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5話:堕落の底
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言葉責めや、えっちなプレイの延長にドキドキしている場合じゃない。とうに体は限界だ。
でも、薄暗い部屋で艶のある目を向けられると、あらぬ妄想の一つぐらいしてしまうのは、どうしようもない。
----------5
唾を飲み込む音が、相手に聞こえていないだろうか。
碧はといえば、僕のへそに短い爪を引っかけて遊び始めた。
ひくひくと震える肌を眺め、時折ぐりっと凹みを押し込む。
「ん……」
擦られた刺激を思い出さないように、息を吐くので精一杯な僕を見下ろし、今度は腹に溜まっている液体を、ツ、と撫で広げた。
僕を観察しながら際どい部分に触れようとするから、指の隙間から短い呼吸が漏れ出てしまう。
「千草。何を言いかけてやめたんだ」
「あ、そんな、……大したことじゃっ」
「なら言えるだろう」
「あう……う~、碧が」
「俺が?」
「怖いくらいしつこかったから、ぁ、何か、まだココに碧のが入ってるような気がして……今がいつなのかなって……」
マズイ、言わなくていい事まで言いそうになる。
受け入れてた箇所がキュンとして、先まで碧のが埋まってたお腹の辺りが震える。
よくあれだけ貪っていたのに、ナカで出さなかったな。
代わりに僕のナカ以外がぐちゃぐちゃだ。
惜しいなあ、欲しいなあ、あの熱いの。
馬鹿になった脳で、俗物的な言葉を吐き出しそうだ。散々言わされたから、羞恥も無い。
「ね、ねえ、碧」
怠惰で甘美で退廃的なのも、君だから良い。
でも、一度目を知らないまま僕の全部が欲しいと言った二度目の君も、一番最初の淡い距離感だった君も。
これまでの一度も、昨日のような事は無かった。
鮫川碧という男は、基本的に、衝動や情動などの突発的な行動の反対にいる。
震える唇を一度噛みしめて、最初に思った事だけを聞いてみた。
「なにか、あった?」
「っ、……、な、」
なにも、と最後までは声にならなかった。
常に上がっている眉に皺が寄り、痛みを堪えるようだ。唇はわななき、はくはくと苦しそう。
汗で張り付いた、片側だけ隠れている前髪の奥の瞳と交差する。
薄暗い部屋では分かりにくいが、わずかに、反対側の目と色素が違う。
君は、痛みを知っている。傷ついている。
それで、十分だった。
ああ、僕は、馬鹿だ。
僕にとっては他愛のない質問も、君のとっては、心臓に杭を打たれた物だったんだ。
僕から僅かに離れた碧は、呆然と虚空をさ迷う。
駄目だ。
僕は咄嗟に、腕を伸ばして碧を引き留めた。
掴んだ手から熱が伝わったのか、髪に隠れてない方の、目の焦点が合う。
僕を、ゆるやかに見つけた。
僕から抵抗も躊躇いも拒絶もないと気づき、恐る恐る手を伸ばして、ことさら優しく抱きしめてきた。
情事の後の体はきしんだが、構わない。
震える体の全てで僕を隠すように抱きしめるので、片方だけでもと、碧の背中に右腕を回す。
掴まれなかった右手が背中に触れると、碧はあからさまにビクリと震えた。
「ごめんっ」
「……良い」
お前なら良いと、ぎゅっと強く抱きしめられる。
「前と同じだ。これはただの暴力で、もう、それしか出来ない奴の終わりなだけだ。妹を守れたから、良いんだ……」
ふと、高校一年の時を思い出す。
1年間だけだった旧舎寮は古く、大風呂も狭かった。
浴室で、誰かが碧の背中を見て言った。
『あの痣、喧嘩かな』
『ちょっと多いが、家のもめ事とか?』
『面倒そうな一年が入ったな』
僕はいつも通り、他者に関心は無かった。
多分、碧もそれらにリアクションは、しなかった筈。
僕が覚えているのは、碧が僕を呼び止めて濡れた髪をタオルで拭いてくれたこと。
君にもっと、恋以外の関心を向けるべきだった。
どうして良いか分からないけど、触れて良いのだとは言われた。
「あの、だ、抱きしめていいかな」
「……して欲しい」
背中を恐る恐る撫でてみると、ぺちぺちと、間抜けな水音が鳴る。
汚れた手だけど今更だ。僕は許される限り、頭を撫でたり、癒えるようにと願い、触れる。
これだけ体を繋げても、濃密な二か月を繰り返しても、今どうすれば良いか分からない。
先までの粘つく空気はとうに洗い流され、凍てつく寒さに怯えるように寄り添う。
どれぐらいそうしていたのか、碧はやがて、抱きしめる腕の力を緩めた。
耳元で、微かに声がする。
明瞭さはなくても聞こえた。
「早く卒業して……一人でも生きていきたい」
僕に、何が言えるというのか。
「学生じゃ駄目なんだ、両方は選べない……」
ふり絞る言葉でまた強く僕を抱きしめる。今度は君が、僕に杭を打ったのにも気づかず。
欲に堕落した僕には、君の悲痛な正しさがとても眩しい。
「みどり」
認めたくはなくても、今の僕じゃ、君に必要とされていない。
そんな何もできない僕でも、君の名前を呼んで同じだけ抱きしめるのは許してね。
「碧……」
君の光で、堕落の底が見えてしまった。
先に泣いたのは、どっちだろう。
でも、薄暗い部屋で艶のある目を向けられると、あらぬ妄想の一つぐらいしてしまうのは、どうしようもない。
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唾を飲み込む音が、相手に聞こえていないだろうか。
碧はといえば、僕のへそに短い爪を引っかけて遊び始めた。
ひくひくと震える肌を眺め、時折ぐりっと凹みを押し込む。
「ん……」
擦られた刺激を思い出さないように、息を吐くので精一杯な僕を見下ろし、今度は腹に溜まっている液体を、ツ、と撫で広げた。
僕を観察しながら際どい部分に触れようとするから、指の隙間から短い呼吸が漏れ出てしまう。
「千草。何を言いかけてやめたんだ」
「あ、そんな、……大したことじゃっ」
「なら言えるだろう」
「あう……う~、碧が」
「俺が?」
「怖いくらいしつこかったから、ぁ、何か、まだココに碧のが入ってるような気がして……今がいつなのかなって……」
マズイ、言わなくていい事まで言いそうになる。
受け入れてた箇所がキュンとして、先まで碧のが埋まってたお腹の辺りが震える。
よくあれだけ貪っていたのに、ナカで出さなかったな。
代わりに僕のナカ以外がぐちゃぐちゃだ。
惜しいなあ、欲しいなあ、あの熱いの。
馬鹿になった脳で、俗物的な言葉を吐き出しそうだ。散々言わされたから、羞恥も無い。
「ね、ねえ、碧」
怠惰で甘美で退廃的なのも、君だから良い。
でも、一度目を知らないまま僕の全部が欲しいと言った二度目の君も、一番最初の淡い距離感だった君も。
これまでの一度も、昨日のような事は無かった。
鮫川碧という男は、基本的に、衝動や情動などの突発的な行動の反対にいる。
震える唇を一度噛みしめて、最初に思った事だけを聞いてみた。
「なにか、あった?」
「っ、……、な、」
なにも、と最後までは声にならなかった。
常に上がっている眉に皺が寄り、痛みを堪えるようだ。唇はわななき、はくはくと苦しそう。
汗で張り付いた、片側だけ隠れている前髪の奥の瞳と交差する。
薄暗い部屋では分かりにくいが、わずかに、反対側の目と色素が違う。
君は、痛みを知っている。傷ついている。
それで、十分だった。
ああ、僕は、馬鹿だ。
僕にとっては他愛のない質問も、君のとっては、心臓に杭を打たれた物だったんだ。
僕から僅かに離れた碧は、呆然と虚空をさ迷う。
駄目だ。
僕は咄嗟に、腕を伸ばして碧を引き留めた。
掴んだ手から熱が伝わったのか、髪に隠れてない方の、目の焦点が合う。
僕を、ゆるやかに見つけた。
僕から抵抗も躊躇いも拒絶もないと気づき、恐る恐る手を伸ばして、ことさら優しく抱きしめてきた。
情事の後の体はきしんだが、構わない。
震える体の全てで僕を隠すように抱きしめるので、片方だけでもと、碧の背中に右腕を回す。
掴まれなかった右手が背中に触れると、碧はあからさまにビクリと震えた。
「ごめんっ」
「……良い」
お前なら良いと、ぎゅっと強く抱きしめられる。
「前と同じだ。これはただの暴力で、もう、それしか出来ない奴の終わりなだけだ。妹を守れたから、良いんだ……」
ふと、高校一年の時を思い出す。
1年間だけだった旧舎寮は古く、大風呂も狭かった。
浴室で、誰かが碧の背中を見て言った。
『あの痣、喧嘩かな』
『ちょっと多いが、家のもめ事とか?』
『面倒そうな一年が入ったな』
僕はいつも通り、他者に関心は無かった。
多分、碧もそれらにリアクションは、しなかった筈。
僕が覚えているのは、碧が僕を呼び止めて濡れた髪をタオルで拭いてくれたこと。
君にもっと、恋以外の関心を向けるべきだった。
どうして良いか分からないけど、触れて良いのだとは言われた。
「あの、だ、抱きしめていいかな」
「……して欲しい」
背中を恐る恐る撫でてみると、ぺちぺちと、間抜けな水音が鳴る。
汚れた手だけど今更だ。僕は許される限り、頭を撫でたり、癒えるようにと願い、触れる。
これだけ体を繋げても、濃密な二か月を繰り返しても、今どうすれば良いか分からない。
先までの粘つく空気はとうに洗い流され、凍てつく寒さに怯えるように寄り添う。
どれぐらいそうしていたのか、碧はやがて、抱きしめる腕の力を緩めた。
耳元で、微かに声がする。
明瞭さはなくても聞こえた。
「早く卒業して……一人でも生きていきたい」
僕に、何が言えるというのか。
「学生じゃ駄目なんだ、両方は選べない……」
ふり絞る言葉でまた強く僕を抱きしめる。今度は君が、僕に杭を打ったのにも気づかず。
欲に堕落した僕には、君の悲痛な正しさがとても眩しい。
「みどり」
認めたくはなくても、今の僕じゃ、君に必要とされていない。
そんな何もできない僕でも、君の名前を呼んで同じだけ抱きしめるのは許してね。
「碧……」
君の光で、堕落の底が見えてしまった。
先に泣いたのは、どっちだろう。
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