背徳の海に舞うナリラ

菜種K

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第一章

10.滅びの舞

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「……わたしが……選ばれた……?」
 虚ろな瞳が、少しずつ熱を帯びていく。

 イシュタ=ラの指が頬から唇へ、そして喉元をなぞる。
 その指先は冷たいのに、触れられたところから火が灯るように熱を帯びていく。

「そう。お前は私の後継者。私の魔を受け継ぎ、私の享楽を分かち合う唯一の娘……お前はもしかしたら私の同族かもしれない」
「同族……?」
「お前は出自のわからぬ孤児であろう。これほど強く私の霊力に反応できるのなら、我が一族の末裔かもしれぬ。古の甘く濃密で淫らな魔族の血を引く者……」

 イシュタ=ラは愛しげにナリラに口づけをした。
 引き裂かれた純潔から流れた血の味がする──
 
「我が娘、我が同胞はらから……そして、私に仕える奴隷にもしてあげよう」

「……奴隷……」
 その言葉に、ナリラの瞳がわずかに揺れる。
 本来なら屈辱でしかないはずの響きが、なぜか甘やかな響きとなって胸に溶け込んでいった。

 イシュタ=ラは指を蛇の頭に触れさせ、一言呪を唱えると、絡みついていた蜘蛛の糸が音もなく解けていった。
 自由になったはずの四肢は、しかし動こうともしない。
 全裸のナリラは、もう自ら進んで膝を折っていた。

「……わたしは……」
 囁く声は震えていた。だが、その震えは拒絶のものではなく、快楽の余韻に震えるものだった。
「……イシュタ=ラ様の……娘であり……奴隷です」

 イシュタ=ラの唇が、妖しくほころぶ。
 その頬に、血のように紅い口づけを落とす。

「よく言ったわ、私の愛しい娘。今日からお前は、私のもの。心も、身体も、魂までも」

 その瞬間、ナリラの胸の奥で何かが崩れ落ちる音がした。
 それは恐怖ではなく、甘美な安堵だった。
 もう抗わなくていい。もう一人で戦わなくていい。
「……はい……イシュタ=ラ様……」
 ナリラはうっとりとした声で応じ、頭を垂れた。

「偉大な闇の女王……私のあるじ……私の師……どうぞ、何なりとお申し付けください」

 少女の小さな唇が──
 ゆっくりと広がり微笑みを作る。

 南海の魔女も喜びの笑みをこぼした。
 この娘はもう服従の喜びを覚えた。
 一緒にもっと先へ……もっと闇の奥底まで行ける。

 イシュタ=ラが命じた。

「では……舞いなさい」
 魔女は少女の手をとり、全裸のまま立ち上がらせると暗い洞窟の奥の広間へ導いた。
「踊るのです。お前の舞いはもう女神には見えない。新しい舞いを、己の燃える欲望のままに踊りなさい。その舞いを闇に……魔そのものに捧げるの。永遠の喜びを手に入れるために……」

 ドッドッシャン……ドッドッドッシャン……カラカラカラカラ……

 太鼓の音に鈴や鐘の音が重なり、さらに扇情的な響きとなった。

 イシュタ=ラ・ヴェラは少女の体を磁器を愛でるように愛撫しながら、手本を示すがごとく体を揺らした。
 すると足元の岩場の割れ目から何か白いものが溢れ出てきた。

 虫だ。

 小さな無数の地虫が、真っ白な膜となってナリラの体を包み込んでいく。
 だがもう、少女はそのおぞましさに震えることはなかった。

 虫の群れは少女の柔肌の上で、踊り子の衣装に変身した。
 両側で大きく割れた薄物のスカート。
 淫らにいきり立った小さな乳頭を晒す胸飾り。
 耳たぶ、首筋や手足には、妖しく光る宝飾が光る。

「きれいよ……」

 イシュタ=ラはうっとりするような声で囁くと、少女の体を放して自由にした。
 そのままくるくると回りながら離れて、広間のすみのクッションに身を沈める。
 その手に、血の色をした葡萄酒の杯が現れる。

 新しい宴の始まりだった。

 ナリラはイシュタ=ラの動きを真似るように艶かしく体を動かしていたが、やがて手をあげ自分の動きを始めた。

 もう巫女でも清らかな乙女でもない、愉悦に堕ちた女の舞い。

 シャンシャンシャンシャン……

 細かく刻まれる鐘の音に合わせて激しく腰が振られる。
 膨らみ切っていない胸が、誰かの手を求めて打ち震える。

 舞いは次第に大胆に、さらに淫らなものになっていった。
 低く腰を落として、尻を大きく上下に左右に振り、激しいまぐわいの動きをなぞる。
 顔にはどんな聖人の心も打ち崩さずにおかない、恍惚の表情が浮かんでいる。

 その表情のまま舌なめずりをする少女に、魔女は思わず身震いした。
 自分が造った素晴らしく歪な存在の美しさに目を見張る。
 
 この少女は、忌まわしいケダモノに犯されて純潔を失いながらも、人間の男との交わりを知らぬという歪な処女なのだ。
 
 こんな素晴らしい宴は何十年ぶりだろう。
 この幼い淫魔が哀れな贄と交わり、徹底的に堕落させるところを見たい。
 魔物による淫らな愉悦を知りながら、初めての男に抱かれて喜ぶところを早く見たい。
 
 やがて、あたりの岩肌から黒い影が染み出すように湧き出てきた。
 小魔だ。
 おびただしい数の、小鬼、餓鬼、猩々、魔蛇、蜘蛛魔、有象無象の魔のしもべたちが、ナリラの舞いに煽られて姿を現した。
 どの小魔も欲望に赤く燃える目で、踊り続ける少女を貪るように見つめている。

 さすがだ!
 魔道に堕ちてまだわずかなのに、こんなにも魔を引き寄せるとは。
 しかもナリラは無意識のうちに結界を張り、小魔たちが必要以上に近づかないよう抑えつけてもいる。
 だが、それもあとわずか。
 彼女は、その結界を解くべき時を探しているのだ。
 その前に、周囲の淫気を徹底的に圧縮し、濃いものにしてから放つつもりだ。

 素晴らしい。
 
 魔女が毒牙にかけた娘たちの中でも、これほど早く堕ち切った者はいない。
 かつてはイシュタ=ラも小魔たちと肉欲の宴に溺れていたことがある。
 だが、それはもう飽きていた。

 やはり、人の子。
 それも誠実で、清らかで、神に愛されているような者たちを堕落させながら宴の肴にするに勝ることはない。

 杯の酒を一口含んだイシュタ=ラは一度腰紐に戻った魔蛇が、再び変身して首をもたげているのを見た。
「欲張りな……またあの娘が欲しいのかえ?」

 この双頭の蛇はジラムバ。
 
 かつて、この魔物は二人の美しい少年たちだった。
 少年たちは深く愛し合っていたが、その間に魔女イシュタ=ラが入り込み、双方を女の体で愛欲の沼に落としてやった。
 互いに激しい嫉妬に燃えた二人は殺し合いを始め、相討ちとなって息絶える寸前、魔女の呪いによってこの姿に変えられた。

 魔女の慰みものとして。

 この魔窟には、そんな肉欲の罪に呪われた者から生まれた魔蛇がたくさんいる。
 ジラムバはその中でも、魔女のお気に入りだった。
 
 魔女がジラムバの頭を撫で体から解放してやると、双頭の魔蛇は一目散にナリラの足元に向かった。
 
 他の小魔たちも、結界ギリギリのところまで少女に近づき、燃え上がる肉欲に身を焦がしている。
 ある者たちは堪えきれずに己を慰め出したり、適当な相手とまぐわい出したりしている。
 いきり立った己のものを咥え込もうとしている猩々すらいた。

 この洞窟の中は間違いなく、世界で最も堕落した背徳の空間だ。
 
 その中心で、ナリラの踊りは最高潮に達しようとしていた。
 まるで助けを求めるように手を上げ、喘ぎながらくるくると回転する。
 音楽は高鳴り、ドラムのロールを奏でるテンポがどんどん早くなる。

 ダダダダダダ……

 洞窟の中の淫気も、今にも弾けそうに最高に濃縮されていた。
 その濃さは魔女イシュタ=ラすら煽り始めていた。

 ああ……
 ジラムバを放したのは間違いだったかもしれない。
 魔女は我慢しきれず、自分の指で秘所をまさぐり出した。

 あの巫女がここまでになるとは。
 もしかしたら、彼女となら究極の目標を成就できるかもしれない。

 人の世に終止符を打ち、永遠に続く魔の世界を実現するという目標を。
 果てしない愉悦と快楽と堕落をもたらし、人間どもを永遠の絶望に沈めるのだ。

 素晴らしき新世界。
 
 南海の魔女イシュタ=ラ・ヴェラは暗い幻想に身をわななかせながら、自分が堕落させた少女の舞いの終わりを待った。

 その時が来た。
 
 ダダダダダダダ……ダン!

 ナリラは大きく身を反らしながらエクスタシーに貫かれ、ドラムの最後の一拍と同時にパンと手を叩いた。

 結界が消え、小魔たちが一斉に襲いかかって来た。
 
 小鬼たちの節くれだった指が少女の体を引き倒す。
 餓鬼たちの乱杭歯が、踊り子の衣装を千切り剥がす。
 魔蛇たちが恐ろしい勢いで太ももを這い上り、我れ先にと秘所に飛び込む。
 猩々たちが柔肌に爪を立て、いきり立ったものから汚れた奔流を少女の全身に浴びせかける。

 かつて清らかな巫女だった魔女の奴隷は、凄まじい陵辱の嵐の中で悦びの叫びを挙げた。
 瞳に暗い炎を燃やしながら。

 素敵!
 欲しい……欲しい……もっと欲しい……!
 快楽が! 愉悦が! 恥辱が!

 そして、それをそのまま哀れな贄に与えてやりたい!
 美しく清らかで、愛すべき贄が欲しい!

 ナリラは気づいていなかった。
 己の喜びの声が、人の世の滅びを呼ぶ声であることに。

 神に仕える穢れなき処女おとめは、いつしか滅びの使徒となっていた。
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