背徳の海に舞うナリラ

菜種K

文字の大きさ
21 / 22
第三章

2.南国の妖精

しおりを挟む
 翌日、セリオンは酋長自らの案内で島の各所を視察して回った。
 
 太腿をむき出しにしたチュニックに、鮮やかな金刺繍に彩れらた上衣トガをまとい、さっそうと島を巡る異国の貴公子を、女たちは椰子の木陰からうっとりとした眼差しで見守った。

 視察の最後に、島の隅に建立された神殿へ案内されたセリオンは、神官の歓迎を受けた。
「神殿を預かる神官トルリルにございます」
 自己紹介する神官の後ろには数人の巫女が控えている。

 ふとセリオンはその端に立つ一人の巫女に目を引かれた。
 成熟したふくよかな体つきの巫女たちの中にあって、幾分かほっそりとした少女のような巫女だった。
 肌の色は他の女たち同様の濃い褐色だが、明るい栗色の巻毛に紫色の瞳が異彩を放っている。
 賓客の視線を受け、恥じらうように目を伏せる少女に、セリオンの心は小さくさざめいた。

 まるで南国の妖精のようだ──

 セリオンは興味を抑えきれず、通り一遍の質問の後で神官に問いかけてみた。
「巫女たちは皆、この神殿に住み込みで?」
「いえ、この者たちは通いで村々から勤めに来ております。ただ一人……」
 神官は端に立つ少女を指し示した。
「ナリラだけは、ここに住み込んでおります。孤児なので私が引き取った娘なのです」
 
 ナリラ……ナリラ……。

 セリオンは密かにその名を心に刻みつけた。
 北の冬のような禁欲的な心が、この熱く湿った島の空気に微かにざわめく。

 その後、使節団と島の役人たちとの貿易交渉は順調に進み、交易品の交換と船への積み込みも一段落した。

 島を発つ日取りも決まり、その前夜には送別の宴が用意されるという申し出もあった。
 その話をセリオンに伝えた爺やのレウガは、最後にこっそりと打ち明けてきた。

「太子。宴の席では舞姫たちによる舞いが披露されるそうでございますが、その……舞姫たちの中から気に入られた者をお示しいただければ……後ほどその者を太子の寝所へ送られるとのことでございます」
 
 セリオンは目を丸くした。
「どういうことだ?」
 
 彼の反応はレウガの案じた通りだった。
 やはり、ウブな太子殿下には驚きの申し出であったのだ。
 確かに、故国くにで彼に求められる倫理観からは逸脱する話であろう。
 だが、爺やとしては彼におとことしても一皮むけて欲しいところでもあった。
 そのためには、この南国への遠征行は絶好の機会でもあったのだ。

「太子、人の世は男と女からできておるものです。そのお年頃で女を知っておくのは、市井の者たちの心を知る上でもお役に立つことかと……」
 セリオンはキッパリと言った。
「爺や、我々は使節団なのだぞ。我が国の品位を貶めることは許されない」
「し、しかし先方の申し出を無碍に断るのも、いささか礼を失する行為かと……」
 
 それももっともな話と思ったセリオンは、顎に手を当てちょっと考えてから言った。
「わかった。では、適当な舞姫を指名するが、寝所に現れたらそのままこっそり帰すことにしよう」

 やれやれ……
 ここまで堅物では、嫁の来手を探すのも難儀かもしれんて。
 心労を感じる爺やにセリオンは追い打ちをかけた。

「伴の者たちにもよく言っておけ。この島の雰囲気に飲まれたまま、ご婦人方に近づくなと」 

 数刻の後──
 
 夕闇迫る海岸。

 セリオンは一人、砂浜を見下ろす崖上の道を散策した。
 椰子の木が風に揺れ、波音が響く中、遠くから太鼓の音が聞こえてくる。

 ドッドッドッドッ……ドッドッドッドッ……

 この島の人々は、本当に音楽と踊りが好きなようだ。
 しかし、その音はどこか人の原初の何かに触れるような響きにも聞こえる。

 それは、男が女を求める本能を刺激するものかもしれない。

 爺やにも困ったものだ。
 女を知ることが一人前の男への道だと。
 気持ちはわかるが、セリオンには縁のない話だと思えた。

 自分はゼール神に仕える身として、清浄な身でなければならないのだ。
 それに、この島の娘たちのような肉感的な女性はやはり苦手だ。

 それは母の──
 その先の記憶はなぜか霞がかかっている。
 なぜ、自分は母や豊満な女たちに抵抗を感じるのか。

 深く考えたことはなかったが、この島に来て改めてその疑問が首をもたげていた。
 それはやはり、あの巫女との出会いのせいだろう。

 ナリラ──

 女性を見てあんな気持ちになるのは初めてだった。
 か弱い褐色の小鳥にも似た少女になぜか惹かれる。
 気をつけなければ。
 これは心の隙に違いない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~

双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。 なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。 ※小説家になろうでも掲載中。 ※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。

世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない

二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。 ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。 当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。 だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。 ――君の××××、触らせてもらえないだろうか?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜

桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。 上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。 「私も……私も交配したい」 太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

淫紋付きランジェリーパーティーへようこそ~麗人辺境伯、婿殿の逆襲の罠にハメられる

柿崎まつる
恋愛
ローテ辺境伯領から最重要機密を盗んだ男が潜んだ先は、ある紳士社交倶楽部の夜会会場。女辺境伯とその夫は夜会に潜入するが、なんとそこはランジェリーパーティーだった! ※辺境伯は女です ムーンライトノベルズに掲載済みです。

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

処理中です...