?」
「わからない」
 そららは首を横に振っていた。
「わからないよ。だって、フランと同じような騎士様が負けるのよ?見習いでも魔道士もいた。傭兵もいた。討伐隊として行くぐらいなんだから勝てる要素がじゅうぶんあったはず。」
「どういうこと?」
「王国から認められた『王宮騎士並に強い』モンスターが、すぐそばにいるってことよ」
 そららが立ち止まって、買い物袋をギュッと抱きしめている。
 夕陽が薄くなり、辺りには薄暗い闇が広がってきている。まだお屋敷までは半分以上の道のりが残っている。暗くなっていくにつれ、昨日とは比較できないほどの恐怖があたりを包んでいく。
 ローラの姿はまだない。フランはあとで屋敷に向かわせると言ってくれたが、人気のない街道ではすごく心細い。このあたりでお昼そららと話していたのが嘘のように思える。
 フランがどのくらい強いかはわからないけど、王宮騎士って言うくらいだからそのへんの人よりも数段強いのだと思う。宮廷騎士が想像できないけど、強いモンスターがこのあたりを彷徨うろついているなんて漠然と不安になる。もし私たちの背後から今襲われたら・・・
 私は身体がブルっと震えた。悪寒が走る感覚。恐る恐る後ろを振り返るとそこには何もなかった。ただ、無人の道のみ。急に怖くなってきた私はいてもたってもいられずに
「早く帰ろう!私たちの家に。それで、エル様にあったかいご飯を作って、お出迎えの用意をしなくちゃ。今日は私も料理作るから!!」
 そららの手を取って再び歩き出す。この場所に居ても仕方ない。お屋敷に戻っても二人しかいないが、エル様とローラが早く来てくれることを祈るしかない。
「きららが、作ったご飯じゃ、エル様またがっかりしちゃうよ?」
 そららが少し笑ってついてきた。
 街道の向こうから、不意に強い風が吹き、私の買い物袋から玉ねぎが落ちて、今来た道を少し戻るように転がってしまう。今日のスープに使おうとしたのに。
 しゃがんで玉ねぎを拾って前を向くと、そこにはそららともう一つ、茂みの横に人影が見えた。
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