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第二幕 Smile for me―――家族、襲来
第5話
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梨衣襲撃事件から数日後。亮は相も変わらず談話室に足を運んでいた。
彼が数独をもう一度挑戦したいと言い出したので、今日もまた三人で同じ机を囲み、数独を解くことになったのだが。15分も経たないうちに当の本人が喉渇いたと騒ぎまくるのでは、一旦お開きにしなければならなくなった。
――全く、最初からこう仰っていただければ、お嬢様の鼓膜を汚さずに済んだものの。
雅代は完全に呆気に取られた顔で、みおと一緒にはしゃいでいる亮を眺めている。
「……変な企みを考えてないわよね、雅代」
「ハッ、滅相もございません」
彼女の答えにますます顔を不審にしかめる姫。
だけど、最愛の主人に問い詰められているこの状態なのに、雅代は少しも悪びれた様子がない。
「……正直に白状なさい」
「ハッ、あんなうるさいのと毎日一緒にいて、お嬢様の大切な鼓膜が汚れていないのでしょうか、と心配しているところでございます。
もしよろしければ、ワタクシめが耳かきをして差し上げましょうか? フフフ、仕上げにはワタクシめの浄化ブレスで、お嬢様のお耳元でフーフーとして差し上げたく……」
「……相変わらず、変なこと考えてるわね、雅代は。でもまあ、うるさいのは、いつものことだから」
眼前でじゃれ合う二人の姿に姫は目を細めて、少しばかり口角を持ち上げる。
ここ最近の彼女は明るくなって、口数も多くなった。これは紛れもない事実だ。これは部外者である亮が姫に歩み寄ったからこそ、初めて成し遂げたもの。
例え雅代が彼と同じようなことをしたとしても、同じ結果にはならないだろう。彼女自身でもそう思った。この件に関しては彼に感謝しているが、憎たらしく思うのは相変わらずだ。
「ところで、その、お嬢様。先程のお耳をかきかきする件でございますが……」
「……遠慮しておくわ」
「誠に遺憾でございます」
肩を落とす雅代に小さく笑う姫。その様子に、雅代は内心でホッと一息。
まだまだぎこちなさが残っているが、ここ数年ぶりに彼女の笑いが聞こえたから、それすらもどうでもよくなる。
――これで少しずつ良くなっていけば。
姫の斜め後ろに歩いて痩せ細った背中を眺めていると、そんな淡い期待を雅代の脳裏にかすめた。だからと言って、彼に最愛のお嬢様をあげるのかどうかは、また別の話。
本棟3階にある自販機が見えた時、みおは駆け出した。「おっ、イッツ・ショウブタイムー!」という唐突な開戦宣告と共に車椅子でダッシュする亮。
二人が先に着いたはずなのに、後からやってくる姫と雅代が到着しても、まだ飲み物を決めかねていない様子だ。
「う~~~~~~~ん」
「ヨシ、決めた!」
「お、お兄ちゃん、何にするのぉ~?」
「さっぱり分からないことは分かっタ!」
「……それ、決めたとは言えなくない?」
「ヒュー、姫のツッコミは今日もキレキレですなぁ~。しゅきィィ」
「お姉ちゃん、だぁーいすきぃ~」
ふざける亮とは違って、みおのは純粋な好意から来るものだ。
そんな二人からの突然の告白を受け止めた姫は戸惑いを隠せず、言葉に詰まってしまう。行き場を失くした視線が二人の間を彷徨い、やがて自販機のブラック缶コーヒーに止まる。
「……ええっと、ちょっといい?」
「どうぞどうぞ」
亮がみおのところへと後退し、道を開けた。彼女が何を選ぶのだろう、と二人の視線が姫の指先に集中。
「「おお~~」」
「すごぉーい。お姉ちゃん、大人だぁ~」
一瞬、缶コーヒーを運ぶ姫の手が一瞬ピタリと止まったが、すぐに再開した。
だけどその後、缶コーヒーを美味しそうに飲んだ彼女を見て何を思ったのか、亮が唐突に「私も飲んでみたい!」と主張した。
雅代はすぐさまに彼を睨んだが、その攻撃は無効だと分かっていても尚、攻撃の手を止まず、更に鋭くする。自分の従者がそんなことをしているとは知らずに、姫が少し逡巡してから缶コーヒーを差し出した。
「……じゃあ、飲んでみる?」
「なッ」
「おっ、いいですか? じゃあ、遠慮なく……」
「ちょッ」
雅代が止めようにも時は既に遅し。缶コーヒーが既に亮の手に渡ったのだ。
「いただきまース!」と缶をクイッと傾けている亮を見て、姫は思わず「あっ」と声を上げた。
「うん! にっがぁぁぁぁーーい!!」
そんな彼のリアクションにみおは腹を抱えるように笑い、雅代に至っては「当然でございます」と言い放つ。はいと共に、亮は姫に返しては再び自販機に向け直り、悩ましい声を上げ続ける。
「とうとうやってくれましたね、下郎」
「うん? 何の話?」
あからさまにとぼける亮を見て、雅代はムカついた。
みおの前で間接キスのことを持ち出すわけにもいかず、代わりに「この恨み、いつか晴らしてみせます」と宣言。
一方、肝心の姫はというと、彼女は無言で飲み口の部分を見下ろしている。正確には、飲み口の部分で少し溜まったコーヒーをだ。
「………」
自分が飲んだ時にはなかったのに、彼が返してくれた時にはそれがあった。いくら彼女が温室育ちとは言えど、これを飲んでしまえば間接キスになるということを以前、雅代から拝借した恋愛小説で知った。
自身のほっぺが少し赤くなっていることを知らずに、姫はそっと飲み口に唇を寄せる。
彼が数独をもう一度挑戦したいと言い出したので、今日もまた三人で同じ机を囲み、数独を解くことになったのだが。15分も経たないうちに当の本人が喉渇いたと騒ぎまくるのでは、一旦お開きにしなければならなくなった。
――全く、最初からこう仰っていただければ、お嬢様の鼓膜を汚さずに済んだものの。
雅代は完全に呆気に取られた顔で、みおと一緒にはしゃいでいる亮を眺めている。
「……変な企みを考えてないわよね、雅代」
「ハッ、滅相もございません」
彼女の答えにますます顔を不審にしかめる姫。
だけど、最愛の主人に問い詰められているこの状態なのに、雅代は少しも悪びれた様子がない。
「……正直に白状なさい」
「ハッ、あんなうるさいのと毎日一緒にいて、お嬢様の大切な鼓膜が汚れていないのでしょうか、と心配しているところでございます。
もしよろしければ、ワタクシめが耳かきをして差し上げましょうか? フフフ、仕上げにはワタクシめの浄化ブレスで、お嬢様のお耳元でフーフーとして差し上げたく……」
「……相変わらず、変なこと考えてるわね、雅代は。でもまあ、うるさいのは、いつものことだから」
眼前でじゃれ合う二人の姿に姫は目を細めて、少しばかり口角を持ち上げる。
ここ最近の彼女は明るくなって、口数も多くなった。これは紛れもない事実だ。これは部外者である亮が姫に歩み寄ったからこそ、初めて成し遂げたもの。
例え雅代が彼と同じようなことをしたとしても、同じ結果にはならないだろう。彼女自身でもそう思った。この件に関しては彼に感謝しているが、憎たらしく思うのは相変わらずだ。
「ところで、その、お嬢様。先程のお耳をかきかきする件でございますが……」
「……遠慮しておくわ」
「誠に遺憾でございます」
肩を落とす雅代に小さく笑う姫。その様子に、雅代は内心でホッと一息。
まだまだぎこちなさが残っているが、ここ数年ぶりに彼女の笑いが聞こえたから、それすらもどうでもよくなる。
――これで少しずつ良くなっていけば。
姫の斜め後ろに歩いて痩せ細った背中を眺めていると、そんな淡い期待を雅代の脳裏にかすめた。だからと言って、彼に最愛のお嬢様をあげるのかどうかは、また別の話。
本棟3階にある自販機が見えた時、みおは駆け出した。「おっ、イッツ・ショウブタイムー!」という唐突な開戦宣告と共に車椅子でダッシュする亮。
二人が先に着いたはずなのに、後からやってくる姫と雅代が到着しても、まだ飲み物を決めかねていない様子だ。
「う~~~~~~~ん」
「ヨシ、決めた!」
「お、お兄ちゃん、何にするのぉ~?」
「さっぱり分からないことは分かっタ!」
「……それ、決めたとは言えなくない?」
「ヒュー、姫のツッコミは今日もキレキレですなぁ~。しゅきィィ」
「お姉ちゃん、だぁーいすきぃ~」
ふざける亮とは違って、みおのは純粋な好意から来るものだ。
そんな二人からの突然の告白を受け止めた姫は戸惑いを隠せず、言葉に詰まってしまう。行き場を失くした視線が二人の間を彷徨い、やがて自販機のブラック缶コーヒーに止まる。
「……ええっと、ちょっといい?」
「どうぞどうぞ」
亮がみおのところへと後退し、道を開けた。彼女が何を選ぶのだろう、と二人の視線が姫の指先に集中。
「「おお~~」」
「すごぉーい。お姉ちゃん、大人だぁ~」
一瞬、缶コーヒーを運ぶ姫の手が一瞬ピタリと止まったが、すぐに再開した。
だけどその後、缶コーヒーを美味しそうに飲んだ彼女を見て何を思ったのか、亮が唐突に「私も飲んでみたい!」と主張した。
雅代はすぐさまに彼を睨んだが、その攻撃は無効だと分かっていても尚、攻撃の手を止まず、更に鋭くする。自分の従者がそんなことをしているとは知らずに、姫が少し逡巡してから缶コーヒーを差し出した。
「……じゃあ、飲んでみる?」
「なッ」
「おっ、いいですか? じゃあ、遠慮なく……」
「ちょッ」
雅代が止めようにも時は既に遅し。缶コーヒーが既に亮の手に渡ったのだ。
「いただきまース!」と缶をクイッと傾けている亮を見て、姫は思わず「あっ」と声を上げた。
「うん! にっがぁぁぁぁーーい!!」
そんな彼のリアクションにみおは腹を抱えるように笑い、雅代に至っては「当然でございます」と言い放つ。はいと共に、亮は姫に返しては再び自販機に向け直り、悩ましい声を上げ続ける。
「とうとうやってくれましたね、下郎」
「うん? 何の話?」
あからさまにとぼける亮を見て、雅代はムカついた。
みおの前で間接キスのことを持ち出すわけにもいかず、代わりに「この恨み、いつか晴らしてみせます」と宣言。
一方、肝心の姫はというと、彼女は無言で飲み口の部分を見下ろしている。正確には、飲み口の部分で少し溜まったコーヒーをだ。
「………」
自分が飲んだ時にはなかったのに、彼が返してくれた時にはそれがあった。いくら彼女が温室育ちとは言えど、これを飲んでしまえば間接キスになるということを以前、雅代から拝借した恋愛小説で知った。
自身のほっぺが少し赤くなっていることを知らずに、姫はそっと飲み口に唇を寄せる。
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