背徳の海に舞うナリラ

菜種K

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第三章

1.太子セリオン

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 なんと眩しい太陽だろう!
 
 セリオンは長い金髪を潮風になびかせながら、手をかざして日差しを遮った。
 船は穏やかな海面に白波を立てながら、快適に進んでゆく。
 昼前にはムルルカ島に着くだろう。
 遥か北の大陸から南洋への長い旅も、終わりを迎えようとしていた。
 セリオンは大きな青い瞳で目的地の島がまだ見えぬかと、水平線の彼方を見やった。

「太子、お気をつけください。この先の海はいよいよ蛮族の領域ですぞ」
 背後から爺やのレウガが声をかけた。
 セリオンが幼い頃から面倒を見てもらった、父親代わりと言ってもいい男だが、今の物言いはセリオンの立場からたしなめるべきものだった。
「じい、蛮族などという言葉は控えろ。ムルルカや南洋の島々の民は裸であっても立派な文明人だ。彼らの前でそんなことを口走ったら、皇王の……いや我が国の恥になるぞ」
「ご案じめさるな。彼らの前では思うだけで、そのような軽挙には及びませぬゆえ」
「思っていることは、いつか口をついて出る。そう教えてくれたのは、じいではなかったか?」
「これはしたり……」
 レウガは苦笑すると禿げ上がった頭をポンと叩いた。

 セリオンの成長ぶりは、レウガの期待以上だった。
 厳しい戒律を誇り、諸国の宗教的尊敬を集める皇国で、最も高位の教士卿の嫡男として生まれたセリオン。
 彼は主神ゼールの教義を徹底的に学び、誦じ、それを実践する優秀な教徒だった。
 すなわち、清廉で穢れなき高潔さをその身で体現した清童だったのだ。
 その上、知恵もあり学問にも秀でていた。
 武人であるレウガ直々の指導を受け、武術にも長けるようになった。
 そのお陰で、下々の男たちにも指導力を発揮できる。
 まさに、皇国の将来を担う者として嘱望される少年だ。

 そして、ついに教皇庁から南海地域への親善使節として派遣されることとなった。
 この地域で採れる生鮮食料品や鉱物資源と、皇国の金山から産出される黄金との貿易交渉のために。
 セリオンはその代表を任されていた。

 少年は、この神に与えられた任務に燃えていた。

 船はついにムルルカ島に到着し、上陸用のボートに乗った使節一行は浜辺に上がった。
「ようこそ! セリオン太子。心より歓迎いたします」
 裸の胸にたくさんの飾りを下げ、大きく美しい羽飾りを頭にいただいた恰幅のいい酋長が、セリオンを出迎えた。
「お出迎え、恐れ入ります。貴国との末永い友情と繁栄を共に築くために参りました」

 早速歓迎の宴が開かれ、使節一行の前には山海の珍味が広げられた。
 踊り子たちの華やかな舞いが花を添える。
「島に伝わる、神への感謝を捧げるための舞いです」
 酋長が説明した。
 酋長と同じような、しかしこちらは可愛らしい羽飾りに、鮮やかな化粧を施された半裸の娘たちによる踊りは、北の国ではお目にかかれない艶やかなものだった。

 踊り子だけでなく、給仕をする娘たちや、椰子の木の下で物見高そうに宴を見守っている女たちまで、皆ことごとく異国情緒あふれる美しさと豊満さをたたえている。

 このムルルカの女たちは南海地域でも特に美しいとの評判だった。
 へそを出す細い胸帯に、短く刈り込んだ腰蓑は、はち切れんばかりの褐色の肉体を申し訳程度に包みながら惜しげもなく色香を放っている。

「すげえ体……」

 セリオンの従者の一人が、踊りを見つめながら呟いた。
 そちらをチラとセリオンが目配せすると、意を汲んだレウガがたしなめる。
「これ。下世話なことを申すでない。太子が恥をかくぞ!」
「へ……へえ……」
 
 無理もない。
 と、セリオンは思う。
 若い男。特に皇国の禁欲的な生活を送ってきた若者たちには、この島の風俗はあまりに刺激的だ。
 だが、セリオン自身には女性の肉感的な魅力は今ひとつわからなかった。
 
 恐らく母のせいだろう。
 母はいつも、首からつま先まで隙なく簡素なドレスに身を包んでいたが、恰幅のいい豊満な体つきの女性だった。
 しかし、なぜそれが女性に感じる抵抗につながるのか。
 セリオン自身にもはっきりわからなかった。
 ただ、霞がかかったような幼い頃の記憶にある気がするのだが── 
 
 ともあれ、セリオンのその性格は彼の立場にとっては好都合だった。
 才色兼備であるセリオンには、秋波を送ってくる女性もいた。
 だが女性との間に意識の壁があることで、間違いを起こす恐れもなく実直な太子という評価に傷がつくこともないからだ。
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