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王族専用の執務室は、学園のなかでも最も静かな場所だった。
扉の前、セレナは小さな紙箱をそっと置いた。中身は柑橘の皮とハーブを練り込んだ、香気重視のガレット。味ではなく、香りで届く一皿。
――味覚で届かないのなら、入り口を変えればいいだけのこと。
「試供品ですわ。お召し上がりにならなくても構いません」
誰に向けるでもなく呟き、セレナは扉を離れた。廊下の角に身を潜めて数秒、まもなく扉が静かに開いた。
王太子リュカが、無表情のまま姿を現す。
足元の箱に気づき、しばし見下ろす。取り上げもせず、触れもせず、ただ目を細めたその瞬間――
空気が、ほんの少し変わった。
微かに立ち上る柑橘とローズマリーの香り。風が通り抜けるように鼻先をかすめ、リュカの瞳がわずかに揺れる。
彼は何も言わず、何も拾わず、そのまま執務室へと戻っていった。
けれど、その足取りはほんの一拍だけ、遅れていた。
廊下の陰からそれを見届けたセレナは、そっと笑みを浮かべる。
「まずは鼻から。舌はその後でも、かまいませんわ」
味覚の扉は閉じていても、香りの窓は開いている。その隙間から、届くものもあるはずだった。
扉の前、セレナは小さな紙箱をそっと置いた。中身は柑橘の皮とハーブを練り込んだ、香気重視のガレット。味ではなく、香りで届く一皿。
――味覚で届かないのなら、入り口を変えればいいだけのこと。
「試供品ですわ。お召し上がりにならなくても構いません」
誰に向けるでもなく呟き、セレナは扉を離れた。廊下の角に身を潜めて数秒、まもなく扉が静かに開いた。
王太子リュカが、無表情のまま姿を現す。
足元の箱に気づき、しばし見下ろす。取り上げもせず、触れもせず、ただ目を細めたその瞬間――
空気が、ほんの少し変わった。
微かに立ち上る柑橘とローズマリーの香り。風が通り抜けるように鼻先をかすめ、リュカの瞳がわずかに揺れる。
彼は何も言わず、何も拾わず、そのまま執務室へと戻っていった。
けれど、その足取りはほんの一拍だけ、遅れていた。
廊下の陰からそれを見届けたセレナは、そっと笑みを浮かべる。
「まずは鼻から。舌はその後でも、かまいませんわ」
味覚の扉は閉じていても、香りの窓は開いている。その隙間から、届くものもあるはずだった。
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