12 / 48
中学生編
12
しおりを挟む
私は困ったように恭子ちゃんを見た。
ここは、きっちり釈明しとかないと、みんなが帰ってきた時に気まずいよね。
「あの……私、二葉くんとは、ただの同級生というか……私のお兄ちゃんが二葉くんと同じ剣道部だったから、それで……。」
「はあ?お兄ちゃんがあなとなんか付き合うわけないじゃない。あなたみたいな地味そうなひとと。」
(うう。)
「だいたい、さっきの人とほんとに兄妹なの?全然似てないし。」
(ううう。)
「とにかく、あなたみたいな人がお兄ちゃんのそばをうろうろしてるのがイヤ。お兄ちゃんには彩ちゃんみたいな人が似合うと思うわ。」
(うううう。二葉くん似の美人さんなだけに言葉がつきささる。)
確か、ゲームの中でも彼女は二葉くんに近づく全ての人を威嚇していた。ただ例外は彩子。小学生の時に仲良くしてくれた彩子だけは二葉くんに近づくのを許していたのだ。
「とにかくお兄ちゃんにはもう近づかないで。彩ちゃんとお兄ちゃんの邪魔しないで。今日はもう帰ったら。体調悪くなったとかあるでしょ。」
「………っ。」
私は何も言えなくなって俯いた。
(なんだか、疲れたなあ。ほんとにもう、帰っちゃおうかな。)
お兄ちゃんの後輩ルート&スチルも確認できたし。本音で言うと……お兄ちゃんと蓮琉くんが頑張っている姿とかもう少し見たかったけど。
ため息をついて、荷物をまとめようとカバンにのばした私の手を、誰かがつかんだ。
「花奈?」
「蓮琉くん……。」
体操服に短パン姿の蓮琉くんが、いつの間にか私の傍にいた。
「蓮琉くん、借り物競走は?」
「ん?今探してるよ?俺のお題はペットボトル。」
「あ、私持ってるよ。かしてあげる。」
「うん。ありがとう。花奈、これ持って本部テントにいってくるから。俺がこれを返しにくるまでは帰っちゃダメだよ。」
「えっ………。」
私はギクリとした表情で蓮琉くんを見た。
もしかして、恭子ちゃんとの話を、きいてたのかな。
蓮琉くんの瞳をじっと見ると、彼は私に確認するように、微笑んだ。
「花奈。約束。」
「……わかった。」
「ああ。そうだ。君が彩子ちゃん?」
「………っ!」
蓮琉くんにイケメンスマイルを向けられた恭子ちゃんは一気に赤面した。
お兄ちゃんがその可憐な容姿で人を魅了するとしたら、蓮琉くんは爽やかで男らしい容姿で人を魅了する。蓮琉くんが微笑んで目を合わせると、たいていの人が顔を赤らめるのだ。
蓮琉くんにみとれて言葉のでない恭子ちゃんのかわりに私は彼女を紹介した。
「この子は、二葉くんの妹の恭子ちゃんだよ。」
「……そう。よかった。……だからね。」
蓮琉くんはさらにニコリと微笑んで何か呟いた。周りの喧騒でうまく聞き取れなかったので聞きなおそうしたら、蓮琉くんはペットボトルを持って行ってしまった。
(よかった。二葉の妹なら、遠慮なくやれそうだ。さすがに学校の友達にはね。花奈の学校生活に支障がでたら可哀想だからね。)
蓮琉くんが走っていく背中を眺めていると、彩子と彼女に首根っこをつかまれた寛大くんが戻ってきた。
「もうっ。こいつ素早いのよ。やっとつかまえたわ。」
「彩ちゃんおかえり!」
笑顔の恭子ちゃんに、彩子も笑顔を返すと私を見た。
「ただいま。ねえ、さっき一条先輩とすれ違ったよ。やっぱりイケメンだよねえ。」
「うん。さっき借り物競走のお題のペットボトル借りに来てたから。また返しにくるっていってたよ。」
「お。じゃあ、待ってたら会えるかな?なんだか今日はイケメン率高いわねえ。」
「彩ちゃん、さっきの人って……?」
「ああ。一条先輩?かっこよかったでしょ。爽やかでさあ。キラキライケメンスマイルに何人の女の子が告白して玉砕したことか。サッカー部だったんだよね。環先輩の友達で、二人揃うとまさに眼福。」
恭子ちゃんは、私をちらりと見て、納得したように笑った。
「ああ、そういうことなんだ。さっきの綺麗な先輩の友達だったんだ。だからこの人と知り合いなんだね。おかしいと思った。」
うう。なんだか、馬鹿にされてる気がする……。
先ほど恭子ちゃんとの会話があったからか、そこからは会話に入れず、私はずっと俯いていた。
(蓮琉くん、早く帰ってこないかな。)
もう体調不良ということにして帰ろうと心に決めた私は、さり気なく荷物をまとめるとカバンを肩にかけた。
二葉くんが戻ってきた。
随分急いできたのか、肩で息をしている。
彼は私の肩を見ると、すっと目を細めた。
「斎藤、カバン持ってるのどうしてなんだ?」
「えっ。」
「なあ。どうして?」
「それは…っ。」
咄嗟に言葉につまる私に、恭子ちゃんが声をかけてきた。
「お兄ちゃん、その人さっき体調悪いって言ってたよ。無理しない方がいいんじゃない?」
彩子が驚いたように私を見た。
「え。そうなの?全然気が付かなかった。ごめん。大丈夫?花奈。」
「あ、うん。実は。調子が悪くて……。ごめんね。私、帰……」
「……っ!」
私が最後まで言葉を発する前に、二葉くんがカバンをかけている方の私の肩をぐっとつかんだ。
「……二葉くん?」
つかむといっても加減がしてあるのか痛みはない。ただ、彼のあまりに真剣な表情に私は驚いて立ち尽くした。
彼は俯いて少し考え込んでいたが、やがて顔をあげた。
「斎藤。体調悪いんだったら、そこに座って休んだらどうだ?雪原、斎藤を頼む。恭子、お前はちょっとこっち来い。」
「え?どうして?」
「いいから!」
切羽詰まった二葉くんの様子を彩子と私は目を白黒させて見ていた。
恭子ちゃんは訳が分からない、とでも言うように不満そうな顔をしている。
業を煮やしたのか、恭子ちゃんの腕を掴んで連れて行こうとした二葉くんの動きがピタリと止まった。
「二葉。そいつどこ連れてくの。俺、ここで待っとけって言わなかった?花奈。いい子だね。ちゃんと帰らずに待ってたんだ。はい、ペットボトルありがとう。」
「一条先輩!こいつにはまず俺から話しますから!恭子。マジお前、ちょっと来い。」
「何よ。あたしが何かしたっていうの?その人が体調悪いって言ってるんだから、そうなんじゃないの?」
「恭子……っ!」
その時、二葉くんは絶望的な顔をして、蓮琉くんはほんとうに嬉しそうににっこりと笑った。
「ほら、な?こういうタイプってこうなんだよ。ねえ……君、恭子ちゃんだっけ。」
その蕩けそうな表情に、恭子ちゃんは頬を赤らめたが、蓮琉くんの次の言葉に顔をさっと青ざめさせた。
「俺、君の会話聞いてたんだよね。一言一句覚えてるよ?なんならここで復唱しようか?ああそうだ。二葉と彩子ちゃんをくっつけたいんだよね。いいよ?今すぐ協力してあげる。害虫が一匹減るしね。」
クスクス笑いながら恭子ちゃんを見つめる蓮琉くんに、彩子が初耳なのか素っ頓狂な声をあげた。
「はあ?え?あたし?」
「だって、彩ちゃん大好きだし。その子よりも彩ちゃんの方がお似合いだもん。」
「恭子ちゃん……ごめん。それはないわ。二葉はタイプじゃないのよ。」
「恭子。お前なに言ってるんだ?」
「だって、そんな地味な子がお兄ちゃんのそばにいるなんて許せないもん!」
私達は、みんなその場でかたまった。
蓮琉くんはいつもの穏やかな笑みを浮かべている。だが、その瞳は凍りつきそうに冷たくて。
まるで抜き身のナイフみたいに、触れるだけで傷つけられそう。
こんな目をする時の蓮琉くんは、たいてい、誰かを守ろうとする時。お兄ちゃんとか、私とかが傷つけられそうな時。
(蓮琉くん、やっぱりさっきの話きいてたんだ。)
私はペットボトルを受け取ると、そのまま彼に抱きついた。
「蓮琉くん、私は大丈夫だから。ね?」
蓮琉くんは、表情のない瞳で私を見下ろすと、そのまま恭子ちゃんを睨みつけた。
恭子ちゃんが、びくりと体を震わせる気配がする。
「俺、キミみたいなタイプの子よく知ってるんだ。自分に自信があって、他の人を傷つけることに鈍感。自分の思い通りにならないと気が済まない。」
蓮琉くんは、ゆっくりと震えている恭子ちゃんに近づいて、耳元でなにかを囁いた。
その状況はまるで蓮琉くんが愛の告白をしているようだったが、当人の瞳が全然違っていた。
恭子ちゃんはひどく怯えた顔をして、震えている。
「一条先輩!」
二葉くんが、蓮琉くんから恭子ちゃんを守るように間に入った。
蓮琉くんはその様子を見て、薄く笑うと二葉くんに話しかけた。
「二葉。花奈に免じて今回は見逃してやる。お前の妹、教育ぐらいちゃんとしとけ。できないのなら、お前はもう花奈に近づくな。……次はないからな。」
「…………はい。」
二葉くんは悔しそうに唇をかんだ。
校庭にもどっていく蓮琉くんを見送ると、私達は気まずい雰囲気のなか、顔を見合わせた。
二葉くんが、私に向かって頭を下げてきた。
「恭子が、斎藤を傷つけたようですまなかった。ほんとうに申し訳ない。……恭子。」
「ご、ごめんなさい……。」
顔を青くして震えている彼女は、私と目を合わそうとはしなかった。
二葉くんは、弟妹を連れて先に帰ることになった。
残った私と彩子は、体育祭の喧騒からはなれて、近くの公園に行くことにした。
コンビニで飲み物を買うと、二人並んでベンチに腰掛ける。
「彩子。なんだか、ごめん。」
「どうして、花奈が謝るの?恭子ちゃんに何か言われたんでしょ?キツかったの花奈じゃん。ていうか、私と二葉をくっつけようとしてたんだって?ないわ~。ほんとにないわ~。」
「うん。すごくオススメされてたよ。」
「恭子ちゃんも、悪い子ではないんだけどなあ。それにしても、一条先輩。やっぱりブラック一条って噂本当だったんだ。」
「ブラック一条って……蓮琉くんは、お兄ちゃんとか私が傷つけられることに敏感なの。心配かけないようにしたいんだけど…。」
「いいんじゃない?」
「え?」
「あのタイプは、誰かを守ることで自分を守ってる感じがする。逆に守らせてあげれば?花奈が守られなくても大丈夫なくらい強くなったら、ボケちゃうんじゃない?」
「そう……かな。」
「そうそう。ボケ防止のために。」
私達はクスクス笑いあった。
彩子ってすごい。
私の気持ちがどんどん晴れていく。
いつか、私も彼女を助けられたらいいな。
空は相変わらずの曇天だけど。
私は空を見上げた……ら。影が出来ていた。
「あはは~。やっぱり妹ちゃんだ~。」
(み、三田くん。)
コンビニ袋をさげて、ぶらりと歩いていたらしい彼が、私の近くに立っていた。
彩子も驚いたようで、ひきつった顔で彼を見上げている。
「チョコ食べる?はい。妹ちゃんの友達にも。これ美味しいよね。」
「あの……三田…先輩?」
「ん?先輩いらない。三田でいいよ。あ、名前の陽向で呼んでもいいよ。」
「じゃあ…三田くん。」
「ええ?まあ、いいか。なあに?」
「今、体育祭だよね。どうしてここにいるの?」
「え?それはね……ぐはあっ。」
「それは、サボってるからだよなあ。陽向。」
「隼人くん、痛いんだけど。」
私は三田くんを蹴飛ばしたその人を、驚いて見つめた。そのは人は三田くんと同じくらいの背の高さで、私たちを遥か上から見下ろしていた。鍛えられた肉体に、俊敏さも感じさせる動き。迫力のある鋭い眼差し。その姿はまるで野生の虎だと周囲の人々に評される。
風紀を乱す者を容赦なく取り締まる、まさに泣く子もだまる鬼の風紀委員長。
(四楓院隼人だ。攻略対象その4。先輩ルート。)
「隼人くんだって、ここにいるってことは、サボりなんでしょ。」
「阿呆。俺は見回り中だ。風紀委員として、お前みたいにサボりがいないか見回りしているんだ。」
「うわ。そんなのしなくていいのに。」
「とりあえず学校もどるぞ。桜木先生が怒り狂ってたぞ。ククッ。楽しみだな。」
「隼人くんの意地悪。じゃあね?妹ちゃん。」
四楓院先輩に引きずられていく三田くんはやはり手を振っていた。
朝もこんな風景をみた気がする。
気がつくと、彩子が私をじっと見ていた。
「?なあに?」
「花奈の周りって異常に顔面偏差値高いよね。」
「そう?」
「なんだろう。でも、花奈の立場にはなりたくない。苦労しそう。まあ……頑張れ?」
彩子は私の肩を真顔でポンと叩いた。
ここは、きっちり釈明しとかないと、みんなが帰ってきた時に気まずいよね。
「あの……私、二葉くんとは、ただの同級生というか……私のお兄ちゃんが二葉くんと同じ剣道部だったから、それで……。」
「はあ?お兄ちゃんがあなとなんか付き合うわけないじゃない。あなたみたいな地味そうなひとと。」
(うう。)
「だいたい、さっきの人とほんとに兄妹なの?全然似てないし。」
(ううう。)
「とにかく、あなたみたいな人がお兄ちゃんのそばをうろうろしてるのがイヤ。お兄ちゃんには彩ちゃんみたいな人が似合うと思うわ。」
(うううう。二葉くん似の美人さんなだけに言葉がつきささる。)
確か、ゲームの中でも彼女は二葉くんに近づく全ての人を威嚇していた。ただ例外は彩子。小学生の時に仲良くしてくれた彩子だけは二葉くんに近づくのを許していたのだ。
「とにかくお兄ちゃんにはもう近づかないで。彩ちゃんとお兄ちゃんの邪魔しないで。今日はもう帰ったら。体調悪くなったとかあるでしょ。」
「………っ。」
私は何も言えなくなって俯いた。
(なんだか、疲れたなあ。ほんとにもう、帰っちゃおうかな。)
お兄ちゃんの後輩ルート&スチルも確認できたし。本音で言うと……お兄ちゃんと蓮琉くんが頑張っている姿とかもう少し見たかったけど。
ため息をついて、荷物をまとめようとカバンにのばした私の手を、誰かがつかんだ。
「花奈?」
「蓮琉くん……。」
体操服に短パン姿の蓮琉くんが、いつの間にか私の傍にいた。
「蓮琉くん、借り物競走は?」
「ん?今探してるよ?俺のお題はペットボトル。」
「あ、私持ってるよ。かしてあげる。」
「うん。ありがとう。花奈、これ持って本部テントにいってくるから。俺がこれを返しにくるまでは帰っちゃダメだよ。」
「えっ………。」
私はギクリとした表情で蓮琉くんを見た。
もしかして、恭子ちゃんとの話を、きいてたのかな。
蓮琉くんの瞳をじっと見ると、彼は私に確認するように、微笑んだ。
「花奈。約束。」
「……わかった。」
「ああ。そうだ。君が彩子ちゃん?」
「………っ!」
蓮琉くんにイケメンスマイルを向けられた恭子ちゃんは一気に赤面した。
お兄ちゃんがその可憐な容姿で人を魅了するとしたら、蓮琉くんは爽やかで男らしい容姿で人を魅了する。蓮琉くんが微笑んで目を合わせると、たいていの人が顔を赤らめるのだ。
蓮琉くんにみとれて言葉のでない恭子ちゃんのかわりに私は彼女を紹介した。
「この子は、二葉くんの妹の恭子ちゃんだよ。」
「……そう。よかった。……だからね。」
蓮琉くんはさらにニコリと微笑んで何か呟いた。周りの喧騒でうまく聞き取れなかったので聞きなおそうしたら、蓮琉くんはペットボトルを持って行ってしまった。
(よかった。二葉の妹なら、遠慮なくやれそうだ。さすがに学校の友達にはね。花奈の学校生活に支障がでたら可哀想だからね。)
蓮琉くんが走っていく背中を眺めていると、彩子と彼女に首根っこをつかまれた寛大くんが戻ってきた。
「もうっ。こいつ素早いのよ。やっとつかまえたわ。」
「彩ちゃんおかえり!」
笑顔の恭子ちゃんに、彩子も笑顔を返すと私を見た。
「ただいま。ねえ、さっき一条先輩とすれ違ったよ。やっぱりイケメンだよねえ。」
「うん。さっき借り物競走のお題のペットボトル借りに来てたから。また返しにくるっていってたよ。」
「お。じゃあ、待ってたら会えるかな?なんだか今日はイケメン率高いわねえ。」
「彩ちゃん、さっきの人って……?」
「ああ。一条先輩?かっこよかったでしょ。爽やかでさあ。キラキライケメンスマイルに何人の女の子が告白して玉砕したことか。サッカー部だったんだよね。環先輩の友達で、二人揃うとまさに眼福。」
恭子ちゃんは、私をちらりと見て、納得したように笑った。
「ああ、そういうことなんだ。さっきの綺麗な先輩の友達だったんだ。だからこの人と知り合いなんだね。おかしいと思った。」
うう。なんだか、馬鹿にされてる気がする……。
先ほど恭子ちゃんとの会話があったからか、そこからは会話に入れず、私はずっと俯いていた。
(蓮琉くん、早く帰ってこないかな。)
もう体調不良ということにして帰ろうと心に決めた私は、さり気なく荷物をまとめるとカバンを肩にかけた。
二葉くんが戻ってきた。
随分急いできたのか、肩で息をしている。
彼は私の肩を見ると、すっと目を細めた。
「斎藤、カバン持ってるのどうしてなんだ?」
「えっ。」
「なあ。どうして?」
「それは…っ。」
咄嗟に言葉につまる私に、恭子ちゃんが声をかけてきた。
「お兄ちゃん、その人さっき体調悪いって言ってたよ。無理しない方がいいんじゃない?」
彩子が驚いたように私を見た。
「え。そうなの?全然気が付かなかった。ごめん。大丈夫?花奈。」
「あ、うん。実は。調子が悪くて……。ごめんね。私、帰……」
「……っ!」
私が最後まで言葉を発する前に、二葉くんがカバンをかけている方の私の肩をぐっとつかんだ。
「……二葉くん?」
つかむといっても加減がしてあるのか痛みはない。ただ、彼のあまりに真剣な表情に私は驚いて立ち尽くした。
彼は俯いて少し考え込んでいたが、やがて顔をあげた。
「斎藤。体調悪いんだったら、そこに座って休んだらどうだ?雪原、斎藤を頼む。恭子、お前はちょっとこっち来い。」
「え?どうして?」
「いいから!」
切羽詰まった二葉くんの様子を彩子と私は目を白黒させて見ていた。
恭子ちゃんは訳が分からない、とでも言うように不満そうな顔をしている。
業を煮やしたのか、恭子ちゃんの腕を掴んで連れて行こうとした二葉くんの動きがピタリと止まった。
「二葉。そいつどこ連れてくの。俺、ここで待っとけって言わなかった?花奈。いい子だね。ちゃんと帰らずに待ってたんだ。はい、ペットボトルありがとう。」
「一条先輩!こいつにはまず俺から話しますから!恭子。マジお前、ちょっと来い。」
「何よ。あたしが何かしたっていうの?その人が体調悪いって言ってるんだから、そうなんじゃないの?」
「恭子……っ!」
その時、二葉くんは絶望的な顔をして、蓮琉くんはほんとうに嬉しそうににっこりと笑った。
「ほら、な?こういうタイプってこうなんだよ。ねえ……君、恭子ちゃんだっけ。」
その蕩けそうな表情に、恭子ちゃんは頬を赤らめたが、蓮琉くんの次の言葉に顔をさっと青ざめさせた。
「俺、君の会話聞いてたんだよね。一言一句覚えてるよ?なんならここで復唱しようか?ああそうだ。二葉と彩子ちゃんをくっつけたいんだよね。いいよ?今すぐ協力してあげる。害虫が一匹減るしね。」
クスクス笑いながら恭子ちゃんを見つめる蓮琉くんに、彩子が初耳なのか素っ頓狂な声をあげた。
「はあ?え?あたし?」
「だって、彩ちゃん大好きだし。その子よりも彩ちゃんの方がお似合いだもん。」
「恭子ちゃん……ごめん。それはないわ。二葉はタイプじゃないのよ。」
「恭子。お前なに言ってるんだ?」
「だって、そんな地味な子がお兄ちゃんのそばにいるなんて許せないもん!」
私達は、みんなその場でかたまった。
蓮琉くんはいつもの穏やかな笑みを浮かべている。だが、その瞳は凍りつきそうに冷たくて。
まるで抜き身のナイフみたいに、触れるだけで傷つけられそう。
こんな目をする時の蓮琉くんは、たいてい、誰かを守ろうとする時。お兄ちゃんとか、私とかが傷つけられそうな時。
(蓮琉くん、やっぱりさっきの話きいてたんだ。)
私はペットボトルを受け取ると、そのまま彼に抱きついた。
「蓮琉くん、私は大丈夫だから。ね?」
蓮琉くんは、表情のない瞳で私を見下ろすと、そのまま恭子ちゃんを睨みつけた。
恭子ちゃんが、びくりと体を震わせる気配がする。
「俺、キミみたいなタイプの子よく知ってるんだ。自分に自信があって、他の人を傷つけることに鈍感。自分の思い通りにならないと気が済まない。」
蓮琉くんは、ゆっくりと震えている恭子ちゃんに近づいて、耳元でなにかを囁いた。
その状況はまるで蓮琉くんが愛の告白をしているようだったが、当人の瞳が全然違っていた。
恭子ちゃんはひどく怯えた顔をして、震えている。
「一条先輩!」
二葉くんが、蓮琉くんから恭子ちゃんを守るように間に入った。
蓮琉くんはその様子を見て、薄く笑うと二葉くんに話しかけた。
「二葉。花奈に免じて今回は見逃してやる。お前の妹、教育ぐらいちゃんとしとけ。できないのなら、お前はもう花奈に近づくな。……次はないからな。」
「…………はい。」
二葉くんは悔しそうに唇をかんだ。
校庭にもどっていく蓮琉くんを見送ると、私達は気まずい雰囲気のなか、顔を見合わせた。
二葉くんが、私に向かって頭を下げてきた。
「恭子が、斎藤を傷つけたようですまなかった。ほんとうに申し訳ない。……恭子。」
「ご、ごめんなさい……。」
顔を青くして震えている彼女は、私と目を合わそうとはしなかった。
二葉くんは、弟妹を連れて先に帰ることになった。
残った私と彩子は、体育祭の喧騒からはなれて、近くの公園に行くことにした。
コンビニで飲み物を買うと、二人並んでベンチに腰掛ける。
「彩子。なんだか、ごめん。」
「どうして、花奈が謝るの?恭子ちゃんに何か言われたんでしょ?キツかったの花奈じゃん。ていうか、私と二葉をくっつけようとしてたんだって?ないわ~。ほんとにないわ~。」
「うん。すごくオススメされてたよ。」
「恭子ちゃんも、悪い子ではないんだけどなあ。それにしても、一条先輩。やっぱりブラック一条って噂本当だったんだ。」
「ブラック一条って……蓮琉くんは、お兄ちゃんとか私が傷つけられることに敏感なの。心配かけないようにしたいんだけど…。」
「いいんじゃない?」
「え?」
「あのタイプは、誰かを守ることで自分を守ってる感じがする。逆に守らせてあげれば?花奈が守られなくても大丈夫なくらい強くなったら、ボケちゃうんじゃない?」
「そう……かな。」
「そうそう。ボケ防止のために。」
私達はクスクス笑いあった。
彩子ってすごい。
私の気持ちがどんどん晴れていく。
いつか、私も彼女を助けられたらいいな。
空は相変わらずの曇天だけど。
私は空を見上げた……ら。影が出来ていた。
「あはは~。やっぱり妹ちゃんだ~。」
(み、三田くん。)
コンビニ袋をさげて、ぶらりと歩いていたらしい彼が、私の近くに立っていた。
彩子も驚いたようで、ひきつった顔で彼を見上げている。
「チョコ食べる?はい。妹ちゃんの友達にも。これ美味しいよね。」
「あの……三田…先輩?」
「ん?先輩いらない。三田でいいよ。あ、名前の陽向で呼んでもいいよ。」
「じゃあ…三田くん。」
「ええ?まあ、いいか。なあに?」
「今、体育祭だよね。どうしてここにいるの?」
「え?それはね……ぐはあっ。」
「それは、サボってるからだよなあ。陽向。」
「隼人くん、痛いんだけど。」
私は三田くんを蹴飛ばしたその人を、驚いて見つめた。そのは人は三田くんと同じくらいの背の高さで、私たちを遥か上から見下ろしていた。鍛えられた肉体に、俊敏さも感じさせる動き。迫力のある鋭い眼差し。その姿はまるで野生の虎だと周囲の人々に評される。
風紀を乱す者を容赦なく取り締まる、まさに泣く子もだまる鬼の風紀委員長。
(四楓院隼人だ。攻略対象その4。先輩ルート。)
「隼人くんだって、ここにいるってことは、サボりなんでしょ。」
「阿呆。俺は見回り中だ。風紀委員として、お前みたいにサボりがいないか見回りしているんだ。」
「うわ。そんなのしなくていいのに。」
「とりあえず学校もどるぞ。桜木先生が怒り狂ってたぞ。ククッ。楽しみだな。」
「隼人くんの意地悪。じゃあね?妹ちゃん。」
四楓院先輩に引きずられていく三田くんはやはり手を振っていた。
朝もこんな風景をみた気がする。
気がつくと、彩子が私をじっと見ていた。
「?なあに?」
「花奈の周りって異常に顔面偏差値高いよね。」
「そう?」
「なんだろう。でも、花奈の立場にはなりたくない。苦労しそう。まあ……頑張れ?」
彩子は私の肩を真顔でポンと叩いた。
21
あなたにおすすめの小説
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
やけに居心地がいいと思ったら、私のための愛の巣でした。~いつの間にか約束された精霊婚~
小桜
恋愛
ルディエル・アレンフォードは森に住む麗しの精霊守。
そんな彼が、いよいよ伴侶を迎えようと準備を始めているらしい。
幼馴染という関係に甘んじていたネネリア・ソルシェは、密かにショックを受けていた。
そろそろ彼との関係も終わらせなければならないけれど、ルディエルも精霊達もネネリアだけに優しくて――?
「大丈夫。ずっと居たいと思えるような場所にしてみせるから」
鈍感なネネリアと、一途で奥手なルディエル。
精霊に導かれた恋は、本人だけが気づかない。
目覚めたら魔法の国で、令嬢の中の人でした
エス
恋愛
転生JK×イケメン公爵様の異世界スローラブ
女子高生・高野みつきは、ある日突然、異世界のお嬢様シャルロットになっていた。
過保護すぎる伯爵パパに泣かれ、無愛想なイケメン公爵レオンといきなりお見合いさせられ……あれよあれよとレオンの婚約者に。
公爵家のクセ強ファミリーに囲まれて、能天気王太子リオに振り回されながらも、みつきは少しずつ異世界での居場所を見つけていく。
けれど心の奥では、「本当にシャルロットとして生きていいのか」と悩む日々。そんな彼女の夢に現れた“本物のシャルロット”が、みつきに大切なメッセージを託す──。
これは、異世界でシャルロットとして生きることを託された1人の少女の、葛藤と成長の物語。
イケメン公爵様とのラブも……気づけばちゃんと育ってます(たぶん)
※他サイトに投稿していたものを、改稿しています。
※他サイトにも投稿しています。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる