【完結】恋し堕落はループ論

シキゴウ全

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8話:余談後編・閉じた箱庭

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 そうして高校一年と二年が過ぎた。
 このまま過ごせたら良いなんて思っても、現実はあっさりと、受験や就職を決める三年生となった。
 
 僕らの進路が決まったのは、秋の終わり。
 
 鮫川は、奨学金制度で県外の教育学部を選んで合格。
 僕は家から通えて、点の取りやすい県内の文学部を推薦で合格した。
 ちょっとだけ鮫川と同じ大学を考えたこともあるけど、まるでそれを察して避けるような遠さだった。

----------8

 厳冬にはならない地域でも、部屋は冷えてくる。僕らは高校二年から新寮に移ったので、去年ほどの寒さを感じないので運が良い。
 そんな事を考える、冬の気配が近い夜。
 寮部屋の、二段じゃなくなったベッドで、僕は相変わらず本を読んでいた。
 鮫川君も受験を終えて、気が緩むようになった。今は僕のベッドをソファ代わりにして、僕の本を珍しく読んでいる。
 お互い細身でも、男二人はちょっと狭い。
「九十は、本当に本を読む以外に関心もなければ、それ以外を時短に徹するんだな。他の奴らに志望動機をバレないようにしろよ」
「理由はなんでも良いんじゃない?」
 相手のページを捲る音が消えた。

「その受かった試験方法は?」

「大学入試は応用も抑えておかないとって思って、丸暗記は八割ぐらい」
 そこで、溜息だ。
 一応、どういう意味で呆れているのかと気になり、本から顔を上げた。
 視線が合った彼は、いつも通りだった。
「九十の試験対策はバレてるだろうが、聞かれても今回はオブラートに包んでやれよ」
 
 君だって成績良いのに、僕だけってどういう事?

「お前のは真似出来ない勉強法だからだ」
「……なんで僕の考えていること分かるの?」
 まさか思考に返されるとは。
 文庫に指を挟んで、本を中断する。鮫川は、僕の行動を楽し気に観察した。
 僕とは違いパタンと本を閉じて、シーツに置いた。

「そりゃ、毎日見てればな。文字通り、おはようからおやすみまで一緒にいる。ましてや九十は、人との対応に差がない。
 偏見が見えないという事は、何を考えているか分かりにくい面もある。
 でもお前の行動の基準は一貫してる。それを知っていれば、九十は分かりやすい」

 なんでちょっと得意げなのかは、気にしないでおいた。
 もしかしたらワトソンに説明するホームズも、こんな感じなのかな。
 観察対象になった事に不快さはない。僕が鮫川の世話になりっぱなしなのは、事実だからだ。
 でも、僕の恋心が気づかれないのは不思議だ。
 僕の行動の基準が、手の中の物だからかな。

 今は本の続きを読みたい欲より、君を見ていたいのが強いけどなあ。
 バレないのかあ。

「おはようからおやすみまで……」
 でも知られなくても、君に、僕の一面を知って貰ってるのは嬉しいな。
「なら、バレても仕方ないね」
 僕の悪癖には呆れない君が、同室者で良かった。
 これは伝わるかなと、ちょっとドキドキして碧をじっと見てみた。
 鮫川は、少しの間を持って僕を観察する。
 僕もいつの間にか、彼が答えるまでの沈黙に緊張しなくなっていた。
 彼は「ん」と、息を抑えるように口角を上げた。
「お前の悪癖には慣れさせられた」

 本当に伝わったんだ凄いっ
 しかも、君が笑った。いつも上がっている眉が、ちょっと困ったように下がって、目元を細めて、笑った。

 君の顔、素敵だ。

「やっぱり鮫川のこと好きだなぁ」

 あ。
「え?」
 慌てて本で口元を塞いだけど、もう遅い。

「……びっくりした」
 感情て、溢れると言葉で出て来ちゃうんだ。

 誤魔化せないだろうな。今の鮫川の顔は、僕より雄弁だ。
「いや、びっくりしたのは……」
「ああ、うんそうだよね」
 隠し通すつもりだったというべきかな。言っちゃったから意味がないよね。
 とりあえず先に謝っておこう。
 顔を上げた僕に何を察したのか、彼は目を見開いて、僕に近寄ってきた。
「あの、ごめ」
 ごめん。という間に、半ば駆け寄る鮫川に抱き着かれた。
「え?」
 三年経っても体の薄い君に、成長期の遅い僕の体が収まる。
 肩口に顔を押し付けられて、何も言えなくなってしまった。息が苦しい。
 振りほどこうとしても、尚も強い力で押さえつけられた。
 抵抗する気はないけど、これは、何も言わせてもらえないのではないか。
 どうしてだろう。
「鮫川……」
「九十」
 僕を呼んだ、か細い声。
「くじゅう、九十……」
 何度か呼んで、最後に、「ごめん」と先に謝られてしまう。
 それで、僕は失恋したのだと分かった。
 なんだか、力が抜けてしまった。おかげで隙間が出来たので、言わせた事を謝る。

「告白したの、駄目だった?」
 ごめんね、と言おうとして、また強く抱きしめられた。もはや羽交い絞めだ。

 今度は、無言で首を横に振っている。
「駄目じゃない。そうじゃない、けど……ごめん」
 二回言われるのはちょっと、胸が痛くなる。
 それでもバレたのが、この時期で良かったなと、ホッとしてしまった。

 その日。寝るまでどうやって過ごしたか、記憶がうろ覚えだった。
 胸だけが鋭い痛みで、他はとても重たかった。
 体も、思考も、相手の気配を探ろうとする浅ましい沈黙も。
 同室者に好きだと言われて、残りの毎日どうするか悩んじゃうだろうな。
 僕なりに心配した次の日。どころか、十二月になっても鮫川は変わらなかった。
 おはようと僕を起こし、食堂へ連れて行き、学校まで引きずって登校する。
 風呂を促し、おやすみと言って寝る。
 全てが彼で初めての僕は、こういうものかと受け入れた。
 距離を置かれるよりは、無かった事で良い。
 恋を一人で出来ていたなら、失恋も、一人で抱えるだけだと。
 と、思っていたのは僕だけだったらしい。



 明日が終業式となった、十二月二十四日。
 授業内容の調整の為、今日は補習三昧だった。

「鮫川……もう一回言ってくれる?」
 聞いていなかった訳じゃない。
 むしろ、この寮部屋の大きさだ。ハッキリ聞こえた。 
 彼と僕は下校したばかりで、そのままの恰好と鞄を持ったまま部屋で立っている。部屋のスイッチすら付けていない。
 ベッドか椅子に座って話さない? と聞く空気ではない。
 戻ったばかりの部屋は、冷えている。
 鮫川は始め、先に部屋に入った僕の背中に向かって言った。
 振り返った僕は、もう一度と促す。

「退寮までになるけど、恋人にならないか。俺たち」

 一言一句同じことを言ってくれた。
 幻聴では無かった。驚いている場合じゃない。一番大事な事を確かめないと。
「退寮って最終日?」
 黙って頷いた。
 寮から出るのは、希望すればいつでも良い。
 期限はある。毎年二月二八日。
 今年は二月二十九日。僕の十八歳の誕生日が、その日だ。
 鮫川と距離は近いものの、俯いている上に部屋が暗いせいで表情は読みにくかった。
 元々、彼は表情が薄い。今は一層、意識して隠している気がする。
 でも、こういうのでからかったり、ふざける君じゃない。
 君の誠実さは、分かるつもりだ。
 僕にとって急転直下で荒唐無稽な提案を、真面目にしている。
 鮫川と、期間限定とはいえ、恋人になる。
 もし、振られた次の日だったら僕は、答えを待ってもらっていただろう。
 ひとまず図書委員らしく、図書室に駆け込だ筈だ。そして落ち着けと、書架に並ぶ本のタイトルだけを延々眺めていただろう。
 ところが今はもう、十二月二十四日。
 1か月以上経っている上に、明日から冬休みだ。  
 どうして今日だったんだろう。
 どんな心の変化があったんだろう。
 たくさんの疑問と、涼しかった部屋が寒くなるほどの期間は、僕からパニックを浚った。
 代わりに声に出せたのは、やっぱり、あふれ出た感情だった。
 君は誠実で、優しい人だ。

「うん。なりたい」

 僕の了承に、鮫川がようやく顔を上げてくれた。
 僕は、きっと笑っていた。
 だって、君はとても優しい。
 僕は、たとえ二か月後にまた胸が傷んでも、君と恋人になれる甘い誘惑が欲しい。
 それを、くれると言った。
 だから、また言える内に言っておかないと。

「僕、碧が好きなんだ」

 君は震える手を上げ、何か葛藤をした後、何もせずに下げた。そして一度唇を噛みしめ、どうにかと絞りだしたような笑みをした。

「知ってる」

 今の僕には、それで十分で。

「千草」

 君に呼ばれる中で、今のが一番好きで。
 なんだか久しぶりに間近で見れた碧は、やっぱりキラキラしていた。

 僕は、まだ恋に落ちている。
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