28 / 48
中学生編
28 蓮琉
しおりを挟む
花奈は、環の妹で、俺にとっても可愛い妹。
その認識は俺にとって呼吸をするよりも自然なことで。
大事な親友の環と大事な妹の花奈と俺。
俺達の関係はいつまでもこのまま続いていくものだと疑ってなかった。
文化祭の日。
環が行方をくらました。
おおかた、あの衣装が恥ずかしいから、どこかで隠れているんだろう。もうじき当番の時間だからその頃には戻ってくると思っていた俺は、環を探すこともしないで放っておいた。
しばらくして、環のお母さんが俺達の教室にやってきた。
トイレを探しにいった花奈が戻ってこないのよ。
と彼女は心配そうに俺に相談してきた。
花奈の方向音痴は周知の事実だ。
俺は、もしかしたら事務所に連絡がいってるかもしれないと思い、環のお母さんに事務所で待機するようにお願いして、校内を探しはじめた。
どこかで泣いたりはしていないだろうか。
花奈を守ることは呼吸をするのと同じくらい俺の中で当たり前のことで。
探しながら廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。
「一条くん!」
九条沙也加。
二年生の女生徒だ。
彼女の隣にいる男達に面白くなさそうな視線を向けられ、内心ムッとする。
女王様のようにいつも男達を侍らせているこの女が俺はあまり好きではない。美人かもしれないが、興味はない。
最近よく話かけたり誘われたりするので正直迷惑している。
環がいる時は、さり気なくかばったりしてくれるんだけどな。
「今日は斎藤くん一緒じゃないのね。」
さり気なく腕をとられて、胸を押し付けられる。
甘えるような仕草も俺には媚びているようにしか見えない。
彼女がまとっている香水も正直苦手だ。
これが花奈だったら、とつい比較してしまう。
花奈を抱きしめると、いつもいい香りがする。いつまでも抱きしめていたいし、俺の腕の中にずっと閉じ込めておきたいのに。
そういえば俺は今、花奈を探してるんだった。
「ごめん。今ひとを探してるんだ。」
「もしかして斎藤くん?子供じゃないんだから、大丈夫よ。」
俺は曖昧に笑って、また廊下を歩き始めた。
どうして彼女は環を探していると思ったんだろう。
俺は誰を探しているかなんて一言も言ってないのに。
微かに感じる違和感に首をひねった。
「それにしても花奈。どこへ行ったんだ?」
校内を探しつくした俺は校庭へでることにした。
すると、風紀委員の腕章をつけた四楓院先輩に出会った。
「なんだ。一条も斎藤の妹を探していたのか。」
「………も?」
「学校側から命令されてな。来校している保護者から行方不明の届出がでたから校内を探せって話が風紀委員にきてな。まったく風紀委員は雑用係じゃねえんだけどな。まあ、学校側も問題を大きくしたくないんだろう。校内を探したんだがいないから、体育館の辺りでも見てみようかと思ってな。」
「それは、すみません。よかったら、俺探しますよ?先輩も忙しいんじゃないですか?」
「ん?まあ、俺も気になるからな。別にかまわない。」
俺はひっそりと目を細めた。
四楓院先輩って、花奈のこと結構気に入ってるよな。
今のところは進展はなさそうだけど……。
少し様子をみるか。
考えを巡らせていた俺は、一瞬反応が遅れた。
四楓院先輩が体育館の裏方へ視線を向けると、いきなり走りだしたのだ。
遅れて走り出すと、何故か併走している三田が横にいた。
「なあに?マラソン?」
俺は無視した。
先輩が何に気がついたのかはわからないが、とりあえず追いかけよう。
そして、俺はその現場へたどりついた。
血が沸騰するかと思った。
男子生徒に押さえつけられている環と花奈。
俺の大事な人達が、傷つけられているその現実。
四楓院先輩が冷静に現場を仕切っていく。
俺は花奈に走りより、抱き起こした。
こんな時にも自分より先に環の心配をする花奈に、つい抱きしめる手の力が強くなる。
環は大丈夫だろうか。環を見ると、怪我はしているようだが、心は折れてなさそうだ。
瞳の輝きがくもっていない。
俺は安堵のため息をつくと、腕の中の花奈が震えていることに気がついた。
花奈は泣き始めた。
花奈のこんな泣き方は、子供の頃目の前で環が大怪我をした時以来だ。
俺は助けに来るのが遅くなってしまったことが悔しくて、唇をかんだ。
それにしても、四楓院先輩がいてくれてよかった。
もし俺1人だったら、怒りのあまり自分を抑えられず、俺はこいつらを殺してしまったかもしれない。
泣き疲れて寝てしまった花奈を事務室に連れていった俺は、そこで待っていた環の母親と合流して一度帰宅することにした。
花奈を腕に抱いたまま、環の母親と一緒タクシーに乗り込んだ。
簡単に事情を説明すると、環の母親に感謝の言葉を告げられて、俺は曖昧に微笑んだ。
花奈をあそこまで泣かせてしまった俺は、彼女の感謝の言葉を受ける資格なんてない気がして。
再度学校に戻った俺は、風紀委員室に直行した。
取り調べは既に終わったらしく、部屋にはソファに寝転がっている環だけがいた。
部屋に入ってきた俺に、環が話しかけてきた。
「花奈は?」
「俺が家を出る時はまだ眠ってた。お前その包帯の巻き方はねえだろ。ちょっと座れ。」
「三田の奴、下手くそなんだよ。」
俺はゆるゆるで今にもずり落ちそうな包帯を手早く巻き直した。
「病院は?」
「怪我自体はそんなにひどくはないからな。今日は休日診療になっちまうし、明日にでも近所の病院に行ってくるよ。四楓院先輩は、俺を襲った奴らを連れて、今先生に報告に行ってる。三田はその付き添い。」
俺は環に話しかけた。
「環、なにがあったんだ?」
「知らねえよ。あいつらに突然追いかけ回されたんだぞ。……まあ、主犯は柴崎らしい。俺を襲った理由としては、俺が四楓院先輩と最近よく話すからそれが面白くなくてってことらしいけど。でも柴崎も他の奴らとはあんまり面識ないらしいし。ほんとのとこはよくわかんねえ。花奈は……たまたまその場にいあわせたみたいで。いきなりほうき持って突っ込んできたんだ。」
俺は額に手を当てて呻いた。
花奈。あいつ無鉄砲にもほどがあるだろう。
四楓院先輩が戻ってくるととりあえず解散になった。
帰宅した俺は入浴や食事をすませると、環の家に向かった。
環の母親に挨拶して二階にあがり環の部屋を覗くと、部屋はもぬけのからだった。もしやと思って花奈の部屋を覗くと、やはりそこにいた。
花奈のベッドにもぐりこみ、すやすやと眠っている。
花奈はうなされ始めたのか、苦しそうにしていたので、そっと手を繋いだ。
しばらくすると、表情が楽そうになってきた。ほっとして二人の寝顔を見ていると、俺も眠くなってきていつの間にか眠ってしまった。
つないでいた花奈の手が震えていることに、気がついて目がさめた。
あんな奴らに、追いかけまわされたんだ。かなり怖かっただろう。
花奈の気持ちが和らぐように、俺は触れるだけのキスをした。
だけど、花奈の唇が、あまりに気持ちよくて。
俺はだんだん花奈とのキスに溺れていった。
環がとめてくれなかったら、俺は花奈にどこまで求めてしまったんだろう。
俺の可愛い、とても大切な花奈。
環の妹で、俺にとっても可愛い妹みたいな子。
そんな花奈が、ある日突然、俺達からの自立を決意した。
どこか余所余所しい態度で接してくる花奈。
どうしてだろう。花奈といつものように過ごせないことが自分でも思ったよりつらい。
朝から花奈にかまいたいのを、ずっと我慢していた俺はだんだんおかしくなってきてたんだと思う。
その日の夜、どうにも我慢できなくて。
話をしようと花奈の部屋を訪れた時、目の前で花奈が泣いていた。
なのに俺には花奈を慰めることも、抱きしめることも許されないらしい。
俺は、頭のどこかがぶち切れるのを感じた。
気がつくと、花奈の泣き顔が目の前にあり、俺の両手は彼女を拘束するために使われていた。
キライ。
花奈の唇からこぼれるの初めての言葉。
俺はあまりのショックで動けなくなった。
花奈に嫌われてしまったのだろうか。
もう俺には笑いかけてくれないんだろうか。
環の部屋に連れ戻されても手の震えは止まらない。
気がつくと、自分の部屋で呆然としていた。
その日は眠ろうとしても、花奈の泣き顔が脳裏に浮かんできて、とても寝付くことができなかった。
そして、俺はその日から環の家に行けなくなった。
もし、次に花奈に会った時、どんな顔で会えばいい?
軽蔑や、恐れのまじった目で花奈から見られたらどうしよう。
またキライって言われたら、俺は軽く死ねる気がする。
一度躓いてしまうと、そこから動けなくなって。
でも一目でも見たくて、こっそりと電柱の影から伺う自分はかなり情けない男だろう。落ち込んでいる花奈を見て、少しは俺に会いたいと思ってくれるんだろうかと期待して会いに行こうとするが、どうしても勇気がでない。
少し元気になった花奈を見て、やはり俺がいなくても、大丈夫なんだと勝手に落ち込んだりして。
つい花奈を思い出してしまうので、環ともうまく話せなくなった俺は、学校でも1人でいることが増えた。
女生徒が話しかけてきたりするけど、相手をする気力もなく、適当に相槌をうつ。
その中には九条沙也加もいた。
文化祭の事件の裏にこの女が絡んでいるらしいと環から聞いた。
この女が花奈を泣かせた原因の一つだと思うと存在自体が忌々しい。滅茶苦茶にしてやりたくなるが、まだ確証がないので動けない。
環とも花奈とも一緒に笑いあうことのない毎日。
二人が引っ越してくる前にもどったかのようだ。
なんとなく過ごす毎日はなんて味気ないんだろう。
たまに環と目が合うと、何か言いたそうな顔をして俺を見ている。その視線に耐えきれなくて、先に目をそらすのは俺だ。
今日は環は剣道部の合宿にいっているはずだ。
あの視線から目をそらすこともない俺は少しほっとしていた。
部活が終わって自転車を走らせていると、考えるのは花奈のことだった。
(花奈が足りない。花奈に会いたい。花奈に会えたら抱きしめてキスして、そして……?)
俺は自転車と思考に急ブレーキをかけた。
俺は今、何を考えた?
花奈は、環の妹で俺にとっても妹みたいに可愛い子のはずた。
でも、妹にこんな情欲感じるのってアリなのか?
花奈に、対する思いが自分の中で揺らいだ瞬間だった。
混乱する思いを持て余していた俺は、家の前で花奈に会った。
久しぶりに会う花奈に胸が高鳴ると同時に、先程想像した花奈の姿が目の前に重なって、俺は思わず花奈から目をそらした。
自分のことに精一杯で、目の前の花奈の様子なんて気にもしなかった。
俺はこの時の自分の行動を、次の日に死ぬほど後悔することになるのだが、今の俺にはわかる由もなかった。
次の日も、俺は部活だった。
準備をして家を出る時に、隣の斎藤家をちらりと見る。
斎藤家は人のいる気配もなくしんとしている。
そういえば環は今日まで合宿だった。両親も仕事で花奈も本屋あたりに出かけているのかもしれない。
俺は振り切るように自転車の向きをかえると、学校に向けて自転車を走らせ始めた。
なにかにぶつけないと気が狂いそうだった俺は素直に部活にその思いをぶつけさせて頂いた。
ひたすら体を動かすことに没頭する。
先輩が脅えた目で俺を見ていたが、気にしない。
部活も終わり、少しすっきりした俺は笑顔で先輩に挨拶をすると、何気なく携帯電話をひらいた。
そして、環からの着信の多さに驚いた。
今ちょうど帰ってきている頃だろうから、バスの中からかけたのだろうか。
嫌な予感しかしない。
環からのメールを見た俺は、カバンを自転車のカゴに投げ入れるようにしてぶち込むと、すぐに自転車を自宅まで走らせ始めた。
信号を壊したい思いになりながら、ひたすら自転車をこぐ。
この距離がもどかしい。
肩で息をしながら、家に着いた俺は、思わずその場に棒立ちになった。
その場に散乱している食材。
投げ捨てられたように落ちている買い物袋は花奈の好きなキャラクターがプリントされた、最近花奈が好んでよく使っているものだ。誰かに踏まれたのか、足跡で汚れている。
環からのメールを思い出す。
花奈は二日前から知らない男に声をかけられていたらしい。
ここ数日両親も仕事で忙しく、環も合宿で留守。
そういえば、昨日花奈は不安そうに巾着袋を前で抱きしめていなかっただろうか。俺に相談しようと思い切って声をかけたのに、俺は彼女に何をした?
頭を殴られたかのような衝撃に崩れ落ちそうになったが、花奈を探す方が先だと思い直し、急いで周辺を探そうと自転車に乗った時、携帯電話の着信に気がついた。
「……環…ああ、今家の前だ。え?」
どうやら、花奈は無事だったらしい。俺は安堵のため息をついた。
環がすぐ様子を見に行けそうな奴に電話をかけまくったようで、ちょうど家にいた二葉が助けてくれたらしい。
俺はそのまま二葉の家に行った。
無事だったらしいが、直にその姿を見るまでは安心できない。
はやる気持ちをおさえつつ、インターホンを押す。
二葉の声がして、鍵が開いた。
家の中に招き入れられると、玄関に丸まった花奈がいた。
外敵から身を守るように自分の体を抱きしめて震えている。
俺はかたく閉じられた花奈の手をそっとはずし、俯いているその顔をゆっくりとあげさせた。
花奈と目があった。
花奈は一瞬目を見はったが、すぐに俺を睨みつけてきた。
そして、俺に怒っていることを伝えると、そのままくしゃりと顔をゆがませて涙をひとすじこぼして、そのまま気を失った。
俺は花奈を腕に抱きながら、自分の中に湧き上がる衝動を抑えなければならなかった。
今、わかった。
俺は、花奈が好きらしい。
妹とか関係なく好きだ。
妹のように好きという感情の影に隠れていた花奈が好きだという気持ちが解放されて、どうにも止まらない。
二葉がいなかったら、このままキスして、花奈をどうしていたか自分でもわからない。
「一条先輩。」
自分の中で渦巻く思いに翻弄されていた俺は、二葉の表情を見ることが遅れてしまった。彼はとても悔しそうに俺を見ていた。
「悔しいけど、完敗です。斎藤はさっき俺に笑った。怖くて泣きたかったはずなのに、俺を気遣って笑ったんです。……でも、俺はあきらめません。今はダメでもいつかはきっと。斎藤を振り向かせます。」
その瞳は真っ直ぐで。
ここ数日逃げてばかりだった俺には眩しすぎて。
でもここでひくのも嫌で。
俺は二葉の目をまっすぐに見つめた。
「花奈を助けてくれてありがとう。……俺も花奈が好きだ。悪いけどひく気はない。」
もう逃げない。
花奈を抱きしめる腕に少しだけ力をこめた。
その認識は俺にとって呼吸をするよりも自然なことで。
大事な親友の環と大事な妹の花奈と俺。
俺達の関係はいつまでもこのまま続いていくものだと疑ってなかった。
文化祭の日。
環が行方をくらました。
おおかた、あの衣装が恥ずかしいから、どこかで隠れているんだろう。もうじき当番の時間だからその頃には戻ってくると思っていた俺は、環を探すこともしないで放っておいた。
しばらくして、環のお母さんが俺達の教室にやってきた。
トイレを探しにいった花奈が戻ってこないのよ。
と彼女は心配そうに俺に相談してきた。
花奈の方向音痴は周知の事実だ。
俺は、もしかしたら事務所に連絡がいってるかもしれないと思い、環のお母さんに事務所で待機するようにお願いして、校内を探しはじめた。
どこかで泣いたりはしていないだろうか。
花奈を守ることは呼吸をするのと同じくらい俺の中で当たり前のことで。
探しながら廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。
「一条くん!」
九条沙也加。
二年生の女生徒だ。
彼女の隣にいる男達に面白くなさそうな視線を向けられ、内心ムッとする。
女王様のようにいつも男達を侍らせているこの女が俺はあまり好きではない。美人かもしれないが、興味はない。
最近よく話かけたり誘われたりするので正直迷惑している。
環がいる時は、さり気なくかばったりしてくれるんだけどな。
「今日は斎藤くん一緒じゃないのね。」
さり気なく腕をとられて、胸を押し付けられる。
甘えるような仕草も俺には媚びているようにしか見えない。
彼女がまとっている香水も正直苦手だ。
これが花奈だったら、とつい比較してしまう。
花奈を抱きしめると、いつもいい香りがする。いつまでも抱きしめていたいし、俺の腕の中にずっと閉じ込めておきたいのに。
そういえば俺は今、花奈を探してるんだった。
「ごめん。今ひとを探してるんだ。」
「もしかして斎藤くん?子供じゃないんだから、大丈夫よ。」
俺は曖昧に笑って、また廊下を歩き始めた。
どうして彼女は環を探していると思ったんだろう。
俺は誰を探しているかなんて一言も言ってないのに。
微かに感じる違和感に首をひねった。
「それにしても花奈。どこへ行ったんだ?」
校内を探しつくした俺は校庭へでることにした。
すると、風紀委員の腕章をつけた四楓院先輩に出会った。
「なんだ。一条も斎藤の妹を探していたのか。」
「………も?」
「学校側から命令されてな。来校している保護者から行方不明の届出がでたから校内を探せって話が風紀委員にきてな。まったく風紀委員は雑用係じゃねえんだけどな。まあ、学校側も問題を大きくしたくないんだろう。校内を探したんだがいないから、体育館の辺りでも見てみようかと思ってな。」
「それは、すみません。よかったら、俺探しますよ?先輩も忙しいんじゃないですか?」
「ん?まあ、俺も気になるからな。別にかまわない。」
俺はひっそりと目を細めた。
四楓院先輩って、花奈のこと結構気に入ってるよな。
今のところは進展はなさそうだけど……。
少し様子をみるか。
考えを巡らせていた俺は、一瞬反応が遅れた。
四楓院先輩が体育館の裏方へ視線を向けると、いきなり走りだしたのだ。
遅れて走り出すと、何故か併走している三田が横にいた。
「なあに?マラソン?」
俺は無視した。
先輩が何に気がついたのかはわからないが、とりあえず追いかけよう。
そして、俺はその現場へたどりついた。
血が沸騰するかと思った。
男子生徒に押さえつけられている環と花奈。
俺の大事な人達が、傷つけられているその現実。
四楓院先輩が冷静に現場を仕切っていく。
俺は花奈に走りより、抱き起こした。
こんな時にも自分より先に環の心配をする花奈に、つい抱きしめる手の力が強くなる。
環は大丈夫だろうか。環を見ると、怪我はしているようだが、心は折れてなさそうだ。
瞳の輝きがくもっていない。
俺は安堵のため息をつくと、腕の中の花奈が震えていることに気がついた。
花奈は泣き始めた。
花奈のこんな泣き方は、子供の頃目の前で環が大怪我をした時以来だ。
俺は助けに来るのが遅くなってしまったことが悔しくて、唇をかんだ。
それにしても、四楓院先輩がいてくれてよかった。
もし俺1人だったら、怒りのあまり自分を抑えられず、俺はこいつらを殺してしまったかもしれない。
泣き疲れて寝てしまった花奈を事務室に連れていった俺は、そこで待っていた環の母親と合流して一度帰宅することにした。
花奈を腕に抱いたまま、環の母親と一緒タクシーに乗り込んだ。
簡単に事情を説明すると、環の母親に感謝の言葉を告げられて、俺は曖昧に微笑んだ。
花奈をあそこまで泣かせてしまった俺は、彼女の感謝の言葉を受ける資格なんてない気がして。
再度学校に戻った俺は、風紀委員室に直行した。
取り調べは既に終わったらしく、部屋にはソファに寝転がっている環だけがいた。
部屋に入ってきた俺に、環が話しかけてきた。
「花奈は?」
「俺が家を出る時はまだ眠ってた。お前その包帯の巻き方はねえだろ。ちょっと座れ。」
「三田の奴、下手くそなんだよ。」
俺はゆるゆるで今にもずり落ちそうな包帯を手早く巻き直した。
「病院は?」
「怪我自体はそんなにひどくはないからな。今日は休日診療になっちまうし、明日にでも近所の病院に行ってくるよ。四楓院先輩は、俺を襲った奴らを連れて、今先生に報告に行ってる。三田はその付き添い。」
俺は環に話しかけた。
「環、なにがあったんだ?」
「知らねえよ。あいつらに突然追いかけ回されたんだぞ。……まあ、主犯は柴崎らしい。俺を襲った理由としては、俺が四楓院先輩と最近よく話すからそれが面白くなくてってことらしいけど。でも柴崎も他の奴らとはあんまり面識ないらしいし。ほんとのとこはよくわかんねえ。花奈は……たまたまその場にいあわせたみたいで。いきなりほうき持って突っ込んできたんだ。」
俺は額に手を当てて呻いた。
花奈。あいつ無鉄砲にもほどがあるだろう。
四楓院先輩が戻ってくるととりあえず解散になった。
帰宅した俺は入浴や食事をすませると、環の家に向かった。
環の母親に挨拶して二階にあがり環の部屋を覗くと、部屋はもぬけのからだった。もしやと思って花奈の部屋を覗くと、やはりそこにいた。
花奈のベッドにもぐりこみ、すやすやと眠っている。
花奈はうなされ始めたのか、苦しそうにしていたので、そっと手を繋いだ。
しばらくすると、表情が楽そうになってきた。ほっとして二人の寝顔を見ていると、俺も眠くなってきていつの間にか眠ってしまった。
つないでいた花奈の手が震えていることに、気がついて目がさめた。
あんな奴らに、追いかけまわされたんだ。かなり怖かっただろう。
花奈の気持ちが和らぐように、俺は触れるだけのキスをした。
だけど、花奈の唇が、あまりに気持ちよくて。
俺はだんだん花奈とのキスに溺れていった。
環がとめてくれなかったら、俺は花奈にどこまで求めてしまったんだろう。
俺の可愛い、とても大切な花奈。
環の妹で、俺にとっても可愛い妹みたいな子。
そんな花奈が、ある日突然、俺達からの自立を決意した。
どこか余所余所しい態度で接してくる花奈。
どうしてだろう。花奈といつものように過ごせないことが自分でも思ったよりつらい。
朝から花奈にかまいたいのを、ずっと我慢していた俺はだんだんおかしくなってきてたんだと思う。
その日の夜、どうにも我慢できなくて。
話をしようと花奈の部屋を訪れた時、目の前で花奈が泣いていた。
なのに俺には花奈を慰めることも、抱きしめることも許されないらしい。
俺は、頭のどこかがぶち切れるのを感じた。
気がつくと、花奈の泣き顔が目の前にあり、俺の両手は彼女を拘束するために使われていた。
キライ。
花奈の唇からこぼれるの初めての言葉。
俺はあまりのショックで動けなくなった。
花奈に嫌われてしまったのだろうか。
もう俺には笑いかけてくれないんだろうか。
環の部屋に連れ戻されても手の震えは止まらない。
気がつくと、自分の部屋で呆然としていた。
その日は眠ろうとしても、花奈の泣き顔が脳裏に浮かんできて、とても寝付くことができなかった。
そして、俺はその日から環の家に行けなくなった。
もし、次に花奈に会った時、どんな顔で会えばいい?
軽蔑や、恐れのまじった目で花奈から見られたらどうしよう。
またキライって言われたら、俺は軽く死ねる気がする。
一度躓いてしまうと、そこから動けなくなって。
でも一目でも見たくて、こっそりと電柱の影から伺う自分はかなり情けない男だろう。落ち込んでいる花奈を見て、少しは俺に会いたいと思ってくれるんだろうかと期待して会いに行こうとするが、どうしても勇気がでない。
少し元気になった花奈を見て、やはり俺がいなくても、大丈夫なんだと勝手に落ち込んだりして。
つい花奈を思い出してしまうので、環ともうまく話せなくなった俺は、学校でも1人でいることが増えた。
女生徒が話しかけてきたりするけど、相手をする気力もなく、適当に相槌をうつ。
その中には九条沙也加もいた。
文化祭の事件の裏にこの女が絡んでいるらしいと環から聞いた。
この女が花奈を泣かせた原因の一つだと思うと存在自体が忌々しい。滅茶苦茶にしてやりたくなるが、まだ確証がないので動けない。
環とも花奈とも一緒に笑いあうことのない毎日。
二人が引っ越してくる前にもどったかのようだ。
なんとなく過ごす毎日はなんて味気ないんだろう。
たまに環と目が合うと、何か言いたそうな顔をして俺を見ている。その視線に耐えきれなくて、先に目をそらすのは俺だ。
今日は環は剣道部の合宿にいっているはずだ。
あの視線から目をそらすこともない俺は少しほっとしていた。
部活が終わって自転車を走らせていると、考えるのは花奈のことだった。
(花奈が足りない。花奈に会いたい。花奈に会えたら抱きしめてキスして、そして……?)
俺は自転車と思考に急ブレーキをかけた。
俺は今、何を考えた?
花奈は、環の妹で俺にとっても妹みたいに可愛い子のはずた。
でも、妹にこんな情欲感じるのってアリなのか?
花奈に、対する思いが自分の中で揺らいだ瞬間だった。
混乱する思いを持て余していた俺は、家の前で花奈に会った。
久しぶりに会う花奈に胸が高鳴ると同時に、先程想像した花奈の姿が目の前に重なって、俺は思わず花奈から目をそらした。
自分のことに精一杯で、目の前の花奈の様子なんて気にもしなかった。
俺はこの時の自分の行動を、次の日に死ぬほど後悔することになるのだが、今の俺にはわかる由もなかった。
次の日も、俺は部活だった。
準備をして家を出る時に、隣の斎藤家をちらりと見る。
斎藤家は人のいる気配もなくしんとしている。
そういえば環は今日まで合宿だった。両親も仕事で花奈も本屋あたりに出かけているのかもしれない。
俺は振り切るように自転車の向きをかえると、学校に向けて自転車を走らせ始めた。
なにかにぶつけないと気が狂いそうだった俺は素直に部活にその思いをぶつけさせて頂いた。
ひたすら体を動かすことに没頭する。
先輩が脅えた目で俺を見ていたが、気にしない。
部活も終わり、少しすっきりした俺は笑顔で先輩に挨拶をすると、何気なく携帯電話をひらいた。
そして、環からの着信の多さに驚いた。
今ちょうど帰ってきている頃だろうから、バスの中からかけたのだろうか。
嫌な予感しかしない。
環からのメールを見た俺は、カバンを自転車のカゴに投げ入れるようにしてぶち込むと、すぐに自転車を自宅まで走らせ始めた。
信号を壊したい思いになりながら、ひたすら自転車をこぐ。
この距離がもどかしい。
肩で息をしながら、家に着いた俺は、思わずその場に棒立ちになった。
その場に散乱している食材。
投げ捨てられたように落ちている買い物袋は花奈の好きなキャラクターがプリントされた、最近花奈が好んでよく使っているものだ。誰かに踏まれたのか、足跡で汚れている。
環からのメールを思い出す。
花奈は二日前から知らない男に声をかけられていたらしい。
ここ数日両親も仕事で忙しく、環も合宿で留守。
そういえば、昨日花奈は不安そうに巾着袋を前で抱きしめていなかっただろうか。俺に相談しようと思い切って声をかけたのに、俺は彼女に何をした?
頭を殴られたかのような衝撃に崩れ落ちそうになったが、花奈を探す方が先だと思い直し、急いで周辺を探そうと自転車に乗った時、携帯電話の着信に気がついた。
「……環…ああ、今家の前だ。え?」
どうやら、花奈は無事だったらしい。俺は安堵のため息をついた。
環がすぐ様子を見に行けそうな奴に電話をかけまくったようで、ちょうど家にいた二葉が助けてくれたらしい。
俺はそのまま二葉の家に行った。
無事だったらしいが、直にその姿を見るまでは安心できない。
はやる気持ちをおさえつつ、インターホンを押す。
二葉の声がして、鍵が開いた。
家の中に招き入れられると、玄関に丸まった花奈がいた。
外敵から身を守るように自分の体を抱きしめて震えている。
俺はかたく閉じられた花奈の手をそっとはずし、俯いているその顔をゆっくりとあげさせた。
花奈と目があった。
花奈は一瞬目を見はったが、すぐに俺を睨みつけてきた。
そして、俺に怒っていることを伝えると、そのままくしゃりと顔をゆがませて涙をひとすじこぼして、そのまま気を失った。
俺は花奈を腕に抱きながら、自分の中に湧き上がる衝動を抑えなければならなかった。
今、わかった。
俺は、花奈が好きらしい。
妹とか関係なく好きだ。
妹のように好きという感情の影に隠れていた花奈が好きだという気持ちが解放されて、どうにも止まらない。
二葉がいなかったら、このままキスして、花奈をどうしていたか自分でもわからない。
「一条先輩。」
自分の中で渦巻く思いに翻弄されていた俺は、二葉の表情を見ることが遅れてしまった。彼はとても悔しそうに俺を見ていた。
「悔しいけど、完敗です。斎藤はさっき俺に笑った。怖くて泣きたかったはずなのに、俺を気遣って笑ったんです。……でも、俺はあきらめません。今はダメでもいつかはきっと。斎藤を振り向かせます。」
その瞳は真っ直ぐで。
ここ数日逃げてばかりだった俺には眩しすぎて。
でもここでひくのも嫌で。
俺は二葉の目をまっすぐに見つめた。
「花奈を助けてくれてありがとう。……俺も花奈が好きだ。悪いけどひく気はない。」
もう逃げない。
花奈を抱きしめる腕に少しだけ力をこめた。
11
あなたにおすすめの小説
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
やけに居心地がいいと思ったら、私のための愛の巣でした。~いつの間にか約束された精霊婚~
小桜
恋愛
ルディエル・アレンフォードは森に住む麗しの精霊守。
そんな彼が、いよいよ伴侶を迎えようと準備を始めているらしい。
幼馴染という関係に甘んじていたネネリア・ソルシェは、密かにショックを受けていた。
そろそろ彼との関係も終わらせなければならないけれど、ルディエルも精霊達もネネリアだけに優しくて――?
「大丈夫。ずっと居たいと思えるような場所にしてみせるから」
鈍感なネネリアと、一途で奥手なルディエル。
精霊に導かれた恋は、本人だけが気づかない。
目覚めたら魔法の国で、令嬢の中の人でした
エス
恋愛
転生JK×イケメン公爵様の異世界スローラブ
女子高生・高野みつきは、ある日突然、異世界のお嬢様シャルロットになっていた。
過保護すぎる伯爵パパに泣かれ、無愛想なイケメン公爵レオンといきなりお見合いさせられ……あれよあれよとレオンの婚約者に。
公爵家のクセ強ファミリーに囲まれて、能天気王太子リオに振り回されながらも、みつきは少しずつ異世界での居場所を見つけていく。
けれど心の奥では、「本当にシャルロットとして生きていいのか」と悩む日々。そんな彼女の夢に現れた“本物のシャルロット”が、みつきに大切なメッセージを託す──。
これは、異世界でシャルロットとして生きることを託された1人の少女の、葛藤と成長の物語。
イケメン公爵様とのラブも……気づけばちゃんと育ってます(たぶん)
※他サイトに投稿していたものを、改稿しています。
※他サイトにも投稿しています。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる