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第三章
2.南国の妖精
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翌日、セリオンは酋長自らの案内で島の各所を視察して回った。
太腿をむき出しにしたチュニックに、鮮やかな金刺繍に彩れらた上衣をまとい、さっそうと島を巡る異国の貴公子を、女たちは椰子の木陰からうっとりとした眼差しで見守った。
視察の最後に、島の隅に建立された神殿へ案内されたセリオンは、神官の歓迎を受けた。
「神殿を預かる神官トルリルにございます」
自己紹介する神官の後ろには数人の巫女が控えている。
ふとセリオンはその端に立つ一人の巫女に目を引かれた。
成熟したふくよかな体つきの巫女たちの中にあって、幾分かほっそりとした少女のような巫女だった。
肌の色は他の女たち同様の濃い褐色だが、明るい栗色の巻毛に紫色の瞳が異彩を放っている。
賓客の視線を受け、恥じらうように目を伏せる少女に、セリオンの心は小さくさざめいた。
まるで南国の妖精のようだ──
セリオンは興味を抑えきれず、通り一遍の質問の後で神官に問いかけてみた。
「巫女たちは皆、この神殿に住み込みで?」
「いえ、この者たちは通いで村々から勤めに来ております。ただ一人……」
神官は端に立つ少女を指し示した。
「ナリラだけは、ここに住み込んでおります。孤児なので私が引き取った娘なのです」
ナリラ……ナリラ……。
セリオンは密かにその名を心に刻みつけた。
北の冬のような禁欲的な心が、この熱く湿った島の空気に微かにざわめく。
その後、使節団と島の役人たちとの貿易交渉は順調に進み、交易品の交換と船への積み込みも一段落した。
島を発つ日取りも決まり、その前夜には送別の宴が用意されるという申し出もあった。
その話をセリオンに伝えた爺やのレウガは、最後にこっそりと打ち明けてきた。
「太子。宴の席では舞姫たちによる舞いが披露されるそうでございますが、その……舞姫たちの中から気に入られた者をお示しいただければ……後ほどその者を太子の寝所へ送られるとのことでございます」
セリオンは目を丸くした。
「どういうことだ?」
彼の反応はレウガの案じた通りだった。
やはり、ウブな太子殿下には驚きの申し出であったのだ。
確かに、故国で彼に求められる倫理観からは逸脱する話であろう。
だが、爺やとしては彼に漢としても一皮むけて欲しいところでもあった。
そのためには、この南国への遠征行は絶好の機会でもあったのだ。
「太子、人の世は男と女からできておるものです。そのお年頃で女を知っておくのは、市井の者たちの心を知る上でもお役に立つことかと……」
セリオンはキッパリと言った。
「爺や、我々は使節団なのだぞ。我が国の品位を貶めることは許されない」
「し、しかし先方の申し出を無碍に断るのも、いささか礼を失する行為かと……」
それももっともな話と思ったセリオンは、顎に手を当てちょっと考えてから言った。
「わかった。では、適当な舞姫を指名するが、寝所に現れたらそのままこっそり帰すことにしよう」
やれやれ……
ここまで堅物では、嫁の来手を探すのも難儀かもしれんて。
心労を感じる爺やにセリオンは追い打ちをかけた。
「伴の者たちにもよく言っておけ。この島の雰囲気に飲まれたまま、ご婦人方に近づくなと」
数刻の後──
夕闇迫る海岸。
セリオンは一人、砂浜を見下ろす崖上の道を散策した。
椰子の木が風に揺れ、波音が響く中、遠くから太鼓の音が聞こえてくる。
ドッドッドッドッ……ドッドッドッドッ……
この島の人々は、本当に音楽と踊りが好きなようだ。
しかし、その音はどこか人の原初の何かに触れるような響きにも聞こえる。
それは、男が女を求める本能を刺激するものかもしれない。
爺やにも困ったものだ。
女を知ることが一人前の男への道だと。
気持ちはわかるが、セリオンには縁のない話だと思えた。
自分はゼール神に仕える身として、清浄な身でなければならないのだ。
それに、この島の娘たちのような肉感的な女性はやはり苦手だ。
それは母の──
その先の記憶はなぜか霞がかかっている。
なぜ、自分は母や豊満な女たちに抵抗を感じるのか。
深く考えたことはなかったが、この島に来て改めてその疑問が首をもたげていた。
それはやはり、あの巫女との出会いのせいだろう。
ナリラ──
女性を見てあんな気持ちになるのは初めてだった。
か弱い褐色の小鳥にも似た少女になぜか惹かれる。
気をつけなければ。
これは心の隙に違いない。
太腿をむき出しにしたチュニックに、鮮やかな金刺繍に彩れらた上衣をまとい、さっそうと島を巡る異国の貴公子を、女たちは椰子の木陰からうっとりとした眼差しで見守った。
視察の最後に、島の隅に建立された神殿へ案内されたセリオンは、神官の歓迎を受けた。
「神殿を預かる神官トルリルにございます」
自己紹介する神官の後ろには数人の巫女が控えている。
ふとセリオンはその端に立つ一人の巫女に目を引かれた。
成熟したふくよかな体つきの巫女たちの中にあって、幾分かほっそりとした少女のような巫女だった。
肌の色は他の女たち同様の濃い褐色だが、明るい栗色の巻毛に紫色の瞳が異彩を放っている。
賓客の視線を受け、恥じらうように目を伏せる少女に、セリオンの心は小さくさざめいた。
まるで南国の妖精のようだ──
セリオンは興味を抑えきれず、通り一遍の質問の後で神官に問いかけてみた。
「巫女たちは皆、この神殿に住み込みで?」
「いえ、この者たちは通いで村々から勤めに来ております。ただ一人……」
神官は端に立つ少女を指し示した。
「ナリラだけは、ここに住み込んでおります。孤児なので私が引き取った娘なのです」
ナリラ……ナリラ……。
セリオンは密かにその名を心に刻みつけた。
北の冬のような禁欲的な心が、この熱く湿った島の空気に微かにざわめく。
その後、使節団と島の役人たちとの貿易交渉は順調に進み、交易品の交換と船への積み込みも一段落した。
島を発つ日取りも決まり、その前夜には送別の宴が用意されるという申し出もあった。
その話をセリオンに伝えた爺やのレウガは、最後にこっそりと打ち明けてきた。
「太子。宴の席では舞姫たちによる舞いが披露されるそうでございますが、その……舞姫たちの中から気に入られた者をお示しいただければ……後ほどその者を太子の寝所へ送られるとのことでございます」
セリオンは目を丸くした。
「どういうことだ?」
彼の反応はレウガの案じた通りだった。
やはり、ウブな太子殿下には驚きの申し出であったのだ。
確かに、故国で彼に求められる倫理観からは逸脱する話であろう。
だが、爺やとしては彼に漢としても一皮むけて欲しいところでもあった。
そのためには、この南国への遠征行は絶好の機会でもあったのだ。
「太子、人の世は男と女からできておるものです。そのお年頃で女を知っておくのは、市井の者たちの心を知る上でもお役に立つことかと……」
セリオンはキッパリと言った。
「爺や、我々は使節団なのだぞ。我が国の品位を貶めることは許されない」
「し、しかし先方の申し出を無碍に断るのも、いささか礼を失する行為かと……」
それももっともな話と思ったセリオンは、顎に手を当てちょっと考えてから言った。
「わかった。では、適当な舞姫を指名するが、寝所に現れたらそのままこっそり帰すことにしよう」
やれやれ……
ここまで堅物では、嫁の来手を探すのも難儀かもしれんて。
心労を感じる爺やにセリオンは追い打ちをかけた。
「伴の者たちにもよく言っておけ。この島の雰囲気に飲まれたまま、ご婦人方に近づくなと」
数刻の後──
夕闇迫る海岸。
セリオンは一人、砂浜を見下ろす崖上の道を散策した。
椰子の木が風に揺れ、波音が響く中、遠くから太鼓の音が聞こえてくる。
ドッドッドッドッ……ドッドッドッドッ……
この島の人々は、本当に音楽と踊りが好きなようだ。
しかし、その音はどこか人の原初の何かに触れるような響きにも聞こえる。
それは、男が女を求める本能を刺激するものかもしれない。
爺やにも困ったものだ。
女を知ることが一人前の男への道だと。
気持ちはわかるが、セリオンには縁のない話だと思えた。
自分はゼール神に仕える身として、清浄な身でなければならないのだ。
それに、この島の娘たちのような肉感的な女性はやはり苦手だ。
それは母の──
その先の記憶はなぜか霞がかかっている。
なぜ、自分は母や豊満な女たちに抵抗を感じるのか。
深く考えたことはなかったが、この島に来て改めてその疑問が首をもたげていた。
それはやはり、あの巫女との出会いのせいだろう。
ナリラ──
女性を見てあんな気持ちになるのは初めてだった。
か弱い褐色の小鳥にも似た少女になぜか惹かれる。
気をつけなければ。
これは心の隙に違いない。
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