ゴキブリ戦役

清水そら

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遭遇戦

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 部屋の窓際には焦げ茶色のシンプルな一人用の机が置かれていた。机の下には二リットルのペットボトルを箱買いしたときに送られてきた段ボールがあり、中には新聞紙がぎっしりと詰まっている。


 人が見たら不審に思いそうな代物だが、新聞紙は意外に便利で、引っ越しや配送などで陶器や精密機器といった繊細なものを運ぶときの緩衝材として使えるのはもちろん、自分で髪を切るときや窓を掃除するときにも重宝する。


 ベッドに腰掛けた状態でなにげなくその段ボールに目をやると、段ボールの陰に黒い物体が見えた。最初はゴミだと思ったので特に気にとめずにいたが、再び気になりじっと眺めているとわずかだが動いたように見えた。永遠の静寂をもたらす一人暮らしの空間で、動く物体は異質である。心に微かなさざなみが走った。かすかに乱れ始めた気持ちを落ち着かせながらしばらく観察しているとシルエットが徐々に浮かび上がってきた。


 前方は丸みを帯びた形状をしており、後方は直線的なフォルムをしている。よく目を凝らすと、ややカーブした細い線状のものがその物体から生えていて、せわしなく動き続けている。


 人類共通の天敵である「かの生物」が一瞬頭をよぎったが、その可能性は低いだろうと思っていた。大学入学と同時に一人暮らしを始めたので、自分だけで部屋を掃除するようになってから十年近くなる。さほど綺麗好きではないが、ごみやほこりが視界に入っても放置できるほどの面倒くさがりでもない。そのためか部屋のなかで最も遭遇したくないランキング不動の一位をほしいままにしている「かの生物」を今のいままで自分の部屋で発見したことがない。


 約十年のあいだ未発見を達成し続けていたことは私のなかでちょっとした誇りであり、これからも「かの生物」は私の支配する領域に侵入することができないという揺るぎない定説が私のなかで存在していた。そのため「かの生物」と酷似したシルエットを視認したとき、「かの生物」に遭遇したのではないかという若干の恐れを抱いたものの、それは「かの生物」に酷似した「別のなにか」であり、その「別のなにか」とはいったいなんなのかを突き止めようという思考が頭のなかを支配していた。


 見つめていると触角とおぼしき細い線がわずかに動いているように見えるものの、周辺が暗闇に染まっているために確かな情報を得ることができない。大学入学してすぐに百均で買った三十センチメートル程度の柄の長さがある箒を玄関から持ってきて、黒い物体に向かって箒で軽く突いた。黒い物体は箒を避けるようにしてわずかに奥に移動しただけだった。これで黒い物体は「なんらかの生物」であることの確証は得られたが、いかなる生物であるかはわからなかった。
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