3 / 10
表出と思案
しおりを挟む
予想に反して「なんらかの生物」は大きな動きを見せなかったため、次の手を考えながら周囲を漫然と見渡しているときだった。黒い物体が猛烈な勢いで足下をすり抜け、弧を描くような軌跡をたどって、向かって右に配置されているテレビ台の下に姿を消した。
一瞬の出来事に頭が真っ白になり思考が停止していたが、次第に冷静さを取り戻し、目の前で起こった事象を頭のなかで整理できるようになった。ことここに至って最悪の事態が現実味を帯びてきていた。たったいま視認した黒い物体は私がイメージする「かの生物」よりも幾分か大きかったが、不気味な触角の反復運動や移動する速さは「かの生物」そのものであった。
箒での軽い挑発に対して慌てて飛び出るというような愚は犯さず、奥に移動して攻撃に備えるという非常に冷静かつ慎重な行動を選択していた。今にして思えば、これらの判断は他の同系統の昆虫類とは一線を画しており、幾星霜の年月をしぶとく生き抜いてきた「かの生物」に相応しい振る舞いであった。
数多の激動の時代を潜り抜けてきた歴戦の士に対抗するにはそれ相応の覚悟が必要となる。テレビ台の前で状況を観察しながらしばらく思案していたが、「かの生物」相手に、間合いの短く、本来の用途ではない近接武器一つでは心もとないという結論に達した。机の端には黒を基調としたシックな雰囲気の電波時計が置かれており、机と色合いが非常にマッチしている。その時計は十九時を幾分か過ぎた時間を指し示していた。
南西の方角に設置されたガラス張りの窓から外を確認すると既に太陽の面影はなく、辺りはわずかに街灯が光を放っているだけで暗闇に染まっていた。素早く財布や鍵を身につけ、躊躇することなく外へ出て、大通りを隔てて家の南側にある駅前の商店街へと足を向けた。
履いている量産型のスニーカーは底が平べったく、薄い。地面を踏みしめるたびに違和感を覚え、心の隅がチクリと痛む。とうの昔に心の奥底に封印して、最近は思い出すことすらなくなっていた感情に戸惑った。蓄積されていく心の痛みに耐えていると、声すら聞いたことのない彼の泣き笑いの表情が頭に浮かんだ。
一瞬の出来事に頭が真っ白になり思考が停止していたが、次第に冷静さを取り戻し、目の前で起こった事象を頭のなかで整理できるようになった。ことここに至って最悪の事態が現実味を帯びてきていた。たったいま視認した黒い物体は私がイメージする「かの生物」よりも幾分か大きかったが、不気味な触角の反復運動や移動する速さは「かの生物」そのものであった。
箒での軽い挑発に対して慌てて飛び出るというような愚は犯さず、奥に移動して攻撃に備えるという非常に冷静かつ慎重な行動を選択していた。今にして思えば、これらの判断は他の同系統の昆虫類とは一線を画しており、幾星霜の年月をしぶとく生き抜いてきた「かの生物」に相応しい振る舞いであった。
数多の激動の時代を潜り抜けてきた歴戦の士に対抗するにはそれ相応の覚悟が必要となる。テレビ台の前で状況を観察しながらしばらく思案していたが、「かの生物」相手に、間合いの短く、本来の用途ではない近接武器一つでは心もとないという結論に達した。机の端には黒を基調としたシックな雰囲気の電波時計が置かれており、机と色合いが非常にマッチしている。その時計は十九時を幾分か過ぎた時間を指し示していた。
南西の方角に設置されたガラス張りの窓から外を確認すると既に太陽の面影はなく、辺りはわずかに街灯が光を放っているだけで暗闇に染まっていた。素早く財布や鍵を身につけ、躊躇することなく外へ出て、大通りを隔てて家の南側にある駅前の商店街へと足を向けた。
履いている量産型のスニーカーは底が平べったく、薄い。地面を踏みしめるたびに違和感を覚え、心の隅がチクリと痛む。とうの昔に心の奥底に封印して、最近は思い出すことすらなくなっていた感情に戸惑った。蓄積されていく心の痛みに耐えていると、声すら聞いたことのない彼の泣き笑いの表情が頭に浮かんだ。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
マグカップ
高本 顕杜
大衆娯楽
マグカップが割れた――それは、亡くなった妻からのプレゼントだった 。
龍造は、マグカップを床に落として割ってしまった。そのマグカップは、病気で亡くなった妻の倫子が、いつかのプレゼントでくれた物だった。しかし、伸ばされた手は破片に触れることなく止まった。
――いや、もういいか……捨てよう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる