ゴキブリ戦役

清水そら

文字の大きさ
1 / 10

黄昏の平和

しおりを挟む
 私は黄昏時が好きだった。昼でもなく夜でもない曖昧な時間。太陽の陽射しは優しく、日中は何かに急かされるように、時には何かに怒っているかのようにせわしなく歩いている周囲の人々も、黄昏時には優しい気持ちを持ってゆったりと歩いているように感じられる。地平線に沈んでいく真っ赤な太陽を眺めていると、一日の疲れが癒やされて心が洗われていくように感じたものだった。


外の明るさは陰りを見せ始め、街を歩く人々も帰宅の途につく。同じ時間、同じ景色。空とビルの狭間から覗く、暁色の太陽の輝きも、暖かさもあれから微塵の変化もしていないはずなのに、感覚をいくら研ぎ澄まそうとしても、心に何の潤いも与えようとしない。昔日の感覚を呼び起こそうとして焦燥感に駆られ、虚しさに打ちのめされる。


アパートの前には南北に細長く伸びる一本の道が通っており、道の両脇には数メートルおきに様々な種類の街路樹が植えられている。アパートを出て北に三百メートルほど進むと交差点にぶつかり、対角上に横断歩道を渡ったところに二十四時間営業のコンビニがある。


コンビニの中に入ると、周辺を住宅地に囲まれていることもあって帰宅途中とおぼしき大学生やOLで賑わいを見せていた。網棚に並べられた扇情的な表紙の雑誌に目を奪われながらも通路の突き当たりまで進み、炭酸飲料が配置されている分厚いガラスのドアの前にたどり着く。「新発売!」と書かれたポップつきのペットボトルに手を伸ばしかけたが、値段が少し高いことに気がつき、しばらく逡巡したあと取りやめ、いつも通りの冷凍食品やカットされた野菜を買って帰宅の途についた。


黒髪をきっちりと分けぴったりとしたスーツを着ている中年女性、金髪でだぼだぼの派手な服を着ている若い男性、何やらはしゃいでいる子供たち、様々な人々とすれ違う。そのなかにタオルを首に掛け上下のスポーツウェアを着たランニング中とおぼしき年配の男性がいた。一瞬視界に入っただけであったが、心の奥底が何やら不安定に波打った気がした。


家に着き電気を点けるとそこには一切の変化の存在しない静寂が広がっていた。子供のころ静寂は私にとって味方だった。年長者を敬え、弱者をいたわれと正論を振りかざしながらも結局は自分の都合で周りを振り回し、時には人を傷つけることも厭わない大人たちとの戦いのなかで、何も主張せず包み込んでくれる静寂は私に安らぎを与えてくれた。


今はその静寂が、沈黙が私をじりじりと締めつける。この空間は私がたとえ、騒ごうとも、暴れようとも、そして朽ち果てようとも微動だにしないだろう。何も語らない本棚が、ベッドが、空間が私に絶え間ない圧迫感を与える。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

マグカップ

高本 顕杜
大衆娯楽
マグカップが割れた――それは、亡くなった妻からのプレゼントだった 。 龍造は、マグカップを床に落として割ってしまった。そのマグカップは、病気で亡くなった妻の倫子が、いつかのプレゼントでくれた物だった。しかし、伸ばされた手は破片に触れることなく止まった。  ――いや、もういいか……捨てよう。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

処理中です...