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黄昏の平和
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私は黄昏時が好きだった。昼でもなく夜でもない曖昧な時間。太陽の陽射しは優しく、日中は何かに急かされるように、時には何かに怒っているかのようにせわしなく歩いている周囲の人々も、黄昏時には優しい気持ちを持ってゆったりと歩いているように感じられる。地平線に沈んでいく真っ赤な太陽を眺めていると、一日の疲れが癒やされて心が洗われていくように感じたものだった。
外の明るさは陰りを見せ始め、街を歩く人々も帰宅の途につく。同じ時間、同じ景色。空とビルの狭間から覗く、暁色の太陽の輝きも、暖かさもあれから微塵の変化もしていないはずなのに、感覚をいくら研ぎ澄まそうとしても、心に何の潤いも与えようとしない。昔日の感覚を呼び起こそうとして焦燥感に駆られ、虚しさに打ちのめされる。
アパートの前には南北に細長く伸びる一本の道が通っており、道の両脇には数メートルおきに様々な種類の街路樹が植えられている。アパートを出て北に三百メートルほど進むと交差点にぶつかり、対角上に横断歩道を渡ったところに二十四時間営業のコンビニがある。
コンビニの中に入ると、周辺を住宅地に囲まれていることもあって帰宅途中とおぼしき大学生やOLで賑わいを見せていた。網棚に並べられた扇情的な表紙の雑誌に目を奪われながらも通路の突き当たりまで進み、炭酸飲料が配置されている分厚いガラスのドアの前にたどり着く。「新発売!」と書かれたポップつきのペットボトルに手を伸ばしかけたが、値段が少し高いことに気がつき、しばらく逡巡したあと取りやめ、いつも通りの冷凍食品やカットされた野菜を買って帰宅の途についた。
黒髪をきっちりと分けぴったりとしたスーツを着ている中年女性、金髪でだぼだぼの派手な服を着ている若い男性、何やらはしゃいでいる子供たち、様々な人々とすれ違う。そのなかにタオルを首に掛け上下のスポーツウェアを着たランニング中とおぼしき年配の男性がいた。一瞬視界に入っただけであったが、心の奥底が何やら不安定に波打った気がした。
家に着き電気を点けるとそこには一切の変化の存在しない静寂が広がっていた。子供のころ静寂は私にとって味方だった。年長者を敬え、弱者をいたわれと正論を振りかざしながらも結局は自分の都合で周りを振り回し、時には人を傷つけることも厭わない大人たちとの戦いのなかで、何も主張せず包み込んでくれる静寂は私に安らぎを与えてくれた。
今はその静寂が、沈黙が私をじりじりと締めつける。この空間は私がたとえ、騒ごうとも、暴れようとも、そして朽ち果てようとも微動だにしないだろう。何も語らない本棚が、ベッドが、空間が私に絶え間ない圧迫感を与える。
外の明るさは陰りを見せ始め、街を歩く人々も帰宅の途につく。同じ時間、同じ景色。空とビルの狭間から覗く、暁色の太陽の輝きも、暖かさもあれから微塵の変化もしていないはずなのに、感覚をいくら研ぎ澄まそうとしても、心に何の潤いも与えようとしない。昔日の感覚を呼び起こそうとして焦燥感に駆られ、虚しさに打ちのめされる。
アパートの前には南北に細長く伸びる一本の道が通っており、道の両脇には数メートルおきに様々な種類の街路樹が植えられている。アパートを出て北に三百メートルほど進むと交差点にぶつかり、対角上に横断歩道を渡ったところに二十四時間営業のコンビニがある。
コンビニの中に入ると、周辺を住宅地に囲まれていることもあって帰宅途中とおぼしき大学生やOLで賑わいを見せていた。網棚に並べられた扇情的な表紙の雑誌に目を奪われながらも通路の突き当たりまで進み、炭酸飲料が配置されている分厚いガラスのドアの前にたどり着く。「新発売!」と書かれたポップつきのペットボトルに手を伸ばしかけたが、値段が少し高いことに気がつき、しばらく逡巡したあと取りやめ、いつも通りの冷凍食品やカットされた野菜を買って帰宅の途についた。
黒髪をきっちりと分けぴったりとしたスーツを着ている中年女性、金髪でだぼだぼの派手な服を着ている若い男性、何やらはしゃいでいる子供たち、様々な人々とすれ違う。そのなかにタオルを首に掛け上下のスポーツウェアを着たランニング中とおぼしき年配の男性がいた。一瞬視界に入っただけであったが、心の奥底が何やら不安定に波打った気がした。
家に着き電気を点けるとそこには一切の変化の存在しない静寂が広がっていた。子供のころ静寂は私にとって味方だった。年長者を敬え、弱者をいたわれと正論を振りかざしながらも結局は自分の都合で周りを振り回し、時には人を傷つけることも厭わない大人たちとの戦いのなかで、何も主張せず包み込んでくれる静寂は私に安らぎを与えてくれた。
今はその静寂が、沈黙が私をじりじりと締めつける。この空間は私がたとえ、騒ごうとも、暴れようとも、そして朽ち果てようとも微動だにしないだろう。何も語らない本棚が、ベッドが、空間が私に絶え間ない圧迫感を与える。
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