1 / 44
序幕
Smile for me―――月の下に咲くは、痛みの薔薇
しおりを挟む
とある病院の7階の奥深くにある病室。一人用にしてはやや広めに用意されたそれの扉の隙間から微かな呻き声が漏れていた。
消灯時間がとっくに過ぎていることに気にしているのか、やや抑えめである。はあはあと荒い呼吸を繰り返し、寝返りを打つ彼女はうっすらと瞼を開け、混濁した碧眼が覗く。
「……これは、ヤバいっ……かもッ」
辛うじて喉から細い声を絞り出した彼女は、勝手に薄れてゆく意識を現実に繋ぎ止めて。頑張って耐えるんだ、と頭の中で言い聞かせながら自分に傷をつけさせないよう、両腕を組む。
白い髪の毛の隙間から伝って細い首筋へと流れ落ちる脂汗。その首筋から幹のような模様が見え隠れしている。彼女が痛みに悶え苦しむ間に、それが蔦みたいに彼女の身体を這い回り、全身に広がり渡る。
腕、足、顔。皮膚のあらゆるところに満遍なく広がり渡ったそれが、枝分かれ始めた。枝から棘、花柄、小葉、がくが生えて。その先端から蕾がほころび、最後に薔薇の花が咲く。そして、花の模様が浮かび上がったら、更なる痛みがその痩せ細った身に降りかかるのがいつものこと。
「ガッ――」
けれど、予想した以上の激痛に襲われて、彼女が一瞬大きく目を開いた。ちょっと気が緩んだところで、いきなり焼け鉄杭に貫かれるような激痛に襲われたのだ。いつものこととは言え、この痛みに慣れたわけではない。
痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
思いっきり身体を掻きむしって楽になりたい。いっそのことナースコールを使って痛み止めを打ってもらってこの地獄を終わりにしたい。
すぐそこにナースコールのボタンがある。
これで楽に――手を伸ばし掛けたその刹那、
『一々一々うるさいんだよ。はあ、頼むからこれ以上仕事を増やさないでくれる? いい迷惑なんだけど』
押す寸前のところで彼女はハッとなり、思いっきり手を引っ込める代わりに声が出ないように布団を噛んで口を塞ぐ。それでも声が漏れてしまうもの。
――あと5分だけ。あと5分だけ耐えてれば……!
耐えがたい苦痛に顔を歪めながら涙が溢れ出ている。それでも、彼女は泣き喚かまいと己の自制心を最大限に働きかけた。けれど、そこで彼女の切なる願いに反する出来事が起こったのだ。
――なんだ、これは……!
これまでにない血管を焼き尽くすような痛みが彼女に襲い掛かった。立て続けに激痛の波に翻弄され、身体をよじらせる。けれどもがけばもがくほど、己に課した枷が緩くなっていき、やがて――。
「―――――」
慟哭。
それはこもっているが、今まで我慢してきた分、その烈しさは空気をも震撼させた。どれほどの激痛に浴びせられることになったとしても、彼女は決して口を離さない。
その晩、彼女がいくら泣き喚いても、誰にも助けられることもなく、知られることもなかった――。
消灯時間がとっくに過ぎていることに気にしているのか、やや抑えめである。はあはあと荒い呼吸を繰り返し、寝返りを打つ彼女はうっすらと瞼を開け、混濁した碧眼が覗く。
「……これは、ヤバいっ……かもッ」
辛うじて喉から細い声を絞り出した彼女は、勝手に薄れてゆく意識を現実に繋ぎ止めて。頑張って耐えるんだ、と頭の中で言い聞かせながら自分に傷をつけさせないよう、両腕を組む。
白い髪の毛の隙間から伝って細い首筋へと流れ落ちる脂汗。その首筋から幹のような模様が見え隠れしている。彼女が痛みに悶え苦しむ間に、それが蔦みたいに彼女の身体を這い回り、全身に広がり渡る。
腕、足、顔。皮膚のあらゆるところに満遍なく広がり渡ったそれが、枝分かれ始めた。枝から棘、花柄、小葉、がくが生えて。その先端から蕾がほころび、最後に薔薇の花が咲く。そして、花の模様が浮かび上がったら、更なる痛みがその痩せ細った身に降りかかるのがいつものこと。
「ガッ――」
けれど、予想した以上の激痛に襲われて、彼女が一瞬大きく目を開いた。ちょっと気が緩んだところで、いきなり焼け鉄杭に貫かれるような激痛に襲われたのだ。いつものこととは言え、この痛みに慣れたわけではない。
痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
思いっきり身体を掻きむしって楽になりたい。いっそのことナースコールを使って痛み止めを打ってもらってこの地獄を終わりにしたい。
すぐそこにナースコールのボタンがある。
これで楽に――手を伸ばし掛けたその刹那、
『一々一々うるさいんだよ。はあ、頼むからこれ以上仕事を増やさないでくれる? いい迷惑なんだけど』
押す寸前のところで彼女はハッとなり、思いっきり手を引っ込める代わりに声が出ないように布団を噛んで口を塞ぐ。それでも声が漏れてしまうもの。
――あと5分だけ。あと5分だけ耐えてれば……!
耐えがたい苦痛に顔を歪めながら涙が溢れ出ている。それでも、彼女は泣き喚かまいと己の自制心を最大限に働きかけた。けれど、そこで彼女の切なる願いに反する出来事が起こったのだ。
――なんだ、これは……!
これまでにない血管を焼き尽くすような痛みが彼女に襲い掛かった。立て続けに激痛の波に翻弄され、身体をよじらせる。けれどもがけばもがくほど、己に課した枷が緩くなっていき、やがて――。
「―――――」
慟哭。
それはこもっているが、今まで我慢してきた分、その烈しさは空気をも震撼させた。どれほどの激痛に浴びせられることになったとしても、彼女は決して口を離さない。
その晩、彼女がいくら泣き喚いても、誰にも助けられることもなく、知られることもなかった――。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちだというのに。
入社して配属一日目。
直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。
中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。
彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。
それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。
「俺が、悪いのか」
人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。
けれど。
「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」
あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちなのに。
星谷桐子
22歳
システム開発会社営業事務
中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手
自分の非はちゃんと認める子
頑張り屋さん
×
京塚大介
32歳
システム開発会社営業事務 主任
ツンツンあたまで目つき悪い
態度もでかくて人に恐怖を与えがち
5歳の娘にデレデレな愛妻家
いまでも亡くなった妻を愛している
私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる