【完結】恋し堕落はループ論

シキゴウ全

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7話:余談中編・一人と独り

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 まさか僕の初恋が、高校の寮の同室者で同性になるとは思わなかった。
 でもさ、鮫川さめがわ君の顔、好きなんだよなあ。
 鮫川君がバイトに行って部屋は僕だけなのに、うまく本に集中できない。
「好きになる人って、できるもんなんだなあ」
 先の未来。親兄妹だけじゃなく、僕を知っている近所の本屋の店長にまで言われたセリフを、最初に言ったのは僕だ。
 そして僕の行動は、好きになった瞬間に決まったも同然。
 恋は一人でも出来るので、全部、隠す事にした。

----------7


 高校三年間。休みのほとんどを、寮で過ごした。
 鮫川君が帰省せず、こっちでバイトをする為だと言ったからだ。夏休みの間は、かけもちでするらしい。
 それを知った、高校一年。
 期末試験を終えた帰り道。
九十くじゅう君も寮に残るのか」
「家の手伝いあるから帰省はするけど、それ以外は。どこでも僕のやることは同じだし」
「……本で床が抜ける前に整理するぞ」
「……はい」
 寮生活がまだ4か月しか経っていないのに、部屋の維持のイニシアチブは、とっくに相手が握っていた。
 勝手に増えて勝手に積まれていくだけで保管しているつもりはない。なので、鮫川君の基準で片付ける方が助かる。
「来年の新しい寮は、とにかく床が丈夫であって欲しい」
「それは僕も思ってる」
 僕の、共同生活をお構いなしに本をため込む悪癖は、三年間改善されなかった。
 鮫川君の、本を整理すると宣言する前に見るジト目も、これから三年間変わらなかった。
 あっという間に寮に戻り、室内を見渡してから気づく。
 二段ベッドの反対側に、二人分の机と簡易的な棚。狭くはないが、プライバシーは、ベッドのカーテンだけだ。
「休みなら鮫川君の一人部屋になるよね。帰る日数は多めにするから」
 全日程にしないところは、許して欲しい。

 少しでも一緒にいたい。僕の一日が、本を読んで終えてもだ。

 先に部屋に入った鮫川君は、鞄を机に置いてから僕を見る。
 真顔で凝視してくる沈黙に、まだ慣れないな。
 彼は熱のこもる部屋の窓を開けてから、
「別にいい」と答えた。
「確かに九十君は、いつでも本を読んでる。帰る日程は、そっちで決めたら良い。俺は構わない」
 それだけを言って、バイトの為に部屋を出た。
 行ってらっしゃいと言う間もない、早さだった。時間でも迫っていたのかな。
 一人になった僕はいつも通り、適当な場所に座って本を読む。
 僅かに風が入るだけでも、この季節は涼しさを感じる。
 明度の強い夏の空に、好きな人がいるこの夏は、何冊読もうかと心躍った。


 それからの日々は変化のない、けれど中学までより光っていた。気がする。
 よく分からないが、鮫川君の周りは常にキラキラしているので、プリズマごと魅了されている。
 当人は日々のほとんどを、勉強とバイトに使っていた。
 高校一年の秋。僕の兄が持ちかけた短期バイトに、一緒に行った時のこと。
「良いバイトを紹介して貰ったから、九十の兄さんには何かした方が良いか」
 兄の伝手だったので、必然的にバイトは僕も行った。精米の手伝いで、白米食べ放題の賄い付き。
 秋連休だけ行った僕は、以降の休みにもバイトに行っていた鮫川君を寮の部屋で出迎える。
 兄は、人と関わるのが大好きだ。多分、何かをしてもらおうとは思っていない。
「一応、兄さんに希望は伝えておくけど。多分、何もいらないって言うかも」
 なにせ、
「なにせ、『お前の友人一号は評判が良い。良い人を紹介してもらって助かるて言われた』ってニコニコしてたから。もう十分じゃないかな」
 その後に、僕のバイト先の評価を混ぜ込んで僕も褒めちぎった。兄はブラコンだからだ。不要な情報なので、そこは隠しておく。
 代わりに、みかんを手渡した。
 秋休みにバイト先にわざわざ来た兄から預かった、母さんの田舎のみかんだ。
 鮫川君はバイト代のほとんどを貯金しているので、手の中のみかんをせっせと剥いて食べていく。
「じゃあ、メールかメッセージでも直接送れるなら、俺からしたいと言っておいてくれ。礼ぐらいは言っておきたい」
 ぱくりぱくりと、みかんが消えていく。
「分かった」
 一ついるかと掲げられたので、反射で口を開きかけた。断った。
 部屋にほんのりと、みかんの香りがただよう。
 この精米バイトは、三年生になっても呼ばれた。
 鮫川君はお腹が満たされてから、床に広がっている文庫を見下ろし、呆れた溜息をつく。
「九十はバイト代をもう本にしたのか」
「秋は古本市が多いから。全額じゃないよ、古本だから安いんだ」
「必死にならなくても、お前のバイト代だろ。むしろ九十のこれらを目当てに、本を借りっぱなしにする奴には、ちゃんと対処しろよ」
「うん、ありがとう鮫川君」
 頓着しない僕の代わりに、僕の本の貸出可能棚と寮生専用の貸出帳を作った君には、本当に頭が上がらない。
 話し出せば、僕と同室者の学生生活は、こんな毎日としか言いようが無かった。
 僕は本を読み続け、たまに君に見惚れる。
 鮫川君は、本を読みふけって寝ている僕を起こし、学校に連れて行く。食堂にも連れて行ってくれるし、風呂も促す。
 僕の家族よりマメじゃないだろうか。

 うん。君って、同室に親切な、とても良い人だ。

 頷きながら本に視線を戻す。
 そんな僕に、鮫川君は声を落として呼んだ。
「九十、一つ聞いて良いか」
「なに?」
「俺は……お前の友人一号なのか」
「うん。僕、友達いなかったから」
 ここでお互い友人じゃない、なんて事はないと思う。友達いなかったから分からないけど。
 とかく気にしない僕はページを捲り、次の行を読む。 
 彼が、どんな顔をしているか知らない。
 ただ、僕の横に座った距離が、今までで一番近かった。

「俺と同じか」

「そうなんだ」

 解説のページに入った僕は、気もそぞろなりに返す。
 恐らく鮫川君は、僕がどこを読んでいるか知っていて言った。
 僕は作中を読んでいる時は無言になるか、問題なく会話するかの二択だ。
 解説になると、一貫して返事がおざなりになる。
 予想が合っているかは分からないけど、この距離の暖かさは、今も忘れていない。

 鮫川君は言葉以外の物に浸るように、静かに近くに居た。
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